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顕れる全貌

アンナプルナの高原に日の出が始まる、砂漠の地平線の彼方から登る太陽の光を反射して白き山嶺が白銀に輝いた。


エルヴィスとラウルは、荷役人監督の男を見送りに野営地から出ていた。

監督は帰る荷役人達(ポーター)を纏めて引き上げる、二人は最後の準備に忙しい彼らの元を訪れていた。

荷役人達(ポーター)の半分はここを去る、人もラクダもいるだけで物資を消費してしまう、帰路に必要なラクダを残して残りを街に返す。


「水と食料は最後にもう一度確認するんだ!」

荷役人達(ポーター)のリーダー達が叱咤の声を上げている。


「エルヴィスさんそろそろ行きますぜ」


「おう、またアルシラで会おうや」

エルヴィスが笑うと男は軽く手を上げた、そして男は手を降ろし出発の合図を下した。


「ようし行くぞ!」


荷役人達(ポーター)達がラクダ達を挽きながら大斜面を目指して動きだした、彼らの足取りはどこか軽い。


そして去りゆく彼らを見送ると野営地に二人は引き上げて行く。




そして予感はしていたが天幕に戻ってすぐに本部から会議の招集がかかった。

「現金なものだな」

ラウルが呆れた用に吐き捨てる。


「まあこれではっきりするぜ」


エルヴィスとラウルは砦の跡地の真ん中に建てられた天幕に向かう、野営地の真ん中に調査団の本部の天幕がいくつか立ち並んでいたが、一番大きな天幕の前に組み立て式の小さな机が置かれその前にザカライヤが座っていた。

机の対面に折りたたみ式の椅子がいくつも並んでいる。


エルヴィスとラウルが真ん中の椅子に陣取ると、すこし騒がしくなってアームストロング隊長とドロシーがやってきた、二人はエルヴィスに挨拶をしたがドロシーは僅かに態度がおかしかった。

その二人がエルヴィスのとなりに座る、残念ながら隊長がエルヴィスの横に座ってしまったが。


そして先生とミロンがやってくる、すぐにヤロミールが少し遅れてシーリもやってきた。

会場のすぐ外にいたのだろうバーナビーも最後に彼女と一緒に入ってくる。

シーリは表情が乏しいが明らかに不機嫌そうに見えた、もしやスザンナにイタズラを絞られたのだろうかと想像してつい笑ってしまった。


ザカライヤは今日は不思議と不機嫌そうには見えなかった、それどころでは無いのかもしれないが。


ザカライヤが立ち上がりもせずに皆を出迎えていたが、シーリの方を向いて声を上げた。

「やっとそろったか、さあ防音結界を張ってくれたまえ」


シーリがうなずくと立ち上がる、そして彼女から力が溢れ出る気配を僅かに感じ取る、エルヴィスは昔から魔術師の術の使役の気配を僅かに感じる事ができた、これが生き延びるのに大きな助けになってきた。


「さて邪魔者が減ったところで、改めて今回の調査団の目的を説明しよう」

エルヴィスはその言い草を不快に感じた、たしかにその通りだがそれを一々口に出すとは。


「ここにおる者は皆それぞれ限定した情報しか知らされていない、全貌を把握しているのは儂とバーナビーだけだ、そうする事で漏洩した場合の危険を分散しているのだ」

ザカライヤ教授はそう言いながら一同を見渡した。

「我々は調査の為に送り込まれたが、我々の報告を元に更に調査団が送り込まれる可能性がある事は理解して貰おう」

何時に無くザカライヤは饒舌(ジョウゼツ)だった。


それをアームストロング隊長の声がさえぎる、静かな口調だが大だけが大きく響いた。

「それで調査団の目的とは何かね?」


ザカライヤは少し不快そうに魁偉(カイイ)な巨人を見やる。

「今回の調査はペンタビア大学考古学部のアンソニー教授からの報告と進言から調査が企画された、ここまでは知っている者もおるだろう」

息を継ぎながら一同を見渡した。

「客員准教授のミロン君がペンタビアに持ち込んだ石碑の断片からすべてが始まった、石碑の内容に関してはアンソニー教授とミロン准教授に説明してもらおう」


アンソニー教授はここまで何かを話したくてたまらなそうだったが、これを聞いて勢いよく椅子から立ち上がる。


「さて、ミロン君が私の処に石碑の断片を持ち込んで来た時、それがパルティア前時代の戦国期の闇王国の文字だとひと目で分かりました。

東エスタニアではここ1000年にわたり研究が進んでいて、言語の解読が進んでいましてね、だが意味を読み取る事はできませんでした、他愛のない道案内や職人の愚痴や陰口の様な文章しか私達の手元になかったのです。

そのような物だからこそ監視が緩かったのでしょう、それらは事情を知らない東エスタニアの好事家に高い値段で売られたものでした、そのおかげで闇王国の言語の解析が進んだのです」


「だがその内容が特別な物だと気づきました、断片的でしたが西エスタニアでは抹殺されるか聖域神殿(サンクチュアリ)の内部に抱え込まれる様な内容でした」

そこで息を継ぐように、出来の悪い生徒が理解できたか確かめる用に一同を見渡した。


「文法の解読は容易でした、問題は語彙の解読が困難だった事です、魔術、学術、政治用語など、そういった語彙の解読はまったく進んでいませんでした、あまりにも蓄積が貧しかったからです、ですので判明している日常生活に関わる語彙との関係、古代文明の語彙からなんとか解読の手がかりをたどり、二年の月日を費やしてようやく解読する事ができたのです、これはミロン君の協力があってこそでした、石碑の断片から飛躍的に闇王国の研究が進化したのですよ」


アームストロング隊長の声がふたたび響いた。

「先生それが今回の調査団の目的とどう関係するのかね」

アンソニー教授はそれに深くうなずいた。


「石碑は数十の破片に分かれていましたが、集め繋ぎ合わせると大きな二つの塊に成りました、これは全体の三分の一程度になるでしょう、我々はとても運が良い、

繋がりのある文章として読み取る事ができたのです」


「そこから読み取れた事は、貴重な魔術道具などを滅亡間際の王国から持ち出し、世界の果ての霊峰の地、蒼き瞳を見下ろす空中神殿の北西の地にある水底の神の庵に封じたと読み取る事ができた事です」

蒼き瞳や空中神殿の言葉に引っかかる物がある、空中神殿は断崖神殿の事だろうか、蒼き瞳はオアシスの事だろうか?あのオアシスが二千年前から変わらないとしたら驚く。


バーナビーが碑文を翻訳した文章を大きく布に書いたものを手で広げて皆に見せた、それを天幕の壁に貼り付けた。

だがこれが正しい翻訳なのかは知りようも無かった。


そしてエルヴィスは神の庵の事が気になった。

「神の庵とは闇王国の建築なのか?それともそれ以前の古代文明の建築なのか?闇王国の建築ならば俺たちには初めてとなる」

ここでエルヴィスが遮るように質問する。


「闇王国の滅亡間際の時期にこの地に大掛かりな建設事業が可能とは思えません、それ以前でもわざわざこの地で大規模な建築をする理由があるとは思えません、当時は西エスタニアのその西半分だけが文明地帯だったのです」

「湖の周辺に残る古代文明と同様の遺構と考えて良いのかな?先生」

アンソニーはそうだとうなずいた。


「先生はその正確な場所は知っているのか?」

「いや私とミロンはこの地には不案内なんだ、古代文明は専攻じゃあないからね、手がかりはあるんだが」

アンソニーはミロンを見下ろすと少しすまなさそうに首を横にふった。


シーリが今度は挙手をした。

「先生、私は水底の遺跡の調査に必要と言われ抜擢されました、それは水の中なのかしら?それとも湖の地下なのかしら?」

エルヴィスは思い出す、あの湖の湖底にも遺跡がある、古い柱や壁の残骸が散らばっている、大部分は調査済みだが他に何かが在るかもしれない。


しかし自分達に声がかかるぐらいなら地下遺跡だろうと思いこんでいた、湖の底ならば潜りの上手いやつや装備を用意しろと事前に言われていたはずだ、やはり遺跡は地下にある。


「シーリ、遺跡は湖の地下にある、だが状況が不明ゆえに君の役割は重大だ」

ザカライヤがまた口を開いた。

「水没している可能性があるのね?」

ザカライヤはうなずく。

「土精霊術師のヤロミールに来てもらったのは遺跡の補強と水止めの為もある」



「神の庵に至る路はあるのか?あるなら場所を知っているのか?」

エルヴィスは挙手もせずに割り込んだ。

「ふん、その為に君たちを呼んだのだ」


「ふざけるな!!なぜ最初に我々に伝えない!!」

エルヴィスが怒り出す前に彼の言いたい事をラウルが言ってしまったので、かえって冷静になる。

ラウルは半ば腰を浮かして立ち上がりかけていたがエルヴィスは彼を片手で制した。


「この地域の地図と資料は持ってきている、だが事前に情報があればもっと絞り込めていたはずだが?なぜそのような事をしたのか説明してもらおうか?」

正面のザカライヤとバーナビーを睨みつけた。


バーナビーが立ち上がった。

「今回の調査の目的を極秘にしなければならなかった、ぎりぎりまで情報開示を遅らせる事を要求されていた」

「ペンタビア政府からの命令なのか?」

「まあそうだ」

バーナビーはすまなさそうにうなずいた。


エルヴィスは沈黙を破り言葉を紡いだ。

「湖の周辺地域にはたしかに古い小さな遺構がいくつもある、だがその多くは調査済だぞ今更何かが見つかるとも思えないが?」


「僕からお話させていただいて良いでしょうか」

ミロンが挙手をした、ザカライヤがうなずいたので、ミロンが立ち上がり先生は座った、それを待つかの様にミロンが話し始めた。


「内と外の蛇の(アギト)から導かれる、そう碑文に書いてあります」

もう一度翻訳文が書かれた大きな布を見る。


「これは世界の境界を示す象徴、環状の蛇の姿で描かれる事があるのです」

環状の蛇と言えば馴染みのある神獣だ、しかし世界の境界を表すとは知らなかった。

時や無限の象徴なら良く聞く話だった西エスタニアや古代文明では違っていたのだろうか。


ミロンがこちらを注視していた。


「環状の蛇に関係がありそうな遺跡は有る」

資料を調べていたラウルが顔を上げた。

「湖からかなり離れた場所に、環状の蛇のレリーフがある小さな壊れかけた遺構がある」

その時全員がラウルを注目していた。


資料ではこの遺跡は随分昔に調査されていた、だが長年放置され現在どうなっているのか不明だった。

その遺跡の近くに第二の野営地を築き、その遺跡から調査を始める事に決定した、砦跡の野営地から徒歩で半日以上の距離がある、ラクダは進めず厳しい旅になるだろう。


調査に参加する者の人選が決まった、エルヴィス達は必要な物資の見積もりと必要な荷役人を割り出し手配しなければならなかった。

会議が終わると各人それぞれ準備の為に天幕に帰って行った。


「クソ共め!!」

帰る道すがらラウルの怒りは収まらなかった、エルヴィスは苦笑いをしたが真顔になると声をひそめた。

「ラウル良く聞いてくれ」


「あの秘密主義な連中だ俺達を裏切るかもしれないぜ?」

「俺たちの口封じをすると?」

エルヴィスはうなずいてから一段と声を落とした。

「声を落とせラウル、街に帰るまでは大丈夫だ」

それに納得した様にラウルはうなずいた。








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