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太古の大空洞

「そろそろ時間だ!」

バーナビーの声が聞こえると人々の足音が騒がしく鳴り響く。


壁際で座り込み目を瞑って休んでいたエルヴィスも瞼を開く、透明な壁に調査団のメンバーがずらりと並んで外を眺めている処だった。


エルヴィスの目はドロシーの背中を追っていた、彼女はスザンナとシーリを両側から挟むように並んでいた、それを見ると改めて疑問を感じた。

初見殺しのドロシーの武力は調査団の中でも図抜けている、スザンナの実力もオアシスの模擬戦で一端を垣間見たが聖霊拳の上達者と知って納得できたぐらいだ。

シーリが中位の水精霊術師で重要だとしても警備が厳重すぎる様に思える、何かそれ以上の理由があるのかもしれない、なにせスザンナは聖霊教の拳の聖女様なのだ。


そんな想いを振り払いながらエルヴィスは告時機を確認するとゆっくりと立ち上がる、冷めかけた薬草茶が手元の敷布の上の木のカップに入っていたので飲み干した。

そのままドロシーの隣に行きたかったがラウルの隣に向かう事にした。

ドロシーがチラリとこちらを見た、片目を瞑って挨拶すると彼女も微笑み返してきたがすぐに壁の向こう側を向いてしまった。

シーリもスザンナもそんな小さな一幕に気付いていない。


「ヤロミールの表ならそろそろ来るな」

そうラウルに話しかける、ラウルは透明な壁の向こう側を眺めていたが、エルヴィスの声でこちらに気付いて振り返った。

「エルヴィスか、法則性があって助かったな」

「ああ、ほんとだぜ」

それは本心からだ、あの魔水がいつ溢れるかわからなければ調査は非常に危険な物になる、だがあの周期が突然変わる可能性もあった、ここで何年も観察した結果ではない。


「あの法則が変わらない事を祈るぜ」

「不吉な事言うなよ!」

ラウルは苦く笑ったが奴も内心それを考えていたに違いない。


エルヴィスは改めて壁の外に目を移した、ここは正面に中央の青紫の美しい建物を上から見下ろす位置にある、建物は水面から半分近く頭を出していた、その上の光り輝く物体が大空洞の白亜の壁を照らす。

光源は荒くカットされた巨大な水晶の様にも見えるがはっきりと確認できなかった。

そこから右手の壁にあの巨大な白銀に輝く銀の鏡が見えた、頭を僅かに水面に出した鏡面に黒い稲妻が時々疾走った。


その黒い稲妻が急に激しさを増した、誰かが始まったと声を上げる。


稲妻が網の様に鏡面全体を覆った、それが鏡の中心に集まり白銀の鏡が一際輝くと、鏡の中心に集まった黒い稲妻がまるで鏡に穿たれた黒い穴の様になった、今度はそれが鏡全体に広がり始める。


やがて暗黒の中心に荘厳なまでに美しい白金の輝きが生まれた、それは丸い通路の様に広がると光が外に溢れ出る。


そしてそれは始まった。


その直後その穴に向かって大空洞を満たしていた魔水が強力な力で吸い出されるように穴の中に吸い込まれて始めた。

空気の流れを感じて耳鳴りがしたと感じた直後に背後で大きな音がする、振り返ると階段の入口の扉が閉じた音だった。

その直後に地下遺跡全体が聞き慣れた轟音に包み込まれた、それにひょうひょうとした叫ぶような悲鳴の様な音が加わる。

あの謎の穴に魔水が吸い込まれ見る間に水位が下がり始めた。


ラウルが何かを言っているが煩くて聞き取る事ができない、背後の扉が震えて煩い音を建てた。

ラウルが指をエルヴィスの背後を指して何かを伝えようとしている、エルヴィスが彼の指の先を見るとそこにシーリがいた、エルヴィスはこれには驚いた。


シーリは右手を心持ち上げて人差指で大空洞の上を指していた。

エルヴィスは片膝を立てて姿勢を低くすると透明な壁越しに大空洞のドーム上の天井を見上げた、中央に丸く縁取りされた小さなが穴が開いている。

人一人ほどの幅がありそうだが正確な大きさはここからではわからない。


この穴は先日発見したザカライアの魔術眼で観察した穴ではない、今見える穴と場所が違っていた、脳裏に素早く大洞窟全体の地図を描く。


それに先日発見した穴は何かの作用により内壁が破壊された穴に思えるのだ。


しかしこの穴は以前からそこにあったのだろうか?天井を観察した時にこの穴を見た記憶は無かった、その時エルヴィスの背中が繊細な柔らかな物で突かれる。


驚いて立ち上がるとシーリが口の前で笛を吹くような仕草をする、それが妙に面白く可愛らしかったそして閃く、ひょうひょうとした悲鳴の様な音の正体を彼女は伝え様としていたのだ、あの穴を通り抜ける風がこの笛の様な音を発していると。

ならばあの穴は外部に繋がっている事になる。


エルヴィスが上を指差すとシーリが頷いた、そして彼女は微かに微笑む。

だがエルヴィスが声をかける前にシーリは踵を返して去ってしまった、ドロシーとスザンナは透明な壁に体にくっつける様に外の光景に見惚れていた。


あの背中に感じた柔らかな物はもしかすると彼女の指だろうか。



エルヴィスは思い直すと再びあの白銀の円盤に目を戻した。

大空洞を満たしていた異界の水はほとんどが消え、くすんだ灰色の石板が敷き詰められた大空洞の床が水面から現れようとしている、だが轟音は更に激しく高まって行った。

この地下の大洞窟の空気が異界の門に吸い込まれていたのだ。


残り少なくなった異界の魔水は竜巻に吸い上げられるように異界の門の中に消えて行く、それは異様な光景だった。

そして全ての水が消えると、その光り輝く通路が小さくなりやがて白銀の鏡の様な板が黒く塗りつぶされたと見えた瞬間、黒い蜘蛛の巣の糸を散らすように飛び散った。


耳を圧する轟音が突然消えた、白銀の鏡の表面に黒い稲妻が疾走るだけだ。

静寂が再び戻っても声を発する者は誰もいなかった。






「みんな皮手袋を付けるように!」

エルヴィスが命令を出すと、ドロシーが両手を上に挙げて革手袋を付けた手を振って見せた、どこか子供じみていた。

「水たまりに足を踏み込まないようにしてくれ、濡れた皮手袋で体に触らないようにな!」

何人かがそれにうなずく。


「ラウル残り時間の報告を頼む」

次に水が満ちるまでの残り時刻を報告してもらう事になっていた。

「まかせておけ」



「みんな何か異変を感じたら迷わずここまで上がる様に!」

そう言うと大回廊の壁に穿たれた暗い通路に踏み込んだ、エルヴィスの隣を用心棒が進む。

通路の壁は荒削りな荒々しい岩肌で見慣れない岩盤だ、大通路の様に自ら光を発してはいない。

シーリが魔術の照明を出そうとしたが天井が低いので断念した。

エルヴィスは貴重な照明用魔術道具を起動させた、用心棒もそれに倣う。


僅かに傾斜している通路をどんどん奥に進む、周囲の岩盤の質が急に変わると空気が湿り始めた。

目の前で通路は終わり左折しそこから階段になっていた。

昨日エルヴィスはこの階段を途中までしか降りていない。


「ここから階段だ、前の者と十分距離を開けろ、何か起きた時に素早く動ける様にするんだ!」

そう注意をうながすといよいよ階段を降り始めた、傾斜がきつく足元に注意が必要だ、後ろの何人かが照明道具を慌てて起動させた。


長い階段は途中で小さな踊り場に至ると折れ曲がる、それを何度か繰り返しながら下へと降りて行く。


「エルヴィスこれで最後だ」

最前列を進む用心棒がささやく。

「わかった」


最後の踊り場を折れ曲がり更に降りる、照明に照らされた階下の床が何か広い場所に繋がっている事を示していた。


下に降りるとそこは巨大な洞窟に繋がっていた、天井が無くなり圧迫感から解放される。

表面がなめらかな薄黄色の岩肌が光の中に浮かび上がった。

だが鍾乳石の柱もツララも見えない、エルヴィスは方位機を確認すると地図職人を呼んだ、

メモを取るのに夢中になっていた男はアームストロング隊長に教えられるとこっちに足早にやってきた。


「大洞窟の方向はこっちか?」

エルヴィスは指をある方向に向けた。

「エルヴィスさん、そうですねだいたいそっちです」

「わかったよ」


ザカライアの魔術で大洞窟全体を見た時に内壁の一番下に大きな亀裂が口を開けていた、位置からここから近い、この洞窟がその亀裂に繋がっているなら神秘的な大空間に出る事ができるはずだ。

洞窟を調べ初めて直ぐに人の手により穿たれた狭い通路が見つかった、その通路の奥を覗くとその先が明るくなっている。


「みんな、ここから出られるぞ!!」


我知れず奇妙な言葉を口走っていた、全員背後に集まるとどよめきが上がる、それに混じる甲高い興奮した声は先生だ。


「狭いな通れるか?」

エルヴィスは独り言の様なバーナビーの思わず漏れた声を聞き逃さなかった、見れば人が通る事ができる十分な幅が有るはずだが。


「ここは我が先に進む」

用心棒が先に通路に踏み込んだ、エルヴィスは間を取って続いて通路に踏み込む。


「呼ぶまでそこで待機!」

エルヴィスは調査隊に待機を命じる、エルヴィスは苦笑いをした待機命令を出すのをつい忘れてしまったからだ。

背後からラウル達が壁に目印を楔で打ち込む音が聞こえてきた。


その狭い通路の長さは十メートル程で視界が開ける、大空洞の真ん中の建造物の上で輝く白銀の光が足元まで照らし出していた。

そこから通路は幅が広くなり天井も高くなって行く、ついに大空洞にでるルートを発見したのだ。


だが足元が厳しい岩場で歩きにくかった、岩の隙間があの魔水で満たされていたこれは危険だ。

だがエルヴィスはその液体がゆっくりと減っているのに気付いた、もしや地面に吸い込まれているのだろうか?


慎重に進むといつの間にか頑丈な靴底が灰色の石畳みを踏みしめていた、いつの間にか白亜の大空間の底に出ていた自分に気づく。

用心棒もまっすぐ立ち上がり周囲を観察していた。


そこは直径二百メートル程の円筒状の底でドーム状の天井までの高さは把握できない、直径より遥かに高い事だけは理解できる、中央が丘の様に盛り上がりその上にあの青紫の建造物が艷やかな壁面を輝かせていた、その上に全体を照らしだす巨大な光源が見える。

ドーム状の天井の真ん中の穴は見えなかった、替わりに丸く縁取りされた板に塞がれていた。


青紫の建物のほぼ反対側にあの白銀の円盤が輝いているはずだが、中央の丘に隠されて見えなかった、右側を見ると壁に巨大な扉を見ることができた、その大きさは大回廊の大扉よりも遥かに大きい。


エルヴィスは先程の水たまりのある場所まで戻ると、メンバーが無事に通過するまで見守る事にした。

「みんな来てくれ、足元にあの水がある気をつけろ!!その水に触れるなよ!」


みなこわごわと迂回して進んで行くがシーリだけが水たまりを観察し始めたので、ドロシーとスザンナも少し距離を置いた場所で見守り始めた。


「何かわかったかシーリ?」


「消えていく」

彼女はそう呟いた、地面に吸い込まれたか揮発したとエルヴィスは考えていたのでその言葉が不思議だった。

「地に吸い込まれたんじゃないのか?」



「説明が難しいけど、境界を越えて幽界に還っていくわ、地面が岩でもガラスの瓶に入れても防げない」

「えーたしかそれはプレイン境界の事か?」

シーリは僅かに眉を上げてからささやく様に答えた。

「そうです」

その感情のつかめない彼女の顔にはやはり薄い膜がかかっているようだが、それが少し薄らいだ様な気がした。

「じゃあこの水は勝手に消えるのか?」

シーリはうなずいた。

「持ち帰る事はできないか・・・」

「物質界に留める力がなければ元の世界に還ります、精霊召喚された精霊と同じですわ、それを防ぐ方法があるのかもしれませんが私は知りません」

いつのまにか調査団のメンバーが周りに集まっていた、バーナビーが悔しそうな顔をして首を横に振っていた。

アンソニー先生だけは田舎から都会に出てきた御上りさんの様に一人ではしゃいでいた。



調査団は大空間の壁沿いに右に進み始めた、まずはあの大扉を調べる、中央の建造物に近づくのは最後だ。

歩き初めて気付いた事だが、白亜の壁も灰色の床も無数の傷が刻まれていた、白い岩の欠片が無数に散らばっている、これは壁から剥がれ落ちた物に違いない。


巨大な扉は大回廊の大扉を拡大したかのようにそっくりな形をしていた、古代遺跡特有の文様と未だに解明されない象形文字のレリーフが残されていた、そして表面に無数の小さなキズが残っている。

精霊変性物質でしか破壊でき無い物質を傷つける何かがここで起きたのだ。


一応開くか試して見たが予感通り扉が開くことは無かった、調査団の中にあからさまな落胆が広がる。


そして次は問題の白銀の円盤だ。


ふと背後を見ると白亜の壁に斜めに巨大な亀裂が白亜の壁に刻まれていた、まるで巨人が巨大な蕃刀で切り裂いた様に複雑な形をした破壊の爪痕を残している。

よく見ると架橋した場所もおおよそわかった。


そして白銀の円盤に意識を再び戻した、だがこれは慎重を要した、異界に吸い込まれたり、あの円盤が起動しここが魔水に満たされたら調査団が全滅しかねない。

何が起きるかまったく予想できない。


「あの円盤は危険だ、距離を置いて観察したい、異論がある者はいるか?」

皆エルヴィスの臆病な態度を意外に思ったらしいがすぐに納得した、先生すら不満気だが異論は述べなかった。

用心棒では無いが触らぬ神に祟り無しだ。


とは言って見たもののエルヴィスもしてはいけない事など知りはしない。








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