ルディガーの決意
「ルディガー様ご無事でなによりでした」
アマンダは今にも泣き出しそうな表情でルディを見つめる。
先に部屋に帰っていたベルとアマンダがルディとアゼルを迎えた。
「幸い空き部屋が有ったので部屋を追加で押さえましたよ、アマンダさんとベルはそちらを使ってください」
アゼルが部屋の鍵をアマンダに渡したので、ベルがあからさまにむくれた。
ルディはそんなベルのむくれ顔を見て上機嫌になり。
「ベルとアゼルの二人がいなければここまで無事にこれなかったぞ」
ベルの頭をなぜか撫ではじめた、ベルは恥ずかしそうにルディに微笑む、ベルの機嫌はすっかり直ってしまった様子だった。
「アマンダ、皆が無事逃げられたのはお前が変事を触れてくれたからだ、感謝する」
「もったいないお言葉です」
「さて、とりあえずこの部屋で話し合いましょう、大切な荷物はこの部屋にいれて下さい、この町は治安があまり良くない、あと」
アゼルは声を潜めて後を続けた。
「宿の使用人も信用できません」
それに全員が無言で頷いた。
全員が座る椅子が無いのでベルとアゼルはベットに腰掛ける。
「アマンダお前が直々に来ると言うことは、お前にしかできない事があるからだな?」
「わたくしアマンダ=エステーベは、ブラス=デラ=クエスタ、エリセオ=エステーベの名代として、ルディガー様の御意思を確認した上で、我々の拠点にお迎えしたく参りました」
アマンダの態度は家臣や騎士の主君に対するそれであった。
アマンダのルディに対する態度と話し方はベルが知っているアマンダとは別人にしか見えない。
ベルはプライベートのアマンダしか知らなかった、ベルが社交界に出る大切な時期にエルニアの中心部から排除されていたせいだろう。
食堂でベルの口を広げて遊んでいたあのアマンダは何処に行った?
「まず、俺の考えを述べよう、俺は精霊宣託の内容を知らなければならない、それまではそちらに行くことはできない」
「実はベルサーレ様から事情はお聞きしています」
ベルの目が驚きで丸くなる、アマンダの口からベルサーレ様など聞いた事は無かった、不思議に新鮮でまるで大人扱いされたような気分になる、アマンダからはベルとかベルちゃんとしか呼ばれた記憶しか無い。
「どこまで聞いているのかな?」
「精霊魔女アマリアの高弟がハイネにおられ、その人物から精霊魔女アマリアへの手がかりを得ようとされているとお聞きしました」
「その通りです精霊魔女アマリアの高弟のセザール=バシュレがハイネにいます、彼との接触を測る予定です」
アゼルがそこで補足した。
「ルディガー様、仮に彼と接触できたとして、有益な情報を得られる保証はありません」
「それはわかっているのだアマンダ」
「大切な御身です、できるだけ早く、クラビエの我々の拠点にお移り願います!!」
「なぜ俺が、精霊宣託の内容をどうしても知らなければならないと考えたのか皆に話そう、これは俺の未来の運命に深く関わる内容であると考えたからだ、大公妃があからさまに俺を恐れ排除しようとする程の内容なのは間違いない」
「アマンダよ大公妃が悪だと思うか?」
「神隠し事件で殿下とベルサーレ様を貶めた御方ではありませんか?」
「大公妃が俺の敵であるのは間違いない、だが精霊宣託の内容によっては善かもしれないと考えた事は無いのか?」
「そんな!!」
これにはベルもアゼルもアマンダも衝撃を受けた。
「俺が自信を持って前に進んで行く為に、これは乗り越えなければならない試練だ、最高位の精霊宣託の重みはお前たちも理解しているだろう?」
聖霊教圏において最高位の精霊宣託の重みは国家の行動すら縛る場合がある、大公妃が依頼した精霊宣託はそれに準ずる重みがあった。
そして精霊宣託の依頼主の大公妃は精霊との契約において内容を偽る事が魔術的に強制的に禁じられている。
「俺と共に進もうとする者、俺を拝戴しようとする者の正当性にも関わる、そして大公妃が精霊宣託の内容を最後の切り札にしている可能性を考えてくれ」
「ルディガー様がそこまでお考えとは・・・」
「ブラス殿やエリセオ殿にもこの事は認識して欲しいのだ、俺を拝戴した瞬間に大義名分を潰される可能性を頭にいれて置いてもらいたい、精霊宣託の内容を知って置く必要があるのだ」
「解りました、しかし殿下それでも精霊魔女アマリアに会える保証はどこにもありません」
ルディはここで深く考え込み始めた、三人ともルディの熟考を妨げることの無いように声を立てない、やがて考えが纏まった。
「アマンダ、お前の判断をブラス殿達は受け入れるのだな」
「ルディガー様、私はこの問題の裁量を父上達から与えられています、報告を伝えるだけでしたら密偵の者を派遣すれば済むのですから」
「やはりアマンダが来たのはそういう事だったか」
「ハイネのセザール=バシュレと接触し精霊魔女アマリアの手がかりが見つからなかった場合、クラビエの拠点に向かうと約束しよう」
「ルディガー様、手がかりを見つけた場合、私がもう一度ルディガー様の元に参ります、そこでその先のお話を再度伺いたいと存じます、それでよろしいでしょうか?」
「わかったそうしよう」
「ねえアマンダはクラビエに戻るの?」
ベルがおずおずとアマンダに声をかけた、何か子供のような頼り無い響きと、そこには微かな秘められた安堵すら感じられた。
アマンダの心の奥がざわつく、だがそれは表に出る事は無かった。
「ええ、私はお父様達に報告する義務があります、ルディガー様は貴方達に任せるわね」
「アマンダ、クラビエとエルニアの事を詳しく聞かせてくれないか?」
「はい、かしこまりました、さて父上達の名代としてはここまでですわ」
アマンダはクラビエとエルニアの状況に付いて話し始めた。
夜もふけてアマンダとベルは女性達に割り当てられた部屋に移った。
「ベルと同じ部屋で寝たのはいつかしら?」
「もう7~8年以上前の事だよ?」
「貴女はお化けが怖いとか言って、私のベッドに潜り込んできたわね、ふふ」
「もう、その話はやめてよ!!」
「ねえベル、私はお父様にルディガー様の側に居られるようにお願いしたの」
「あ、アマンダ!?」
「私は、ルディガー様の護衛として、殿下をお守りしてきたの、暗殺を見破った事もあったわ」
「暗殺!?」
「ええ、演習中や狩猟中に狙われたり、練習用の剣の柄に毒が塗られていた事もあったわね」
「!!!」
「そんな顔をしないで、ルディガー様の周りで起きる小さな異変を見逃さずに、気を配らないと護衛は務まらないのよ?」
ベルは何かを言いたそうだったが、勇気を振り絞り口にする。
「アマンダはルディの事をどう思っているの?」
「とても大切な御方です、私が産まれた7日後にルディガー様が産まれたのよ、お母様がルディガー様の乳母に選ばれました、私達は姉弟なのよ、そして・・・」
「そして?」
「ルディガー様は私の主でもあります、ルディガー様に総てを捧げてお使えするのが私の願いなのよ」
「総てを捧げて?」
「ええこの命もこの身も捧げる覚悟をしていると言う意味ですよ?」
「騎士として?」
「ふふふ、女は騎士にはなれないわ、でもその覚悟でお使えしたいのです、女であっても、いいえ女だからよ?」
ベルは衝撃を受けたような顔をしている、そして俯いてしまった。
「今度は私が聞く番よ、ベルちゃんはルディガー様の事どう思っているの?」
ベルは驚き顔を上げたが顔が真っ赤に変わっていく、そしてふいっとアマンダから顔を逸した。
「と、友達だよ」
アマンダはベルの頬を両手で優しくはさみ込み自分の方に向ける。
「困ったわねーこの悪ガキは」
「何が悪ガキなんだよ!?」
「ベルったら、ふふふ、まあ今はまだいいかな・・・」
「今はまだって?」
突然アマンダの空気が変わった、
「ベル?」
「なにアマンダ」
「ルディガー様がベルと出会わなければ、アゼルの山小屋まで辿り着けなかったでしょうね、バーレムの森を彷徨う事になってたわ、私がいても結果は同じね」
「アマンダ・・・」
「その間ルディガー様のお世話をしたのね?」
「火を起こして簡単な食事を出しただけだよ」
「私には無理ね、その簡単に自信がないのよね」
アマンダが少し上の空になった。
「そう言えばエステーベでルディに料理を作ったんだって?」
「えっ!!なぜ知っているの?カルメラね!!覚悟しなさい!!」
「ヒッ!!か、カルメラじゃないよ、ルディだよ」
ベルはカルメラの無実を晴らすべく必死になった。
「えっ、ルディガー様が!?な、なんておっしゃっていたの?」
アマンダの顔は今まで見たことのない弱気で頼り気の無い表情だった、それはベルの知らないアマンダだった、ベルの胸に不思議な感情が湧き上がる。
「名状しがたきもの、だってさ」
アマンダはがっくしとテーブルにうつ伏してしまった、ベルは指でアマンダの頭をつんつんと突いた。
「いいかげんにしなさい、もう」
アマンダは笑いながらベルの指を手で払って起き上り、そして椅子から立ち上がった。
「私から父上達とクラビエにいる皆んなを代表して貴方に感謝の意を捧げます」
「そんな急に改まらなくても」
「いいえルディガー様は私達の希望なの、良くここまで守ってくれたわね、ありがとうね、ブラス叔父様も口には出さなくても貴方に感謝しているはずよ」
ベルは照れて顔を赤くしている、アマンダはそんなベルを後ろから抱きしめた。
「私はこの後帰らなければならないの、私はルディガー様とクラビエとの連絡役を果たして行かなければならないわ、これはベルには務まらない、でもね私は一時もルディガー様と離れていたくないのよ?それだけは貴方にも解っていて欲しいの」
「アマンダって、やっぱり、ぶっ!!」
アマンダがベルの口を封じてしまった。
「ベルちゃんにはまだ語る資格はないわね」
「お願いね、ルディガー様を守って」
ベルが口を塞がれたまま何度も頷いた。
「ねえ、バーレムの森でルディガー様に出会ってから、ここまでの旅の事話してほしいの」