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墓所へ

環状の蛇の神殿の入口の前に調査隊のメンバーが集まっている、そこにザカライアとバーナビーがやって来た、彼らの後から五人の荷役人(ポーター)達が極秘の荷物を運ぶ、最後尾にヤロミールの姿も見えた。


「慎重に扱えよ?」

ザカライアが荷役人(ポーター)達に言葉をかけたが彼らはまったく反応を示さず黙々と進んで行く。


エルヴィスはその荷物をあらためて観察した。

黒い頑丈そうな五十センチ四方程の金属で補強された箱が二つ、そして奇妙な似た材質でできた長い箱。

二つの箱は背負う荷役人の様子からかなり重そうだ。

長い箱は二人がかりで運んでいる、たぶん墓所の鍵になる石版は四角い黒い箱のどちらかに入っているはずだ。

荷役人(ポーター)の一人は大きな見慣れない背嚢を背負っていた、それに僅かな違和感を感じた、以前にこんな荷物があっただろうか。


気を取り直して見送りに来たラウルに目配せするとラウルはニヤリと笑う、砦の野営地にいる者たちの運命は奴にかかっている。


全員集まったのを確認するとエルヴィスは出発の号令をかけた、エルヴィスを先頭に隊列は神殿の中に踏み込んでいく。

先頭は何時もの通りにエルヴィスと用心棒、その後にドロシー達が続く、その後ろに地図職人とリーノと親方達が続いた、今日は親方の弟子達全員が参加している、大きな背嚢を背負ったケビンもいる。

その後ろからザカライア達と奇妙な荷物、その後ろにアンソニー先生とミロン、最後はアームストロング隊長と彼の仲間の傭兵三人そして口の悪い男と若い傭兵だった。

これが今日の調査隊の陣容だ。


そこから複雑な洞窟の中を一時間以上かけて進み、長い下り階段に到達した処で最後の小休止の為に調査隊は止まる。


「嵐が来るわ」


ドロシーの声が背後から聞こえてきた、彼女は声が高いので年齢より幼く思われると嘆いていた事があった、おかげで会話相手の声が聞こえなくても彼女の声だけが聞こえてくる。

魔水が引く刻も近かったこれも織り込んでいる、僅かに空気が揺らぎ洞窟の奥に向かって空気が動き始めた。

笛のような甲高い音が聞こえた直後に、凄まじい轟音に調査団は包まれた、こうなるとどんな大声を上げても何も聞こえなくなる、だた嵐が過ぎ去るのを待つしか無い。




調査隊が出発してから一時間ほどたった頃、下働きの男がエルヴィスチームの天幕を訪れた、消費物資を報告する日課の業務だ、だが留守番のラウルの姿が見えないので男は小首を傾げた。

気を取り直し野営地を一周りした、大して広くも無いのですぐに一周してしまう、だがどこにも彼の姿が見えない。

急に男の体が悪い予感で震えた、慌てて野営地の外を眺めたがラウルの姿はどこにも見えない、野営地から一人離れていく下働きの仲間を最後に目撃したのは他でもない彼だった。

小さな岩山の隙間の向こうに広大な湿原がどこまでも広がっていた、しだいに不安が募るが報告すべき相手はこの野営地にいない。


その頃ラウルは湿原を遥か後ろにして森の中の道なき道を足早に進む、目の前の森を抜けると丘の上に草原が広がる、それを下り小川を渡ると砦の野営地まで森の中を進むだけだ。

ラウルは昨晩エルヴィスから総てを打ち明けられた、そして彼の言葉を信じる事にしたのだ。

あの地下の生ける古代遺跡を見ていなかったら信じなかったに違いない、あの遺跡の価値はエルヴィスチームだからこそ理解できる。

木の根を飛び越えながら急いだ、次第に陽も高まり森の中の空気は湿り次第に気温も上がる、遠くからあの不気味な轟音が聞こえてきた。






調査隊は橋を渡り大回廊に到達した、階段橋を昇り透明な壁の部屋に荷物を運び込む、部屋の中は天幕の布で区切られてまるで街の市場だ。

あの荷物はザカライア達のスペースに直ぐに運び込まれてしまった。


エルヴィスは全体の様子を見るため、まず最初に本部スペースの外にいるバーナビーに話しかける、ザカライアとヤロミールは中にいるようだ。

中を見たかったがバーナビーは察して頭を横に振った、内心ムカついたが心を落ち着かせる。


「バーナビー、そちらの準備はすぐできるのか?」

「ああ、直ぐだ石版の準備をするだけだ、お前の方はどうなんだ?」


「墓所を開けて見ないと必要な物がわからない、最低限の物しか持たないよ、まあ俺たちは内部に古代文明時代の仕掛けは無いと見ている、入り口が破られてしまった時点で小細工する意味は無い、ただし追加された余計な物があるかも知れん」

「闇王国時代か?」

「もしくはその後の調査の時に造られた何かだ、内部の構造によっては大仕事になるさ」


長年の古代遺跡の研究から、墓所はそれだけで完結している場合もあるが、さらなる地下の構造体の入り口になっている場合の方が多い、接続方法が階段であったり、竪穴だったり幾つかの種類があった。

特殊な物としてどんな生き物が使っていたのか理解できない物もある、巨大な芋虫か蛇の様な何かが通ったとしか思えない通路など、それを想像して背筋が寒くなったものだ。

開けて見ないと何が必要になるかわからない。


今度はザカライア達のスペースの奥から魔術の発動を感じる、エルヴィスには何の術かまではわからなかった、どうせ防護結界の一種に間違いないだろう。


「じゃあまた後でな」

エルヴィスは軽く別れを告げると見回りを続ける。



今度は遠目にも落ち着きの無いアンソニー先生の処に向かった、彼は荷物を整理しながら持って行く物に悩んでいた、そしてさり気なくミロンにも注意を払う。

ミロンは先生の準備を手伝っていたが、こうしてみると誠実な若い助手にしか見えない。


「先生調子はどうですか?」

先生は下を向いてエルヴィスが近づくのに気づかなかった、ミロンが先に気づく。

「先生・・」

「おおエルヴィス君か、興奮しているんだ生きている墓所の封印が解かれる現場に立ち会えるからね、普通の人間には一生お目にかかれない奇跡さ」


「エルヴィスさん、聖域神殿(サンクチュアリ)や聖霊教会のような一部の者が知を独占しているんですよ!」

そこにミロンがいきなり割って入ってきたのでエルヴィスは驚いた、彼の言葉の端から強い怒りを感じ驚く、前にも一度こんな顔をしたミロンを見たことがあった。

「それが不満なんだな」

「そうです、僕は最後まで忘れた事はありませんよ、これでも学者ですからね」

彼が感情を露わにするのは珍しい、だがエルヴィスは今の言葉がスザンナに聞かれたか気になって注意がそれてしまった。


「先生、ミロン、墓所の中に他の副葬品があるか解るかい?」

アンソニーの口元に僅かな皮肉な笑みが浮かんだ、そして頭を横に振る。

「そうだね、ただ価値があるだけの物は無いと思う、王族や貴族の墓ではないからね」

エルヴィスもそう考えているので頷くだけだ、ミロンも同感らしい。


「あの中に封じ込めるしかなかった物が収められていると思うよ、壊せるものや無害化できるならそうしているはずさ」

「教授達の関心は闇妖精族の魂ばかりでね、俺達は古代文明の一級の遺産に興味があるんだ」


「君の気持ちはわかるけどね、でも僕はここは少なくとも二度以上開けられていると思うんだ」

エルヴィスは知識を動員する、最初に五万年前に闇妖精族が滅ぼされた時、そして二千四百年前の闇王国の時代に開けられているのは間違いなかった。


「先生、エルヴィスさん僕もそう思いますよ」

「やはりそうか、あまり期待はできそうもないな」

エルヴィスは肩を竦めて見せた。

「でも何かが残ってるかもしれないよエルヴィス君」

先生が冗談めかして慰めてくれた、そこで区切りが付いたので二人に別れを告げる、今度は隊長達の処に向かう残された休憩時間はそれほど無い。



アームストロング隊長は傭兵たちと談笑している最中だ、死んだ傭兵達ももっと早くから隊を組んでいたら脱走事件は起きなかったかもしれない。

そしてこの男も謎が多い、剣の腕前も確かで鋭い剣筋の持ちで、精霊変性物質の短剣まで持っていた。

今はアームストロングがスザンナの協力者だと解てるが敵ならば厄介だ、そしてまだ何かを隠していそうだ。

彼の元部下の傭兵達もかなりできる、いや身分を偽っているだけで今も部下の可能性は高い、新規の傭兵達とも巧くやっているようだ。


「隊長、何か問題はあるかい?」

「いや何も問題は無いぞ、これから起きるかもしれないがな」

アームストロングは呵呵と笑う、それに口の悪い傭兵が文句を言った。


「縁起でもない、あそこを開けて化け物が出てきたらどうするんだ?」

「ん?それを退治するのが我らの仕事ぞ?」

アームストロングは男の無礼な態度も気にせず余裕でニヤニヤと笑っている。


「それって、魔術師や聖霊教の坊主の仕事でしょ?剣で切れそうも無いのを相手にするのは俺らの仕事じゃないぞ?」

「実体がある方が危険だぜ?それだけこの世界に存在が根付いているって事だ」

隊長の元部下の男の一人が突っ込んだ。

「そうなのか?俺は学が無いからわからないが」


「マジメな話その危険はあるのか?隊長」

「墓所の内部の瘴気は外に捨てられる仕組みだそうだな」

「中は安全だと?」

「俺は学者ではないからな、詳しいことは知らんぞ?」


周囲に目を配ると皆それぞれ準備を進めている、そろそろドロシー達のところにも行っておきたかった。

「隊長、俺は他も見てくる」

かるくドロシー達を指しなが別れを告げた、隊長はそちらを眺めてから頷いた。




「スザンナどうだ、何か問題はあるか?」

「あんたかい?今の処は大丈夫さ、ただ瘴気がまた濃くなったよ」

困った顔をして肩を竦める、スザンナは聖霊拳の上達者だ、瘴気の悪影響を強く受けるのかも知れない。


「エルヴィスさん空気がチリチリする、瘴気のせいかしら?」

ドロシーが困った顔をして背中を軽くポリポリと掻いた。

「瘴気で痒くなるのかよ?」

「きっとそうよ」


「違うわ、寝ている時に天幕から背中を出していたから虫に噛まれたのね、気にしないでエルヴィスさん」

シーリがあっさりと痒みの正体を暴いてしまった。

「えっ!?そうなの?でも蚊じゃないわ何の虫かしら、へんだわ」

「目を覚ましたらドロシーがお尻を天幕の外に出していたのを見た」

「ええっ!!」


スザンナが苦笑しながらシーリをたしなめた。

「シーリ治してあげな、今日は小さな失敗も許されないからね」

シーリがドロシーの背中に廻って顔を近づけて観察していたが、いきなりドロシーの上着の裾をつまんで持ち上げた。

ドロシーが小さな叫びを上げてシーリを睨む。

「スザンナ見て、エルヴィスさんは見ないで」

だがシーリは真面目な顔をしていた冗談でも悪戯でもない彼女の目に笑いはなかった、今度はスザンナがドロシーの背中を見て目を剥いた。


「なんだろうね、虫で噛まれただけじゃないね、本当に瘴気の影響があるのかも知れないね」

無意識に彼女の背中を見ようと体が動いたそれにドロシーが慌てる、スザンナが一歩前に出てエルヴィスを阻むと頭を横に振った。


「もう、あちこち痒くなってきた!」

ドロシーがさらに落ち着きを失って行く。

「とにかく治癒するわ」

シーリが詠唱を始めた、初めて感じる力の動きと聞き慣れない詠唱がそれに重なった。

ドロシーの全身を爽やかな気配が包み込むのがわかる、ドロシーの顔が安らかに変わった。

「あら!楽になった・・・たすかったわシーリ」

「どういたしまして」

どこか他人行儀なシーリの低い美声がそれに重なった。


「強すぎる瘴気のせいかスザンナ?」

「瘴気は人には治癒の逆に働くからね、傷が悪化したのかもしれないよ、こんな濃い瘴気はアタシも始めてさ」

だがスザンナはまだ半信半疑な様子だ。

「他の奴も危険か?」

「ああ、だけど体質の差があるかもしれないねえ」

スザンナはこれに興味を抱いたらしい、背後の透明な壁を振り向く、彼女の視線の先に青紫に輝く墓所の姿があった。


「見える奴ほど影響を受けるのか?」

「そうだね、アタシは重い気分になるだけさ、ふむドロシーは体に出る体質かもしれないね?シーリあんたはどうだい?」

「少し重苦しい、少し視界が暗いような」

エルヴィスはドロシーの魅惑の芳香の事を考えていた、彼女はもしや皮膚に何かがあるのではと推理した。


そこにケビンが近づいてくる、エルヴィスは思わず告時機を取り出して時刻を確認すると下に降りる時間になっていた。





調査隊は階段を慎重に降ると地下の薄暗い洞窟に到達した、シーリの魔術の光球が前に出てくると洞窟の中を照らし出す、左側に洞窟の出口が見えた、巨大な蕃刀に切り裂かれた様な亀裂から大空洞の光が少しだけ差し込んでいる。

そのまま大空洞の中心に向かって調査隊は進む、巨大な大空洞の中央の小さな丘の上に青紫の艷やかな壁の墓所が頭上に迫って来る。


小さな丘の麓でエルヴィスは調査隊を停止させた。






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