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ペリヤクラムの失われた石碑

天幕に戻ったエルヴィス達は地図職人の男が作成した地図を囲んで検証していた。

「まさか自然の洞窟があるなんてな、なあエルヴィス?」

ラウルはなかば呆れたように地図を見たまま苦情じみた口ぶりで愚痴をこぼした、大きな天幕だがこいつがいると不思議と狭く感じる。


「ここから湖まで500メートルある、すべて作られた構造だとすれば大掛かりすぎる、もっと早く気付くべきじゃったな」

親方が苦々しく吐き棄て地図から顔を上げる、その地図には神殿と湖の位置関係が記され地下通路がすでに書き込まれていた。


エルヴィスはそれを見ながら親方の責任では無いとなだめる事にした。

「親方のせいじゃない、奴らが手の内を晒してまだ3日だ、初めからここが解っていたらとっくに気づいていたよ」

「然り」

用心棒が一言エルヴィスに賛同する。


その時誰かが獣脂ロウソクに光を灯すと天幕の中が明るくなった、エルヴィスが入り口を見ると外の景色が暗くなりはじめていた。

ラウルが長い手を伸ばして入り口を厚手の布で閉じた。


「しかし不味いなエルヴィス」

親方が宙を睨んで唸った。


「何が不味いんだい?親方」

ラウルが地図から顔を上げると渋顔の親方を見た。


「自然の洞窟だとたどり着くのにどれだけ時間がかかるかわからんぞ?鍾乳洞だ先で枝分かれしていてもおかしくない、それに湖の下となると水中洞窟かもしれんな」

「ああ、そりゃありえる」


エルヴィスは皮肉に笑った、水中洞窟の調査は最高難易度で魔術師や特殊な魔術道具を必要とした、それでも危険で困難を極める。

「クソ!解っていたらこっちも用意をしたんだ」

ラウルが地面を拳で叩いた、ラウルは初めからペンタビア調査団に不信を感じていた事を思い返した。


「奴らはまだ何かを隠しているぜ」

それはエルヴィスの直感だ、全員の視線がエルヴィスに集まる、ペンタビアの調査団は目的地が湖の下と初めから知っていた、ならばエルヴィス達に最優先で教えなければならない。


「奴らが何を知っていて知らないのかはっきりしねえんだよな、湖の底なら俺たちに教えただろ」

「まさか奴らは備えが必要ないと知っているのか?」

地図職人がぼそりと呟いた。


「それはわからん、まああの先を調べれば見えてくるさ」

「まあそうだな」

誰かがちいさく呟いたラウルかもしれない。


丁度その時に天幕の外から声が聞こえてきた。

「皆さん食事の用意ができました」


それは荷物持ちのケビンの声だ、そしてエルヴィスは彼が食事番だった事を思い出す、残念ながら奴はあまり料理が上手くない。


「もうそんな時間か」


親方の呟きが天幕の中で妙にはっきりと聞こえた。






食事の後で調査団本部で開かれた会議は簡潔に終わった、みな早めに休息をとり明日に備えたい。

エルヴィスが明日の調査の方針だけ説明すると会議は終わってしまった。


会議が終わるとそれぞれ自分の天幕に散って行く。

エルヴィスは去っていくドロシーの形の良い背中と腰に心が引かれたが、目は去っていくアンソニー先生の背中を見ていた、彼が調査団の中で一番付き合いやすく情報を引き出せそうな人物だ。


すぐ横にいるミロンを見た、彼も要注意人物だが思い返すとミロンは先生から何か手がかりを引き出そうとするとさり気なく邪魔をしていた様にも思えた。

エルヴィスはラウルに目配せした、ラウルもエルヴィスの視線の先の先生の後ろ姿を見て何かを察したらしい。

「俺は先にもどる」

軽く手を上げるとラウルは天幕に帰って行った。




先生とミロンが天幕にそのまま入ろうとしたのであわてて声をかける。


「先生、ちょっと話があるんだ」

先生は一瞬固まるとこちらを振り返った、天幕の入り口に手をかけたミロンも訝しげにこちらを振り返った。

「エルヴィス君かなんだい?」


「あまり時間はかかりませんよ、先生に少しお聞きしたい事があって」

「じゃあ中でいいかな、ミロン君?」

「おかまい無く、どうぞエルヴィスさん」

ミロンが天幕の入り口を広げてくれたので、先生を先頭にして中に入った。

中は真っ暗だったが先生が照明を点灯すると天幕の中が明るくなる、殺風景な天幕の中に柔らかい敷布の上に二人分の寝床と毛布、二人の背嚢が置かれ、壁際に数冊の本と羊皮紙の束と紙が数枚ちらかっていた、これだけが天幕の主人の学者らしさを表していた。

もしかすると彼らの天幕に入ったのはこれが初めてかも知れなかった。


ミロンはランプを手に取ると着火用の魔術道具で火を付けた、おぼろな光が広がると先生は自分の照明用の魔術道具を消す。

三人が敷布に腰を下ろし落ち着くとエルヴィスから話をはじめた。


「先生も洞窟をご覧になったと思いますが、鍾乳洞に関する情報はあの碑文にありましたか?」


アンソニー先生は考え込み初めた。

「鍾乳洞に関する記述は無かったよ、ふむ、そうだね君には私の研究を詳しく説明した方が良いかもしれないね、退屈するかもしれないけど」

「お構いなく、俺もそれなりに学問を叩き込まれたんですよ、商売に必要だったからですがね」

エルヴィスは皮肉な笑いを浮かべた、美術品贋作(ガンサク)詐欺を成功させる為にそれは必要だった、教養がそれなりに有る富裕階級が詐欺の標的だったからだが。


「私はミロン君が持ち込んだ石碑の破片を繋ぎあわせ、そこから闇王国時代の辞書を作ったのさ」

エルヴィスは言葉にならない疑念が胸の奥から湧き上がり初めた、その理由はまだはっきりとしない。

「その文字のなかで既に解明されている語彙(ゴイ)から埋める、そして未知の語彙(ゴイ)の空白を埋めて行く作業を始めたんだ」


「暗号の解読に似てるな」

「確かに原始的な暗号解読ににてるね、ははは」

アンソニー先生は一息ついた。


「闇王国に関する全てが禁忌とされ抹殺されてきたが、昔の偉人はそれらを自分の母国の言葉に置き換えて残そうとしたんだよ、それが手がかりになったんだ、それでもその多くが抹殺されたんだ、でも一部は発見されると東エスタニアの好事家に高値で売られたのさ」


「母国の言葉?」

「ああ今じゃ西エスタニアの言葉は統一されつつあるが、パルティア帝国時代の前は多くの言語があったんだよ」

「すまなかった邪魔をしたな」

「疑問があったら聞いてくれたまえ」

仕切り直した先生は先を初めた。


「そういった文章の研究や蓄積が長年の間に進んで整理されていたんだ、ペンタビアは東エスタニアでも古い国だからね特にパルティア帝国前史に関しては一番だ、あの石碑はそれに火を付けたんだ、私は闇王国の言語の辞書を大幅に更新したんだ」

エルヴィスの疑念が明確に形を取り初めた。


「ミロンが持ち込んだ石碑の文字数はどのくらいあったんだ?」

「それは大きく分けると2つの固まりになっていたんだ、前にも言ったかな4500文字ほどあるよ」

「まてそれはかなり巨大じゃないか?」


「石碑というより大きな建造物の壁の一部だったと言う者もいるぐらいさ、それでも全体の三分の一ほどらしいね、彼らは王国最後の日々にこれを作り湖の底に沈め隠したんだ」


「どうやってそんな物を運び出したんだ?」

エルヴィスはミロンを睨んだ。


「僕は考古学者の端くれです、僕と同じ思いをしていた者達も数多くいたんです、魔術が使える仲間もいましたよ、彼らの力を借りて石碑を持ち出しました、無事にペンタビアにたどり着けたのは僕一人だけでした・・・」

「仲間はどうなったったんだ?」

「わかりません、積み荷だけがこっちに来たんです、まだ無事で潜伏しているのかも知れないのでこの事は一部にしか話していません」

だがエルヴィスの疑念と不信はむしろ強くなって行く。


「石碑の文章を東エスタニアの言語に翻訳したものがあったな、もういちど見せてくれ」

先生は背嚢から一枚の羊皮紙を取り出した。

それはアルムト帝国公用語で、東エスタニアでは共通語に近い扱いを受けている、エルヴィスはその羊皮紙を一読した、数日前に見た大きな布に書かれた文とだいたい同じ内容だった。


「4500文字はないな?」

「これは闇王国が何かをここに隠した事を示唆する部分なんだ、闇王国の最後の希望を託したと書かれているだろ?」


「ところで他の部分には何が書かれていたんだ?」

「はは、闇王国の歴史や彼らの力の偉大さについて書かれていたよ、そして敵への怒りと恨みに満ちていた、おかげでこれが言語の解明の手がかりになったのさ」

「その辞書はどうなったんだ先生?」


「石碑や翻訳分の原文と共にペンタビア大学の宝物庫の中さ、辞書は勝手に閲覧できない様に指定されてしまってね」

アンソニー先生は苦笑している、だが闇王国の辞書ならその扱いになってもおかしくはない。


「先生その辞書があれば他の闇王国の言葉も翻訳できるのかな?」

「そうだね、まだ未知の語彙(ゴイ)があるはずだが、かなりの部分をカバーできると思うよ」


「ミロンもそう思うかい?」

急に話を振られてミロンは驚いた様だが、すぐに冷静さを取り戻す。


「はい先生の偉大な業績ですよ、闇王国の言語の解明が大きく進んだんです」

「ところで石碑の残りの2/3に何が書かれていたのかわかるか?」


「僕の予測だけどいいかな?文の流れから王国滅亡近くの事が書かれていたと思うんだ、これは最後に近い部分だからね」

アンソニー先生が羊皮紙をつまみあげて見せた。


「なるほど石碑の真ん中が無いわけだな」

エルヴィスはミロンを見た、石碑を持って来たのがミロンならば知っているはずだ。


「そうですよエルヴィスさん、なんとなく上と下の端じゃないかと僕も思っていました」

「残念だ、真ん中があればこの先に隠されている物がはっきりとしただろうな」

「僕もそう思います」


エルヴィスはふと出口を見た、何時までも粘るのは良くないだろう。

「お二人から有意義な話を伺えた、俺もそろそろ引き上げなければ」

エルヴィスは立ち上がる。

「少しでも調査の助けになれたのなら嬉しいね」

「とても参考になりましたお二人共、ではまた明日」


エルヴィスは彼らの天幕を後にした。

辞書があれば他の闇王国の言語を解読できる、闇王国の記録がミロンが持ち込んだ石碑だけだとは限らなかった。

それどころか石碑の2/3は本当に失われているのだろうか?それを思いついたエルヴィスは思わず天幕を振り返る。



すでに日が暮れて空に星が激しく瞬いている、ここが空気が清浄な地である証だ。

だが天幕に向かうエルヴィスにそれを眺める余裕は無かった、彼の頭脳は先程の一幕を思い返しながら問題を整理していた。

辞書さえ完成すればアンソニー先生の手を離れる、考古学の准教授だったミロンならば容易に翻訳できるはずだ、いや辞書の補完すら可能だろう。

別の記録か石碑の残りをペンタビア王国か大学が隠している可能性も見えてくる。


そんな想いに耽っていたエルヴィスは背後から人の視線を感じた。


「リーノか?」


エルヴィスは気配の元に向き直る、やがて物音がすると荷物の山の影から小柄な影が姿を表した、だが月の無い暗い夜なのではっきりと姿は見えない、だがここに少年は彼しかいなかった。


「決まったか?」

少年の影がうなずいた様に見えた。


「おい?ちゃんと話せないのか」

少し間が空いたが少年がどんな顔をしてるのかエルヴィスにはわからない。


「仲間に入れてくれ、いやお願いします」

か細いリーノの声が闇の向こうから聞こえてくる。


「解った明日リーダーに話してやる、今晩は遅いから戻るんだ」

リーノが歩き去っていく気配と足音が聞こえる、それを見送ると天幕に足を向けた。


仲間達に先生とのやり取りを教えておかなければならない。








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