表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
340/650

黄昏の中の告白

調査団が環状の蛇の神殿近くまで戻るとメンバー達は地上が近いと気を緩めた、その時の事だ轟音が洞窟全体に響き渡る、僅かに遅れて洞窟の奥から不快な瘴気を乗せた風が背中に吹き付ける。


「時間通りだ!」


それはヤロミールの声だ、彼らしくもなく興奮と喜びの響きを感じさせる、魔術師は研究者でも有るので自分の仮説が正しいとなればやはり嬉しいのだろう。

風はそれほど強くは無かった、この広い洞窟に風が外に抜ける場所が幾つもあるのだろう。

これでエルヴィスはヤロミールが作成した図表を何枚か複製して配るように提案すると心に決めた。



神殿から出ると外は薄暗くなっていた、だが野営地に灯りも乏しく寂れ夕闇に沈んでいた、今はバーナビーと使用人と荷役人が残っているだけだ。

ザカライヤは傭兵四人を引き連れて砦の野営地に向かったので今夜は不在だ、何事もなければ昼に砦の野営地に到着しているはずだった。



本部天幕に幹部達と顔を出すとバーナビーはちょうど小さな机で書類を確かめていた、騒がしい物音で気づいていたのか入り口に顔を向けていた。


「エルヴィス橋はどうなった?」

「無事に建設できた、そしてその先も偵察した」


「さては何か見つかったな?」

バーナビーはこちらの態度で察したらしい、エルヴィスは地図職人のメモを机の上に広げながら新しく発見した構造を説明した、皆そのメモを覗き込む。

そして下に向かう階段を発見したところで彼はあからさまに喜色を浮かべる。


「あの空洞の中に出られそうか?」

「先を調べる必要があるがな」

「わかったエルヴィス!」


「ここの扉の向こう側はどうする?バーナビー」

エルヴィスは結局開けることができなかった扉の図を指差す。


「ああ、無理に開けることはできないだろ?調査が進めば開け方が何かわかるかもしれないさ、まずは真ん中のあの建物だ・・」

「いや、この上の階層を先に調べたい、安全ならこの部屋を拠点にできる、いちいち地上に戻るのも時間の無駄だろ?」


エルヴィスが指し示した部屋は階段を登った上にある分厚いガラス壁の白亜の部屋の事だ。

「そうか、ここを基地にできれば調査が捗るな」

バーナビーは初めは興味なさげだったが、野営地にする提案に乗り気になった。


「そうだ、あの液体の満ち引きをもっと詳しく観察したい、どこまで満ちるか見極めていないんだよ」

「高い場所の方が安全かもしれないか、この部屋なら安全なのか?」

「だから調査が必要なんだ」

バーナビーもついに納得したようだ。


「わかったまずは野営地にできそうな場所を探してくれ」

これで明日以降の方針が決まった。


「そうだヤロミールが作った満ち引きの周期表を複製して主だった者に持たせたいんだが」

「たしかにそうだな、ヤロミール五枚作ってくれないか?」

バーナビーはヤロミールを見上げる、ヤロミールは直ぐに頷いた。

「了解した、そうだ教授から精霊通信が入っているか確認してくる」

「そうだったな、たのむ」


ヤロミールは執務室になっている大天幕から出ていった。


「なあバーナビー、機密の保持はどうしてるんだ?」

「ここは辺境だぞ?一番近い街に出るのに7日もかかるが」

「精霊通信はどうなんだ?」

エルヴィスは視界の隅にシーリを捉えながら尋ねた、だがそれに答えたのはバーナビーでは無かったシーリだ。

「私達は通信先の認証コードが固定された精霊通信盤を与えられているの」

「心配するなエルヴィスそれで機密は守られている」

だがザカライヤは例外なんだろと内心で突っ込んでいた。


丁度そこにヤロミールが自分の天幕から戻って来た。

「教授は無事に向こうに到着した、あす昼に向こうを出る」

砦の野営地の結界補強の為に余裕を持たせているのは明らかだ、今日はザカライア教授は不在なので、これを定例会議の替わりに今晩は解散する事になった。






エルヴィスがラウルと共に自分達の天幕に戻ると食事の準備が始まっていた、働く者達の中にケビンの姿もあった、今日はケビンが野営地でたった一人で留守番をしていたのだ。


「おいケビン!」


エルヴィスが声をかけたが気づかない、近くにいた若い職人が気づいてケビンに声をかけるとケビンはこちらを振り返った、そして慌ててやって来た。


「お、お帰りなさいエルヴィスさん、何かありましたか?」

何か失敗したのかと彼はどこか自信なさげで瞳は不安の色を湛えていた、エルヴィスは内心苦笑したが心をお落ち着かせる。


「お前は下に降りたいか?」

「地下ですか!?」

エルヴィスはうなずいた、するとノッペリとした若者の顔が歪んだ、エルヴィスは彼の性格をだいぶ理解している。

留守番役に不満を感じているが、さりとて下に降りるのも怖いのだ、すでに彼の顔見知りの下働きの男が命を落としている。

ここではっきりと彼に問題に向き合って貰うことにする。


下に降りたくないのなら留守番を自分の意思で選択してもらう、そして留守番も大切な役割なのだ。

地下に降りたいなら自分の意思で決めてもらう、もちろん可能な範囲で彼の安全を確保する、それはリーダーとして当然の責任だ。

だがそこに百パーセントの安全の保証などなかった。

『僕は強いられている』そんな逃げ道を用意してやるほどエルヴィスは優しくなかった。


ケビンは苦悩している、きっと彼をエルヴィスに預けた世話人の事でも考えているのだろう。


「エルヴィスさん少し考えさせてください」

「ああ、良く考えろよ?」

そう言うとケビンを解放してやる、彼は再び炊事に戻って行った。



「エルヴィスいいのか?バルディーニのおっさんの甥なんだろ?」

となりでエルヴィスとのやり取りにじっと聞き耳を立てていたラウルがそうささやく。

ちなみにバルディーニのおっさんとは、エルヴィスが昔トラブルに巻き込まれた時に仲裁してくれた裏世界の顔役だ、白髪の老人だが鷹の様な鋭い目をした男だ。

「鍛えてくれと頼まれているんだ、奴の安全を計るのは簡単だが、このままじゃあアイツは見捨てられる、だが俺は家庭教師じゃない仕事の足を引っ張るなら下働きをしてもらうさ、それだって重要な仕事だぞ」


「わかった、ケビンに選ばせるんだな、なら文句はねえか・・・それで良い気がしてきたぞ」

「おっさんはああ言っているが、万が一の事があったらどう出るか、だが奴を下働きに使ったんではまた面倒な事になりそうなんだよ」

「ああ、ほんと面倒な奴を抱え込まされたな」


ラウルは更に声を落とした。

「エルヴィス、ほんとのところどうなんだ?」

「連れて行きたくないぜ、自分が危険に陥るだけならいいが、人を巻き込むタイプだ」

「俺も同感だ」

ラウルは太い首をすくめて(シカ)めっ面をした。


すると道具の手入れをしていた親方が少し大きな声で二人を嗜めた。

「おい二人共何をしているんだ、すわれ」


親方はエルヴィスの部下だがチームの中で最年長で匠の集団を指揮している、この男はエルヴィスに対して対等な態度をとるのだ。

エルヴィスとラウルは笑いながら焚き火に近づくと丸太の椅子に座った。

一息ついたエルヴィスがふとアンナプルナの山並み見上げる、黄昏に焼けた空を背景に神々の霊峰の岩山の角が怪物の歯のように黒々と形取っていた。




食事が終わりエルヴィスは早めに日誌をしたためていた、この記録はいずれ何かの折に貴重な資料になるので侮れない。


これが終わったらドロシーとシーリの二人に話をしよう。


ふと俺はドロシーを誘う言い訳にシーリを誘おうとしているのか?そんな考えが浮かんだ。

その考えを慌てて振り払った、エルヴィスチームは現場に出る事ができる魔術師を渇望(カツボウ)していた、皆の期待を背負ったスカウトだ。

だがどうしてもドロシーの姿が脳裏に浮かんで離れなかった。

彼女の立ち姿をアリシアの大きな宿屋の二階で見た時から惹かれていたのだ、今はその理由も解っている。


懐かしい陽気で下品で気まぐれで根は優しい酒場の美しく逞しい踊り子達、エルヴィスは彼女達の気まぐれのおかげで生き延びる事ができた。


そしてドロシーの個性的な美貌と美しい肢体そしてあの芳しい香り、そこでエルヴィスのペンが止まった。


あの魅惑の芳香(ホウコウ)の謎を解明しなければ彼女を仲間にできない・・・ペンを置き立ち上がった。

大天幕の中にいた仲間たちがこちらを見上げるがすぐに自分達の仕事に戻る、エルヴィスは天幕の外に出た、外では親方達が道具の掃除をしていた、野営地の外れで用心棒がリーノと武器の訓練をしている姿が闇をすかして見える、そこにケビンが木のバケツに水を汲んで戻ってきたところだった。


「親方、用が出来た・・・」

親方は何かを察したようだが何も言わない、その一言だけ言い残すとドロシー達の天幕に向かう。




野営地の外側を回るようにドロシー達の天幕に向かう、やがで野営地の外の闇の中から聞き慣れた彼女の足技の風切音が聞こえてきた、改めて天幕を確認すると入り口を覆う布の隙間からオレンジ色の灯りが漏れ出していた、ならばシーリとスザンナは中にいるはずだ。

エルヴィスは気配を殺し足音を押さえて訓練に励むドロシーに近づいた。


彼女の激しい息遣いがしだいに大きく聞こえて来た、暗闇の向こうの彼女の剣舞の優美で苛烈な動きが目に見える様だ。

魅惑の芳香(ホウコウ)を警戒しながら慎重に近づく、だが柔らかな風が運んでくる大気に何も異常は感じられなかった。


ドロシーの動きが突然止まった。


「あら?だれかしら」

その声の響きは彼女がこちらの正体に気づいている事を教えてくれた。


「俺だよ」


そしてこちらを振り向くと彼女は微笑んだ。


「何のご用かしら」


その直後あの芳香(ホウコウ)に包まれ殴られたような衝撃が襲いかかって来た、わずかによろめき理性が失われかける、それを己の気力と意思を総動員して押し戻して理性を取り戻した。

だがそれが長く持つとも思えなかった、早く意思を伝えたいとエルヴィスは少し焦った。



「はっきりと言いたかったんだ、ドロシーこの旅が終わったら、俺達のところ、いや俺の所に来てくれないか?」

一瞬嬉しそうな顔をしたが彼女の顔は直ぐに曇る、まるで変化の激しい天気の用に彼女の表情はうつろいやすい、それがなお(イト)おしさを募らせた。

そしてドロシーの瞳がこちらを見上げる、振り絞るような声で彼女はささやいた。


「あの、シーリの友達だから、一人だと誘いにくいから?」


「いいや君だからだ、君に一緒に来て欲しい、そして探検の旅をしよう」

彼女の表情がまるで夏の向日葵の様に一瞬だけ輝いた、だがたちまち落胆に変わり怖れに変わる、そして否定するかのように顔を大きく横に振る、これにエルヴィスは激しく慌てた。


「エルヴィスさんも、そうなのね」

ドロシーは顔を歪ませると、暗闇の中に走り去ってしまった、足音がどんどん遠ざかって行く。

走り去る彼女は間違いなく泣いていた。


『エルヴィスさんも』その言葉が引っかかった、エルヴィスは彼女の後をすかさず追う、決して彼女を見失ってはならない、その決意は後悔と共に硬く結ばれた。


ドロシーは素晴らしい健脚と体力の持ち主だ、並の男では追跡できない、エルヴィスは必死に走るがなかなか追いつく事ができなかった、だがなぜか闇の中で走る彼女の後ろ姿が見える、いや感じていた。

それを信じてひたすら闇に閉ざされた湿原の中を走り抜ける。


彼女の幻影は魂を吸い寄せるようにエルヴィスを引きつけて止まない。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ