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運命の朝

早朝から天幕の外から親方と年長の弟子たちの興奮した議論の声が聞こえて来る、彼らは墓所に関して意見を戦わせていた。

彼らの中に生きている墓所を調査した経験がある者はいない、親方すら例外ではなかった。

聖霊教の聖地教会の地下に聖遺物の保管庫がある事は知られていた、だがそれが古代文明の生きている遺跡を利用している事を知る者は数える程しかいない。


エルヴィスは背嚢の中に手を伸ばすと指先が冷たい魔術道具に触れた、それを駆動すると僅かに指先が痺れてやがて暖かくなり微かに震えた。


「よしこれで聞こえねえ」


天幕の中にいるのはエルヴィスとラウルだけだ。


「できたぞ、これを金庫番に渡してくれ、向こうの説得はお前にしかできねえ、俺と監督以外に荷役人(ポーター)に顔が効くのはお前だけだ」

ラウルは嫌々ながらエルヴィスが差し出した手紙を受け取る、これは昨晩急いで書き上げた金庫番に宛てた手紙だ。


「あとこれも渡しておくぞ」

エルヴィスは別の木の実程の小さな魔術道具をラウルに手渡した。

「なんだこれ?防護か何かか?」

「半端な防護結界より足が早くなった方が役に立つ、万が一の時に使ってくれ」

「足が早くなるって性能は?」

「十分間だけ身体強化が使える、ただし一回分だけだ」


エルヴィスの予想が正しければ傭兵達を殺した犯人は謎の山岳民族などではない、調査団の内部にいるはずだ、道中それほど危険は無いはずだがまだ確定したわけではない、ラウルの単独行動に不安が残っていたのだ。


「一回だけかよ、ありがたいこったね」

「また充填して貰えば何度でも使える、これだってとんでも無い値段だぜ」

ラウルは微妙な顔をしながらも懐にそれをしまった。


「本当に早ければ三日程で口封じ部隊が来るんだな?アイツラならやりかねないか、でもよスザンナが聖霊教の聖女様って何の冗談だ?」

「聖霊拳の上達者だ、普通の聖女様じゃねえよ」

エルヴィスはラウルの反応が面白く笑った、自分も今までも何度もそう思った事か。

すでにこいつと用心棒と親方には昨晩すべてを話した、自分達の安全を保つには彼らにだけは伝える必要があった。


「シーリが魔術師ギルドのスパイだったとはな、まあそう思わんでも無かったが、こりゃスカウトは無理か?」


「厳しいかもしれないが脈はあるさ、だがなぜスパイかも知れないと思ったんだ?ラウル」

「ザカライアはペンタビア大学の教授でヤロミールも大学だろ、大学はたしか王国が管理していたな、ペンタビア魔術師ギルドが彼女を押し込んだと思ったのさ」

「そういう見方もあるか」

今回の調査は表向きに学術調査の目的で堂々と準備が進められた、考古学で有名なアンソニー先生に声をかけ大学で評判になったらしい、そして遺跡調査で知られているエルヴィス達に声をかけた。

そしてアリシアの街で荷役人(ポーター)ギルドを通して荷役人(ポーター)を雇って堂々と街を出たのだ、多くの人々がこれを目撃している。


後は調査団が悲運に見舞われ消息が絶たれる脚本なのだろう。


そこにペンタビア魔術師ギルドの水精霊術師のアスペル女史が調査団に加わっても誰も疑問に思わないだろう、だがラウルはそこから駆け引きの匂いを嗅ぎ取ったのだ。

実際は魔術師ギルド連合が動いている、その魔術師ギルド連合を聖霊教が隠れ蓑にしている。


エルヴィスが皮肉に笑いながら大きなラウルの肩を叩いた。

「今日はお前が留守番だ、野営地の事は任せたぞ」

「そして俺はなぜか野営地を一人で抜け出しそのまま行方知れず、謎の山岳民族に攫われて消息を断つか」

あの下働きの男も野営地から理由もわからずに一人で離れた、その真似をしてもらうだけだ。

「無事下から戻ってこれたらお前を探してやるよ」


「何が起きるかわからないか?」

エルヴィスはそれに頷いた、封印を解く事で何が起きるか解らない事もあるが、ザカライア達が本隊が来る前に強行手段に出ないとも限らない、そして他にも不確定要素が多すぎる。


「だが向こうの奴らがヤラれたら、ここを乗り切っても砂漠を越える足も食料も無くなる、ラウル頼んだぞ」

「任せておけとは言わないからな?」

ラウルは敢えておどけて見せた、もしかしたらこれが別れになるかも知れないがわざわざ口にはしない、お互いにその程度の事はわかっていた。

あと砦の野営地の異変にザカライア達が気づくのはペンタビアの本隊がここに来てからだ、連絡の不便さを最大限利用させてもらう。


その時天幕の外から料理当番の地図職人の声が聞こえてきた。

「朝食の用意ができましたよ」


エルヴィスは背嚢に手を再入れて魔術道具の駆動を止める。


「すぐ行く」

そう応えると立ち上がる、ラウルもノロノロと立ち上がったが、既に全身に疲れた空気を纏っていた。


朝食の後は何時もの朝の会議だ、その後はいよいよ地下に潜る、今日が山場になるだろうとエルヴィスは感じていた。

ラウルが側から居なくなるのは痛いが向こうを任せられるのは彼しか居ない。






野営地の中心から北寄りの位置を本部天幕が占めていた、その内部は幾つかに区切られその一室がザカライアの私室に割り当てられていた。

今そこに調査団長のザカライア教授とバーナビーがいる、だがあまり良い空気ではなかった。


「いいかバーナビー、本隊が来る前に目的を達成するんだ」

「教授、無理をして失敗したらどうされるんですか?」

二人の声は大きいがここはザカライアが防音結界を張っているので内部の音は外に漏れる事は無い。


「お前も何もわかっていない!!あの俗物共に古代の偉大な遺産の価値など解るものか!!金か武器になるかしか関心が無い」

「しかし教授がここまで来れたのも王国の支援があったからではありませんか?国も学問の為だけに大金を出したりはしませんよ」

「そんな事は解っておる!!」

バーナビーは教授が落ち着くのを待つのかしばらく口を開かなかった。


「奴らに踏み荒らされる前に、墓所の調査を少しでも進めるんだ、あれは儂の予測が正しければこの世界で聖地とされる場所の地下にある物と同じだ」

バーナビーは顔を(シカ)めた、ペンタビア王国は遺跡を保全し徹底的に研究するつもりだった、ペンタビアの魔術省の能力を教授は軽視しすぎている。

教授は真理を追求する崇高な学研の徒を至上の存在と考えていた、商売(ビジネス)として魔術を扱う魔術師ギルドを蔑視している、政府機関の魔術省すら下に見ていた、そして魔術師以外の人間を無自覚に見下していた。


バーナビーはため息をついた、だがそれだけザカライア教授はこの調査の欺瞞には最適の人材だった。


「教授、本隊はまだそれを知りませんね?」

「精霊通信で伝えきれるわけがない、秘密にしているつもりはないぞ伝えられる情報量が少なすぎる、だが奴らも馬鹿ではない予想している可能性はある、闇妖精の魂を閉じ込めるにはそれぐらいの備えが必要だからな」

そこに外から下働きの男が声を架けてきた。


「ヤロミール様が来られました、お話があるそうです」


「バーナビーすこし席を外してくれぬか?あくまで学術的な話をするだけだ」

バーナビーは教授を不信な目で僅かに一瞥してから静かに外に出ていく、その後からザカライアも部屋の外に出た、目の前に小太りの下働きの男と、大天幕の入り口近くにヤロミールの姿が見える。


「行っていいぞ」

そして下働きの男を追い払うような仕草をするとヤロミールに目で合図を送った、そのまま部屋の中に戻ってしまった、後からヤロミールも続く。

大天幕の入り口近くでバーナビーが下働きの男に目で合図を送る、男はそれにうっそり頭を下げた。


部屋に戻ったザカライアは小さな簡易椅子の前の椅子に腰掛けた、ヤロミールが入り口代わりの布を押して部屋に入ってくる。


「まあ座ってくれヤロミール、話があるのか」

ヤロミールがそれに頷くと教授と対面の椅子に腰掛けた。


「北の大導師の手の者が私に接触してきました」

「なんだと、もうこんな処まで?」


「セイル半島からアンナプルナ山脈に沿って南下するルートはそれほど厳しくはないのです」

アンナプルナ山脈はエスタニア大陸を東西に分断しているが、その南は大海洋に達し半島を形成しその沖は海の難所になっていた、北は高さを低めながらセイル半島を名前の通り帆柱の様に貫いて遥か北の海に至る。

セイル半島から街道を利用し南下して途中から山脈の麓に沿って南下すればオアシスが点在している、高原を南下すれば気候は涼しく穏やかだった、このルートは馬や徒歩でも旅ができる、だが砂漠を横断するよりもましとは言えこの地域はろくに道もなくそして長い旅になる。


「それでどのくらいの規模だ?」

「先触れが来ただけですよ、本隊が到着するのにまだ少し時間がかかる、人数は10人に満たない様です」

それを聞いたザカライアはあからさまに安心した。

「我らと接触するつもりか?ヤロミール」


「用が終われば引き上げるそうです」

「しかしさすが早いな」

導師(マスター)は総てが聖霊教会の手に落ちる事を恐れておられる」

「聖霊教会だと?魔術師ギルド連合ではないのか、聖霊教会が後ろから奴らを操っているのか?」

ヤロミールの顔はベールで隠されほとんど見えない、その彼はしばらく口を開かなかった。


「経緯から考えると聖域神殿(サンクチュアリ)から聖霊教会総本山に話が行っているはず、彼らが知らないなど有り得ない、聖霊教会は魔術師ギルド連合と協力関係にあるのですよ教授」

ヤロミールはもしかすると呆れていたのかもしれなかった。

魔術師ギルド連合は強大で国家の力すら凌駕する事もある、教授は彼らを軽視しすぎていた。


「本当に君たちは結晶を安全に分割できるのか?」

ヤロミールは肯定の頷きで答えを返した。


聖域神殿(サンクチュアリ)から流出した資料の解析から明らかになりました、魂を物質に拘束する、これは現実界の生きている人間が肉体と魂を持つ事と通じます、あなたもそう思ったのではありませんか?

これが究明されれば魔術史や錬金術史に残る大発見に繋がります、そして我々も結晶の資料が必要なのです、また言いますが総てを魔術省に引き渡す必要は無いと思いませんか?」


「たしかにそうだが」

「魔術や錬金術の発展の為に必要な行為です、万が一聖霊教会の手に渡ったら永遠に世に出てこない、彼らは闇妖精族の魂に罰を与え続ける事にしか関心が無い、我らはこれが死者復活術の鍵になるかもしれないと考えています」


「そうか・・・」

「病死したり負傷で死んだ人間を精霊術や錬金術の技を駆使し修復しても生き返った事は有りません、肉体と魂の連鎖が切れたからだと提唱されてきました、だがその理由はまだわかっていません」

ザカライアは天幕の天井を見上げた。

「私も結晶が欲しい、真理を追求する者ならば当然抱く欲だ、地下遺跡に関わる知識にも興味はある、だが世界の運動に至る真理には遠く及ばぬ」

世界の運動に関わる真理とは人の生と死の輪廻によって生み出される力、すなわち旋回する宇宙の運動の事だ。


「例の物を慎重に運ぶ必要があったのでそれでも予定より遅れたようです、あとは教授の御協力があれば、お約束通りに聖域神殿(サンクチュアリ)から流出した資料の複製をお渡しできます」

ザカライアは思わず椅子から立ち上がった、小さな机が大きく音を立てて揺れた。


「それもこちらに来ているのか?すべてが予想より早く動いてな、だが必要な物は用意してある、今更是非は問わんヤロミール!」

「ペンタビアの本隊が来てからでは監視が厳しくなります」

「言われるまでもない解っておるわ!!」


そしてまた外から下働きの男が声を架けてくる。

「お食事の用意が整いました教授」






そこはあたり一面黄みがかった色い砂の海だ、巨大な波の様な砂丘に取り囲まれていた、コバルト色の空に雲ひと筋すら無く昇り始めた太陽があたりを焼き始めていた。

その小さな砂丘の上に白いローブの人の姿がある、だがこれだけでは身分どころか性別も年齢も不明だった。

ただその人は周囲の光景を物珍しげに眺めていた。


「メンデルハート様こちらでしたか」

同じ白いローブ姿の人物が丘をゆっくりと昇ってくる、こちらは大柄で声は壮年の男性だ。

「珍しい景色に見惚れていた」

これも少し掠れ落ち着いた年齢不明な男の声だ。


「ここを進むのですね、何も目印すら無いとは」

「ガイドがいる心配するな、さあ帰ろうかまもなく出発だ」

彼らは丘を下り始めた、彼らの行き先に大部隊が出発の準備を整えつつあった。






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