辺境の星空
「親方!何か見つかったのか?」
エルヴィスは親方の声を頼りに南側の区画に向かった。
「こっちだ」
親方の声が小さな神殿の中に響き渡る、既に小さな部屋の前に人が集まっていた、そこにスザンナの大きな姿も見える。
部屋の中に飛び込むとバーナビーとラウルの背中がまず見えた。
「これは!?」
親方の魔術道具が照らす先の床の石畳みが何枚か剥がされている、そこに薄黄色い砂が敷き詰められた様な地面が見えた。
「当たりか!」
「ここを見てみろ、階段を埋めた証拠だ」
今度はラウルが手で掘られた小さな穴の底を指差す、石の階段の一部らしき物が姿を表していた。
「これは鍾乳石を砕いたものだ」
砂を調べていた親方がつぶやいた、古代文明は白に強いこだわりを持った文明だが、ここは闇王国時代に埋められたはずだが?
「どうする掘ってみるか?」
屈んで調べていた親方がエルヴィスを見上げた。
だが野営地にあるのはスコップが二つだけ、明日調査隊の本部がここに来る時に輸送隊が残りの装備を持って来る予定だ、そして本隊には土精霊術師のヤロミールがいる彼に期待できるかもしれない、だが魔術師の事は魔術師に聞くのが一番だ。
「シーリはいるか?」
背後に呼びかけるといそいそとシーリが野次馬をかき分けながら部屋に入って来る。
「なにかしら?エルヴィスさん」
「ヤロミールは土精霊術師だが、彼にこの砂をどかす事ができるかわかるかい?」
「うーむ、できると思うわ」
「親方そういう事だ、明日本隊がこちらに来てからだ」
「わかったここを開けるのはその後だな」
「ああそうだ、今日はあまり時間が無いこのままでいいだろう」
「他に音が異常に聞こえた場所はなかったか?」
親方の言葉にエルヴィスは背後の野次馬に目を向ける、多くの者が首を横に振っていた。
「親方に聞きたいことがまだある、風の音がどこから聞こえてくるかわかるか?」
「おお、それもあったな、どこかに隙間があるのではないか?風が抜ける時に笛の様に音がでるのだろう」
エルヴィスは部屋の天井を見渡した、隙間があるとするならば天井と壁の繋ぎ目が怪しい。
エルヴィスは親方と弟子とラウルと用心棒とシーリを残して残りを野営地に返した、だがスザンナとドロシーは残るのが当然のように残っている。
シーリから絶対離れるつもりが無いようだ。
「これから何をするの?何かを探すのかしら?」
ドロシーが期待に満ちた目を向けて来た。
「昨晩シーリと聞いた風の音が気になってな」
それを聞いたスザンナの顔が僅かに引き攣った様な気がしたが気にしない事にした。
「空気が漏れている場所を探すのね?」
「そうだ、天井に隠し扉が無いとは言い切れないだろ?これを調べるのに数がいても邪魔なだけだ」
「見たところそれは無さそうだがな、まあそう思い込むのもまた良くないか」
親方が苦笑を浮かべて立ち上がった。
「あるとするならあの部屋だな、お前らついてこい」
親方を先頭に壊れた祭壇のある部屋に向かった、この部屋の天井の四辺に飾りがあるので下から見えない隙間があるかもしれないと親方は睨んでいた。
親方は背嚢から奇妙な棒を取り出した、茶色い太い棒で薬品か樹脂を固めた様な物だ、それには短い棒が付いている。
エルヴィスは親方と付き合いが長い、それをよく知っていた煙幕を発生させる樹脂と薬品の棒だ、ラウルも親方が何をしようとしているか理解した様だ。
親方が長い棒を接続するとそれを長身のラウルに持たせる。
そして親方が着火用の魔術道具で火をつけると、それはゆっくりと煙を吹き出した。
ラウルが手を伸ばして天井付近に掲げて空気の流れを読む、やがてある場所で空気の流れを捉えた。
それは正面の根源の蛇神のレリーフの真上あたりだ。
「そこだな!」
ラウルが発煙棒を下ろすと親方が棒の先をナイフで切り落として消火した。
だが部屋の中がかなり煙臭くなってしまった刺激の強い煙だ。
その時ふたたびシーリから魔術術式構築の気配を感じる、それは詠唱と共に効果を表した。
部屋の中に霧が生まれると青い煙と臭いがたちまち消えていく。
「ほう浄化の魔術か、エルヴィス次の仕事までに必ず新しい魔術師を見つけてくれよ」
親方がまたこちらを見て苦笑した。
「そこに空気の流れがある、神殿の外側に空間がある証拠だ」
エルヴィスは親方をスルーすると皆を見回した。
「そうだ!」
シーリが突然つぶやくと彼女から魔術術式の構築の気配を再び感じた、それは詠唱と共に効果を表した。
彼女の目の前に青く輝く目玉が現れた。
「魔術眼だね」
スザンナのつぶやきが聞こえる、青く輝く魔法の目玉が天井近くまで登っていった、目玉は天井の縁でウロウロしている。
「何か見えたか?」
「ダメ隙間があるけど目が入って行けるほど広くない、中は真っ暗よ」
「ご苦労さんシーリ大活躍だな」
魔法の目玉が突然消えるとシーリは振り返った。
「どう致しまして」
なんとなく彼女らしくない言葉だと思った、そんな彼女はどこか満足げで楽し気に見えた。
こうしてエルヴィス達は神殿を跡にする、最後に入り口に魔術防護による封印をシーリに頼んだ、罠はもう必要ではない侵入者を完全に排除する。
「シーリ本部に精霊通信を頼む、伝えるコードはあとで伝える」
「わかったわ」
そうしてエルヴィスを先頭に野営地に引き上げていった。
野営地は親方達を迎え少し人数が増えた、全員で一つの焚き火を囲み食事を取る事になった。
リーノ少年は三人の荷役人達といるが、話の輪に加わろうとせずに一人でスープをすすっている。
そろそろリーノの問題も片付ける必要があった、何を考えたのか調査団に潜り込みここまで来てしまったのだ。
飼いならしてエルヴィスチームに加えるか、このまま帰還するまで働かせ街で別れるか決める時が近い。
「エルヴィスあの天井の足跡の様な模様の正体に思い当たる事はあるか?」
突然近くに来ていたバーナビーの言葉にエルヴィスは自分の物思いから引き戻される。
「ないな、あれが足跡とは限らないが足跡だとしたら魔術師じゃないのか?」
「魔術師か・・・」
シーリが焚き火の反対側で立ち上がるとこちらに歩いてやって来る、どうやらこちらの話を聞いていたらしい。
「壁や天井を歩く事ができる魔術があるわ・・・土精霊術と風精霊術ねあと無属性にも」
土精霊術と風精霊術ならば調査団に二人いるが冗談でも口には出せない。
バーナビーはまた考え込んでいる様子だ。
「シーリ魔術師以外に何か思い当たる事は無いか?」
「この世の存在ではない何か、精霊や悪霊の類」
それは召喚精霊や聖域の様な精霊力や瘴気が強い場所に稀に現れる化け物共の事だ、エルヴィスは何度もそういった者共に遭遇した事がある。
「でも知能の高い者はいないわ、そんな存在はこちらには簡単には来れないの」
「そうらいしな、鑑定や道具の整備をしているうちの魔術師がそう言っていたぜ」
「その人は調査には同行しないのね?」
そこに親方が割り込んできた。
「なあ、どうだい魔術師のネエチャン俺たちの処に来ないか?ハハハ」
シーリは困った顔をしながらエルヴィスをちらりと見た、もしかすると脈があるのか?
「親方!!シーリはペンタビア魔術ギルドの要人なのよ、契約期間中に勝手にスカウトしないでくださいな」
ドロシーがいつの間にか真後ろにいたのだ、驚いてエルヴィスは振り返った。
「いや、すまんな娘さん冗談だよハハ」
親方は冗談だと笑っているが、これが親方の心からの本音なのは痛いほど知っている、魔術師がいると調査の成功率や生還率が大きく跳ね上がり探査に必要な期間も短くなるのだ。
そしてドロシーに自分が気づかない間に後ろに周り込まれた事に少し恥辱を感じていた、立ち会った感触から感じていたが彼女はやはり優秀な戦士だ。
「そうだドロシー、キミの向日葵の照明道具は君の物なのか?」
「向日葵?」
ドロシーが何を言っているのか理解できない様子で聞き返してきた。
「違うわエルヴィスさん、あれは太陽です私の月と対になっているの!初めて作った道具だから少し形が良くないのよ」
シーリは少し恥ずかしそうな機嫌を損ねた様に少しむくれていた。
「太陽だと言われたからそうだと思ってたけど、言われて見ると向日葵に見える、うふふ」
ドロシーも楽しげに笑った、エルヴィスはあのヘアバンドが『お天気人形さん』に似合い過ぎていると思ったが、太陽ならますます似合っていると密かに思う。
「いやすまない、俺も向日葵だと思っていた」
今度は先程からずっと話を聞いているだけだったラウルが向日葵説に賛同してきた。
皆少し酒が入っている、こんなところじゃ楽しみと言えば食うことと飲む事しかないのだ。
エルヴィスは一人孤立しているリーノ少年を視線の端に捉えた。
「さあさあ明日も早いよ、二人共お休みの時間だよ」
焚き火の反対側でスザンナが立ち上がりドロシーとシーリを促す、男だけの状況を見ればスザンナの気配りは必要なのかもしれないが、水を刺すタイミングが妙に上手いのだ。
早めに眠り燃料を節約する、スザンナの言う通りだったそろそろ寝る時間だ。
人々が徐々に天幕に引き上げていく、リーノ少年も三人の荷役人達と引き上げようとしたところをエルヴィスが呼び止めた。
荷役人達はリーノに目配せした、残れと意思を伝えたのだろう、そしてエルヴィスに一度だけ目線を送ると三人はそのまま天幕に引き上げていった。
「お前に話がある、こっちに来い」
エルヴィスは野営地から少し離れた場所にゆっくりと歩いていく、その後をリーノはしぶしぶと付いて来た。
エルヴィスは適当な場所でリーノに向き直る。
「なあ、お前は俺の命を狙っただけじゃないんだろう?こんなところまで付いてきたら一人じゃ帰れないぜ?」
日に焼けた端正だが剣呑な顔つきの少年は僅かに顔を歪ませた、彼は十二歳とは思えない程老成した処がある少年だった。
エルヴィスからすれば荷役人の少年一人に構う理由は無かった、自分の命を狙う者なら野垂れ死にしようが構わない、仲間たちもこれを知ったら黙ってはいないだろう。
妙に彼が気になったのはどこか昔の自分に似ている処があるからだろうか。
「お前はなぜ俺たちに付いてきたんだ?」
リーノは暗い目をこちらに向けただけだ、あの刺すような殺意は消えている。
エルヴィスはふとある予感が働いた。
「お前はアルシラの生まれなのか?」
リーノは迷っていたがうなずいた。
「親は死んだのか?」
「知らない・・・」
低く押しつぶした聞き取りにくい声だ、今まで彼の声はほとんど聞いた事が無かった事に気付く、彼の声はかすれていた。
親が早くに死んだか棄てられたのだろう、だがそれは珍しくも無い話だった。
「育ててくれた奴がいたんだろ?」
「スリの親方に育てられた」
エルヴィスは内心で舌打ちした、子供を使って盗みやスリをさせて上前をはねる事を生業にしている者がいる、育ての親としては最底辺に近いだろう。
エルヴィスは夜の街の女達に不思議と可愛がられて育てられた、その後は美術品贋作詐欺師の手伝いだ。
思えば恵まれていたのではないだろうか。
だがリーノの様な子供が最低の状態から抜け出せる見込みは限りなく低い。
「おまえどうにか抜け出したかったのか?後先考えずに」
「うん」
その声は途方に暮れた年齢相応の少年の声だ、エルヴィスの予感は当たっていた。
「前に俺が言った事を覚えているか?」
リーノは無言でうなずいた。
「お前は見どころがある、使える様になるまで仕込んでやってもいい、今晩良く考えてから決めろ」
「ほんとうなのか!?」
「嘘はいわねえよ、後はお前しだいだ」
エルヴィスは軽く手を払うように帰れと伝えた、リーノは一度振り返ると荷役人の天幕に向って駆け去っていく。
エルヴィスも鼻歌を歌いながら自分の天幕に帰る、その鼻歌がドロシーの歌と気付いて軽く吹き出してしまった。
そして彼の顔はめったに見せた事のない優しい顔をしていた。
野営地の篝火も消え果て全てがゆっくりと闇に沈んで行く、辺境の夜空は星々に埋め尽くされていた。