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闇王国の遺民

アンソニー先生は信じられない物を見た様に(オノノキ)き頭をふった、そして逃げるように一歩後ろに下がる。


「先生、僕は小さな肉片から再生する事ができるのですよ、それが僕の取り柄なんです」

ミロンはしだいに明るい場所に出てくる、彼は人の姿に戻っていたが全身の肌を土気色に染めていた。


「ミロン君生きていたのかい」

ミロンは薄く光る瞳をしばたかせた、そして苦笑いを浮かべた。


「生きていたかですか?僕は人として二年前に死んでいますよ」

「そうだったね」


ミロンは更にゆっくりと先生に近づいた。

「ミロン君、君はほんとうに復讐したいのかい?」

ミロンはそれにうなずいた。


「船が難破して僕は夜の嵐の海に投げ出されました、深く沈んでいく時に感じた絶望と怒りが僕を魔界に導いたのです、パルティア十二神教世界を滅ぼしてやりますよ、その為にも闇妖精の姫を復活させなければ」

「闇妖精の姫の力だけで西エスタニアを滅ぼせるのかい?二千年前と同じ様に敗れるかもしれないよ?」


「僕の先祖も闇王国と共に破れました、それから長きにわたり軽侮と憎しみに晒されながら生きてきたのですよ、闇王国の本当の名前はペリヤクラム王国だそうです、永遠に抹消された名前でした、巨大な沼の名前として残っていましたが、でもそう呼ぶのは地元の者達だけでした。

石碑にその名前を勝手に付けたのは僕なんです」


アンソニー先生の目が見開かれた。

「そうだったんだね、向こうではどう呼ばれているんだい?」

「正式な名前が決まる前に盗みだしたので僕は知りませんね」

ミロンは楽しそうに嘲る様に笑った。


「先生、闇妖精の復活は手段にすぎません、広い地域を(ケガ)せば魔界の上位存在を現実界に顕現(ケンゲン)させる事ができるかもしれませんよ?」

「ミロン君、それでは伝説の世界(プレイン)間戦争になるじゃないか!人類がいや世界が滅んでしまうよ?」


「いいじゃないですか、僕の様な化け者が生きるに相応しい世界ジャないですか、そう思いませんカ先生」

ミロンの肉体が徐々に変わり始めた、手足の関節が消え長く伸び腰から新しい足が何本も生えて体を上に押し上げる。

腕も長く伸び先が吸盤状に変化すると天井に張りついた、ミロンはまるで巨大な蛸の様な姿に成り果てる。

真ん中に生えた人間の胴体の上半分だけが人らしさを残している、それがなおおぞましい。


アンソニー先生は腰を抜かし岩場の上を後ろ向きに後ずさる、だが大空洞に突き出た岩場に追い詰められてしまった。

小石がパラリと落ちると魔水が水音を立てた、魔水の水位は崖下二メートルにまで迫る、先生はもう後ろが無い事に気づいた。


「先生、ぼくは先生の事キライじゃありませんでした、今までありがとうございました」


「アンソニー先生!!」


その叫びにミロンの動きが止まった、アンソニー先生もその声の主を見て叫ぶ。


「エルヴィス君!来るな危険だ!!」


アンソニー先生の叫びはいつもの穏やかな彼らしくもなく激しく厳しい、そしてエルヴィスの目が驚愕に見開かれていた。








エルヴィスは嫌な予感にかられ、階段橋を駆け下りると大回廊を横切って長い通路に飛び込む、その時前方から巨大な瘴気の気配を感じた。


ドロシー止めろ!!


エルヴィスは心の中で叫びながら狭くて暗い通路を駆け抜けた、だがエルヴィスの視界に飛び込んで来たのは蛸の様な姿をした巨大な怪物ミロンの姿だ、エルヴィスは叫ぶ。


「アンソニー先生!!」



「エルヴィス君!来るな危険だ!!」


アンソニー先生の叫び声が聞こえる、先生はまだ無事だそれに僅かに安堵した。

だが予想外な事態に自分が危機に陥った事を意識した、精霊変性物質の短剣を抜き放つ。

しかし(ミロン)は滅んだのではないのか?


ミロンの黄金の光を放つ瞳がエルヴィスを射抜いた、そこから軽蔑するような憐れむようなミロンの感情を感じとる。


「お前は倒されたはずだ?ミロン」

『僕は僅かな肉片があれば再生できるんです、エルヴィスさん』


たしかに言われて見るとミロンの戦術からそれは明らかだった、スザンナ達も魔水があふれる時間に気を取られて確認がおろそかになったのだろう。

そしてエルヴィスもドロシーに気を取られて注意が散漫になっていた。

エルヴィスは舌打ちをした。


『やはり来ましたか』


エルヴィスは背後から迫る巨大な二つの力を感じた。それはエルヴィスの頭の上を飛び越えると、橋の反対側の階段の入口を塞ぐ、その(イカメ)しい姿はスザンナだ。

そしてもう一つの巨大な力の気配がエルヴィスの頭の上を飛び越え橋の向こう側に屹立(キツリツ)しミロンに向き直った、それは身長二メートル近いアームストロング隊長の巨躯だ。


「まだ滅んでいなかったのかいしぶといね、アンタいけるかい?」

「ハハッ、飯を食った後だ絶好調だわい」

スザンナの言葉に隊長は陽気に応える、白い鳥が翼を広げた様な大きな髭を揺らして笑った。


スザンナとアームストロング隊長のまとう気配が巨大化し膨れ上がる、エルヴィスは聖霊拳の極北に立つ拳士の力に圧倒された、墓所の闘いの時よりそれは大きく膨れ上がった。

スザンナと隊長が纏う空気が稲妻を帯びた空気の様に震える、二人の周囲の空気が陽炎の様に揺らめき二人の体が何倍にも大きくなった様に錯覚させられる。


『ここは場所が良くないですね』


ミロンがささやくと、腕が瞬時に上に伸びミロンの姿が消えた、だが頭上から瘴気を感じた。

とっさに本能的な危機を感じ通路の奥に下がった、その瞬間アームストロングが橋を飛び越して通路を塞いだ、彼の大きな背中しか見えなくなった。

だが瘴気の源は左手に移動した、隊長とスザンナも奥に動く、ミロンは魔水に落される危険を避ける為に動いたのだ。


エルヴィスはアンソニー先生の処に急いで走り寄った。


「エルヴィス君・・・」

アンソニー先生は奥で始まった人外の闘いに目を奪われていた。

「先生、ここから離れて下さい、この事を用心棒達に伝えてほしい」

「ああ、わかったよ」


アンソニー先生は立ち上がりよろめきながら橋を渡ると大回廊に向かって走り去る。






一見すると闘いは均衡している様にも見えた、だが魔界の門が開くからだろう、破壊しても破壊してもミロンは再生し、逆に少しずつ二人は傷つき消耗して行く。

このままでは二人は負けると確信した、エルヴィスが闘いに参加しても邪魔でしかない、だがこのまま何もしなければ二人は確実に負ける。


その時背後に人の気配を感じた。


「エルヴィス遅くなった」


それは用心棒の声だ、彼の背後に別の人の気配を感じる、アンソニー先生とリーノに違いない。

用心棒が前に進み出るとロープの先に水筒を縛り付け橋から下に垂らした。


「そうか魔水を汲むのか?」

奴はエルヴィスのささやきに無言で目で答を返す。


「俺に考えがある、俺の合図で奴にそれをぶっかけてくれ」

「何をする気だエルヴィス」

「俺が奴の名前を呼んだらやってくれ、たのむ」

「俺が位置についたらやるが良い」

用心棒は恐るべき身軽さで橋がかけられた亀裂の壁を平然と横に移動して行った、足を滑らせると魔水に落ちる危険な場所だ、ある場所で止まるとこちらに指でサインを出した。

エルヴィスは立ち上がり、橋を渡って闘いの場に向かった、それにアームストロングが気づき目を剥いた、そして大きな声でミロンに呼びかけた。


「おいミロン!!」


ミロンは一瞬だけこちらに目をやり動きが止まる、それはスザンナもアームストロングも同じだった。

その瞬間の事だ、用心棒が恐るべき俊敏さで上に跳び上がると、一気に魔水をミロンに浴びせかけたのだ、ミロンから大量の水蒸気が吹き出した。


化け物はこの世の物とは思えぬ咆哮を上げた、それは怒りとも苦痛とも取れる叫びだ。

同時に風切音が走り鈍い湿った物を打つ音がした、それに新たな怪物のうめき声が重なる、すぐに白い水蒸気で視界が効かなくなる。

その水蒸気の吹き上がる中ミロンの発する瘴気の気配が衰え始めた。


靄が晴れた時ミロンの片目に精霊変性物質のダガーが突き刺さっていた、それは用心棒の虎の子のダガーだ。

そしてエルヴィスはいつのまにかミロンに肉薄していた、距離を保つべく後ろに下がりながら金属の筒を放り投げた、床の岩に当たるとそれは金属質の音を奏でる。

スザンナはその金属の筒を見てすぐに正体に気づく、金壺眼を見開き鬼神の様な顔をほころばせた。


「そいつを忘れていなかったんだね、エルヴィス!」

スザンナは疲れ傷ついていたが再び力が戻った様だ。


「さて気合をいれようぞ、早く帰って孫の顔でもみたいのう」

アームストロング隊長は疲れ果てた筋肉の塊の様な体を軽くほぐすと最後の闘いに備えた、思えばこの二人は墓所の闘いから連戦続きだった。


『エルヴィスさんがそれを持っていたなんて想定外ですよ』


ミロンは一本の触手を伸ばし右目に突き刺さったダガーを掴むと引き抜く、それをエルヴィスに向かって投げつけた。

それは恐ろしい速度で迫るが辛うじて剣ではじく、ダガーは岩壁に深く突き刺さった。

精霊変性物質の短剣がまた嫌な音を立てる。


「ケリをつけるよアンタ!!」

「応よ!!」

スザンナが隊長に呼びかけると力強い応えが返ってきた。

ミロンは再生する力を失い、激しい戦いは続いたがミロンの抵抗はしだいに衰えて行く。


「スザンナこいつは肉片からでも復活できる」

「まあだいたいそんなところだろうね、だがね不死身な存在などいないんだ、不滅が許されるのは神々だけさ」

「なんだって?」

「世界の決まりを作った神々(ルーラー)がそう定めた、定めに逆らう定命の者はその歪みから自ら滅ぶ、そんな都合の良い事なんてないんだよ」

スザンナはそう言いながらミロンの足を根本から押しつぶした。


「闇妖精はどうなんだ?」

それに隊長が代わりに答えた。

「奴らも神々に近いだけよ、いつかは滅ぶ定め」

アームストロング隊長も衰えたミロンの攻撃を交わすし頭を叩き潰した、趨勢は完全に二人の聖霊拳の拳士に傾いた、話をしながら戦う余裕まで生まれていた。


二人の攻撃にミロンは原型も残らぬまで破壊され肉片と化した、それを二人の聖霊拳の達人たちが滅却し滅ぼして行く、やがて総て形ある物は消え去り瘴気と化して霧散した。




「終わったのか?スザンナ」

「まだ解らないね」

スザンナは顰めつらをしながら頭を左右に振った。


「ここは幽界の羊水が多い、奴に不利に働いたかねえ」

スザンナと隊長は座り込み疲労の回復に努めていた。

エルヴィスはアンソニー先生とリーノの無事な姿を見て安心する、彼らも橋を渡り集まる、スザンナ達が休んでいる間に用心棒とエルヴィスでミロンの肉片を捜索したが特に異常は見つからなかった。


隊長は悲痛な目で籠を見詰めている、隊長の部下がここまで運んできた物だ、エルヴィスは隊長に語る言葉が無かった。


「エルヴィス、この仕事は危険でな何人も部下を死なせてきたのよ、子供や孫にさせたくない仕事よ」

「たしかお孫さんがいたっけな」

「前に話したかのう?アンと言う天使の様な孫娘がおるのよ」

アームストロングは破顔した、エルヴィスはスザンナに目を向けた、二人の孫では身びいきだろうと軽く聞き流す事にした。


アンソニー先生は物思いに耽りながら一人大空洞を見詰めていた。







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