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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第二章 騒乱のテレーゼ
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来訪者

 翌朝の事、ベルは食事を済ませてさっそくリネインの街の見物に一人で乗り出す、ルディとアゼルは昔の知人に関して何か込み入った話があるらしい。

なんと無く二人に邪険にされたので少し()ねて宿を飛び出したのだ。


リネインはラーゼと比較すると小さい上に面白みが無かった、だが中央広場に向かうと、ボロボロの服を纏った男が何やら大きな声で叫んでいる。

その男は長身だが痩せこけていて、背が少し曲がっている、たぶん50歳以上だろうか?


「アラセナ解放義勇軍に参加する者はいないのか?正義の志を持つものはいないのかぁ?」

男の語尾が下からねじり込むような話し方に興味を惹かれる、止せば良いのにベルの好奇心が余計な事をしろとベルに命じた。


「義勇軍って傭兵なの?」

「馬鹿者めがっあああ!!!!!」

「うわあっ!!」

その貧相な男がその体からは信じられぬ凄まじい大音声(ダイオンジョウ)を上げた、ベルが耳を手で塞ぎたくなる程の音量だった。通行人が残念そうな視線をこの男ではなくベルに向けてくる。


「そんな金目当ての汚れた者など、この正義の義挙に参加する資格などぬぁあああいいいい!!」


「ただ働きで命を賭けろと?」

()えある正義の戦いに参列する栄誉をもって報償とするのだぁ!!」

「実はお金がないんでしょ?」

「無礼者!!!お前はさっそく打首じゃ!!」


(しまった、関わるんじゃなかった)

ベルは後悔したがまたもや好奇心が(ササヤ)いた。


「おじさん、アラセナ解放義勇軍って何?」

「おじさんではない!!我こそはアラセナ伯爵である!!」


(爵位しか名乗らないの?なんだこいつ)


「犯罪者共に簒奪(サンダツ)された我が領地を取り戻す為の聖戦を我起こさん!!」


『御恩と奉公』が染み付いているエルニア豪族の姫には理解しがたい、文明国の無償の忠誠の一端を見た様な気がした。

ベルの父親のブラスならこう言い出しかねない『古い格言にある、領地と言うものは最後に支配した者の物だ、とな』


この時、何者かがベルの背中を引っ張った、振り返ると野菜を詰め込んだ籠を背負った婦人がベルの背中を掴んでいた。

「こっちにおいで、その男には関わらない方がいいよ」

ベルは大人しく婦人に引かれていった。


「あの人アラセナ伯爵とか言ってたけど?」

「アラセナ伯爵は5年ぐらい前に殺されて滅んだよ、それは間違いないね、あの男は気の触れたどこかの馬の骨だよ」


その男はまたアラセナ解放義勇軍の募集を始めた、周囲の通行人はその男を無視して通り過ぎていく。

「お人好しが余り物を恵んでやるから生きていられるのさ」

その婦人は吐き捨てる様に去っていった。


ベルはリネインの街の中をうろついたが、街の商店の品揃えがラーゼと比較しても貧弱で値段が高いと感じた、特に食料品が高いのだ。

「ラーゼだってエルニアよりずっと値段が高かった、それに質も良くない」


さらに西門を通過する伝令の数が妙に多いことに気がついていた。

(何度も来る、たしかラーゼとハイネの真ん中で戦が始まるとか言ってたけど)


やがて街頭の往来の中から、聖女様が聖霊教会を視察すると言う言葉が漏れて聞こえてきた。

(あの綺麗な人が来るのかな?)


ベルは聖霊教会を目指して歩きだした、目的が同じ人間が多いのだろう、やがて聖霊教会の前に群衆が集まり先に進めなくなった。

めったに見れない聖霊教会巡察使を見ようと多くの人々が集まっているのだ、その上今回は聖女までもが同伴している。


「しょうがないな」


少し戻り狭い路地に入り、壁の僅かな出っ張りを利用して壁をスルスルと昇り二階の屋根の上に登ってしまった。

そして群衆を上から観察していると、遠くにルディとアゼルを発見した、さすがに声をかける気にはならない。

(もう少しよく見える場所に移ろう)


ベルは屋根から屋根に飛び移り聖霊教会の方向に移動していく。

(そうだコッキーの孤児院はどこだ?)


聖霊教会の裏手に木造の二階建ての長屋がある、それかも知れないとおもったが、今は近づくのは無理なようだ。

(終わったら一度行ってみようかな)


やがて護衛に守られた、聖霊教会巡察使の一行がやってきた、群衆を伯爵の警備の者が押しのけて道を開く、群衆はアウラをひと目見ようともみ合い警備の者が叱咤する。

「静粛にせよ!!」


聖女アウラをひたすら見つめる者、中には祈りを捧げる者まで現れる。

屋根の上からもアウラの美貌とプラチナブロンドの髪は目を惹く、ベルは少し彼女の髪が羨ましくなった。


再び眼下に視線を戻すと、アウラはまっすぐ前を向き、その表情はベルからは伺い知れなかった。


巡察使団は聖霊教会の中に入っていく、この式典はリネイン市民に向けた儀式的な物だ、大司祭と聖女が祈りをささげ、教会の司祭と修道女に祝福を与え、孤児などの歓迎を受けて式典を終える。

その後に手順どおりの監査を聖霊教会で行い、城で宿泊し明日次の街に向かうのだ。


そこで聖女が中に入ってしまうとベルは急に退屈になり始めた。

(聖霊教会の中を見る方法は無いかな?)


その時突き刺さるような視線を感じた、それはまるで矢に射られたかのような物質的な圧力を感じる程の視線だった。


「あっ!?ルディ!!アゼル!!」

ベルは思わず呟いた。

ルディとアゼルが『どうせ禄でも無いこと考えているだろ?おまえ』と言った目付きで屋根の上のベルを睨み付けてきたのだ。

本当に禄でも無いことを考えていたベルは首をすくめた。


(ここは撤退だ、このままだと屋根の上で寝そう、終わったらまた来ればいい、ふふ、下にいたら動きが取れなかったね)


屋根の上を中央広場方面に戻って行く、何か左側から視線を感じた、目を向けると商家の小間使いの少女が屋根裏部屋の窓から屋根の上を進むベルを唖然とした表情で見ていた、ベルが手を振ると呆然としたまま手を振り返してきた。


屋根の上を進むベルは中央広場にどこか見慣れた姿を認めた。


(あれはアマンダだ)


それは均整の取れた長身の女性だった、その燃え上がるような赤毛が遠目にも見て取れる、下は男性用の乗馬用の長パンツをアレンジした物で、さらに革の長ブーツ、上は女性用の旅行ドレスをアレンジした裾を大胆に短かくした旅行ドレスだった、その服装はアマンダの工夫から編み出されたものだが、不思議な危うい調和と魅力を奏でていた。


そのアマンダは自称アラセナ伯爵の前で、愛馬の手綱を引きながら腕を組んでいた。


ベルは手近な壁からスルスルと下り石畳に降り立った。

そして完全に気配を消してアマンダに接近していく、そのままどんどん真後ろから接近する、アマンダの均整の取れた美しい鍛えられた後ろ姿が次第に大きくなって来た、そんなベルを街の通行人が不審者を見るような目で見ながら通りすぎて行く。


突然アマンダがクルリとベルに向き直った。

「気配も音も完璧に消しているのは美事だけど、周りの通行人の態度でバレてるわよ?」

アマンダはにやにや笑っている、端正で禁欲的なアマンダの美貌にはまったくそぐわない表情だった。


「やっぱりばれてた?」

「ええ、街の中では無意味ね、ねえ私が気が付かなかったら何をしようと思っていたのかな?」

「えー、アマンダの目を塞ごうと思ったんだ『だれだ?』って遊びあるでしょ?」

「信じないわよ?貴女のことだからもっと酷い事をするつもりだったよね?」

アマンダは両手で拳を握りしめた、何かぎしゅぎしゅと軋む様な嫌な音が聞こえてきた。


(何をしようとしてたかなんて、とても言えない)


「えーところで、ねえアマンダ、そこの伯爵に何の用?」

「えっ?それはね、来る時にアラセナを通って来たから・・・」

「ああ・・」


自称アラセナ伯爵は義勇軍の募集を何時までも虚しく続けていた。


「アマンダ、ここじゃあ何だからどこかでご飯食べよう」


「いえ、まずはルディガー様にご挨拶しなければ」

「今この町に聖霊教会の巡察使団が来ていて、教会に聖女様が来ていて儀式中なんだ、ルディもアゼルもそっちに行っている」

「聖女ですって!!?お名前は知っていて!?」


アマンダはベルの両肩を掴み前後に揺さぶった、それはベルが力を僅かに解放しなければ気を失う程の激しさだった。

「ちょ!?止めて!!聖女アウラ様だよ」

アマンダは急激に落胆した。

「はっ!!ごめんねベル」


「どうしたのアマンダ?」

「聖霊教会に聖霊拳を極めて、グランドマスターにまでなった聖女様がいらっしゃるのよ、私が憧れる方よ」

「もしかして聖女様って皆んな聖霊拳の使い手なの?」

ベルの頭の中で聖女アウラが裂帛(レッパク)の気合と共に分厚い木の板を拳で粉砕(フンサイ)した。


「まさか、精霊術の使い手、学識者、教会に大きな貢献をした方が殆どよ、聖霊拳の使い手で聖女になられた方は歴史上数える程しかいないの」

「その人かもしれないと思ったんだね?」

「聖女アンネリーゼ=フォン=ユーリン様よ『鋼の聖女』と呼ばれておられるわ」

「残念だった?」

「少しね、じゃあどこかでお昼でも食べましょうか?」

「よし行こうか」


「ねえベル、その恰好も意外と似合うわね」








「そいつらはこの近くにいるのか?」

テオ=ブルースが周囲に気を配りながら、新入りの元傭兵に語りかけた。

「ああ、奴らの郊外の隠れ家が近くにあるはずだ、奴らは街から出ていく奴を見極めてから、襲撃を掛けるのさ」

「なるほどな街の近くに見張りがいるわけだな」


ここはリネインからハイネの方向に徒歩で2時間程離れた林の中だった。


「マティアスさん、よくそんな連中に面識がありますね」

ジム=ロジャーが後ろから声を駈ける。

「奴らは表向きは戦場稼ぎなんだ、戦場に出張り戦死者から持ち物を剥ぎ取り、それを売り払うんだよ」

「それでも正業なんっすね」

「ははっは、そうだなジム、そして奴らの裏稼業が強盗と言うわけさ」


テオ=ブルースが警告を発した。

「何人かくるぞ!!」

「わかるのか?お出ましかな?」



男達が数人現れ、テオ=ブルース、ジム=ロジャー、マティアス=エローの三人を取り囲む、男共の装備や服装は予想外に小奇麗だった。


「なんだお前ら?」

「俺はマティアス=エロー、お前たちの首領に用がある、俺は首領の知り合いだ」

「首領か・・・まあ合わせてやろう、ついてこい」

この態度に三人は不審を感じたが、男達の後をついていくしかなかった。


やがて数分程歩くと林の中に小屋が数軒立ち並んでいた、ここが強盗団の拠点なのだろう。


「首領、マティアス=エローと言う奴を連れてきました」

「おっ?おお、わかった今出る」

一番大きな小屋から、30代半と思われる、厳つい顔をした禿頭の首領が出てきた。

「おおマティアスか久しぶりだな生きていたのかよ?ははっ・・・」

だがマティアスはその首領の態度に不審を感じた。


「何かあったのか?コーム?」

マティアスは小さな声で(ササヤ)いた。

「少々面倒な事になっているんだ」

コームも小声で(ササヤ)き返す。


そして大きな小屋から巨大な何かが出てきた。

それは身長2メートルを軽く越える巨人で、岩の様に厳つい体つきをしていた、そして顔を包帯でグルグル巻にしている。


マティアスがその男を見て唖然とした声を上げた。

「エッベか、エッベ=ヴァリマーじゃないか、なぜここに?」


ジムが糸のような細い目を見開いたのを感じた、糸の様だがそれでも見開いているのがわかる。

「デカイっすね、こいつ人間ですかね?」

聞こえない様な小さな声でジムが(ササヤ)いた。


「あーなんだお前!?」

その巨人が包帯の奥からマティアスを睨みつける。

「忘れたのかい?マティアス=エローだよ」


「覚えてねーぞ、馬鹿野郎!!」


(お前がバカなんだよ)


マティアスは深い同情を込めてコームを見た、この男に心から同情を感じたのは初めてだった、コームは弱々しい笑みを浮かべている、改めて見ると彼の部下達もとても疲れ切っている様子だった。


後ろのテオがマティアスに呟く。

「こいつなら使えそうではないか?」

「いや、こいつは制御できないぜ?」




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