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天空の鳴動

エルヴィスは環状の蛇の遺跡の入り口から漆黒の闇に閉ざされた奥を見詰めていた、その深淵の底に何かが在る、だが耳と気を巡らしても何も感じられない。


ただ神殿の奥から遠く響く風のような音が重く聞こえるだけだ。


ふと神殿の外壁に目をやった、輪になった蛇のレリーフが薄いオレンジの光に浮かび上がる、背後の野営地の消えかけた篝火の明かりが古びた大理石の神殿の壁を照らしていた。


旅をはじめて遭遇した数々の怪異、砂漠の蜃気楼に浮かぶ美しい絢爛(ケンラン)たる古代の神殿の幻影に赤い砂嵐の中で聞いた幻聴と砂漠の彼方に佇む黒い影。


そして今朝見たあの黒い人影だ。


エルヴィスは何か予感の様な何かに囚われていた、ここまで順調な旅を続けてきたが、その微かなわだかまりは少しずつ大きくなっている。


すると背後で小石を踏む音が聞こえた。


「誰だ?ドロシーか」

「私よ」

その声は低く落ち着いた心地よい女性の声だ、その声にはたしかに覚えがある。


「シーリか?どうしたんだ?」

「エルヴィスさんこそ何しているの?」

想いに耽っていたとも言いにくかった、少し悩んだが決めた。


「どうもこの先にある何かが気になってな」

「闇王国の遺物ね」

今回の旅で遭遇した砂漠の怪異とそれが関係しているのだろうか?突拍子も無い考えだがそれはエルヴィスの本能的な予感から生まれ形になった。


「シーリ、ここを誰かが通過したら解るような魔術はあるか?」

「結界で封鎖しなくてもいいの?」

「いいや、通るやつがいたら教えてくれるだけでいいんだ」

ここは誰も近づくなと指示をだしていた、しかし誰かがそれを破り中に入る者がいるかもしれない。

それに調査団を監視しているのがあの三人の傭兵崩れだけとは限らない。


「そうね丁度良いのがあるわ、修正すれば応用できるかも」

シーリは地面に何か術式を書き出し、首を傾げながら修正していく、エルヴィスは邪魔しないように後ろから彼女の仕事を見下ろしていた。

「これでたぶん大丈夫、でも誰が通ったかまではわからないわ」


やがてシーリは立ち上がり術式を意識の中に構築し精霊力を流し込み詠唱につなげる。

やがて彼女から力が発散して消えていった。

「できた、でも誰かが通ると消えるわ」

シーリが後ろで観察していたエルヴィスを振り返った。


「それでいい助かる」

「いいえ、ねえ私達の誰かが勝手に入ると思ったの?」

「俺たちの中にいるとは限らない」

エルヴィスは誰かを疑っていると思われても困るのでそう説明した。


「えっ!?そうか今朝見た人影ね・・・わかったわ」

エルヴィスはうなずいた。

「シーリ、今日はいろいろ助かったよ」


そろそろ野営地に帰ろうとシーリを促す、シーリが地面に描いた記号を靴の裏で消し始めた。

「いいえとても楽しかったわ」

「楽しいって?」

エルヴィスは彼女の言葉を意外に思った、学研肌の彼女には今回の調査旅行は大変だろうと思いこんでいたからだ。


「状況に合わせて魔術を使って役に立てるなんて、自分の頭で考えて行動するのって興奮するわ、いつも決まった仕事ばかりですから」

シーリはいつになく饒舌で生き生きとしていた。


「じゃあ俺達と仕事するかい?」

シーリは驚いたようにこちらを見詰めた、知的で落ち着いた彼女らしくない驚いた顔につい笑ってしまう。

「ははは冗談だよ、でも少しは考えてくれると有り難いぜ、優秀な魔術師は喉から手がでる程欲しいんだ」


「・・・そんな話を聞いたわね」

エルヴィスが野営地にふと視線を流すと、消えかけた篝火の光を背景にして大きな侍女服の人影が見えた様な気がする、エルヴィスの背筋が寒くなった。


「なあそろそろ帰ろうか」

シーリを促すと野営地を目指してゆっくりとあるきはじめた。


目の前に空を埋め尽くす眩しいほどの星空が広がっていた、下界の砂漠の旅をしていたころより星の光が更に強くなっている。

それでエルヴィスは思い出した。


「君は星を観る事ができるのか?」

「えっ!?」

シーリは急に何を言われたのかわからなかった様だ、だがすぐに理解した。

「占星術は基礎しかできないけど、それがどうかしたの」


「めずらしい星辰の刻が近づいていると聞いてね」

「そうねたしかに珍しい配置が近いけど、有名だから私も知ってる」

「何が起きるんだ?」


「太陽と二つの月の位置と惑星の配置がこのナサティアにいろいろな作用を及ぼすのは知っているかしら?一つの事象が起きるわけじゃ無い複雑な事象がかき乱される、特殊な配置の時にはその作用が特に強くなる、そしてね特殊な配置にはそれぞれ特徴があるのよ」

「ほう」

「これから来る星辰の配置は世界の境界の壁が低くなると言われているわ、精霊術師にとっては重要な・・」

そこまで語ったシーリ本人がいきなり足を止めた、そして二人共思わず背後の神殿を見詰める、そして顔を見合わせた。



「あんた達何してるんだい、シーリ一人でどこに行ったのかと思ったら」

そこにスザンナの声が聞こえてくる。

「いけない、おやすみなさい」


そうつぶやくと逃げるようにシーリは野営地に駆け込んでしまった、だがここから逃げるわけにも行かない、シーリ達の天幕に向って重い足取りで歩き始める。


スザンナに絞られどこか冷たいドロシーの視線から解放されたエルヴィスが天幕に引き上げてきた時、すでに天幕の前の篝火は消えていた。

天幕の入り口の布を広げ中に入った。


「帰ったぞ」

天幕の中はランプにほの暗く照らされていた、中にいる地図制作の男とラウルは地図の作成に励んでいた。

古い地図の複製に加筆しながら詳細な情報を書き加えていた、それを元に帰還後に新しい地図を作るのだそれはエルヴィスチームの財産となる。

彼の仕事はここからが本番だった。

ラウルが手を休めて天幕に入ってきたエルヴィスを見上げた。


「どこに行っていたんだエルヴィス」

「ドロシーの処に行っていた、神殿の入口に侵入者を検知する術をシーリに張ってもらった」

しょうがねーなと言いたげな顔をしたラウルの顔が変わる。

「なんだと・・・そうか朝見た人影か?」

「それもあるが」

ラウルは声を更に落とした。

「あの連中か?」

あの連中とはバーナビーが警告していた隊長の元部下の荷役人の三人の男だ、エルヴィスはそれを無言で肯定した。



その時の事だった、重い雷の様な音が辺りに響き渡った。

それは近から聞こえる様な、はるか遠から聞こえて来る様な掴みどころの無い不思議で不気味な鳴動だった。


三人は互いに顔を見合わせると天幕から外に飛び出す。

だが雲ひとつ無い夜空は眩しいまでの星々で埋め尽くされていた、何も天変地異の前触れを思わせる予兆も無い。

その音は小さくなったり大きくなっり変化を繰り返しながら何時までも鳴り続けた。


他の者達も天幕から外に出て不安げに周りを見渡している。


「谷を風が通る音じゃないか?なんとなく似ている」

「ラウル、こんな音は聞いた事ねえよ」


だがどこか物悲しい鳴き声の様な人の呻き声の様な音は何時までも聞こえていた。


特に何も起きないとなると、天幕の外にいた者達もしだいに中に帰っていく、エルヴィス達も天幕に入ると横になった、そして眠りに付くあの音はいつの間にか消えていた。








エルヴィスが目を覚ますして顔を巡らすと、天幕の入り口の隙間が明るくなっていた、あの轟音騒ぎのあといつのまにか寝てしまったらしい。


起き出して外に出ると、今日は薄曇りの天気だった、空気がひんやりと冷たい。

周囲は岩場でそれほど緑はないが、断崖から降りてくる風は芳しい樹々の香りを運んでくる。

エルヴィスは眠気覚ましに深呼吸をした。


ふと人の気配を感じる、シーリがこちらに向ってやってくる、すぐ後ろにドロシーの姿もある。


「おはよう、どうしたんだ二人共」

「おはようエルヴィスさん、きのうは風の音がうるさかったわね、ちなみに私はシーリの護衛、私とスザンナのどちらかが必ず側にいる事に決まったの」

「おはようございますエルヴィスさん」


シーリは一歩近づくと声をひそめた。

「昨日の仕掛けが切れている、誰かが入り口を通った見たい」

「君は知っているのか?」

エルヴィスはドロシーに目を向けた。

「シーリから聞いたわ」

「なら話は早えな、一応見ておくか」


エルヴィス達は環状の蛇の遺跡の入り口に向かった、日が東から射し込むのでかなり奥まで見える。

「泥や樹の葉が床に積もっているが踏んだ痕はねえな」

エルヴィスは腰をかがめて床を見つめて首を傾げた。


「ねえエルヴィスさん天井を見て」

ドロシーの声は震えていた、エルヴィスは刀の柄に手をかけて素早く上を見上げる、特に何も見えないが?いや何か足跡の様な物が天井に黒く刻みつけられていた。

シーリが小さな叫びを上げた。

「何かしら気味が悪い」

「くそ前からあったのか良くわからねえ、昨日は無かった様な気がするが、アイツラにも聞いてみるか」


呼び寄せたラウルも地図制作の男も天井の足跡の様な紋様のはっきりとした記憶が無い、見ているならば必ず覚えているはずだ、だがはっきりと昨日は無かったと誰も断言できなかった。


そして暫くの間は他の者達に秘密と決められた、ただしスザンナにはシーリから説明する事に決まった。


朝食の後で砦に帰る者達を見送ると野営地は急に静かになった。

今日は向こうからバーナビーと匠の頭が調査にやってくる予定だ。






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