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封印の鍵

エルヴィスと用心棒がまず最初に中央の丘を昇りはじめた、丘はそれほど高くはない。

目の前から覆いかぶさるように迫る古代建築の壁を彩る青紫の色合いはどこか不安を感じさせた。

それは遠国のガラス質の陶器の肌の様に滑らかに美しく輝いていた、だが美しいはずの輝きと質感がどこか淫猥(インワイ)な腐りかけたエロスを感じさせた。


彼らの正面の壁に扉が見える、その扉も古代建築に共通した意匠の文様が精緻(セイチ)に刻まれていた、扉は上からも見えていたがここまで接近するの初めてだ。

それは両開きの扉の形を成していた、中央に三十センチ四方ほどの正方形の窪みがある、エルヴィスの心の中に暗雲が立ち登る。

これに似たものを何度も古代遺跡の廃墟の中で見てきた、鍵の様な役割を果たしていると学者達が唱えている事も知っている。

ここに何かを嵌めなければ扉は開かないそんな予感に捕らわれた。

その窪みの中も古代の象形文字が刻み込まれていた。


そして丘の上から周囲を見渡すと右側にあの白銀の円盤がよく見える、その白く輝く光の向こう側にひび割れの様な亀裂を確認する事ができた、そして再び建物に視線を戻した。


「先生、シーリ来てくれ!!」

背後に呼びかけると二人が丘を昇ってくる足音が聞こえてくる、遅れてドロシーとスザンナ、そしてミロンとバーナビーも丘を上がってきた。

丘の下には隊長達とケビンと親方の代理の弟子が残っていた、少し離れて地図職人が必死にメモを取っている、そして隊長の太い腕はリーノの肩を押さえていた。


「おお、下から見えたがこれは古代文明の鍵だと僕は考えるよ、仕組みも原理も解らないけど、これで解明が進むよ!」

アンソニー先生が興奮した様に捲し立てる、更に扉に近づこうとしたところをエルヴィスが制した。


「まだ近づかないでくれ先生!」


シーリは扉を凝視したまま見つめていた。

「嫌な気配が滲み出てくる」

そう小さな声でささやいたが他の者達は怪訝(ケゲン)な顔をしてシーリを見るだけだ。


スザンナに素早く視線を移すと彼女も小さくうなずき返した、いつもは皮肉で不敵な笑みを浮かべる彼女の表情はいつになく硬い。

もしかするとエルヴィスが先程から感じている不快な気分はそのせいかもしれなかった。


その気配は建物の壁でも遮る事ができない力なのだろうか。


「瘴気なのか?」

シーリに視線を戻すと、シーリはまっすぐこっちの目を見つめる。

「聖霊教ではそう言いますわ、魔界の穢れた精気です」

そして彼女の口が言葉を紡ぐたびにエルヴィスはなぜか気押される。


「先生、シーリこれを作ったのは古代文明なのか?」

これに答えたのはエルヴィスに制せられて必死にこらえていた先生だ。


「うん?ああ闇王国にこんな物をつくる力なんてないよ、彼らは闇妖精族の王族を利用しようとしただけさ、だがどうやって五万年前の闇妖精を復活させたか長い間謎なんだ。

魔界から精霊召喚術を応用して呼び出した、いろいろな説があるけど証拠が無くてね、聖域神殿(サンクチュアリ)に資料があるかもしれないけどね」


それをシーリが引き継ぐように語り始めた。

「アンソニー先生、闇妖精族は五万年前に滅ぼされ魔界に落とされたとされています、闇王国が滅びた時に残党が世界の果ての地に逃れ再起を図ったがこれも滅ぼされました、ではこの中には何があるのでしょう?」

「アスペル君それだって証拠があるわけじぁないんだよ、私にもわからない」


このままでは二人の議論が終わりそうも無い、エルヴィスはたまらず割り込む事にする。

「シーリ良くわからないが、魔界に落とされたってどう言う意味だ?」


シーリはふたたびこちらを向いた。

「妖精族は不老不死で魂の大循環から外れた存在、半神半人とも言える存在です、肉体を奪われ精神だけの存在にされて魔界に落されたと言われています」

「だから精霊召喚のような方法で呼び出せるのか?やっとわかったぜ、ならこれは何だ?」

エルヴィスはその美しい古代の建造物を指差した。


だが意外にもミロンがここで割り込んできた。

「闇王国と闇王国の残党を滅ぼしたのは連合軍とパルティア十二神教です、今まで触れた文献の片鱗からわかった事ですが、闇妖精族の姫を二度と呼び出す事が出来ないようにする方法を考えたようです」

ミロンは全員を見渡し彼の言葉が受け止められるのを待っていた、そしてまた語り始めた。


「肉体を根絶しても闇妖精族の魂は魔界に引かれて落ちるだけ、長い時間をかけて魔界で力を取り戻してしまいます、そうなるとまた誰かが呼び出してしまうかもしれません、魂だけ魔界に還る事ができないように封印してしまえば、力を蓄える事も精霊召喚で呼び出す事もできなくなる、あれはプレイン境界に通路を開き作用する術ですから」

エルヴィスはミロンがどこまで知っているのか猜疑を深めたがそれを心の奥にしまった。

そして不浄な美しき古代の建造物を指差す。



「じゃあこの中に闇妖精族の魂が封印されているのか?」

「闇妖精族すべてではなく、闇王国が呼び出した魂だけでしょう、詳細な記録を握っているのは聖域神殿(サンクチュアリ)でしょうね」

ミロンは肩を軽く竦めた。


八百年前に聖霊教がここを調査した話を思い出した、だが今ここでそれを話すのは不味い、目をスザンナに向けると彼女は厳しい顔で建物を睨み付けていた。

こんな情報は一般には流布していないはずだ聖霊教の機密に属する情報だろう、そしてエルヴィスの心に違和感が広がって行く、やがてそれが言葉になった。


「ここは闇妖精族の魂を封じ込める為に造られたわけじゃないんだな?これが造られた目的はなんだ?」

それに応えられる者は誰も居なかった。

この形から古代の貴人の墓所の可能性もあるし貴重な何かを保管する場所かもしれないが、ならばこの遺跡全体は何の為に造られたのだろうか。

あの銀の円盤と魔水は何の為にあるのだろうか。


そして謎が明らかになるに連れペンタビア調査団の目的が却って解らなくなって行く、奴らの目的は未発見の遺跡から古代文明の遺産を手に入れる事が目的だと契約にも明記されていた。

闇妖精族の魂が遺産だとしてそれを人が利用できるものなのか?

エルヴィスは契約を果たすつもりだが、その結果が闇王国の二の舞いになってはたまらない、仲間達の安全はそれ以上に重要だ。


「エルヴィス水が来るまであと二時間だ」

ラウルの報告がエルヴィスの意識を戻した、ここで考え込んでいてもしょうがない。




「さて、ここに何かを嵌め込まないと開かないと思うか?」

改めてエルヴィスが問う、エルヴィスの指はその扉の窪みを指している。

「可能性は高いと思うよエルヴィス君、なんとか見つけないといけないね」

先生がそれに答えたが先生の顔色もいつの間にか落胆の色に染まっていく。


ここに嵌め込む鍵があるとしたら経緯から考えてパルティア十二神教の聖域神殿(サンクチュアリ)が保管している可能性が高い。

鍵がなければこれを破壊する必要があるがバーナビーならば方針を知っているはずだ。


「こうしていても何も進まないわ、罠を調べます」

シーリが自ら名乗り出た、だがそれがきっかけで何かが起きるかもしれない。

全員の視線がエルヴィスに集まる、この場にバーナビーもいるが、探査に関わる現場の指揮は専門家のエルヴィスに委ねられていた。


「わかった頼むシーリ」

シーリが一歩前に出ると魔術行使を始めた、周りにいた者たちが数歩後ろに下がった。

魔術の行使は何回か繰り返され彼女の説明では魔術的な結界や罠を探っているらしい、やがて彼女はこちらを振り返った。


「見つけられませんでした」

ソーリは少しうつむき加減に首を横に振った、だが発見できなかったが罠が無いとは言っていない、そんな言外の意味を含んでいた。


「精霊力が吸われる、ありえない」

シーリが青紫の扉を指差してささやいた。


「我も調べてみよう」


今度は用心棒が機械的な仕掛けを探る為に前にでた、するとシーリが慌てて小走りに下がった、エルヴィスは機械的な仕掛けは無いだろうと考えていたが、念には念を入れた方が良い。

用心棒は慎重に扉に接近していくが特に何も起きない、背後から安心のため息を吐く音が聞こえてくる。


用心棒は暫く扉を調べていたが立ち上がると後ずさりするように戻ってきた。

「エルヴィス何も見つからぬ」

「わかったご苦労さん」


用心棒を労るとエルヴィスは丘を降り隊長達が待機している場所に向かった、他の者達もそれにならった。

だがアンソニー先生はミロンを伴い建物の周囲を舐めるように観察している、何かメモを取っていた、止めさせるべきか悩んだが、何か貴重な情報を吸い上げてくれるかもしれない、そのまま好きにさせる事にした。


「さて、ここを開けるのに鍵が必要らしい、力ずくで挑む前にザカライア教授と相談する必要がある、これは俺一人では決められないからな」

バーナビーは何か言いたそうに見えたが押し黙った、そこで念を押す事にした。

「バーナビー、教授が戻ったら話し合って決める方向でいいな?」

「ああ、エルヴィスそうしてくれ・・・」

バーナビーの歯切れの悪さが気になった、何か隠している事がまだあるとエルヴィスは密かに確信していた。



しばらくするとアンソニー先生達が戻ってくる。

「先生、何かわかったかい?」

「すまないね、扉を開けるのに役に立ちそうな物は見つからなかった、あの鍵穴の中の文様をメモしてきたよ」

アンソニー先生はどこか申し訳無さげだが、エルヴィスは文様を記録する事まで気が回らなかった、やはり学者の目の付けどころは違うと感心していたのだ。

親方がもしここにいたら間違いなく記録しようとしたはずだ。

エルヴィスは育ての親の美術品贋作詐欺師から教養と知識を叩き込まれたが、やはり学者には向いていないらしい、そう思うとふと苦笑が浮んでしまった。

ドロシーが不思議そうな表情でこちらを見ていたので慌てて気を取り直す。


改めてエルヴィスは調査団全員を見渡した。



「さて、今度はあれを調べようか」


エルヴィスは白銀に輝く円盤を指差した、調査隊に何となくやる気の無い、あれに近づくのを嫌がる空気が露骨に漂う。

アンソニー先生すら能天気に近づきたいとは思わないのか口を硬く結んでいた。


この地下の大建築の中で生きている巨大な白銀の円盤、そして人をも溶かす異界の水を吐き出す異界の門だ、先生のような無謀な者も躊躇(チュウチョ)するのは当たり前だ。

余計な刺激をして魔水を吐き出し始めたら全滅しかねない、ヤロミールとシーリが見つけた周期が変わってしまうかもしれない、だが何もしないわけにもいかなかった。


「ケビンとリーノは入り口近くまで戻れ、シーリあそこに魔術眼を飛ばせるか?」

隊長が指示を出すと傭兵二人がケビンとリーノに付き添い、壁の亀裂のところに向かって歩き出す。


「私はあまり遠くまで飛ばせない、そうだ身体強化をかけて近づく、まかせて」

シーリは身体強化の術を自らにかけると勇敢にもゆっくりと白銀の円盤に向かっていく、エルヴィスも一緒に行こうとしたがスザンナに止められた、そしてドロシーとスザンナの二人が左右に別れ距離を置いてシーリの護衛につく。


この二人が凄まじい健脚なのはわかっているので二人に任せる、しかしシーリの果敢な一面を見せられた気がして驚かされた。


「すまん先生とミロンもリーノの所に行ってくれないか?」

「そうだね僕は走るのが得意じゃないんだ、言葉に甘えさせてもらうよ」

アンソニー先生はそう言い残すとミロンと共に壁の亀裂に向かう。


やがてシーリは円盤から数十メートルほどの処で立ち止まると魔術の詠唱を始めた、この距離では精霊力を感じる事も彼女の詠唱も聞こえてこない。

彼女の上に小さな水色の半透明に輝く玉が浮かんだ、それは彼女の魔術眼だ前にも一度か二度見たことがある。

それはフラフラと漂いながら白銀の円盤に近づいた、その場に残っている者はかたずを飲んでそれを見守る。


魔術眼は白銀の円盤から数メートルまで近づくとそこで停止、今度は上下左右に移動を繰り返す。

シーリが円盤を観察している、やがて魔術眼はふたたび円盤に近づき始めた、エルヴィスは思わず身を乗り出した。

そして突然魔術眼が消えシーリが尻もちをついた、エルヴィスは飛び出しかけたがドロシーとスザンナが彼女に近寄ると直ぐに立ち上がった。


「大した事はなかったか」

思わず言葉が漏れていた、そしてあの円盤に近づきすぎるのは危険と結論付けた。


エルヴィスは全員でドロシー達がいる場所まで移動する事を決めた、だがどこまで近づいて安全なのか人を使ってまで試したくはない。


ドロシー達に合流するとシーリが報告の為にやって来た。

シーリの背の向こう側からドロシーがこちらを気遣う様な目をして見つめていた。


「エルヴィスさん、あの円盤に近づくと魔術の効果が打ち消されます」

「攻撃術で破壊するのは不可能なのか?」

シーリは頷いたそして何か呟くが良く聴き取れない。

「何だ?」

「物理なら壊せるかも、でも何が起きるかわからない」

そう言ってドロシー達の所に帰ってしまった。


これ以上前に出ないように全員に言い含め、白銀の円盤の観察を始めた、先生が必死にメモをしているのが視界の端に映った。


円盤は白銀の光に包まれていたが、それは光と言うより霧のような輝く何かが円盤を取り巻いているように見える、その霧の中を黒い稲妻が疾走っていた。

その霧の奥に金属の様な実態があるのだ、その円盤の中心から三本の放射状の亀裂が走っている。

調査団の中にこのような装置を見たとこの有るものはいなかった、エルヴィスも死んだ遺跡の中にこれと似た物すら見た経験が無い。

ペンタビア大学の資料の中にも無いと先生が教えてくれた。



いったいどれだけの時間その神秘的な光景に見惚れていたのだろう、エルヴィスはふと告時機を見て決断を下した。


「みんな一度上の部屋に戻ろう、ここはあまり長居はしたくない」


足取りも重く長い階段を登り大回廊に出ると瀟洒(ショウシャ)な階段橋を登る、調査団はふたたびあの特等席に帰ってきた。


エルヴィスは休憩を告げた、次に魔水が出る前に帰路につき安全地帯からどこまで水位が上がるか確認する予定だった。


この部屋もまだ絶対安全とは言い切れない。







帰路についた調査団は橋を渡って長い階段を昇っていた、その途中でエルヴィスは隊列を止めた。


「みんなそろそろ来るぞ!」


通路の空気が動き始めると階段の下から風が吹き上げて来る、やがて周囲は轟音に包まれ不快な嵐が霧と共に吹き付けて肌を刺激した、嵐に慣れたのかみんな落ち着いて背を低くして嵐をやり過す。

その嵐もやがて終わる時が来た、風がしだいに弱まりそして突然音が途絶えた。


「さて水位を見てくる、ここで休んで居たいものはここにいてくれ、隊長達を残す」


だが全員で下に降る事になった、橋を架けたあの亀裂を目指す。

幸いにも階段の途中まで魔水に満たされてはいない、視界に丸太の橋が見えると内心胸をなでおろした。


「見てあの光っているのが水面の下に沈んでいるわ」

ドロシーの魅惑的な声が聞こえてきた、エルヴィスは足元に気を付けながら慎重に崖に近づく、水面は足元の二メートル下まで迫っていた。


大空洞を見渡すと古代建築の上で光り輝いていた光源は水面に没していた、そのせいで大空洞全体が少し薄暗くなった様に感じられる。

白銀の円盤は水面下に没し反対側の壁に近い水面が白銀色に輝き、そして不自然なまでに小さなさざ波が水面を揺らしていた。


「シーリ水位に法則性があると思うか?」

シーリが近づいてくるとエルヴィスの隣に並び立つ。


「もうすこし調べないとわかりません」

「わかったよ、できるかぎりこの機会を逃さず観察できるようにしよう」

ふとシーリが柔らかく笑ったそんな気がした。


エルヴィスは今度こそ帰還命令を発した。







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