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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第二章 騒乱のテレーゼ
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コッキー=フローテン

 「コッキー、コッキー起きなさい」

コッキーは一瞬自分がどこにいるのか判らなかった、リネインの孤児院のベッドの上だと思いだし胸をなでおろした。


(また、生きのびたのです)


何時もこの町から出ていく時、もしかしたらこれが最後かもしれないと思いながら出ていく、ここにまた生きて帰れる保証なんてないのだから。


「修道女様、おはようです」


コッキーの挨拶でその中年の修道女は少し困った顔になった。

「貴女の言葉遣いには問題がありますが今更どうにもなりませんね」

「ほかのみんなは?」

「もう起きて食堂に行きましたよ、今日の朝食は一時間早いのですよ」

「それは、失態です!!」


「今日は巡察使団がお見えになります、早めに準備をしなくては、貴女も疲れているかもしれませんが、貴女も皆を手伝いなさい」

「修道女様、そういたしますです」

修道女はため息をついた、コッキーの奇妙な言葉遣いに不満を持っているようだが、それ以上は何も言おうとはしなかった。

「さあ、まずは食堂に行きなさい」


コッキーが狭い階段を下り、廊下の奥が食堂だった、そこは既に20人程の子供達で満杯だった。

「あ、コッキー姉ちゃんだ、おそいぞ!!」

コッキーの少し年下の少年が彼女を待ちくたびれていた。

「コッキーねえたんだー」

やっと椅子に座って食事を取れるようになったばかりの幼い女の子は喜んでいる。

「まだそこ座れそうね?」

「あい」


コッキーは孤児院から出るべき年齢だが、稼ぎ手として孤児院に金を入れているので、しばらくはここに居る事ができる、だがそれも17歳までが限界だった。


薄いスープを飲み硬いパンを(カジ)りながら、これからの計画を頭に描く、ハイネにどう安全に向かうかその方策で頭が一杯だった。

ハイネで注文の品を受け取りラーゼに持ち帰る、その目安は7日だった、往復6日で予備が1日となる。

「また寄生しなきゃなりませんかねー」


「ねえちゃん、何言っているの?」

先程の男の子がコッキーの言っている言葉の意味が解らずに尋ねる。

「お仕事の話なのですよ」

「ねえたんかっこいい」

幼い女の子が尊敬の眼差してコッキーを賞賛する。

「えっ?ありがとなのです」


「さあ、みんなそろそろ準備よ」

そこに修道女長が食堂に顔を覗かせた、小さな聖霊教会なので全員が顔見知りだ。


「はーい」

孤児たちが元気いっぱいに応える。

全員が残っていた朝食を急いで口に詰め込み始めた、食堂は戦場の様な喧騒に包まれた。




準備といっても孤児院の入り口や廊下と食堂を掃除するだけだ、視察の最後に孤児院を巡察使団が訪れる、形式的な視察なのであまりうるさい事は言われないが、見苦しく無いようにしなくてはならない。


礼拝所の掃除や来賓席の用意などは街の大人達が手伝ってくれている、貴族の館では無いため高級な調度など無いが、礼拝所では大人達が倉庫から貴賓(キヒン)用の椅子を幾つか取り出し並べて始めていた。


「じゃあ、この椅子を裏口から外に出して」

「あそこがまだ汚れているわね、掃除して」

子どもたちが賑やかに騒ぎながら掃除と整理整頓を進めている。

最年長のコッキーは少し眩しいようにそれを見やる、昔はあの小さな子ども達の中にいたのだから。


孤児院の歓迎の準備が終わった頃。


「外が、何かうるさいのです?」

「ねーちゃん、凄い人が集まってきてるぜ!!」

聖霊教会の周囲に人が集まり始めていたのだ。


「お城を巡察使団と聖女様が御出立つなされました!!」

先触れの者の声が聞こえてきた。



やがて聖霊教会前に集まった群衆がどよめき始める。

「すごいねねえたん?」

「聖女アウラ様がいらっしゃいますからねえ」

幼い幼女の疑問に修道女が応えた。


子供達は孤児院で待機しているので礼拝所の中の様子は窺えない。

大司祭と聖女アウラの挨拶から祭礼儀式が始まった様だ。


その美しい声には、精霊力の波動が満ちているのだが、精霊術の心得のないコッキーに感じ取る事はできない、だがそれでも大きな癒やしの様な力を感じる事ができるのだ。


「さすがです聖女アウラさま!!」

アウラのファンになったコッキーが興奮気味に称賛する。

「ねーちゃん、アウラ様が好きなんだな?」

「ラーゼから来る時に一緒に旅をしたのです、祝福を頂きましたです」

「おねえたんうらやましです・・」



「皆さん静粛に、もうすぐ祭礼儀礼が終わります、礼拝所に移動し聖女様にご挨拶をします、ちゃんと練習どおりにしてくさださいね」

「ちょ、修道女様、わ、わたくしは練習しておりませんです!!」

「心配いりませんコッキー、貴女は列の最後に並ぶのです、前の子供達の真似をすれば大丈夫ですよ、簡単なことです、おほほ」

「わ、わかりました、なんとかいたしますよ」

「ちゃんと花輪をもって来てくださいね」

「わかりまちた」

「では行きますよ、私についてきて」

孤児達は修道女を先頭に礼拝所に向かって進む。


この部屋の片隅に先程まで魔法により作られた小さな瞳があった、それは既に消えたが、それに気付いた者は誰もいなかった。


「次はリネイン孤児院の子供達からの挨拶です」


祭事の進行役の触れを合図に、礼拝所の後ろの口から子供達が入って来た、正面には四柱の精霊王と総てを統べる妖精女王の祭壇を背に、聖女アウラが立っている、子供達はアウラの前に横並びに立ち並ぶ。

子供たちがアウラの前に進み出ると、先頭の子供が代表として挨拶し花の首飾りをアウラにかけた、それにアウラは微笑み、順番に子供達に精霊の祝福を授けていく。

コッキーも子どもたちの真似をし挨拶する、聖女アウラからとても良い香りがした、アウラはコッキーを見ると不思議そうな顔をしたが。


「あら、あなたは昨日の旅でお見かけましたわね」


そして微笑んだ、コッキーも自然に微笑み返した。


(自然に笑ったなんてひさしぶりですよ)


アウラは最後に精霊の祝福をコッキーに授けた、なんとなく重苦しい心が晴れた様な気がする。

そして儀式を終えた子供達は孤児院に戻りあとは孤児院の視察を歓待して儀式は終わるのだ。









「みなさんお疲れ様でした、あとは後片付けをお願いしますね、でもこっちはあまり仕事は無いわね」

「あうらさまは?」

「聖女様はお城にお帰りになられましたよ」

礼拝所は街会の男達が片付けをしてくれているのだ、子供の出番はあまりない。


退屈した子供達が遊び始めた、今日は勉強も仕事も無いのだ、儀式の後は特別の自由時間となっている。

コッキーは子供達に巻き込まれたく無かったので二階に帰ろうとしたのだが。


そこに修道女長が孤児院の食堂に現れた。


「コッキー、貴方に会いたいとおっしゃるお方が二人来ています」

「私ですか?誰でしょうか?」

「合えば解りますよ、こっちにいらっしゃい」


コッキーの年齢では養子の可能性は少ない、となると使用人として、もしくは縁談の可能性もないわけではない、コッキーはかなりの美少女だった。

10年前のリネイン炎上で両親と親戚の多くを失ったが、孤児とは言えもともと身元のはっきりした子供なのだ、縁談もあり得る話だった。


コッキーは礼拝所につながる聖霊教会の事務所の面会所に通された、面会所は外部の者が孤児や修道女と面会する為の小部屋だが、孤児との面会には修道女が最低一人が立会人として加わる決まりだ、不審な人物や危険な人物と判断した場合は孤児の引き渡しを拒絶する事も多い。


不安を胸にコッキーが部屋に入ると、立会役の修道女と面会者二人が既にいた、さっそく面会者を観察する。


一人は40代なかばの小柄で泥鰌髭を生やしている男だった、どこかの学者のような風体だった、男の顔はまるでネズミに似ていて、その頭髪は薄かった、口元を引き締め深刻な顔をしている。


もうひとりは20代後半ほどに見える女性だった、なかなかの美女で、ブルネットの肩までの髪と厚めの唇の右に大きなほくろが目立つ、魔術師の導衣を着込み、手には女性の魔術師が好みそうな三角帽を手にしていた。


(この男の人、どこかであったような気がしますです)


「このお二人が貴方にお話があるそうです、聖霊教会の信用状付きの小間使いが欲しいのだそうですよ、では私は仕事がありますのでこれにて」

修道女長は仕事に戻って行った。


「さて私はピッポ=バナージと申します」

「テヘペロ=パンナコッタよよろしく」

「お嬢ちゃんの名前はたしか、コッキー=フローテンでしたかな?」

「はい、そうですが・・・」


「私達は仕事がら非常に旅が多くてね、なかなか良い小間使いが雇えないのです」

小柄な泥鰌髭の男がまず口を開いた。


テヘペロはその後を継ぐ。

「はっきり言うけど、信用できる小間使い程、身寄りの方々が私達に雇われるのを反対するのよ、でもそんな条件に乗ってくる小間使いに信用のできる者がいなくてね」

修道女の顔が大いに納得したようになる、その彼女がふと周囲を見回しはじめた。


コッキーはどこか甘い微かな臭いを感じた、それは決して不快な臭ではなかったが。


(誰かお菓子を焼いているのでしょうか?)


「お二方のお仕事は何でしょう?」

立会人の修道女が質問した。


「わかっていると思うけど、私は聖霊宣託師よあちこちから呼ばれるのよね」

「吾輩は錬金術師で薬の調合からメッキまで何でも請け負っておりますぞ」


「えー、なぜ私に?」

コッキーが先程からの疑問をぶつけた。


「ほほ、私に見覚えはありませんか?」

「やっぱり、昨日の旅で私達の前におられた学者先生ではありません?」

「覚えていただけるとは光栄でありますぞ、コッキーさん」


(あれ、修道女様が寝ていませんか?)


修道女が先程からうつむき加減で何も話さなくなっている、だが肩が上下に動いているので生きてはいるようだ。


(でもこのおじさん、盾を割った時のあの人じゃあなかったっけ・・なんだろう、良く考えられないのです)


「そろそろ効いてきたのかしら?ピッポ」

「テヘペロさんの協力があればこそです、イヒヒ、私の薬の効果を生かすのにも精霊術師の協力はありがたい事ですぞ」

「外部からの遮断とおばさんを眠らせただけよ」

「それが重要なのです」



「さて、コッキーさん、私達に協力して欲しい事がありますぞ」

「なんです?」

「昨日の旅で、ルディとリリーベルさん達と仲良くされておりましたね?」

「えっ?はいです」

「そのルディさんの剣が欲しいのですよ」

「はあ、あの大っきな盾を真っ二つにした剣です?」

「話が早くて助かりますぞ」

「買えばよいのです」


コッキーはなかば夢うつつで答えている、目も重く言葉にも力が無い。


「ははは、剣を頂戴したいのですよ、いひひ」

「泥棒は悪いことなのです、聖霊教会のみんなを裏切る事なんでだめですよ、えへへ」

「でもお金があれば皆んな幸せになりますぞ?」

「聖女アウラさまに顔向けできなくなるのです」


ピッポは足元に置いていた、香炉に似た道具をテーブルの上に置いた。

更に、胸元から小さなツボを幾つか取り出し、木製の栓を開けて薬剤を香炉の中に小さじで投入していく。


そこでテヘペロが話を続けた。

「ねえ聖霊教会や聖女様を信じてどうなるのかしら?」

「教会や聖女様を信じれば幸せになれるのですよ・・・」

「あら、この教会だって大昔からあるのにさ、10年前に町は焼けて貴方のご両親も死んじゃったんでしょ?信じる価値なんてあるのかしら?」

「そんな話聞きたくないです!!!」

コッキーの意識が一瞬戻ったかのように激しく反応した。


「ねえ、貴方担ぎ屋をやっているのよね?」

「そうですよ、それがなんですか?」

「友達に聞いたのよ」

「何をですか!?」

「そうね、あなたは自分が何を運んでいるか知っているの?」

「それは、担ぎ屋は中を見ないのが約束なんです!!それに聖霊教会の聖水やお香ですよ!!」

コッキーは幾分か動揺しているようだ。


「友達が言うにはね、悪い薬や、もっと悪いものを運んでいるって聞いたのよ、聖霊教会の道具として貧しい子供とかに運ばせると盲点になるって」

「そんな・・・でもそうしないと」

「もう、貴方には聖霊のご加護は無いのよ?悪いことに加担しているんですもの」

「でも」


ピッポがテヘペロを引き継いだ。

「でもですよ、この国から逃げ出せるならどうですかな?まとまったお金があればテレーゼから出ていけますぞ?」



「ほほ、コッキーさん興味がお有りですかな?」

「では、これから私ピッポの言うことを忘れないようにしてください、ですが私達が去ったら貴方は全て忘れてしまいます」


「何を言っているって顔をしておられますな?心配いりませんぞ?必要な時がきたら思い出します、私達に全てまかせておきなさい、いひひ」




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