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惨劇の幕開け

「まあ良いか教えてやろう、これは幽界の羊水だ」

ザカライアの口調はいつにもまして不快だった、そこに危険な意味を感じ身構える。


「幽界の羊水とは何かな?ザカライア教授」

そこにバーナビーが割り込んで来たのでエルヴィスは驚く。


「ああ?そうだな、人を構成する総ての要素を溶かし込む溶液だ、錬金術の古書に僅かに触れられるだけの幻の秘液だ、不浄な存在を形有る物ならば破壊する力を秘めておる。

うかつな事にこの石桶を見るまで気づかなかった、墓所の外を満たしていた液体も同じものだ、あのような膨大な量になるとかえって見逃してしまうものだ、儂もはじめは酸やアルカリの類と考えたぐらいよ」

ザカライアの口調はしだいに歯切れが悪くなって行った。


この中に闇妖精族の魂が溶けているのだろうか、奴らはこの液体を何かに利用するつもりか。

「まさかこの幽界の羊水の中に闇妖精の長が溶けているのか?」

それにザカライアが応えた。

「可能性はある、だからこそ詳しく調べる必要があるのだ、ここでは不可能ゆえに持ち帰らねばならぬ」


「そんな事ができるのか、これは時間が経つと消えてしまうぞ」

ザカライアとバーナビーが驚いてエルヴィスを見つめる。


「なぜお前ごときが知っているのだ?」

教授のその言いぐさにエルヴィスは腹を立てた、それにこれはシーリから得た知識だった。

「アスペル女史から教えてもらったんだよ」


「幽界の羊水は何もしなければ幽界に還って行く、当然対策は考えておるわ!」

エルヴィスはそこで頭を巡らせた、背骨を象った遺物が収められた箱を思い出す、あれならば幽界の羊水が還るのを止められるのかもしれない、そして荷役人(ポーター)が担いだ黒い箱に目が吸い寄せられた。


あれだな・・・エルヴィスは状況を飲み込んだ、あの箱の中に魔水を持ち帰る為の何かがあるはずだ、石棺を改めて観察すると先程より僅かに水位が下っている。


「幽界の羊水に溶けている、それもベリアクラムの石碑に書かれていたのかね?」

それはアンソニー先生の言葉だった、彼はさっきから沈黙を守っていたが、彼の言葉はどこか幽鬼じみた力のない言葉だ。

ザカライアは先生を一瞥したが鼻で笑うと石棺の観察に戻ってしまった、その態度は肯定に等しい。

「僕を騙していたのかな?」

ザカライアは先生を振り返った。


「君の父はそこそこ優秀な魔術師だった、だがつまらない死に方をしたな、だがお前はそれ以下の落ちこぼれではないか、この世界の理に近づく資格がなかったのだ」

「つまらない死に方だって、よく知っているね?」

「どうせそうに決まっておるわ!」

ヤロミールは沈黙を保っている、バーナビーは平然としていたが僅かに苦渋の色を浮かべていた。

シーリとドロシーも何か言いたげだがスザンナが二人を抑えている。

エルヴィスも一言いいたいが敢えてその気持を抑えた、これから決定的な何かが起きる予感がしていたからだ。

今は聖霊教の聖女であるスザンナの判断を信じる。



「あのですね、中に入っていいかな?」

そこに空気を読まない地図職人が入り口から声をかけてきたので緊迫した空気が壊れた、彼は入り口から部屋の中を覗き込みながら見廻している。

「それはならん!」

ザカライアがなかば怒鳴るように拒否したので、地図職人は首をすくめ苦笑いをしながら入り口から逃げてしまった。


「なあ、この奥の区画の調査を進めようエルヴィス、このまま放置するのはまずい」

部屋の外からじれたような親方の声が聞こえてきた。


「そうだ調査をすすめるぞ!まだ重要な物がある」

液体に満たされた石棺に見惚れていたザカライアが顔を上げた。

ヤロミールが黒い箱を背負った荷役人を呼び寄せ、箱を受け取ると部屋の中に運び込み床に置いた、驚いた事にザカライアも自ら箱を受け取るのを手伝っている、よほど大切な何かが収められているに違いない。

そしてスザンナがこの箱を穴が空くほどの眼力で睨みつけていた。


ふとアンソニー先生が石棺の側で立ち尽くし呆然としていたので心配になり声をかけた。

先生は何かつぶやいていたが全く聞き取れなかった。

「先生そこは危険です離れてください」

「ああ、すまないねエルヴィス君考え事をしていたんだ」

先生は床に置いてあった背嚢にメモなど道具を詰め込むとあわてて部屋から出て行った。


「私はこの部屋をもっと調べたい」

ヤロミールがそう求めるとザカライアがそれを承諾した。


「良いか選ばれた者以外は部屋に入ることを禁ずる」

ザカライアはそう宣告する、間違っているわけではないが一々不愉快な言い草だ。


部屋の扉はそのままに、再び調査が再開される事に決まった、エルヴィスは告時機を確認し、空気の成分を分析する魔術道具を稼働させた、結果今の処は問題はなかった。

ザカライヤが部屋から出ると用心棒が続きドロシー達も部屋から出て行く、スザンナはヤロミールが気がかりなのか最後まで彼の背中を見ていた。

隊長達も気がかりながらもザカライアの後に続いた。


エルヴィスが部屋から最後に出ようとしたその時、背後で耳慣れない音が聞こえたので石棺に急いで戻る、ヤロミールもその音に驚いたのか石棺の側で立ち呆けていた。

見ると小さな銀の円盤が輝きを増し魔水の水位が上がって行く、魔水が減ると補充される仕組みなのかもしれない。

ならば大空洞はもともと魔水で完全に満たされていたのだろうか。


「やはりあれと同じなのか」

ヤロミールがつぶやくのを確かに聞いた。


「おい何をしているんだエルヴィス」

奥から親方の呼ぶ声が聞こえて来た。

「ああ、すぐ行く」

エルヴィスはそれに応えて急いで部屋を後にした。







まず十字路の右側から調べ始めた、その奥は不定形な小部屋が三つそれを複雑な構造の通路が繋いでいた、確かに小さな迷路と言ったところだ。

その小部屋の中には何も無い、その度に団員に落胆が広がった、だがザカライアはまったく気にしてはいなかった。

だが最奥の部屋は違っていた、先程の部屋と同じく古代の石棺に似た箱が安置されている。


「まさかこれか?」


ザカライアの声が上ずる、セオリー通りに危険な罠の調査を始めたがこの部屋にも魔術的な防護は施されていなかった。

石棺に接近したエルヴィスは恐る恐る中を覗き込む。

底に薄黒い灰色の破片と砂の様な物質が堆積していた、それは粘り気のある半透明な青い液体の上に浮かんでいる。


「なんだこれは!?」


エルヴィスはザカライアを睨みつけた、教授は僅かに怯んだが、だがすぐに嘲るような顔に変わる。

そしてエルヴィスはザカライアの態度に不可解な疑問を感じていた、もともと彼には性格的にこの傾向があったがどうも普通では無い。

普段の何倍も強くこの男の人格の歪みが表に出ている様な気がするのだ。


「記録が正しければこれは闇妖精族の姫の灰だろうて、だが魂が隔離されている為に再生ができぬ、その上ここは魔界への門は開かぬ、この中では魔界に由来する総てが力を失うのだ、この世の摂理に反した闇妖精族の監獄に相応しい場所だ」

ザカライアは石棺の底を指差した。


「姫は永遠の責め苦を受ける為に、肉体の根絶を免れていると記録されておる、ならばこれがそうであろう」

エルヴィスは闇妖精に関わる妖しい伝説を脳裏に掘り起こした。

人の血を求め呪われた不死者を生み出し使役する不老不死の闇の支配者の伝説だ、灰にされても甦る再生力を持つ不死身の魔物。

彼らにより村や街が滅びその度に聖霊教会や魔術師ギルド連合が総力を持って抹殺してきたと伝えられている。

だがその実在をエルヴィスが確認したわけではない。


「これが闇妖精の灰なのか」

「だがこの中では無力だ恐れる必要はない」


そこに後ろからヤロミールがシーリに声をかけてきた、ヤロミールはあの部屋で調査をしていたはずだが。

「アスペル女史、水精霊術師としてもう一度幽界の羊水に関して君の知見を聞かせて欲しい、部屋まで来てくれないか?」

シーリは困惑してスザンナを見てからこちらを見た、どうしたら良いか判断を求める顔だ。

「アスペル君、彼に協力してやれ』

ザカライアは少々非礼な態度でそっけなく命じる。


スザンナはシーリとドロシーに目配せしたそこに言葉はない。

「ドロシー、私について来て』

「わかったわ」

部屋に向かうシーリの後をドロシーが追った、スザンナはアームストロング隊長に眼をやると隊長はそれにうなずくと、そのままドロシーの後に続いて迷路の奥に消えて行った。

だが彼の部下三人はそのままここに残る。



「なあザカライア教授これを持ち帰るつもりなのか?」


少し間を置いてからザカライアはエルヴィスの方を振り向いた、奴の顔にはこいつ何を言っているのかと書いてある。

「愚かな何の為にここまで来たと思っておるのだ?」

「あの箱の中に有る物ならば安全に運べるのか」

「察しが良いな、闇妖精の魂を溶かした幽界の羊水とこの灰を持ち帰る、安心しろ我らも闇妖精族の長を復活させるつもりなど無い、あれを御する事など不可能だ」


バーナビーを見ると奴も小さく頷いた、だが彼も顔色が心なしか悪い。

「管理には細心の注意を要する、それでも持ち帰らねばならない」

「わかっておる!」

ザカライアは感情的に怒鳴ったやはりこいつは普通では無い。


そしてエルヴィスはスザンナを見たがなぜか眼を合わせようとはしない。


「ところでなぜお前がここにおるのだ?」

ザカライアはここでスザンナに噛み付いて来た。

「あたしはアスペル様の替わりに見届けるのが仕事さ、だからドロシー副隊長だけ連れていったのさ」

そう言って大きな肩を竦めてみせた。



その時迷路の向こうから叫び声が聞こえて来た、それは隊長とドロシーの叫び、そこにケビンの叫び声が混じった、そしてリーノの甲高い怒りの声が聞こえる。

何か厄介な問題が起きたらしい。


「リーノ!!」

用心棒が真っ先に駆け出す、エルヴィスもドロシー達の元に迷路の中を駆けた。







墓所の最深部で騒ぎが起きた頃、地上の入り口を警備していた二人の傭兵は平穏で退屈な仕事に飽き飽きしていた。

傭兵の一人はあの口の悪い壮年の男で、もうひとりは傭兵隊の中で一番若い男だった。


(ダル)いな昼飯はいつだよ?」

「そろそろですかね?」


「あれ?見てくださいアイツ戻ってきましたよ」

若い傭兵が指した先に、壁の亀裂から出てきたばかりのミロンの姿が見える。

「ああ、あいつだな随分時間がかかったな、まさか地上まで行って来たのか?」

そのミロンらしき人影はゆっくりと丘に向かって歩いてくる。


「先輩あいつ何か持っていますね」

若い傭兵は先輩を見上げた、その口調はどこか不安を忍ばせている。

「ああたしかに、いやまてあの不気味な棒じゃねえのか?」

二人はミロンが持っている少し曲がった歪な細長い物体が、墓所の中に収められていた背骨の様な杖だと気づいた。


「あれがアイツの忘れ物なのですかね?」

「まさか、勝手に持ち出したのか、どうやって開けたんだ?嫌な感じがするぜ気をつけろよ」


ミロンは丘の麓までやってくる、そしてそのまま真っ直ぐ丘を昇って来た、傭兵たちは彼を尋問しようと動いた。

だが彼らの足が止まるミロンから信じがたい程の威圧感を感じ足がすくんだ。

彼らに見えない物が見える能力が在るなら、不気味な杖から吹き出す粘りつく液体のような瘴気がミロンの体に吸い込まれているのが見えただろう。


ミロンは信じがたい程大きく二人には見える、実際ミロンの大きさが変わったわけではないそう感じるだけだ。

若い考古学者は凶悪な猛獣の様な威圧感を纏っていた、そしてミロンの双眸は金色の光に満たされている。


『お前何だよ?』


そう口にしたが言葉にならない、喉がかわき思うように口も動かない、恐怖から体が勝手に逃げ出そうとしていた。

理性は地下にいる仲間達にこの異常事態を伝え無ければと訴える、だが体は一目散に何もかも放り出して逃げ出そうとしていた。


若い傭兵が何語か理解し難い叫びをあげ坂を駆け下り始めた。


『ごめんニガスわけにはいカないんだ』


それはミロンの声なのか心に聞こえてきたのか判然としない、ミロンの左手が黒い鞭の様に変化して伸びると若い傭兵の体に巻き付き、あっという間にミロンの側に引き寄せた、若い傭兵は恐怖のあまり絶叫した。

ミロンの口がまるで貝かタコの口の様に窄まり長く伸びると彼の額に張り付いた。


そして何か硬い物が砕ける音と共に若い傭兵の絶叫が途絶える、そのまま彼の頭の中身を吸い出す不快で恐ろしい音が聞こえて来る。

更に胴体から触手が伸び彼の体に張りくと装備を凄まじい力で引き剥がし砕く、そして引き裂かれた体から大量に吹き出した血でミロンを赤く染めた。


「テメエが犯人だったのか!!」


恐怖で動けなかったベテランの傭兵も(イカリ)が恐怖の束縛を打ち破った、この男も多少やさぐれていたが優秀な傭兵だった。

勇敢にも剣を引き抜きミロンに斬りかかる、だが剣先が触れる事は無かった、新たな触手が腹から生えると男は跳ね飛ばされた、丘を音を立てて転がり落ち全身が激痛で痛み呼吸が乱れる、霞む目で見上げるとミロンが後輩の屍体を貪り食っていた。


『くそ、高賃金に釣られたら化け物がいたってか』


何とかここから脱出すると決意した、悪いがアイツを食っている間に逃げる、視界の端に愛剣が見えた。

剣にまろび寄り手に掴む、剣を捨てて逃げようとは思わなかった、これは傭兵の本能だろうか。


『アイツラ失敗したが、やろうとしていた事は正しかったよな』


こんな状況で死んだ仲間の事を考えていた、背中が焼ける様に熱い、なんだなんだこれは?

背中を見るとおかしな黒いヌルヌルとした不気味な物体が張り付いている、その先を見るとそこにミロンがいる、もはやその姿は人間ではなかった。


『ああ、逃げられねえ、せめて地下にいる奴らに教えてやりたかったな』


凄まじい力で化け物に引き寄せられた、迫り来るタコの様な口が最後に見た光景の総てだった。






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