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不信の影

エルヴィス達が野営地の近くまで戻ってた時、東の空は日の出前の陽の光に照らされて美しい紫がかった赤い色に染まっていた。

南側の林の樹々の隙間から遥か彼方の砂漠の砂の色を覗き見る事ができる。


あの砂漠を無事越えて帰ること事ができるのだろうか?そんな言葉が心に浮かび不吉な事だとそれを自ら打ち消した。

横顔に視線を感じたのでそちらを見るとドロシーが心配げにこちらを見ている。


「エルヴィスさん?」

今感じた不安や予感はけっして口には出せない、余計な不安を撒き散らすだけだ。

「色々考え事をしていたのさ」


エルヴィスはふと思いつきザカライヤに声をかける。

「教授」


「なんだ?」

「あの四人の死を隠すことはできない、バーナビー達と相談してどう知らせるか決めよう、決まるまでは箝口令でいいかな」

ザカライヤが立ち止まると全員歩みを止めた、彼は全員を見渡して口を開いた。


「ああそうだな、ここにいる全員に命じる、方針が決まるまではこの事を誰にも話してはならぬいいな?」

全員特に異論は無いのでうなずくだけだ。

「帰ったらすぐに会議を開くぞ」


一行はまた進み始めた野営地はもう目の前だった。


野営地の見張りが知らせたのかバーナビー達が野営地の端に姿をあらわす、バーナビーがこちらを見る目は何か言いたげだ、バーナビーとヤロミールの二人がいそぎ足でこちらに向かって来る。


「エルヴィスどうしたあの四人は?」

エルヴィスがザカライヤを見やるとそれにザカライヤが答える。

「四人は死んだよ獣に襲われた、会議でどう公表するか決まるまでは誰にも話すな」

「もしやただの熊のたぐいではないのですね?」

ヤロミールがベールの後ろから尋ねる、彼も何か異常な事が起きた事を察していた。

「たしかに単なる野獣にしては不審な点が多い」

それを隊長が腹の底に響くような重い声で肯定した。


「バーナビーそちらは何かわかったか?」

エルヴィスは先程から気になっている事を我慢できずに口に出した。


「そうだな、込み入った話だ本部で話そう」






シーリが防音結界を本部天幕の周囲に設置する、大天幕の前にいつものように折りたたみ椅子が並べられ臨時の会議場になっていた。

会議が始まるとザカライヤ教授は己の機転で用意したマーキングの術が役に立ったからかこんな状況なのに機嫌がかなり良さそうだ、彼は追跡の始まりから四人の脱走兵の惨殺死体の見つけるまでの経緯を長々と説明した。


それを引き継ぐようにアームストロング隊長の見解が述べられる、何か大型の肉食獣による攻撃で四人が殺された事、逃げる間も無いほどの時間で全滅させられた事、そして野獣の種類がわからない事が補足された。

隊長の説明は軍人らしく要点を押さえて簡潔だった。



「あの熊か狼じゃあ無いんですか?」

会議に呼ばれていたミロンが挙手をすると率直に疑問を述べる。


「獣の足跡が残っていないせめて毛が落ちていればな、数も定かではないのだ、大型の獣なら足跡が残っているはずだが見つからなかった」

アームストロング隊長が頭を振った。


アンソニー先生がおずおずと発言をもとめる、こちらに顔を向けてからザカライヤ教授を見た。

「その獣はここには入って来れないんだよね?」

全員の視線が野営地に防護結界を貼ったザカライヤを向いた。

「当然だ、ここは登録された者以外出入りできぬ」


「でもね牢獄が破られたじゃないか、そうだ犯人はどこにいるんだい?」

今度はバーナビーに全員の視線が集まった。


「まあみんな聞いてくれ」

バーナビーが立ち上がると全員を見渡した。


「見張りが意識を取り戻し話を効くことができた、彼らが言うには急に眠くなり意識を失い気づいた時には介抱されていたそうだ」

「睡眠の魔術か!?」

それは隊長の声だ皆がザカライアとヤロミールとシーリを見比べる、そして全員の視線がシーリに集まる。

シーリは驚いて当惑していた、困ったように彼女の眉がさがる、ドロシーを見てからこちらを見つめてきた、見つめられても困るが彼女の側にスザンナがいる事を考えると彼女が犯人とは思えない。


「シーリは私達と同じ天幕にいたのよ?」

ドロシーが憤慨した様に叫んだ。

「だがお前たちも眠らされていたかもしれんぞ?」

ここでザカライアが不用意な発言をした、たしかにその疑問は最もだが、調査団のトップの発言としてはいただけなかった、この男は魔術師としては優秀なのかもしれないが不用意すぎる。


「それを言ったら教授も彼も同じじゃないですか?」

ドロシーは更に興奮して半分立ち上がりかけるとザカライヤとヤロミールを指差した。

シーリは慌てて隣のドロシーをあたふたしながら宥め様としていた、そんな彼女はどこか幼く見えた。

「俺が睡眠の術にかかるか!!ヤロミールも天幕から動いておらん」

「それを教授以外に誰が証明できるのかしら?」

ドロシーの甲高い声が響く、彼女はかなり感情的になっていた、シーリが疑われた事が余程気に触ったのだろう。

田舎の午後の太陽のような普段の彼女の雰囲気とはまったく異なる貌を見せていた。


「あのー皆さん落ち着いてください!」

そこにどこか場違いなミロンの声が割って入った、みんなこいつ何を言う気なのかと若い考古学者に注目した。

ザカライアが言いたいことがあるなら言ってみろと行った風情で発言を促す。


「あの教授にお聞きしたい事があります、防護結界を壊す事のできる魔術道具はあるのですか?」

誰かが『おお』と口から漏らすそれは隣にいたラウルだ。


「防護結界を壊す事のできる術は中位以上の術しかない、そのような道具を作れる者など数える程しかおらぬ、あとは古代文明の発掘品でいずれにせよ天文学的な価値があるのだ、これに精霊力を充填できる術士も少ない、同じ術を使うより数倍から十倍程度の膨大な力を消費するのだ」

ザカライアはむしろ言い聞かせるように説明している、これはザカライアも一度は思いつき否定した可能性があるとエルヴィスは思う。


「そんな道具を作れる術者はどのような方なのですか?」

「うむ生死不明だが偉大なる精霊魔女と言われるアマリアならば創れるかもしれぬ、あとはもっと古い時代の大術者達だ」

「伝説級の術者になりますね、じゃあそこらへんで手に入る物じゃないわけですね」

「そうだ俺もその可能性は無いと考えた」


「ですがパルティナ十二神教の聖域神殿(サンクチュアリ)や聖霊教や国のような組織なら、そのクラスの道具を持ち出せるのではありませんか?」

「ミロン、君は聖域神殿(サンクチュアリ)に追われていたな・・・だが貴重な道具を用いて脱走兵を逃がす理由がない」

その理由はもっともだ、あの四人をわざわざ逃がす理由が思いつかなかった。

しかしミロンが魔術師の可能性はあるのだろうか?後でシーリやスザンナに聞いてみる事にした。

ふとアームスロング隊長の言葉が蘇った『これは何か大きな獣に食われたな、内臓がかなり無くなっておる』それがある考えを導いた、だがそれを頭を振って否定する、その未知の野獣と傭兵達を逃した者を結びつける考えはあまりにも突拍子過ぎたからだ。

奴らを食うために奴らを逃したのでは?それはエルヴィスがふと思いついた仮説だった。



「でも見張りを眠らせるだけなら道具でもできますよね?」

それはドロシーの声だその高い透き通った声がエルヴィスを物思いから引き戻した、見ると彼女はどこか得意げな顔をしていた。


「僕も睡眠用の魔術道具を見た事があるよ、護身用に人気があるんだけど悪用されるようだね、悪用されやすい魔術道具は魔術師ギルドや聖霊教が厳しく管理しているからね」

アンソニー先生が勝手に発言した、ザカライアが咎める様な視線を向けたが先生はまったく平気だ。

告時機や照明用や着火用の魔術道具は広く普及しているが、攻撃的な術を使える道具は管理が厳しく簡単には手に入らない。

特に悪用されやすい睡眠系の魔術道具は特に厳しい。


「僕は魔術道具を使ったと言う説をとりますよ、野営地の中に無くても外に隠しているかもしれません」

ミロンはそう決めつけた。


「隊長、四人の遺体はそのままなのか?」

ヤロミールが突然隊長に向かって話しかける、それは僅かな批判をともなう口調だ、隊長はそれを敏感に察したのか僅かに気分を害した用に見える。

「埋葬する余裕は無かった、道具がない」

「場所が場所だ良からぬ者に憑依される恐れがある」

これで彼が何を言おうとしているか全員に沁み渡る、異界に近い場所では異界の下等な存在が滲み出て怪異を引き起こしやすい、この地域が巨大な聖域ならば人や獣の死骸は危険なのだ。


「なるほど理解した、では奴らを埋葬しに行こうか・・・」

「私も死体の状態をこの目で確認したい、埋葬に私の土精霊術が役に立つ」

「ならば俺も行こう、やはりこの目で確認して起きたい隊長にも来てもらう」

最後にバーナビーがそれに加わることを申し出る。


既に会議の議事進行の決まりが守られず、そして会議も終わりそうな空気になっていた。


「バーナビー見張りに話を聞いてもいいか?」

それをバーナビーは快諾した、休んでいる二人の見張りに話を聞く許可を得た。


会議はその後すぐ解散となった、バーナビーが野営地にいる者達を本部前に集めると、逃げ出した傭兵達が野獣に襲われ命を落とした事を告げた。

その場にいた者は驚き声も出ない、バーナビーは一人で外を出歩かないように告げ、そして彼らを埋葬するために現場に向かう事を告げた。


しばらく後でバーナビーとヤロミールが隊長と三人の元部下を引き連れて悲惨な惨殺死体のある湿原の彼方に向かって旅立って行く。


それを見送るエルヴィスの背後に人の気配が二つ現れた、その気配からドロシーとシーリに違いない。


「あたしも一緒に参加させておくれ」

それは突然のスザンナの声だ、驚愕したエルヴィスが振り返るとドロシーとシーリの後ろに守護神の様にスザンナが控えている。


「二人しかいないと思ったね?気配を絶つぐらい息を吸って吐くぐらい簡単な事さね」

スザンナは声をひそめると不敵に笑った、ドロシーとシーリは驚いた様にエルヴィスとスザンナを見比べている。

「エルヴィスさん私の気配がわかるの?」

ドロシーが驚いたように目を見張った。

「わかるよ」

「私も?」

「シーリは魔術師だドロシーよりわかりやすいぜ?」

「まあ」

シーリも目を見張ったが少し顔を赤らめていた。

「さあさあ長話をしていてもしょうがない、早く話を聞きに行こうかね?」






本部天幕の裏側に傭兵達の天幕が集まっている一角があった、その幾つかは倉庫になっていたが、その辺りは妙に静かだ。

そこに見慣れた壮年の傭兵の姿を見つけた、そして若い傭兵の姿もそこにあった、二人は太い木の幹を椅子にして疲れた様にうなだれて腰掛けていた。


エルヴィスは今や動ける傭兵が二人に減っている事に気づいた、エルヴィスと三人の女性が訪れたのはそんな寂しい場所だった、この不意の来客に二人の傭兵は驚いた。


「あんた達か・・」

壮年の傭兵は随分と憔悴(ショウスイ)している様に見えた、あの死んだ四人とは付き合いが長かったのだろうか。


「気の毒な事をしたな」

「二度脱走したらどうなるか解っていたんだ、でもよまさか獣に殺されるとはな」

力な無くその壮年の傭兵は答えた。


「あの二人と話しをさせてくれ許可は得ている」

「ああ、この中にいるよ」

気怠げに男は側の小さな天幕を指し示した。



天幕の中で二人の傭兵が分厚い敷布の上に寝ていた、この二人は脱走兵をここまで連行してきたので結構な顔見知りになっていた。

「だいじょうぶか?」

声をかけると一人が寝返りをうってこちらを見たが彼の顔色はあまり良くない。

「エルヴィスさんか、あいつらは死んだそうだな」

男は弱々しげに笑ったまだ体調が悪いように見える。


「睡眠の魔術にしては後を引いているようだな」

エルヴィスは思わず呟いてしまった、今まで睡眠の魔術を使われ眠らされた者を何人も見てきたからだ。

背後から身を乗り出していたシーリはその呟きを聞き逃さなかった。

「魔術の眠りは覚めればすぐに回復します」

「そうだねあたしもそう聞いているけどねえ」

スザンナもシーリの意見に同意した。


すると寝たまま動かなかったもう一人の男がつぶやいた。

「寝てからひでえ夢をみて、起きてからも気分が悪いんだよ」

こちらを向いていた男の顔が何かに気づいた様に変わった。

「言われてみれば、はっきりと覚えていないが何かおかしな夢を見ていた様な気がする」

「バーナビー達に言ったのか?どんな夢をみたんだ教えてくれないか」

「夢の話なんてしてねえよ」

背中を見せたままの傭兵がまた呟いた。

「それはな真っ暗な嵐の中にいたんだ、ひでえ嵐に襲われた、そこに恐ろしい女が現れて笑ったんだよ、耳の長いおっかない悪魔だ」


「なんだって!?」

スザンナの声から彼女の動揺を察した、彼女は確かに衝撃を受けていた。

それはエルヴィスも同じだ。


『闇妖精族』その言葉が口から出かけたがそれを飲み込む。


スザンナが天幕の中に入り込んだ、傭兵達はあからさまにビビっていた、ドカリと座り込むとスザンナは目を閉じて瞑想を始める、しばらく経過した後でゆっくりと目を見開いた。

その間誰も一言も言葉を発しない。


「話があるからついて来な、おっと、あんたらはそのまま寝ていな」


スザンナはエルヴィスを見てからドロシーとシーリについて来いと促す。


三人はスザンナの後から続いて神殿の方角に向かって歩き出した。







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