エルヴィスの決意
調査団の帰還が予定より一時間近く遅れたせいか、見張りが神殿の地下通路の出口で待っていた。
一人が慌てて奥に走り去り、もう一人がこちらに走って来た、その締まりの無い男の姿はエルヴィスチームのなんでも屋のケビンだ。
普段はあまり賢そうに見えないのっぺりとした顔の若者だが、今は喜びを隠そうとはしなかった。
「エルヴィスさんお帰りなさい!心配しましたよ」
「ああ、トラブルが起きた、詳しいことはあとで話す」
ケビンも調査団の重い空気を察して何かが起きたと理解したらしい、ケビンから笑顔が消える。
そのまま神殿の階段を登り環状の蛇の神殿の入口から外に出ると、アームストロング隊長の大きな姿がこちらに向かって来るところだ、後ろに元部下の傭兵達もいる。
隊長は真っ直ぐ調査団に近づいてくる。
「エルヴィス無事だったか、さては何かあったな会議で詳しい話を聞かせてもらおう、ん?」
隊長は調査団のメンバーをじっくりと見渡す。
そこにスザンナが近づいて来た。
「デクスター、一人死んだよ事故だ詳しい話は後で」
隊長は一瞬目を瞬かせから小さく唸る。
「そうかわかった・・・」
その間にバーナビーは一刻を惜しむように一人だけ本部天幕に足早に向かって走り去って行った。
エルヴィスは調査団に向き直ると最後の指示を出した。
「みんな解散だゆっくり休んでくれ、中で起きた事はこちらから説明が有るまで誰にも話さないでくれ」
調査団は解散し思い思いに散って行った。
「エルヴィスさん食事の用意できてます」
ケビンがエルヴィスに近寄るとそう話しかけた。
「俺は本部に行かなきゃならねえ、みんな先に食ってくれ」
ケビンはうなずくとそのまま野営地に走り去った。
ラウル達はそのままエルヴィスチームの天幕を目指す、エルヴィスは憂鬱になりながら本部に向かう事になる、まず簡単な報告をしなければならない、その彼の後ろからヤロミールとシーリが続く、もちろんお供のドロシーとスザンナも一緒だ。
会議が始まった時すでに野営地の外は完全に夜の帳が降りていた、大きなランプが本部天幕の前の会議場を照らしていた。
エルヴィスは自分の席で立ち上がり参加者を見渡した。
まず隊長とアンソニー先生達に今日の調査の経緯の説明から始める、エルヴィスの説明をシーリやヤロミールが補足する流れだ。
そして下働きの男が大空洞の池に落ち溶けて消えたところでアンソニー先生が慌てて挙手をした。
「本当に彼は苦しんではいなかったのかい?」
「ああ自分に何が起きてるか解っていないように見えた」
エルヴィスはシーリとヤロミールに視線を送った、これは何か説明しろと言う合図だ。
それにまずシーリが挙手をして応える。
「私にも彼が苦しんでいる様には見えませんでした、最後は慌てていたように見えましたが」
シーリは冷静に語るが内心の動揺までは伺い知れない。
続いてヤロミールが見解を述べる。
「酸やアルカリ液ではない、あれは何か特別な性質を持っている」
ザカライアが折りたたみ机を叩く音がした。
「その池があるかぎり建物に近づく事ができないではないか?」
「あの男の服や荷物が溶けずに残っていた、船で渡れるかもしれないぜ」
それはラウルの言葉だ。
「だが水が引いている時じゃないと建物の調査はできない」
エルヴィスは会議の出席者をゆっくりと見渡す。
そこで発言したのはミロンだった。
「皆さん、その液体がいつ引いたり満ちたりするか調べる必要がありますね」
彼の言う通り建物の調査中にあの液体が溢れ出したら全滅しかねない。
エルヴィスはミロンの表情を見逃すまいと凝視する、ミロンがこちらに一瞬だけ気づいて微笑んだ様な気がした。
エルヴィスは表情を殺した。
そのミロンの疑問に今度はヤロミールが答える。
「私は高原に来てから、あの音がした時刻の記録を残している、あの音がその液体の満ち引きにより発生するなら、それに法則性が見つかれば安全な時刻がわかるかもしれない」
会議場がざわめいた、そして彼は単なる好奇心から音が聞こえた時刻を書き残してした事を話した。
彼は天幕にその記録を取りに会議場から出て行く。
「気の毒な事をしたが彼のおかげで危険を回避できる」
バーナビーがそう言葉を発したが彼の言う通りだ、しかし野営地の下働きの者が一人減り三人になってしまった。
「バーナビー、一人減ったが大丈夫か?」
エルヴィスは思わずバーナビーに尋ねてしまった、傭兵が四人減り下働きの者が一人減ったのだいろいろ皺寄せが出るはずだ。
バーナビーは一瞬驚き考え込み始めた、そして何かを思いつくとシーリに顔を向ける。
「アスペル女史、そちらに出している手伝いの者を引き上げさせてもらう、すまないがなんとか三人でやってくれないか?」
どうやら皺寄せはシーリに向かった、それだけドロシーがこき使われるのでドロシーに向かった事になるが。
アンソニー教授の処は男二人なのでそのままなのだろう、ちなみにエルヴィスチームは総て自前でやっているので必要ない。
そこにヤロミールが戻って来た、彼は小さなノートを手にしていた、それをザカライヤに見せる様に机の上に置いた。
全員ザカライアの机の周りに集まって来る、その内容を検証したが法則性があるのかエルヴィスにはわからなかった。
「時間の間隔が三種類あるわね」
シーリの指摘で改めて見ると確かにあの轟音の間隔に法則性がありそうだ。
「わかった、ではこれを時間軸を横にした図表にして見よう、周期性が見つかるかもしれない」
ヤロミールはそう語るとザカライアを見た、しかしヤロミールはベールを降ろしていて顔が見えない、顔を隠されると感情が読みにくかった、エルヴィスはそんな余計な事を考えていた。
「ああ、そうするが良い」
ザカライアがそれを認めると、ヤロミールは全員を見回してからノートをローブの中にしまい自分の席に戻る。
続いて橋を作る予定の場所の天井に、神殿の入口の天井に残された黒い染みの様な跡があった事を話した、会議はまた重い沈黙に包まれた、ザカライアとアンソニー先生は忘れていたに違いなかった二人の顔を見ればそれがわかる。
「いつできたのかわかるか?」
それはザカライアの声だ、エルヴィスは首を横に振るしかなかった。
「少なくとも階段を掘り返した後だろ?エルヴィス」
隣に座っていたラウルが眉を顰めてエルヴィスを見上げる。
「ラウルそいつが人ならばな」
他にも地下洞窟に入る事ができる入口が無いとは限らない、少なくとも神殿から繋がる最初の洞窟の天井の穴から陽が差し込んでいた、そして神殿の奥の部屋の天井に隙間があった事も思い出す。
だがこれを議論しても不毛だ、今はまだ判断材料が少なすぎる、せいぜい警戒すべき以外の対策など無いのだ。
場が落ち着くとエルヴィスは明日以降の予定の説明を始めた、まず行く手を遮る亀裂を越える為に橋を架ける計画だ。
そこでバーナビーが挙手し質問して来た。
「橋はどのくらいでできる?」
「三時間もあればできる、予め資材を作りむこうで組み立てる」
「人手はどのくらい必要だ?」
「今日と同じ布陣に俺たちの処の匠を全員連れて行く、荷役人を三人使い資材を運ぶ、明日の午前中に今まで集めた木材から部材を作る、午後に現地に向かい橋をかける予定だ」
生木で乾燥していないが何年も使う橋では無いので問題ない、最低でも一月持てばよい。
「資材から作るのか!?」
バーナビーの声はどこか呆れ気味だ、気持ちは解るが砂漠を横断する為に最低限に物資を絞り込んでいた、アンナプルナ山麓で調達不可能な物資を優先して運んだ、あとは可能な限り現地で調達するしかない。
「組み立て式の小さな橋も持って来ているが、あそこで使うのはもったいない、これは俺たちの考えだ」
「なるほど解った、しかし一日かかるんだな」
バーナビーはまだ納得しきれていないようだ。
そこでアンソニー先生が発言を求めて来た。
「僕も一度あそこをこの目でみてみたい、一緒に行っていいかな?」
「危険があるかもしれませんが、俺はかまいませんよ」
そこでミロンがすかさず割り込んできた。
「では僕も先生と一緒に行きます、いいですよね?」
アンソニー先生を認めた以上断わる道理がなかった、それにミロンを観察する良い機会でもある。
「いっておくが、多少危険があるかもしれないぜ」
「もちろんですよエルヴィスさん」
「わかった二人共来てくれ」
すでに会議が終わりそうな空気になっていたが、エルヴィスにはもう一つ伝えなければならない事があった。
「さて、明後日は砦跡の野営地から物資を運び込む予定日です、ご存知の様に傭兵が失われ危険な獣が近くにいる事がわかった、輸送隊に強力な護衛を付けなければなりません」
意外にもザカライアが声を上げた。
「それならば俺が行こう、向こうの防護結界を補強する時期が来ている」
防護結界は術者により力を継ぎ足さなければいずれは消えてしまう事を思い出した。
ザカライアの魔力なら簡単に補強できるはずだ、しかし上位魔術師だが彼に護衛が務まるか不安が残る。
「わかりました教授、傭兵をつけた方がいいですよ、危険な獣がいるかもしれませんがくれぐれも気をつけて」
「問題ない身体強化術を使うつもりだ」
ところで傭兵の人選は隊長の裁量だ、彼を見るとちょうど顔を上げたところだった。
「傭兵を四人付けましょう、二人は元々向こうの配置です」
それにザカライヤがうなずいた。
「向こうにも魔術師を配置できればな」
バーナビーはどこか愚痴のように言葉を漏らした、それはエルヴィスも痛感していた、昨日の傭兵の脱走騒ぎではっきりとしている。
砦の野営地に術師が一人いれば精霊通信も可能になる、結界の維持ができるならさらに良かった。
ペンタビア調査団も背後にペンタビア王国がいるのだから、その気になれば下位魔術師の一人や二人ならどうにもできたはずだ。
エルヴィスが始めから調査団の人選に口を出せたらこんな事にならなかった、魔術師の確保や護衛の調達は向こう任せだった。
それでも術士は最低でも三人用意してほしいと要求を出していた、それは一応叶えられたが始めから五人と要求して置けばよかったと悔やんだ。
もしかするとペンタビア側が情報漏えいを恐れ少数精鋭策をとった可能性もあるが、象牙の塔の住人は魔術師ランクや力量や研究成果に目を奪われがちで魔術師ランクへのこだわりが強かった、上位魔術師のザカライヤと中位魔術師のシーリとヤロミールを確保した時点でその豪華な陣容に満足してしまったのかもしれない、軍ならば一人の上位魔術師より十人の下位魔術師を欲する事が多い。
自分達に最前線に出る事ができる魔術師さえいてくれたらとその思いが募った。
自然にシーリに目が向く、彼女の薄いブラウンの髪にどこか煙るような美貌を黒いローブと鍔広三角帽の間から覗かせていた、魔術師らしくこの場でも三角帽を被ったままだった。
彼女もこちらに気づいたのか僅かに首を傾げた。
そしてドロシーに目を向ける、彼女は名目上の傭兵隊副隊長としてアームストロングの隣に座っていた、今日はまったく発言せずただ会議を聞いているだけだ。
エルヴィスの視線に気づくと大きな瞳で見つめ返してきた。
『何かごようでしょうか?』
彼女の顔にそう書いてあった。
どうしても二人が欲しくなる、それが二人を正式にチームに勧誘しようと決意を固めた瞬間だった。
俺たちの仕事は危険だが当たれば見返りは大きい、今回も成功報酬として発見された遺物などの配分で一定の権利を持っていた。
少し後ろ暗い処はあるが犯罪組織では無いのだから。
もし彼女達がチームに来てくれれば、仕事が何倍にも楽しくなる予感がした。
「ラウル俺たちにも行動できる魔術師が必要だ」
それは隣に座っている相棒に向けた小さな言葉だった『今更何だよ?』大柄な相棒は不思議そうにこっちを見上げる。




