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バーナビー=ウィルコックス

エルヴィスは螺旋回廊を登り最後の竪穴を登った、それを待っていたかの様に大気が震え轟音が辺りを圧し始める、ついに魔水が幽界の門からあふれ出したのだ。


開け放たれた墓所の入り口から風が吹き込んで来る。

物悲しげな風切り音がその轟音に伴奏を添えた、嘆きの妖精(バンシー)の葬送の叫びの様にそれは悲しげに響き渡る。

背後にドロシーの気配を感じる、エルヴィスは彼女の膨れ上がる力の気配に驚いた。


「力が流れ込んで来る、もう少しまって」

ドロシーは美しい繊細な柳眉をしかめる、エルヴィスは彼女の額はドロシーにもシーリにもあまり似ていないなと場違いな考えに浸っていた。


「幽界の羊水がじゃまだわ、ここでは力が貯まらないもう行きましょう」

ドロシーは墓所の入り口に向かうとエルヴィスも慌てて後を追う。


「私と手をつないでここから離れます」

エルヴィスは躊躇(チュウチョ)したが彼女の手をとった、だが彼女の手は死人の様に冷たい。


「人の手ってこんなにも暖かかったんだ・・・」

ドロシーはつないだ手を見詰めてそうささやいた、その言葉がドロシーを思わせた、彼女は顔を上げるとエルヴィスを見つめた。


「姿を隠して飛ぶわ、もう少しこっちにきて」


瞬時に術式構築が行使され無詠唱でそれは完成した、エルヴィスはその速さに驚く。

周囲を紫の光に取り囲まれていた、まるで半透明の紫のガラス球の中にいるようだ、一瞬体が浮く感覚を感じると光球ごと床からわずかに浮いていた、そのまま墓所の外に横に滑るように動き出す、エルヴィスの知識にこのような術式は無い。


眼下に壮大な光景が広がっていた、巨大な光の円盤から大瀑布が生じ魔水を大空洞に流し込んでいる、すでに墓所の立つ丘は魔水に半ばまで沈んでいた。

紫の光球が上に向かって上昇し加速した、遥か下に見える壁の亀裂は魔水に沈み野営地の辺りには白い岩の壁しか見えない。


ドロシーがドーム状の天井の一点を指差した、エルヴィスも釣られて上を見る、だが白い天井の一部に傷がある様にも見えたがまだはっきりとしない。

光球が登るにつれて白亜の天井に黒い口を開けた穴が見えてくる、光球はその穴に向かっていく。

速度を落とし穴の中に滑り込むとすぐに鍾乳洞の洞窟に到達した、光球は数メートル横に滑ると着地し消滅した。


それと共に穴から吹き出す強風に髪が乱される、だがその風はもう瘴気を含んではいない。


エルヴィスはこの洞窟に見覚えがある、この縦穴から大空洞を魔術眼で観察した事があった、つい先日のはずだが遠い昔の様に感じられた。

ドロシーの放つ力が更に高まる、だが彼女はどこか寛いだ表情をしている、そして両手を上に上げて背伸びをする、その仕草がドロシーを連想させて胸を刺した。


「これからどうするんだ?ドロシー」

「人が集まっている、ヤロミールの仲間なら聞きたい事がある、いってくる」

「そんな事が解るのか?」

ドロシーはうなずいた。


「エルヴィスさんは?」

「アイツラと合流するつもりだ、お前はスザンナ達に会いたくはないのか?」

ドロシーは頭をゆっくりと横に振った。


「私は、私達は死んだことにして下さい、会ったら闘いになる」

「そうだな」

「みんなを草葉の影から見守っていくわ」

エルヴィスはその言い草に笑うしか無かった、恐ろしい化け物なのに憎しみを掻き立てる事ができなかった、恐怖すら袋の穴から抜け出でる様に消えてしぼんでしまうのだ。


ドロシーの姿が突然変化を起こす、美しい肉体の輪郭が曖昧になると崩壊を始めた、何かが床に墜ちて金属質の音を奏でる。


「ドロシー!?」


『心配しないで狭いところを進むため』


彼女の声が心に響いた、肉体がすべて崩壊し青白い煙か霧の様な物質に変化した、部屋を満たした煙はそのまま洞窟の奥に吹き流される。


『少しでかけてくる、貴方がどこにいてもわかる』


そう心に言葉だけ残して洞窟の奥に風と共に消えて行く。



エルヴィスは呆然としたまま彼女が去って行った暗い洞窟の先をしばらく見詰めていた、床には金属製の照明道具が二つ残されていた、それはドロシーとシーリのヘアバンド型の照明道具だ。

それを両手で拾った一つは向日葵の花の様な飾りがついていた、そしてもう一つは三日月を象っている。


エルヴィスの目に涙が溢れる、なぜか涙が溢れて止まらない、仲間を失ってから初めて自分が泣いている事に気づいた。

あの化け物を倒そうとする気持ちが時間と共に薄れて行く、いつのまにか轟音も風も消えていた。


エルヴィスは下を目指して暗い洞窟を一人進み始めた、生き残った仲間達が待っている。






エルヴィスは古代遺跡まで下る長い通路を目指して暗い洞窟を一人で歩いていた。

胸の照明道具の光が洞窟の壁を照らすと鍾乳柱や岩のテーブルが神秘的な姿を光の中に現す。

まるで黄泉の国を彷徨っているかのような錯覚に陥る。

ふと前方の闇の彼方から物音が聞こえた様な気がした、すかざす姿勢を低め魔術道具の照明を切る。


暗くなると耳が研ぎ澄まされた。


たしかに遠くから湿ったブーツの音が聞こえてくる、エルヴィスは鍾乳洞の壁に静かに身を寄せた。

地下墓所や洞窟の探査に慣れていた、その経験が異変をいち早く捉えた。

スザンナ達かと思ったが足音は一人分しかない更に警戒を強める。


やがて前方の壁が明かりに照らされる、光の感触から魔術道具の光だ。

そのまま息を潜め音の主を観察した、それは次第に接近してくる、かなり急いでいるようで荒い息遣いまで伝わってくる。


その人影はバーナビーだった。


ザカライアを失いヤロミールも離反した今、生き残りの中にバーナビーの味方がいない事に気づく。

思えば今回の調査も最初にこの男が接触して来た時から始まったのだ。


エルヴィスは壁から離れると立ち上がりバーナビーの行く手をさえぎった。


「どこに行くんだ?」


相手は驚愕し狼狽(ロウバイ)した、彼の動揺がはっきりと伝わってくる、誰かに遭遇するとはまったく考えていなかったのだろう。


「だ、誰だ!?」

バーナビーが叫んだ。


「俺だよバーナビー、どこにいくんだい?」

魔術道具の光がこちらに向けられたので思わず目をそらして直視を避ける。

「エルヴィスなのか?なぜこんな所にいるんだ!?」

彼の疑問はもっともだが一々説明する気にもならなかった、バーナビーは魔術道具を元の位置に戻す。


「バーナビー、本隊に合流するのか?」


バーナビーが息を飲む音がする、そしてしばらくの沈黙が続いた、そしてバーナビーの雰囲気が変わった。

「そうか知っていたのか、アスペル女史いやスザンナか?」

「まあそんな処だよ」


「で、そうだとして何をする気だ?」

「お前を行かせるわけには行かない」


本隊がこちらの状況を知るのが遅れる程都合が良い。

エルヴィスは腰の愛剣を抜刀した、僅かに歪曲した片刃の剣が魔術道具の光に煌めく。

精霊変性物質の武器は切れない物を切る事ができる、だが一部を除いて剣として特別優れているわけではないのだ、今は短剣を使う状況ではない。


「なぜこんな所にいるのか知りたいが、先を急がなければならなくてね」

バーナビーも腰の剣を抜く、エルヴィスと用心棒はバーナビーはかなり出来ると読んでいたが、この男の構えからそれが察せられる。


二人は相手を探るように剣を打ち合わせた、すぐに相手の力量が予想以上だと知れて内心舌を巻く。

バーナビーは本格的な高度な剣技を学んでいる、だがこうした実戦の経験は乏しいとも感じた、この男は軍人ではなくペンタビアの諜報関係の任務についていると予想していた、その推理が正しいと確信を深めたのだ、闘いはこの男の仕事ではないのだろう。


そしてエルヴィスは闘っている間は総てを忘れる事ができた、次第に気分が高揚して行く。


「楽しそうだなエルヴィス?」

「そう見えたか?」


楽しいわけではない、だだ逃避しているだけだと内心苦笑した、だがいつまでもこうしてはいられない。

しだいにバーナビーの癖が見えてきた、暗くて足場があまり良くない洞窟の中でバーナビーは実力を出し切れてはいない。


だが自分はそれに慣れている。


剣術試合では無いのだから付け込むだけだ、騎士道精神などお互い持ち合わせてはいなかった。

それにペンタビア(コイツラ)の秘密主義のおかげでどれだけ煮え湯を飲まされた事か、今回の仲間の犠牲も回避できたかもしれない、しだいに怒りが高まる。


「お前らのせいでみんな死んだ!!」

エルヴィスは剣を鋭く打ち込むと、バーナビーはそれを確実に受け止める。


「ミロンは我々の想定外だ!!」

ミロンを招き入れたのは彼らだ責任が無いわけではない。

「黙れ!!」


繰り返し打ち込む斬撃をバーナビーは総て受け流した、それでも彼の息が激しくなって行く。

個性の乏しい十人並の容姿の男だがしだいに疲弊し顔を歪ませて行く、エルヴィスが押し気味で勝利は近いと感じた。


突然の事だった漲る精霊力の波動を感じたエルヴィスは慌てて飛び下がり距離を保った、バーナビーの周囲を淡い緑の光の膜が覆っていた。


「なんだ?」


「これが見えるのか?俺の切り札だこんな処で使いたくは無かったが」

エルヴィスはバーナビーが魔術防護の結界を魔術道具で展開したと推理する、だがこの種の魔術道具は家が買えるほど値が張る、その上使用数も持続時間も限定的でさらに魔術師に充填してもらう必要がある。


「豪勢なものだなバーナビー」


エルヴィスは皮肉に笑ったがバーナビーは何も答えない、彼は息を整え反撃の機会を狙っていた、エルヴィスは捨て身の攻撃を警戒する。

防護結界を利用すれば捨て身の攻撃が捨て身で無くなる、エルヴィスは舌打ちをした。

それを合図にしたかのようにバーナビーが攻勢に出た、守りを捨てた激しい攻撃を受け止め無意識に反撃に出た、それは見えない柔らかな何かに阻まれ剣の力が吸われ敵まで届かない。

バーナビーを護る光の膜がわずかに煌めく。


即座にバーナビーが切り返しエルヴィスはそれをギリギリで回避したが服が切り裂かれた、連続でバーナビーの攻撃が繰り出されたがそれを剣でかろうじていなす。

エルヴィスは左手で精霊変性物質の短剣を抜き打ちに払った、その軌道はバーナビーに届かない、バーナビーは即座に反応し最小限の回避をみせる、だが剣はバーナビーの防護結界を切り裂き光の膜を激しく明滅させた。

エルヴィスは霧散していく精霊力の流れを感じていた。


バーナビーの目が見開かれた、彼はエルヴィスの意図を察した、エルヴィスはバーナビーの防護結界を切れない物を切る事ができる短剣で一気に消耗させる戦術に出た。

そしてエルヴィスには二刀流の心得がある普段はまず使う事は無いが。


バーナビーはエルヴィスの左側に剣戟を打ち込んできた、エルヴィスは無意識に精霊変性物質の短剣でそれを受け止めてしまう、それは体に染み付いた反応だ。

鈍い不快な音を立て精霊変性物質の短剣の刃が僅かに欠けて飛び散った、これは何度か受けると剣が破壊されてしまう。


「くそ!!」


エルヴィスは吐き捨てそのまま曲刀をバーナビーに叩き込む、奴はそれを素早く回避したが、踏み込んだエルヴィスの魔剣が再び防護結界を削る、激しく結界が輝き揺らめいた、そこにバーナビーの剣が叩き込まれふたたび反射的に魔剣で受けてしまった。


魔剣はふたたび不気味な異音を発した。


二刀流は基本的に片方が受けにまわる、それを知った上で奴は精霊変性物質の魔剣を砕きに出てたのだ。


エルヴィスは一度距離を保つと身構えた、バーナビーの呼吸がまた荒くなったがエルヴィスもそれは同様だ。


そして一気に距離を詰め魔剣を突き刺すように突き入れた、それをバーナビーの剣が上から打ち据える、

魔剣はあっさりと地に落ちて音を立てる、だがエルヴィスの右手の曲刀が続いてバーナビーを切り下ろした。


それをバーナビーは見事な反応で受け止めてのけた。

エルヴィスが更に踏み込み鍔迫り合いになるかと思われた時、バーナビーの顔が何かに驚いた様に変わる。


エルヴィスは即座に後ろに飛び跳ね距離を保つ。


バーナビーは己の胸を見たそこから血が吹き出している、そして今度はエルヴィスを見た、エルヴィスの左手には精霊変性物質のダガーが握り締められ刀身は赤く血塗られていた。

最後に落ちている精霊変性物質の短剣を見る。


そしてバーナビーの防護結界は消えていた。


バーナビーは小さく呻くとそのまま地に倒れ伏した。







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