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集結

凄まじい轟音と空気を震わせる振動が透明な壁から伝わってくる、異界の魔水が吹き出す様は大瀑布の様だ、巨大な白銀の円盤に生まれた光の穴からそれは吹き出している。


エルヴィスは今最高の観覧席から分厚いガラス越しにその雄大な現象を眺めていた、今まで魔水があふれる時間は地上に還る途中だったり居場所が悪かったからだ。


魔水は大空洞を満たし中央の丘が沈んでいく、やがて墓所の足元まで達すると更に水位が上がって行く。

墓所の上で光り輝く巨大な宝石が沈んだところでそれはやっと止まった。


エルヴィスはいつもの重苦しい気分にさせる瘴気が消えて呼吸が楽になった様な気がした、あの不気味な遺物を収めた長い箱を探そうと背後を見るが、あの箱はザカライア達の本部区画にしまい込まれた後だった。

エルヴィスは軽く舌打ちした、しかし残りの黒い箱に何が入っているのだろうか。


臨時の野営地は夕食の準備で賑わい騒がしくなった、今晩ここで一泊し時間を無駄にせず墓所を調べる時間を最大限に確保する事に決まっていた。

今日は墓所を開封し地下通路を発見し足場を造るところで終わった、だがそれらの事は無駄ではない次に進むのに必要な過程だ、そしてシーリの思わぬ事故で多くの発見が生まれた。


墓所は再び封印され今は魔水の底に沈んでいた。


魔水に沈んだ墓所を眺めていると背後に人の気配を感じた、この気配はドロシーに間違いない、最近感覚が鋭く研ぎ澄まされていた。


「ドロシーかなんだい?」

思わず漏れた言葉が柔らかいそれに密かに自嘲した。


「あら気配を消して驚かそうとしたのに」

拗ねた様なそれでいて少し甘えたドロシーのささやき声が聞こえてくる。


「もう痒くないのか?」

「嫌ね!その話はしないでくださいエルヴィスさん、もう大丈夫です」

そこでエルヴィスは背後を向き直り壁を背にした。


すっかり体調が回復したのか彼女の顔色も肌の艶も良い、炊事に使われている魔術道具の加熱機の光の加減もあるのかもしれない。

温かい赤みを帯びたオレンジの光が白亜の壁に照り返していた、少し怒った顔が美しい、彼女の大きな茶色の瞳も心なしか艷やかに見える。


「ドロシー今日は心配かけたな」

「ええ、うちのシーリがご迷惑をおかけしました」

まるで保護者の様な口ぶりにエルヴィスは笑った、実はシーリの方が彼女より一つ年下だがそうは見えない。

二人を並べたら声も容姿もシーリの方が年上に見える事だろう、それを彼女は気にしているのかもしれない。


「子供じゃないだろ」

「ええ、妹や弟達の面倒みていたから、どうしても気になるの」

ドロシーはそう言い訳をした、だが彼女の目の動きが彼女の嘘を教えてくれる、だがエルヴィスはそれを追求する気はない。


「君の国はタバルカだったな、そこに家族もいるのか?」

「そうよ人よりも羊や牛の方が多いと言われているわ、七人家族で私は五人兄弟姉妹の一番上よ」

「家族の為に働いているのか?」

「それもあるけど、小作人が三人いるくらいで貧乏ってほどじゃないのよね」

どうやら彼女の家はそこそこの規模の自作農らしい、彼女がそれなりに教育を受けている理由もわかる。

たしか送金をしているような事も前に言っていた。


「一度行ってみたいな」

「ええ、ぜひ!」

そう前のめりに叫んでからドロシーの顔が赤くなった。

「タバルカの名所を案内します、けっこう詳しいですよ」

彼女の目の動きが答を教えてくれる。

「ドロシーその時は案内を頼むぜ」

ドロシーは嬉しそうに微笑んだ、彼女の大きな口が笑うと本当にお天気人形が微笑んでいるように見えて笑いがこみ上げる。

「私の・・・家の羊たちにあってくださいね」

両親や妹達じゃないのかよと心の中で突っ込みを入れた。


「ドロシー食事だよ!!」

そこにスザンナの良く通る声が聞こえてきた。


「食事の後でこの階層を見回る予定だ、スザンナ達に伝えてくれないか?付き合って欲しい」

何かを察したドロシーの表情が一変しシーリの護衛の顔に変わる、そして周囲にすばやく視線を流すと頷いた。


「わかりました、ではあとでまた」

ドロシーの潜めた声は細くて高い、彼女は別れを告げるとそのまま自分の場所に引き上げて行く。






食事を終えるたエルヴィスはドロシー達の区画に向かった、仕切りの前まで来ると声をかける。

「アスペルさんエルヴィスです」

中でバタバタ音がしたがやがて入り口の布の隙間からドロシーが顔を出す、目が合うと彼女は微笑んだ、そしてすぐに頭を引っ込めてしまった。


「準備はできています」


シーリの落ち着いた美声が布の向こうから応えた、やがて人が立ち上がる物音がすると、ドロシーの薄く日に焼けた手が入り口の隙間から出てくると入り口の布を開け放つ。

まずシーリが出てきたがエルヴィスを見てすぐに顔を伏せてしまった、それにスザンナが続いたが彼女の顔はいつになく厳しい、最後にドロシーが出てくる。

しかしドロシーも従者が板に付いていた、スザンナは聖霊教の聖女だがこの中では一番身分が低い使用人なのにドロシーを小間使いにしていた。


「では行きましょう」


エルヴィスは親方や用心棒に見回りを告げると、透明な壁ぞいに大空間を一巡りする通路を進み始めた。


「ところでなんの話だい?」

エルヴィスが話を切り出すより先にスザンナが口を開いた、するとシーリが魔術術式の構築を始めたので彼女の力の波動を感じ取った。


「防音障壁だな」

エルヴィスがそう呟くと、シーリは動揺したがそれに耐えて術を完成させた。


「エルヴィスさん魔術がわかるのですか?」

シーリが近づいて来た。

「力と詠唱の音でなんとなくわかる」

「もしや魔術言語をご存じ?」

「全然わからない、だが術式構築の感覚と音で区別しているだけだよ」

どこか感心したようにシーリは頷いた。


「私は、水の・・中位精霊術師ですが、これは『水底の静寂(シジマ)』水精霊術の下位の防音障壁ですが、アルムト語に訳すと水底の静寂(シジマ)と言う意味になります」

「なるほど勉強になったよ」


「さあ進みましょう怪しまれますよ」

ドロシーが背後を見ながらみんなを急かし始めた、たしかに階段橋の部屋の中の様子が見える距離だ。

「さあさあ本題に戻りな、ついでに歩くんだ」

スザンナも皆をうながしたのでエルヴィスを先頭に進み始める。


そして歩き始めてすぐに疑問をスザンナに投げかけた。

「スザンナあんたも穴の底を見ただろ、あれは何だ」

「アタシもあんな物は見たこと無いよ、でもねあの先は(ウツシ)し世では無いのかもしれないね」

(ウツシ)し世では無いだと?」

「五万年前は(ウツシ)世と幽界を簡単に往来できたと言われるんだよ、あんたなら知っているはずだ、あれがそうだとはまだはっきりとは言えないがね」

「魔界もか?」

スザンナは頭を横に振った。

「魔界は世界の理に背いた者が送られる牢獄だよ簡単に境界を越えることはできない、だが幽界は向こう側が手を差し伸べるなら今でも越える事ができる」


「エルヴィスさん、数多くの魔術師達がプレイン境界を越える方法を研究し挑みましたが成功した者はいません」

それはシーリの落ち着いた声だ、言葉を発してからエルヴィスを見つめる、だが彼女の目は魔術師の眼をしていた。


「あの墓所の通路は幽界への通路の生き残りの可能性があるのか、そんな物を奴らに渡して良いのか?」

スザンナの金壺眼(カナツボマナコ)が睨む。

「絶対に渡すわけにはいかない」


「魔術師ギルド連合も大人しくペンタビアに遺跡を渡す気はないようですが、扱いに困惑しているようです」

シーリがふたたび言葉を発した、彼女の言葉から魔術師ギルド連合はペンタビアに遺跡を独占させるつもりもないが、あまりにも問題が大きく扱いに困惑しているそんな意味だと受け取った。

しかし一人の中位魔術師にこれだけの大任を良く押し付けたものだと呆れた。



話している間に四人は回廊を半分ほど周り、銀の像が格納されている部屋に繋がる入り口の前まで来ていた。

四人はそのまま部屋に向かった、最奥の部屋の中で銀の像は前と変わらず壁沿いに立ち並んでいた。


「何度見ても美しい像だ、どこかドロシーに似ているな」

「妖精族に似ているのかもしれませんわ」

それに応えたのはシーリだ、彼女の言う通り古代遺跡の壁画に残されている妖精族の姿に似ていた。

人の姿に似せて創られ神に近い力を持ち人の上に数万年にわたり君臨した強大な種族の姿だ。

「たしかにな」


「これ動く様な気がするのよ、何か決まりがあるはず」

ドロシーはこわごわと美しい銀の像を見つめながらつぶやく。


「そうかもしれない、だが触らぬ神に祟りなしさドロシー」

「何?触らぬ神に祟りなしって?」

「用心棒の故郷の格言らしいぜ」

「あの人の故郷ってどこなの?」

エルヴィスは軽く笑った。

「教えてくれないんだ、まあ個人的な事情に突っ込まないのが俺たちの決まりだ」

「あら・」


「さて楽しいところ申し訳ないが、質問はそれだけかね?なければ先に進むよ」

スザンナは苦笑を浮かべながら横槍を入れてきた。


エルヴィスは気を取り直してもう一つの疑問を投げかける事にした。

「なあ、あの気味の悪い遺物は何なんだ?」

スザンナの顔が深刻な厳しい顔に変わった。


「なんたは聖霊拳にどこまで詳しいかね、上達者の事だが」

「あれと関係があるのか?」

スザンナは頷いた。


「聖霊拳の上達者は超人的な力を使うと聞くがそれは本当なのか?」

「それは事実だよ、その力の源は幽界から導かれる精霊力、それは幽界の門から導かれる、そして幽界の門は背骨の底にあると私達の中では言われているのさ」

「背骨の底!?」

スザンナは自分の言葉が染み渡るのを待つかの様に間を置いた。

「聖霊拳ではね腰骨の底にその門があるとされる、ここには人の退化した尾があるのさ、人が創造された時の名残とも言われているのさ」


「奴らは魔界への門だと言っていたな、たしか闇妖精族の長の灰から作り上げ模したものだと」

「良く覚えていたね、私も聞いたよ」

「だから背骨を模していたんだな!」

「そういうこった、あれも世に出して良い物ではないね」

スザンナの押し殺した言葉の端から怒りを感じた。

「いろいろ勉強になった」

「あんたが好奇心旺盛で助かったよ」


「なあ、この先どうするんだ?スザンナ」

「アタシも解らないね、あの中の事がわからないんだよ、出たとこ勝負だね」

スザンナは肩を竦めて見せたのでエルヴィスも呆れるしか無かった。


「無責任だと思わんでおくれ、聖霊教いや東エスタニアの歴史は千年、それ以前の知識はやはり西に負けるんだよ」

「孤立無援だな」

スザンナはそれに苦笑し首を振った。


「ここだけなら圧倒的にアタシらが有利だよ、不確定要素があるけどね」

「不確定要素ってミロンの事か?」

スザンナは無言で深く頷いた、しかし本当に圧倒的に有利なのだろうか?エルヴィスは密かに疑問を感じていた。


「さあそろそろ先に進もうかい」

スザンナに追い立てられるように三人は巡回に戻る。






アンナプルナの険しい山容が夜の闇を背景に浮かび上がる、歯の付いたナイフの様に無骨で鋭い。

その闇の中に青い光が灯り点滅する。


「奴が戻ってきました」

その言葉は訛りが酷く聞き取りにくい、言語に詳しい者なら北方世界の言葉だと理解できるだろう。

すぐにオレンジ色の光が灯り辺りが明るくなる、これは魔術道具の光だ。

その灯りの中に防寒具に身を固めた集団が浮かび上がる、辺りに毛皮の敷布と毛布が散らばりここで野宿をしていたらしい、総勢十人を越えるだろうか。

そこに同じ様な防寒具に身を固めた大男が闇の中から現れた、光に照らされた男の顔色は抜けるように白く炎の様な手入れのされていない赤い長髪が目立つ、厳つい顔だが年齢はせいぜい二十代後半だろうか。

だが光に照らされた男の顔は疲れを隠し切れていない。


その大男は集団のリーダらしき壮年の男の前に進みひざまずいた。

「ヤロミールに無事引き渡しました」

「わかったご苦労だったな、これでなんとか間に合ったか」

すると別の男の声が背後から上がる。


「ここまでくればあと二日ですな」

「我らも手間取った、だがこれ以上の失敗は許されない、導師様に合わせる顔が無くなる」

周囲から賛同の声が上がった。








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