聖女と隊長
次第に調査団の本隊が近づいてくる騒がしい音が洞窟に響きはじめた。
エルヴィスは調査団がいつ洞窟の入り口に姿を表すかと睨んでいたが、背後で休んでいるドロシー達の事が気になってそちらを見た、魔術の淡い青白い光に照らされてシーリを挟むようにドロシーとスザンナが大きな鍾乳石の上に腰掛けている。
シーリがこちらを向くと彼女は何か言いたそうな顔をしていたが、だがすぐにうつむいてしまった。
すぐにドロシーも気づくと顔をこちらに向ける、黒い瞳だけがシーリを向いてからこちらを真っ直ぐに見た。
スザンナもこちらに気づいた、彼女の瞳はまるで光を灯しているかのように強い力を帯びていた、彼女の瞳は頼んだよと語りかけているようだ、ふと足元の傭兵が気になる。
「くそ、さっきから変に眠てーんだよ」
足元の傭兵の男が頭をかきながら呟いた。
「遅くまで遊んでいたのか?」
「そんな事はねーよ?だいたい何もない!寝るぐらいしかここには楽しみがないんだ!」
それは奴の魂の叫びに聞こえた、傭兵はのろのろと装備を鳴らしながら立ち上がる。
そこで洞窟の入り口が明るくなる、調査団のメンバーがついに到着したのだ。
「お客様がご到来だ、お迎えしなきゃな」
調査団の先頭にいるラウルに手をふるとそちらに歩き始めた。
「思ったより早かったなラウル」
「まあ目印があるしよ」
続いて調査団がぞろぞろと洞窟に入って来た、通り過ぎる先生たちに挨拶しながらエルヴィスは話の続きを始める。
「ラウルどうだそっちは、まだ行けるか?」
「そうだな偵察隊を少し休ませてくれ」
エルヴィスはラウルの偵察隊がまったく休んでいない事に気づいた。
「わかった少し休んでくれ」
洞窟の内部は複雑に入り組んでいる上に高低差もあった、短い距離の移動でも疲労を強いられる。
あの小神殿から直線距離で大して移動していないはずだ。
エルヴィスは調査団全員に休息を告げ休ませる事にした、団員達は思い思いに座り込み休み始める、何人かは鍾乳石を椅子代わりした。
すこし離れたところで地図職人の男が鍾乳石を机代わりにして作業を始めた、そばで用心棒と親方が作業を見守っている。
エルヴィスは彼らの元に近寄る。
「どうだ?」
地図職人は方位と歩数を描き込んだメモから大雑把な地図を修正していた、いずれさらに精度を上げて地図を完成させて行く事になる。
「まだ適当ですが見てきた範囲はわかりました、ラウル達が行った方も見ておく必要がありますかね?」
地図職人は作業の手を休めずにそのまま答える。
「後で行き詰まったらでいいさ」
エルヴィスは彼の仕事を感心しながらしばらく見下ろしていた。
すると背後から大きな気配が近づいてくる、あわてて見るとそれはアームストロング隊長だった。
二メートルを越えるほどの長身で幅も大きい、全身筋肉でよろい、彼の使い古された装備は表面が小さな無数の傷で覆われている、
これほど近くで彼の装備を見たのは初めてだった。
「地図を作っておるのか」
彼が隣に来ると顔を見る為に顔を少し上げなけばならなかった。
剥げた頭に魁偉な顔の真ん中に羽を広げた白い鳥の様な立派な髭が鎮座していた、それが彼がしゃべる度に生きてる鳥の様に羽ばたいた。
何度見てもなぜこんな奴がこんな処にいるのか理解できなかった、だからこそスザンナとの関係を知りたい。
隊長が地図を見下ろしながらため息をついた。
「器用なものだな」
彼の太く低い声が良く響いた、地図職人は驚き隊長を見上げて更に驚いた。
「隊長少し話がある」
エルヴィスは隊長の背中を軽く叩いた、ついて来いと合図を送るとすこし奥の太い石柱を指さす。
隊長はうなずくとそのままエルヴィスの後に続いた。
その石柱は太く柱の様に天井を支えていたが真ん中が細くなっている。
この洞窟の天井近くにシーリの青白い魔術の球が光を放っていたが、二人はその柱の影に回り込んだ。
「エルヴィスなんの話だ?世間話ではあるまい」
「あんたスザンナと知り合いだったのか?」
「何かと思えば、ああ古い知り合いだ、お前も彼女がただの侍女だとは思わんだろ?」
隊長は少し苦笑した。
彼女と知り合いとはどう言う意味だろか?彼女が聖霊教の聖女である事に触れない事にした、だいたいスザンナの言うことが本当なのか確証もない、そしてこの男がどこまで知っているのかもわからなかった。
「どんな知り合いだったんだ?彼女は聖霊拳の使い手だったな」
隊長の顔が少し驚きに変わった。
「それを知っていたのか?そうか立ち会いをしたんだったな、スザンナはお前を随分と信用しているようだな・・・」
隊長はどこまで話したら良いのか悩むようにも見える、額に深い皺が寄った。
はたして彼はスザンナが聖霊教の聖女だと知っているのだろうか?
「護衛といえば護衛よ、奇妙な事件で彼女と仕事をしたもう随分と昔の話だ」
隊長はどこか昔を懐かしむ様に話し始めた。
「奇妙な事件?」
「ある良家の令嬢が呪われてな、まあそれが質の悪い魔術師の犯罪者がからんでおってな、その種の事件に詳しい女性が送られてきてな、それがスザンナだったんだ」
隊長は良家がどこの家なのかその令嬢が誰なのか、スザンナを送り込んできたのか誰かも話す気は無いようだ。
「すまんな契約で詳しいことは教えてやる事はできぬ」
隊長はエルヴィスの疑問を察したのか答えてくれた、どこか事情を察しろといいたげた目で見てくる。
「その事件で知り合ったのよ、ハハハ」
笑いながらも隊長はエルヴィスを探るような目で見ている。
エルヴィスは考えた、スザンナが聖霊教の聖女ならばそれは並の良家どころではなくその令嬢も並の令嬢ではない、そして聖霊教にまつわる数々の噂を思い出した、聖霊教には魔術師の犯罪者や禁忌を犯した者を討つ組織があると言う噂を。
だが隊長はそれ以上詳しく話す気はない様だ、そこで話題を変える事にする。
「ところで、あんたの部下はいまいち教育がなっていないな」
隊長は少し驚いてから愛想を崩した、どこか話題が変わった事でほっとしているような僅かな気配を読み取った。
「すまんな、今の部隊はペンタビアで急いで編成されたものだ、まだ日が浅いが素性がはっきりしているし腕も悪くない者ばかりだ」
たしかドロシーもそんな事を言っていた様な気がした、そういえば彼女は傭兵隊の副隊長のくせにスザンナやシーリといつも一緒にいる。
「あんたはなぜ隊長になったんだ?」
「俺はこのあたりじゃ古くから仕事をしてきたからな、砂漠の経験をかわれたんだろうよ、ははは」
隊長はこれも詳しく話す気は無いようだ。
「そういえば、あの三人の荷役人は昔のあんたの部下だったな」
隊長の表情が昔を懐かしむ様に穏やかに変わった。
「いくつも戦いをくぐり抜けた仲よ、あの三人は腕も立つぞ、怪我をしてから砂漠の商隊路の荷役人をやっておるようだな」
その時エルヴィスを呼ぶ声が聞こえてくる。
「呼ばれておるぞ?さっさともどろうか出発だ」
隊長は破顔してからエルヴィスの背中を軽く叩いた。
仲間の元に戻るエルヴィスの後ろから隊長が歩く、隊長の瞳はある一点をずっと見ていた、その先にはスザンナがいたがエルヴィスがそれを知る由もない。