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迫りくる脅威

野営地は重苦しい空気に包まれていた、荷役人(ポーター)達はアンナプルナ山脈に潜むとされる幻の山岳民族の噂をささやく、彼らは邪教を信じ迷い込んだ旅人を生贄にするのだと、中には古代の聖域を暴いた呪いだと怯える者もいる。


アンソニー先生付きの下働きの男が殺されたのは最後のきっかけに過ぎなかった。

先日脱走した四人の傭兵が惨殺され、男の一人は足を滑らせ水に落ち文字通り消えた、みんな異常な死に方をしている。


傭兵達が脱走した動機が、洞窟の中で瘴気の嵐と怪異に遭遇しドームの天井の穴から生ける古代遺跡の姿を見てそれに恐れを抱いたからだ。


それらが積み重なりついに決壊した、エルヴィスはそう考えていた、だが反乱を起こしたり恐慌状態になって逃げ出すまでに至ってはいない。


アンナプルナ山脈に潜む山岳民族の噂はエルヴィスもよく知っている、だがまったく根拠が無いわけではなかった、何らかの理由で小さな集団がアンナプルナに移り住み集落を作る事があった、だがそれらは長くは持たなかった。

外部から孤立しているから飢饉や疫病や異常気象に襲われると脆くも滅び去ってしまう。

そうした集団の中に邪教と言われてもおかしくない集団もいた、この地にはかつて小王国があったとされ砦の野営地の廃墟はその時代の遺跡と言われている、それが幻の山岳民族の噂に説得力を与えていた。

それに敵意を持った人間の方が未知の獣よりもよほど厄介だ。


エルヴィスは椅子に腰掛けながら対策会議に参加している調査団の幹部達に視線を巡らす。


臨時会議は今後の対策と遺跡調査の進め方についての話し合いになった、ザカライア達に巨額の費用がかかっている調査を中断する意思はまったく無いようだ。


最大の問題は下働きを殺したのは何者かだ、野獣ならばかなり異常な獣で、猟奇的な殺人鬼の可能性も浮上してきた。

正体はここにいる者たちにも解らない、だが遺体の状況から先日殺された四人と今日の犠牲者を殺した犯人は同一の可能性が高いと意見がまとまった。

だが他の調査団のメンバーに何らかの説明が必要だ、彼らの動揺を鎮めなければならない、反乱や逃亡が起きたら調査団は瓦解してしまう、そうなるとここから生きて帰る事もできなくなる。


「早急に調査団の動揺を静める必要がある、あとは向こうに何時どの様な形で伝えるかだ」

発言を求めたエルヴィスは会議の参加者全員に語りかけた、向こうとは砦の野営地の事だ。


野営地にいるのはここにいる九人、エルヴィスチームの八人、荷役人(ポーター)が五人と傭兵五人と下働きが二人にシーリの侍女スザンナ、既に六人の命が失われている。

ここだけなら抑えが利くが砦の野営地はそうはいかない、金庫番と傭兵二人と下働きの男が二人で残りは総て荷役人(ポーター)だ。


バーナビーがエルヴィスに疑問を投げかけてきた。

「エルヴィス、秘密にできると思ってるのか?ああそうか!!」

バーナビーも気づいた様だ、次の補給まで連絡を取ろうとしない限りお互いの状況が掴めない、野獣騒ぎで気軽に連絡をとる事もできなかった。


「ここにいる連中だけなら押さえられる、だが向こうの荷役人(ポーター)は数が多い、金庫番と傭兵二人では抑えが利かない」

エルヴィスはアルシアの街に荷役人(ポーター)達を引き連れて帰った監督の事を考えていた、奴がここに居てくれればと悔やむ。


「そういう事か、エルヴィス次の補給は何時だ?」

「五日後だが、その時になんらかの形で伝えるしかない、荷役人(ポーター)は横の繋がりが強く荷役人(ポーター)頭の言うことしか聞かないものです、いつまでも秘密にはできませんよ」


「なら、それまでに終わらせるんだ!!調査が終わるまで奴らに何も伝える必要はない!」

ザカライアが立ち上がり大きな声で叫んだ。


「おいそれまでに終わらなかったらどうする気だ!!」

ラウルがなかば呆れながらザカライアに抗議した。


「五日以内に結果を出すんだ!」

「教授、落ち着いてください!」

バーナビーの言葉は何時になく強かった抗う事を許さない強い口調と威圧、ザカライアは冷静さを取り戻すと気まずそうに席に座った。


エルヴィスはこの一幕になぜか胸騒ぎを感じた、『なぜだ?』その胸騒ぎの原因を探った、シーリの天幕でペンタビア調査団の本隊が動き始めた事を知らせる精霊通信が入った事を思い出した。

ザカライアもそれを知っていると考えるべきだ、ならば本隊が五日程で到着すると言うことだろうか?


シーリに目をやるが彼女は一瞬だけこちらに視線を向けただけだ、今はだめだった後で話を聞くしかない、ドロシーの顔色は悪く一人で何かの想いに耽っていた、エルヴィスに見られている事に気づかない。

彼女の隣りにいる隊長は天幕の壁の一点を見ながら腕組みをしている。

アンソニー先生は落ち着きが無かった、顔見知りの下働きの男が殺されたからか、それとも調査の中断を怖れているのかわからない。

ミロンは体調が回復したのか落ち着きを取り戻していた、静かに真っ直ぐ会議の様子を眺めている。


「アームストロングさん、犯人は獣なのか人なのかおわかりになりますか?」

シーリが隊長に意見を求める、隊長は会議で自分から発言する事はほとんど無い、問われればそれに応えるだけだった。

今日も状況を丁寧に説明しただけで自分の考えを述べたわけではなかった。


「確信はもてませんがやはり野生の獣ではないかもしれません、といっても生き物に詳しいわけではないが」

「理由をおきかせくださいませんか?」

「犠牲者が受けた切り裂き傷が大きすぎる、獣にしては大きい、ですが巨大な牙や爪を持った獣がいないわけではありません」

隊長はここで一息ついて全員を見回す。

「だがあの男の殺され方は異常だ、まるで頭の中身を吸い出された様に」


「隊長、僕は生贄の脳を取り出し食用にする部族の話を聞いた事があります」

ミロンが突然意見を述べる、エルヴィスも戦争で敵の首をそうやって保存する部族が南方の島々にいると聞いた事があったが、それと並べるのは無理があった。

エルヴィスもミロンが犯人だとは考えていないが、彼に対する疑念は膨らんでいく。


バーナビーが一同を見渡して口を開いた。

「アンナプルナ山脈に隠れていた山岳民の仕業として説明しましょう、それならば野営地から離れなければ安全だと説明できる、ここには防護結界がある」

「それだ、邪教を信じる危険な部族が犯人だ!」

ザカライアの顔は愁眉を開いた様に晴れやかに変わっていた、まるでザカライア自身がそれを本気で信じてしまったかのように。

だがエルヴィスは犯人はそのどちらでも無いと疑っていた、天井に残された黒い染みを忘れてはいない。

ザカライア達もそれを忘れているとは思えない、都合よく軽視しているか考えない様にしているのか。もしや染みの原因を知っている?


エルヴィスは対策会議に参加している調査団の幹部達に再び視線を巡らした。


バーナビーはここで長い会議を終わりにする気になったらしい。

犯人はアンナプルナ山脈の山岳民の仕業と説明する事に決定した、そして野営地から遠く離れることを改めて禁止する、そして会議内容に関して予想通り箝口令が敷かれた。


会議が終わった時すでに陽が落ちて辺りが暗くなっていた、スザンナに意見を聞きたかかった、だがあそこに頻繁に出向くのは避けた方が良い気持ちになっていた。

とは言え聖霊教の聖女で特殊な任務に赴いている彼女の意見は必要だ、それに何か新しい情報がシーリの精霊通信に入っているかもしれない。

エルヴィスはドロシーとシーリに目で合図を送るとチームの天幕に引き揚げるた






エルヴィスは食事の後でドロシー達の天幕に足を向けた、ラウルが少し呆れ気味に見送ったが奴もシーリの勧誘には賛成なのだ。


彼女たちの天幕に招き入れられたが、なんとなく微妙な空気が流れた。

「エルヴィスさん、昨日はあの音がうるさかったですね、向こうでも聞こえました、ちゃんと眠れましたか?」

エルヴィスが腰を降ろしたところでドロシーから話しかけてきた。


「昨日は疲れていたからぐっすりと良く眠れたよ、あの音はもうなれちまった」

エルヴィスはそう言って笑ったが嫌な予感がする、お前も同じ夢を見たのかと問いたかったが言い出せない。

返事を聞いたドロシーの顔は恥ずかしそうな、ほっとしたような、どこか残念そうにも見えた。


「あんたアタシに用なんだろ?」

スザンナはさっさと本題に入りたいのか急かしてくる。


「そうだ、いろいろ聞きたい事がある、彼奴(アイツ)を殺したのは何だと想う?」

スザンナは腕組みして考え込み始める。

するとシーリが魔術の詠唱を始めた、力の感触から防音障壁の術だそれはすぐに完成する。


「世の常の獣や人じゃ無いとする、幾つかあるね一つは召喚精霊だ」

エルヴィスも精霊召喚術師の事は知っていた、小さな精霊を召喚し細々な仕事に使役する術師の事だ、だが数が少なくかなり珍しい。

「精霊召喚術は知っているがあんな事ができるのか?」

「世の中には上位の大型精霊を召喚できる精霊召喚術師がいるんだよ、召喚精霊も恐るべき力を持っている、でもその代償は大きくてね費用もかかるが術者の命を削る大仕事になるのさ」

「そんな術者がいたのか?」

「国や大貴族が切り札として召し抱えているぐらいだよ、世には殆ど知られていないね、あくまで可能だと言うだけさ、暗殺に使われた事もあってねアタシ達が調査に関わった事もあっよ」

だがエルヴィスは今回はそれは関係ないと判断した。


「他には何があるんだ?スザンナ」

「もう一つは、この世ならざる者達さ、あんたなら何度も見てきたはずだ」

古い聖霊教の教会は土地神の神殿や土地の聖域に立てられている事が多い、その地下にたいがい古代の遺跡も眠っている、そういった場所で不可思議な事が起きることがある。

エルヴィスの胸の精霊変性物質のナイフはそれに対抗する為にわざわざ大金を払って手にい入れたものだ。


「だがあんな奴らにあんな事ができるのか?」

「精霊力や瘴気が濃い場所は異界に近い証拠さ、異界の小さい者ほど世界の境界を越えやすい、強く大きな存在ほど越えるのが難しくなるのさ」

「あれよりももっと凶悪な奴が湧くかもしれないんだな?」

スザンナが無言でうないた。


「星辰の刻ね」

ここまで話を聞いていただけのシーリの呟きを聞き逃さない、エルヴィスもその話を知っていた。

「世界の境界が低くなっているから危険な何かが這い出して来ると?」

「まあそう言うこったね」

ドロシーが小さな薬缶を持って席を外した、彼女はそのまま外に出ていってしまった。


「スザンナまだあるのか?」

「あるっちゃ在るけどね、前にも少し話した事があったかね」

スザンナの口調が急にもどかしくなる。

「アタシもまだ直接お目にかかった事はないのさ、疑わしい事件はあったんだがね」

スザンナの口調が更に歯切れが悪くなる。

「かまわない教えてくれ」


「あんたも神隠し帰りの伝説は知っているだろ?」

エルヴィスもそれは良く知っていた、英雄伝に付き物の異界に招かれて神々から力を授かるエピソードだ、その手の伝説にはお決まりの話だった。

「その話か思い出したぞ」

スザンナは頷いた。


「神隠し帰りがいるとしてどうやって見分けるんだ?」

「無いね、本人がその気にならないとわからないと伝えられているよ、魔術師は力の漏れからすぐにわかるんだがね、ついでにどんな力があるのかも解らないんだ、力を授けた異界の上位存在しだいさ」

「雲を掴むような話だな」

「疑心暗鬼になるだけさ、安易にその答えに流れると、重要な何かを見落とすからね、それでも手がかりはあるよ。

力の流れが聖霊拳の上達者に似ているらしいがはっきりとしない、その力が精霊力か瘴気かで力を与えた存在の区別がつくと言われているね」


「それで幽界の神々か魔界の悪魔かわかるわけか?」

「アタシも直接遭遇した事がないんだ、異界の神々が何らかの目的の為に人に力を与える、これだけははっきりとしているのさ」

調査団の内部か野営地の近くに異常な力を持った者が潜んでいる事を意味していた、ミロンの姿を思い浮かべた、聖域神殿(サンクチュアリ)の追跡を振り切り石碑をペンタビアに持ち出した。


ルヴィスは防音結界の中なのに更に声を落とした。

「スザンナ、仮にミロンが異界帰りとしてどう正体を暴いたらいいんだ?」

「今のところ尻尾は掴めていないよ、アタシらが向こうに行っていたすきにこれだからね」

スザンナが顔を振った。

「ところで脱走兵が逃げた夜、見張りが眠らされて瘴気の気配が残っていたのを覚えているかい?」

「ああ、そんな事もあったな、奴が何か力を行使したとでも?」

「力を使った時に痕跡が残るんだよ、判らないのがアイツはペンタビアの協力者なのか勝手に動いているのかまだ見えない事さね」


そこに薬缶を持ったドロシーが戻って来た、薬缶はほのかに湯気を吹いている。

ドロシーが木製のカップを四つ取り出すと薬草茶を注いでいく、その一つをエルヴィスに差し出した。

「お茶でもどうですか?」

「ありがとうドロシー」

そう礼を言うと彼女は嬉しそうな顔をした、お茶を淹れるだけなら料理の腕は関係ない、一口含むと良い香りが広がるよく出来た薬草茶だと想った。


「美味い」

素直に本音を伝える。

「修行さ、しましたからね」


薬草茶を飲むと疲れがとれ心が落ち着き頭がすっきりとする。

「教授達の目的はなんだ?スザンナ、シーリ知っているなら教えてくれないか」

「前にも言わなかったかい?闇妖精族に関わる遺物を回収しペンタビアの為に利用するつもりだろうさ、そしてあの古代遺跡を独占したいだろうね」

「あの円盤や銀の人形もか?」

スザンナは無言で頷いた。


「その成果があればペンタビア王国が魔術研究の中心地に復興できます」

ふたたびシーリが言葉を挟んだ。


彼女を見てスザンナが苦笑した、エルヴィスもそれは魔術師の考え方過ぎると思った、ペンタビアは確かに魔術の研究で名を成したが王国の中枢まで学研の徒とは限らない。

「それだけならまだましさね、何かとんでもない事を考えていないとは限らないからね、まあ流石にペンタビアに闇妖精族の長を復活させる気は無いと想うけどね」

確かに闇王国と同じ運命をたどりかねない、だがあれから二千年以上の歳月が経っている、何か制御する方法が生み出されている可能性は有るのだろうか。


「闇妖精の長をコントロールする方法はあるのか?」

スザンナとシーリの顔が驚きに変わる、そしてスザンナは顔を横に振った。


「アタシ達が知る限りは無いよ、あれは神に等しいのさ」

「だが可能性が無いとは言えないだろ?」

エルヴィスの疑念に答えたのはシーリだった。

「そうですね絶対は無いけど」

スザンナが何かを言おうとしたその時の事だった。


天幕の中に小さな鈴の音がなった、虫の鳴き声と間違える程ささやかで繊細な音、そちらを見るとシーリの粗末な精霊通信盤から聞こえてくる。

シーリが膝立ちで素早く駆け寄ると精霊通信盤を覗き込んだ。


やがてシーリが振り返りスザンナを見つめる。

「スザンナ彼らがラムリア河を渡りました」

「エルヴィス!奴らがここに来るのはいつになるかね?」

スザンナがこちらを睨むように見つめる、厳つい顔の金壺眼の底の眼光も鋭く目が合うだけで威圧される。


「大きなキャラバンほど動きは遅くなる、アルシラの街からオアシスまで五日、ここに現れるのは七日後になる、最短で砂漠を横断するならオアシスまで三日から四日だな」

「わかったよ」

「奴らの陣容はわかるか?スザンナ」

「昨日の報告では100人以上いるそうだね」


エルヴィスは思わず舌打ちをした、半分が荷役人としても兵士や魔術師がそれだけいる可能性が高い。

アームストロング隊長と部下はスザンナの味方だ、だが残りはバーナビーに従うだろう、荷役人(ポーター)達に戦う義務はない自分達が攻撃されないかぎり傍観するはずだ。


エルヴィスは仲間を救うために強引に撤収する事も考え始めた、荷役人(ポーター)に説明し仲間にできたとしても撤収の一手になる、戦う事は論外だその理由もない。


不安げにドロシーがこちらを見つめている。

しかしスザンナはどうするつもりなのだろう?スザンナが聖霊拳の達人だとしてそれだけの人数と戦えるとは思えない、スザンナ達を誘ってここから引き上げるのも良いと考え始めた、彼らがオアシスに到達する前に動かなければ袋の鼠になってしまう、時間は残り少ない。







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