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閉じた世界の決戦

通路の大気が震え熱風が吹き寄せる、スザンナと隊長の背中が蜃気楼の彼方の幻影のように揺らめいた、その熱は二人の巨躯から吹き出していた。


「隊長も聖霊拳の上達者なのよ」

ドロシーの声は震えていた。

「君にもあれがわかるのか?」

「ええ、ここに来てから見えるようになったわ」

美しい首筋をひねって背後を見上げた、すると彼女の大きな目と合った。


スザンナと隊長は通路の途中で歩みを止めた、そしてスザンナが口を開いた。

「ミロン、怪しいとは思っていたが、これほどまでとはね、闇妖精族の復活がねらいかい?」

怪物は身じろぎし赤い目を瞬かせた。


『ふふふ、あなたこそとても怪しかったですよ、ボクの目的は闇妖精族の復活じゃあない、それは手段です』

ミロンの声が陰々と聞こえて来る、口も無い化け物がどこから声を出しているのかわからない、遠くから聞こえてくる様な耳元で聞こえて来るようでもあり掴みどころが無い。


「手段だって?」

『闇妖精族の長を復活させて、パルティア十二神教圏を滅亡させてやりますよ』

「よほど恨みがあるらしいね?」

『ボクはベリアクラムの生まれです、前にエルヴィスさんに話しましたかね、ベリアクラムは闇王国があった土地ですよ、ボク達は忌み人と蔑まれていましてね、その理由を知る為に考古学者になったのですよ、まあ長話はやめましょう無駄な時間はありません』

その言葉が終わる間もなく、空を切る重い音と共に二本の丸太の様な太さの鞭がスザンナと隊長に襲いかかった。


その瞬間二人の姿がかき消え、その後を虚しく巨大な鞭が空を切る、神殿の壁が鞭に激しく叩かれ大きな音を立てた。

エルヴィスはかろうじて二人の巨躯が壁を天井を駆け抜けて竪穴のある大部屋に走り込むのを捉えていた、誰かが消えたと叫んでいる。

その直後ミロンの巨躯が右側に大きく振れると、人の様な姿をした蛸の頭が天井に叩きつけられた、次の瞬間それが天井に押しつぶされた。


スザンナが右手を突き出した姿で構え、隊長の太い足が天井を指している、スザンナが化け物を右側から叩きつけ、隊長が蹴り上げて天井で押しつぶしたのだ。

あの大きさの化け物をあの様にあしらうのだ、とても人間業ではない。


二人は素早く化け物から離れ動いた、反撃で襲いかかる黒い足を安々と躱して行く、スザンナがまったく似合わない侍女服の背中をこちらに見せた。


再び太い鞭が三本スザンナに凄まじい速度で襲いかかった。

スザンナはすべてギリギリの間合いで回避してのけた、その直後背後に廻っていた隊長が化け物の垂れ下がった頭をその信じがたい豪腕で殴りつけた、化け物は振り子のように顔面から天井に叩きつけられる、それをスザンナの豪拳が下から突き上げ追い打ちをかけた。

湿った何かが圧し潰される不快な音がなり響く。


もはやどちらが化け物かわからなかった。


怪物から濃密な瘴気が吹き出すと二人はまた間合いをとって距離を保つ。

ミロンだった化け物は大きく傷ついていた、それは単なる打撃だけではないと直観した。

その滑らかな濡れた黒いなめし革のような皮膚は焼け爛れ瘴気を吹き出していた、特に頭が酷い状態で赤い目は1つに減っている。

何か理解できない力で化け物の頭を集中攻撃したのだ。

だが観る間に化け物の傷が再生していく、やがて潰れた目が開き光が灯った、その瞳は深淵の憎悪に赤く染まった。


『魔界の眷属を滅ぼした事があるそうですね、嘘では無いようだ、でも二人もいるなんて卑怯ですよ』

「切り札は最後に出すものさね!!」


その言葉が終わるとスザンナと隊長が動いた、二人は部屋の右側の壁に同時に飛ぶとそのまま壁を蹴り上げる、隊長とスザンナは化け物の足を狙っていた。

二人の裂帛の気合の叫びと共に化け物は天井から剥がされ、そのまま部屋の左手側に吹き飛ばされ、重い地響きと共に壁に叩きつけられた。


二人の動きは完璧に連携している。


「スザンナと隊長は御夫婦なの」


ドロシーの呟きをエルヴィスは意外だとは思わない、腐れ縁と隊長がこぼしていたのを聞いている、その愚痴はどこか深い愛情に裏打ちされていた。

背後で闘いを見守っていた元部下の男達を見た、彼らの顔もそれを肯定している。

彼らがスサンナ達の昔からの部下ならば化け物との闘いをよく知っているはずだ、よく見ると彼らも剣を抜き放っていた、彼らの剣も並の剣ではない彼らの武器に魔術的な力が込められていた。


「勝てそうか?」

「魔界の眷属の力は底知れない、奴をここから外に逃さなければ勝てる、ここには地の利がある俺たちを犠牲にしてもここで止めを刺すおつもりだ」

三人のリーダ格の男が答えた。

「そんな!!」

ドロシーが悲鳴じみたうめき声を上げる。

エルヴィスは落ち着きを取り戻していた、そっと抱きしめていたドロシーを腕から解放すると隊長から預かった黒い短剣を構える。


「なあ、あんたらは戦わないのか?」

三人の男達は苦笑しながら首を横に振った、そこからは悔しさも滲みでていた。

「こうなると足手まといだ、近づく事もできないぜ」


また重々しい何か湿った物体が叩きつけられる音が響くと、それに隊長の警告が重なる。


「いかん!!」


通路の口から一本の黒い足が凄まじい速さでこちらに向かってきた、それは伸びるにつれて細くなって行く。

エルヴィスの体は無意識に動いてその鞭の先端を精霊変性物質の剣で切り払う。

その切れ端をドロシーが剣で床に叩き落とすと、跳ね上がった先をその美しい脚で迷路に蹴り飛ばした。


彼女も怯えていたが闘いを体で覚えているのか見事な反応だ、迷路からこわごわ様子をうかがっていた地図職人が慌てて奥に逃げ出した。

蛇の様にうごめく切れ端を傭兵たちが魔剣で念入りに切り刻む、やがて破片は動かなくなった。


再びスザンナの闘いに注意を向ける、闘いは未だに続いている、スザンナと隊長は奴を壁際に追い詰めている様子だが全体が見えない、二人の服はかなり傷ついていたがまだ大きな傷は追っていないようだ。


「こちらは大丈夫だ!!」

エルヴィスの声でスザンナがこちらを見ると不敵に笑った。

魔術師なら二人を支援できるのではと思いつき、ザカライアがここにいない事に気いた、バーナビーがいるが彼の顔は死人のように青い、彼は闘いを呆然と見つめている。

エルヴィスと目があうとバーナビーは気が抜けたように呟いた。


「あれは何だ?あんな化け物が存在するなんて」

そして激しく頭を横に振った。


「おいバーナビー、ザカライアはどこだ?」

「なに?」

バーナビーも辺りを見渡しザカライアがいない事に気づいたようだ。

「奴なら二人を支援できるはずだ!」

それを聞いたバーナビーが舌打ちをするのを聞いた、バーナビーは探してくると言い残すと迷路の奥に走り去る。







それは闘いが始まる少し前にさかのぼる。


誰かが叩くのか白亜の扉が僅かに震える、だが外の音はほとんど部屋の中まで聞こえてこない、シーリは目の前にいる男に問いかけた。


「ヤロミール貴方何を考えているの?」


彼女の問いかけにヤロミールは応えない、彼は顔を覆っていたベールを脱ぎ捨てる、象形文字の入れ墨が描かれた顔を晒した。


乾いた音を立てて汚れた白灰色の何かがヤロミールの足元に散らばる、シーリも警戒して身構えると右手をローブの中に潜り込ませる。

ヤロミールがローブから手を出すとその手は魔術道具を掴んでいた。

それと同時に魔術道具が力を放った、禍々しい瘴気が清浄な部屋の中に拡散、シーリの目が驚きに見開かれる。


目の前に骸骨が乾いた音を立てながらよろよろと三体立ち上がったからだ。


「その女を捕らえろ!!」


ヤロミールが骸骨共に命令を下すと魔術の構築を開始する、骸骨達がシーリに向かって遅いかかるがその動きはあまり早くはない。


「まさか死霊術!?」

シーリが叫ぶと同時に先が尖った人の頭程の大きさの氷の塊が宙に生じ、骸骨の一体に突き刺さりそれを粉砕した、それに重ねる様にシーリが詠唱を唱え終えていた。


『氷の槍!!』

現れた氷の塊が更にもう一体の骸骨を破壊する、シーリの右手に鈍く光る魔術道具が握られていた。

さらに力が集まり始めた、氷の塊がふたたび生じ最後の一体を狙うと思いきやそれはヤロミールに襲いかかる。


それはヤロミールの顔面を狙っていた、命中する直前に煌めく光と共にかき消えた、だがヤロミールの詠唱が妨害され力が放散してしまう。

更に乾いた音が部屋の中に響き渡った、彼女の左手に黒いダガーが握られていた、その足元に骸骨の残骸が散らばる、散らばった骸骨の残骸は縮みながら元の骨の破片に還って行く。

彼女の手に握られている漆黒のダガーは精霊変性物質のダガーだ。


ヤロミールは目を見開いたそこには驚きと僅かな賞賛の光があった、だがシーリの右手がローブの中に引き込まれるのを見て彼も動いた。


ヤロミールの足元に再び骨片が撒かれると、魔術道具が力を放ち骸骨の下僕達が立ち上がる。


「妨害せよ!!」

そう叫ぶと再びヤロミールは詠唱を始めた、その直後氷の礫が無数に生じると嵐の様にヤロミールと骸骨に襲いかかる。


それと同時にシーリが詠唱を開始する、大きな精霊力が彼女に収束して行く、骸骨が次々に破壊されヤロミールの防護結界に礫が当たり干渉し燦めきながら消滅していった。

だがヤロミールはそれに耐え詠唱を止めなかった、同時に骨片がばらまかれると骸骨の下僕達が再び立ち上がる。

だが骸骨の下僕達は動かない下僕たちに命令を出すことができないのだ。

ヤロミールは魔術道具を投げ捨てローブの中に手を引っ込めた。


そしてついにシーリの詠唱が先に完成した。

『レイクホルトの霧の三姉妹』


その直後にヤロミールの術が霧散し精霊力が散って行く、ヤロミールは目を見開きシーリ達を見つめていた。


「上位魔術師だったのか」


ヤロミールの目の前に三つ子の姉妹の様に三人の女魔術師が立ち並んでいた、三人同時に不機嫌な顔で頷いた。

「「「ここは狭くて闘いにくい、貴方に聞きたい事があるわ」」」

合唱のように彼女達の声が見事に重なった。


「命の光を追え!!」

ヤロミールは立ち呆けていた骸骨達に命令を下した、今度はシーリの目が見開かれた、骸骨は一番左端の姉妹に向かって行く。


「君は死霊術を知らない」


ヤロミールはそう叫ぶと骸骨の後を追った、一体の骸骨が氷で砕かれ、三姉妹が魔術の詠唱を合唱する。

一体の骸骨が漆黒のダガーで砕かれると、ヤロミールはシーリの左腕を掴んでいた。


初めてシーリの顔が恐怖で歪む。


ヤロミールのローブの中から左手が突き出すとシーリの腹にめり込んだ、シーリが自分の腹を見て痛みと驚愕のあまり目を見開いた。

ヤロミールは銀色の小さな筒を握っている、その筒の針がシーリの服の上から突き刺さっていた。


シーリの姉妹達がかき消え彼女は床に崩れ落ちると手の魔術道具が床に転がった。


「これはまさか!?」

シーリは衝撃を受けていた声を出すことすらままならない。

「幽界の門を妨害する物質だ」

「そんな?あれは普通では手に入らない!」


それに応えずヤロミールは再び術式の構築を始めた、やがてそれは完成する。


『ユパの眠り姫の貞淑の護り』


ヤロミールの叫びと共に、シーリの周囲に現れた幽界の植物がシーリに絡みつき拘束していく、彼女はそのまま壁際に閉じ込められてしまった。


「この術はこのようにも利用できる、失礼だが体を改めさせてもらう」

ヤロミールは拘束されたシーリのローブの中を探ると魔術道具や触媒や魔術的な護符や宝飾品を取り上げる、その量と質にしだいにヤロミールは呆れ顔に変わっていった。

「狭い部屋でなければ危なかった」


「あなた死霊術師では無いのね」

茂みに埋もれたシーリがヤロミールに話しかけた。


「そのとおり死霊術師ならばすぐに気づかれてしまう、私は上位の土精霊術師だ、偽っていたのはお互い様だ」

ヤロミールは黒い背嚢を開き中から道具や皮袋を取り出し床に置いていく、最後に金属製の瓶を取り出したそれはコルクで蓋がしてある。


「目的は何、まさか闇妖精族を復活させるつもりではないでしょうね?」

ヤロミールは作業の手を休めてシーリを振り返る。


「闇妖精族の長を制御する事など人には不可能」

「わかっているなら良かったわ、なら何をするつもりなのヤロミール、外に皆が待ち構えているわよ」


ヤロミールは床に金属のトレイを置くと、そこに革袋の中身を広げ始る、それは何かの結晶の様にも見えた、金属製の瓶の蓋を外すと禍々しい気が部屋に広がり始めた。

そこでやっとヤロミールはシーリに応えた。


「闇妖精族の長をそのまま復活させなければ良いのだ、その方法を我らは長い年月を掛けて編み出した」

「貴方何を言っているの?」

「闇妖精族の力だけ利用する」


その時の事だ部屋全体が重々しく振動すると淡く光る壁が不安定に明滅した。

「とんでもない精霊力が行使されたな?」

ヤロミールが壁や天井を見廻してからシーリを見た。


「私は知らないわ」

シーリはそうとぼけた。







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