調査の継続
脱走兵を連行しながら帰路についたエルヴィス達はやっと森林地帯を通り抜け、起伏の激しい樹々が疎らな荒野に踏み込んだ、所々に白い岩が頭を覗かせて鈍く輝いている。
荒野の西側に崖が灰色のカーテンの様に並び立っていた。
脱走兵達は不貞腐れて真面目に歩こうとしない、スザンナが時々彼らを威圧しながらなんとかここまで連れてきた。
彼らはノロノロと湿地や池の間を縫いながら南に進んで行く。
一行が大きな岩をまわりこむと視界が開けて野営地の天幕が飛び込んでくる、やっと神殿前の野営地に帰ってきた、もう太陽は中天をまわり傾きかけていた。
「ああ、やっと帰ってきた」
ドロシーの一人言も疲れを滲ませていた。
野営地の見張りがこちらに気づいたのか慌てて奥に駆け込んで行く、すぐにラウルとバーナビーが野営地の外まで出迎えに出てきた。
ラウルが待ちかねたのか駆け足になる、彼の大きな姿があっという間に近づくと目の前にやってきた。
「エルヴィス見つかったんだな、向こうは無事か?」
「野営地は無事だ、死人もけが人も出ていない」
それを聞いたラウルが安心した様に笑った俺と同じ心配をしたに違いない。
バーナビーは複雑な表情で四人の脱走兵を軽く眺めるとエルヴィスに向き直った。
「連れてきたのか・・・」
「コイツラをどうするかはそっちで決めてもらおう、俺たちが雇ったわけじゃないからな」
脱走兵達は一応ペンタビアが雇った傭兵だ、こいつらの処分を奴らに任せる事で責任の所在をはっきりさせたかった。
「その二人は?」
バーナビーは脱走した四人の傭兵を見張るように立つ二人の傭兵に気づいた。
「コイツラが当てにならなくなっての、向こうの警備を連れてきた」
アームストロング隊長が脱走兵を顎で指してから二人を紹介するように指し示した。
「何んだと?そうか魔術結界か、教授の結界を破るような相手に傭兵が二人いても意味はないと」
「そうだな」
「解ったよ隊長コイツラを連れてきてくれ、エルヴィスご苦労だったな」
そして野営地の外れで護送隊を解散した、隊長と二人の傭兵が脱走兵達を野営地の中に連行していく。
バーナビーが下働きの者を集めると天幕の一つを牢獄にすべく指示を下している、にわかに野営地は騒がしくなった。
「二人共助かったよ、おっとスザンナもな」
スザンナがこれに苦笑いを浮かべた。
「あたしは向こうに戻るよ、あんたらもすぐにくるんだよお昼がまだだからね」
スザンナはそのまま振り帰りもせずに野営地の中に入って行ってしまった。
「役に立てて嬉しいわ、不謹慎だけど楽しかった」
シーリは静かに微笑んだ。
「私達も早く行かないと、またねエルヴィスさん」
ドロシーはシーリを急かしてスザンナの後を追う、まるで侍女のスザンナが主人に見えた、もっともスザンナが聖霊教の聖女ならば一番身分が高い事になるが。
ドロシーとシーリが並んで野営地の奥に去っていく、ドロシーの細身だが美しく均整のとれた後ろ姿は酒場の踊り子達と通じる物があった。
彼女は傭兵隊の副隊長の身分だが副隊長らしい仕事をしたところをあまり見たことが無い、野営地に来てからそれが顕著だった、やはり傭兵隊の副隊長は名目だけでシーリの護衛が主任務なのだろう。
二人が居なくなるとラウルが話しかけてきた。
「向こうが殺られなくて助かったぜ」
「こっちがもう少し遅れたらヤバかった、俺達に魔術師が必要だ」
「なあエルヴィス、アスペル女史はどうだ?」
「誘って見ようと思っているよ」
「やっぱそうか!お前アスペル女史と上手くやっているからな」
ラウルはあからさまに喜んだが、大きな声を出しすぎたと思ったのか周囲を見渡した。
「なあ本気でたのんだぞ?」
「ああだが保障はできない」
二人は天幕に向って歩き始めた。
エルヴィスが天幕の前で遅い昼食を食べて休憩していたところ、下働きの男が伝言を伝える為にやってきた、それは臨時会議招集の知らせだった。
予想はしていたので驚きはしない、ラウルと目配せすると重い腰を上げた、朝から動き続けて疲れが溜まっていた。
魔術の支援があったが砦の野営地とここを往復したのだ。
本部に到着すると大天幕の前に折りたたみ椅子が並べられ、すでに皆が集まっていた。
会場に入ると急に違和感を感じた、何が起きたのか確認しようと足が止まる、どうやら防音障壁を通過したらしい。
「早く座れ」
ザカライヤが不機嫌そうに吐き捨てた、だが彼の怒りは何か別の事に向けられていた、エルヴィスは最近この偏狭な学者の事がわかりはじめていた。
今エルヴィスの方をまったく見なかった、こいつは気に食わない相手を凝視する癖がある。
会議ではザカライヤ達が脱走兵を尋問した結果が報告された。
傭兵達は洞窟で襲ってきた怪異と地下の大空洞が悪魔の巣だと怯え、金と物資を奪いここから逃げようとした事を自白した。
ヤロミールの様子を伺った魔術師が二人いるならば彼らの尋問も簡単だ、アームストロング隊長の様子を見たが、彼は腕組みをして何か考え事をしている様子だ。
その隣にドロシーがいたが居心地悪そうに座っている、今回の事件は傭兵隊の不要事なので一応責任を問われる立場だった。
その次にエルヴィスは砦の野営地の状況説明を求められる。
エルヴィスは脱走した傭兵達が野営地の責任者に武器を突きつけて恫喝していた事、それをエルヴィスがドロシー達と協力して制圧した事を簡潔に説明して着席した。
「隊長、脱走兵はどうするべきなんだ?」
今度はザカライヤが隊長を見やる。
「脱走に恐喝行為、通常ならば重禁錮だ、もし死人が出ていたら処刑だな」
重々しく隊長は答えた、傭兵の人選に隊長は関わっていない、言いたいことも在るだろうが彼はそれには触れない。
「奴らを監視する為に人を割かねばならん!いまいましい!!どうせなら死んでくれたら良かったのだ!!!」
ザカライヤが簡易机を叩いた。
正直エルヴィスもそう思わないでも無かった、だがお前の立場でそれを言うのかよ?
エルヴィスは内心苦笑を禁じ得なかった。
そこにバーナビーが発言を求める、それをザカライアが認めると、彼は立ち上がり隊長の座っている方向を見た。
「すまんがドロシー、シーリの専属警護から外れて傭兵部隊のサポートに廻ってくれないか、奴らの監視役に傭兵を二人当てる事にする」
ドロシーが驚いた様にうつむき加減の顔を上げた。
「今まで通り彼女の天幕で生活してほしい」
バーナビーが彼女に告げた。
「わかりました・・・」
ドロシーは意外にも素直に従った、傭兵脱走の皺寄せがいろいろな形で出てきたのだ。
そしてエルヴィスは重大な提案をすべき時だと覚悟を決めた。
だがアンソニー先生の挙手が早かった、ザカライヤが先生の発言を促した。
先生は立ち上がりきょろょろと参加者を見渡してから口を開いた。
「いいかな?神殿の入口の防護結界が破られた件はどうなったんだい?」
エルヴィスは愕然とした、すっかりこの件を忘れていたからだ。
「私から説明する」
ヤロミールがゆっくりと立ち上がっる。
「午前中に調査をしたが入り口近くに使用済み触媒が落ちていた、使用済み触媒はアスペル女史の物だけだった、既に私が防護結界を張り見張りがいる、今の処は中から出て来た者はいない」
「エルヴィス、他に出口はあるのか?」
ザカライヤがこちらを睨みつけながら言葉を放った。
「神殿以外に発見されていない」
そう言った瞬間地下道につながる最初の大洞窟の天井に小さなが穴があった事を思い出した、だがあの穴では小鳥しか通れないだろう。
「エルヴィス、何か言いたいことがあったのか?」
そこにアームストロング隊長が声をかけてきた、エルヴィスは改めて発言を教授に求めた。
教授は無言のまま目で促して来た。
「傭兵が四人脱走したが、洞窟の中で遭遇した怪異とあの地下の空洞で怯えたからだ、荷役人や下働きの奴らにも動揺が見られる」
そして会議に出席している調査団の幹部達に視線をゆっくりと巡らせた。
「奴らの脱走で人手が足らなくなった、もし更に逃亡や最悪反乱が起きたらもう完全に手が回らなくなる、最悪ここから生きて還る事すらできなくなる」
「エルヴィス何が言いたい?」
ザカライアの声は苛立っていた、奴は愚かだが馬鹿では無いエルヴィスが言おうとしている事を察したのだ。
「一度引き上げて陣容を強化して出直した方が良い、傭兵ではなくもっと信用できる兵士で数も増やす、魔術師も増強すべきだ、アリシアの町とここと砦の野営地に精霊通信ができる術士を配備する、その上で下の調査に加わる事のできる高位の術士が必要だ、仕切り直しは契約にも明記されている」
「それはダメだ」
ザカライアが口を開いたそれも強い口調だ、それでざわつき始めた会議の場は再び静かになった。
「あれだけの規模の構造物だぞ?今の陣容で外に運び出せる物量もたかが知れている」
「お前の言いたい事ももっともだが、我々に二度目がある保障はない」
「何だと?」
ザカライアはそれっきり沈黙してしまった、それをバーナビーが継いだ。
「お前も聞いただろう?ここには闇王国の遺産が眠っている、多くの者がここに関心を示し始めている、今まで機密を守ってきたが、ペンタビアが大規模な調査団を動かした時点で機密は破られたと見て良い、我々には時間が無い、我々がここを去ったとしてここに戻って来るのにどのくらい時間がかかる?」
エルヴィスは頭の中で計算した、ここからアリシアの港町まで撤収の準備を含めて八日程かかるだろう、更にペンタビアまで五日程だ。
ペンタビア王国の意思が固まり人材と物資を集め新しい調査団を編成して急いでここに戻って来たとして最短でも一月半はかかる、エルヴィスそう軽く見積った。
「急いだとして一月半はかかるだろうな」
「それは最短に近い数字だ、周辺諸国や闇王国に関心のある者達に先を越されない保障はないんだ」
バーナビーは何も言わないが西エスタニアのパルティナ十二神教の聖域神殿が我々に気づいたらどうなるだろうか?
そしてやはりこいつらは大空洞の奥にある何かの正体を知っていると確信を深めた。
だが尋ねた処でまともに話す気は無いそんな予感もした。
調査団の意思として調査の続行が決定された、囚人達は魔術により封じられ監視者の負担を減らす事が決められる、そして明日以降の調査の方向が決まる、いよいよ未知の洞窟を調査しながら大洞窟への道を探り出す事に決まる。
そして陽が暮れかけたころ長い会議は終わった。