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高原への道

宴も終わり宴会場は閑散として後片付けが始まっていた、広場の脇に酔っ払いが寝ていたが、それを無視して調査団の小者達が生き生きと働いている。

これが終われば彼らにも料理と酒が待っていた、冷めた料理だが彼らにとってはご馳走だ。


エルヴィスの仲間達の姿も消えていた天幕に帰ったのだろう。その広場の外れに折りたたみ椅子を広げて寛いでいる男の姿が見える。

宴会の幹事の交渉人のバーナビーだった、それにゆっくりと近づき声をかけた。


「バーナビーご苦労さん」

神経質そうなバーナビーの顔がこちらを向いた。

「お前今までどこにいたんだ?」

「ドロシーと剣の立ち会いさ、あとドロシーとスザンナに拳法の立ち会いを見せてもらった、他の奴には言うなよ?」

彼は少し呆れた顔をしたがすぐに真顔に戻る。

「はあ・・そんな事も言っていたな」


少し息をついでからバーナビーはまた話しだした。

「仲間と一緒にいなくて大丈夫なのか?」

「普段は俺がいるからな、たまには俺がいない処で酒を飲みたいだろうぜ」

バーナビーは朗らかに笑う、たしかにそうだなと語った。


「ザカライア達は中か?」

エルヴィスは大天幕を指差した。

「お前は話したいのか?」

エルヴィスはうなずく。


「高原に着いて荷役人(ポーター)の帰還組が去るまでは情報統制される、お前にはある程度話して来たが特別だ」

「まあそれは察していたぜ」


「エルヴィスあの三人は残るのか?」

バーナビーの言う三人はアームストロング隊長の昔の部下だった三人の傭兵の事だろう、街に帰せないのかと言う意味を含んでいた。


「ここまで来るだけの契約は割合早く埋まったんだ、往復で最短12日だからな、最長50日の枠が集まらなかったんだ、賃金はいいが先が見えないのは奴らとしては困るんだ」

「やはりダメか」

「ああ契約は適当には変えられないぜ?」

「わかった」

バーナビーはうなずく、そして椅子に座ったままエルヴィスを見上げる。


「もう寝ろよ明日も早いぞ、俺もこれから寝るところだ」

バーナビーは少し疲れている様だった、すでに篝火も消えかけていた。


エルヴィスは閑散とした大宴会場を後にした、ふと転がっている酔っぱらいがケビンと気づいた。

酔い潰されてしまったのだろう、エルヴィスは苦笑すると鼻歌を歌いながら天幕に引き上げて行く。


その鼻歌はドロシーの歌だった。












翌朝夜があけると同時に調査団はまた活動を始めた、いつもよりその時刻は遅い、オアシスでの休息は予定に組み込まれていた、出発に余裕を設けておいたのだ。


涼しいオアシスの野営地は快適で宴会の余韻もあっていつもより熟睡できた。

昨日洗濯した衣装は一晩で乾いていたその着心地がとても良い。


荷役人(ポーター)達が荷造りを進めている、ラクダもどこか生き生きとしていた、オアシスの澄んだ水と下草で活力を取り戻した様子だ。

大天幕前の朝の会議も普段より落ち着いた雰囲気で始まり静かに終わった。




「よし!!出発」


隊列が動き始めた、だが砂漠の旅は終わった、オアシスの西側は緩やかな斜面となり、そのままアンナプルナ大山脈をいただく高原に続いている。

砂地は消え下は砕けた岩と砂礫(サレキ)が積もり、乾燥に強い植物が殺風景な荒れ地に色を添えていた。

調査団は道なき道を緩やかに蛇行しながら昇っていく。


大斜面にところどころ巨大な岩が立ち並んでいたが、その隙間を縫う様に隊列は進む。

エルヴィスは先頭をラウルにまかせて隊列の様子を見るために道から外れて様子をうかがった。


通り過ぎて行く者達が軽く目礼した、ザカライアだけがエルヴィスを無視する、ヤロミールも軽くうなずいて礼を返してきたと言うのに。


「おはようさん」

ラクダに乗って通過していくスザンナが先に向こうから声をかけてきた。

「スザンナ相変わらず元気だな」

スザンナはかるくラクダの背中をたたきながらガハハと笑った、こいつは照れると馬鹿笑いをするとだんだん解ってきた。

嫌な顔をするラクダを気にもしない、エルヴィスは心の中でこいつ重いだろう?とラクダに話しかけた。

ラクダは馬鹿にしたように鼻で息を吐くと前を向いてしまった。


シーリがこちらを穴が空くほど見詰めている、昨夜のオアシスの事を思い出すと少し気まずくなった。

彼女はローブ姿なので横すわりにこちらを向いて乗っていた、だが山道ではあまり感心できない乗り方だ。

「シーリおはよう」

「エルヴィスさんおはようございます」

声をかけるとシーリは少しうつむいて挨拶を返してきた、そして手を軽く振るとそのまま先に行ってしまった。


続いてアンソニー先生とミロンが通過する、エルヴィスは平静を保ち二人を観察する事にした。

昨晩のスザンナの言葉が気になったのだ。

「見回りごくろうだねエルヴィス君」

こざっぱりした先生はいつもより機嫌が良さそうだ。

「どうも先生、昨晩はどうでしたか?」

「はは久しぶりに酒を飲んだよ、おかげで酔ってしまった」


「ほはようミロン、君はどうだい?」

「エルヴィスさん僕も楽しませてもらいました、ペンタビアにいた頃は中々外に出してもらえなくて」

会話をしながらミロンの気配を探る、何かヒントになるものは無いかと。

ふとミロンが去りながらこちらを見ていた、エルヴィスは素早く探るのをやめるとゆっくりと後ろに続く行列に目を移す。


そしてバーナビーと目が会った、バーナビーは調査団の中央の前よりに位置をとっていた。

黙礼すると彼はそのまま真っ直ぐ前を向いたまま通過して行く、何か考え事をしている様子だ。


その後方から傭兵部隊が来る、一際目立つのがアームストロング隊長の巨躯だ、彼のラクダは特に大きくて頑丈な奴に乗っていた。

皆白いローブのフードをとって顔を晒している、もう砂の脅威は少なかった、視界を確保した方がここからは安全だ。

ドロシーの愛嬌のある顔もよく見える、ますます彼女はお天気人形じみていた。


「エルヴィスか?ドロシーと戦ったらしいな」

アームストロング隊長が声をかけてきた、腹の底から響く重い声。

「もう知っているのかよ」

これはドロシーが話したのに決まっている、エルヴィスは少し困惑した。


「俺も見たかったぞ!?ドロシーには釘を刺しておいた今度は俺にも見せろよ、いいな?」

アームストロング隊長が通り過ぎて行く、ラクダが小さく見えて気の毒だ。

その後ろから副隊長のドロシーが続く、どこか申し訳なさそうな顔をしていた、秘密にするはずだがバレたのだろう。

傭兵達が好奇な目をエルヴィスに向けながら通過していく。


その後は調査団の下働きの者達が続く、彼らは徒歩だが荷物をラクダで運んでもらっているので身軽だった。

そしてラクダと荷役人(ポーター)達の長い列が続いた、既に五日分の物資を消費してるはずだが、オアシスで運べるだけ水を補給したので出発時と同じくらい荷物が増えている。


その荷役人(ポーター)の中に小さな姿が見える、それはリーノ少年の姿だった。

彼もフードを外しているので黒い短い髪と日に焼けた浅黒い顔が曝されていた。

彼は道端のエルヴィスに気づいて驚いたが、すぐに睨みつけて来た、だがあの溢れるような殺意は薄れている。

ヘタに動きがとれないと理解したのだろう。

そして例の三人も数頭のラクダを挽きながら坂を昇って来た。


「よおエルヴィスの旦那!」

通り過ぎる時に元傭兵たちが挨拶をしてきた、年齢では彼らの方がかなり上だが誰も気にしない。


そして最後尾に荷役人(ポーター)監督の男の姿が見える、エルヴィスチームの用心棒と二人で最後尾から隊列を監督していたその男に声をかける。

「ご苦労さん」

「エルヴィスか、今日は天気が良くて助かった、山は天気が変わりやすい」

「ああ」


荷役人(ポーター)監督の男が空を見上げたのでエルヴィスも釣られて空をみわたす、雲があるがまずまずの天気だ、坂の上から白いアンナプルナの頭が顔を覗かせている。

もうどのくらい昇ったのかと下を見ると、蒼いガラスの板の様なオアシスと美しい緑の林が見下ろせた。

この高さではまだせいぜい200メートル程だろう。


「あのガキの仕事ぶりはどうだ?」

「あいつか?意外と真面目に働いているぜ?それがどうかしたか?」

「目つきが悪いからな心配したんだよ」

監督はその理由に軽く笑った、そしてまあ大丈夫だと請け負った。


エルヴィスはしばらく最後尾から隊列を観察していた、最初の休憩で先頭に戻る予定だった。









最後の休憩を終え進み始めると、いよいよ目の前に大山脈の威容がせまってくる。

周囲にしだいに緑が増え気温も下界より涼しくなっている。

ずいぶん高く昇ったなと後ろを見た、地平線の彼方まで広がる広大な砂漠が目に入る、白い黄味がかかった砂丘が小波のように立ち並び、その向こうに在るはずのラムリア河の緑もアリシアの街の影も見えなかった。

そして遥か下界に宝石のような蒼いオアシスの水面とそれを取り囲む林が見えた。


何度見ても凄いな・・・



傾斜は徐々にきつくなって行く、隊列は道なき道を蛇行しながら更に昇っていった。


調査団の者達も下界の景色を見てそれぞれ感嘆の声を上げた。


「あれはなんですか?」


後ろにいるケビンが不思議そうな声を上げた。彼の指は正面遠くに見える巨大な岩山を指していた。

エルヴィスはすぐにその正体に気づいた。


ベースキャンプの予定地の平地の正面の切り立った岩山の中腹に古い神殿の遺跡があった。

岩を削り作られた古代文明の遺跡で、神殿は落差数百メートルもある垂直の切り立った絶壁の真ん中にレリーフの様に残されていた。

この神殿に入るには岩山の中をくり抜いた通路を延々と登らなければならない、どのような技で掘られたのか今も謎とされていた。

数百年前に通路が発見され探検隊が意気込んで神殿に到達したが何も無かったとされている。

当時の探検隊の落胆と嘆きが今に記録に残っている程だ。


「断崖神殿と呼ばれる遺跡だ、中にはなにもない」

「探検済みですか?」

ケビンの声はあからさまに落胆していた。


「あんな目立つものがほっておかれるはずがないだろ?」

ラウルは半分馬鹿にした様にケビンを笑う。


「ケビン、だがあの中では魔術が使えないその理由は今も不明さ」

「そうなんですか?」

「外から魔術で飛行して接近した魔術師が落ちて死んだんだよ、今までもあそこに行きたい奴を案内した事がある、こんな大袈裟な調査団ではなかったがな」

「僕たちもあそこに行くんですか?」


エルヴィスとラウルは顔を見合わせた。

「まあすぐ教えてやるよ」

エルヴィスは指を唇の前で立てる仕草をした、それは秘密だ余計な事に顔を突っ込むなと言う意味だった。

さすがのケビンもそれを察したらしい。






そこから1時間ほどで遂に坂を登りきり目的地の高原に到達する、陽は山脈の向こう側に隠れて急速に辺りが暗くなって行く。

登りきった処に古い見張り台の遺跡があった、いつ誰が築いたのか謎で山岳民族の物だと言われているがはっきりとしない。


そこから更に台地の上を西の方角に一時間進むと古い砦の遺跡があった、この近くに古い集落の遺跡もあっておまけに古い枯れかけた井戸がある。

その井戸に頼る必要が無いようにオアシスから運べるだけ水を運んできた。


「砦の遺跡の中に野営地を作る!!」


自然の大きな石を積み上げただけの城壁が歪な円を描いて並んでいた、砦の大きさは直径50メートル以上あるだろう、その石壁の内側に野営地を築いていく。

壁の高さも人の背ほどもありまずまずの防壁代わりになる。

ラクダから総ての荷が降ろされ次々と野営地に運び込まれていく。


野営地に入りきれない天幕が砦の遺跡のまわりに建てられた、だが明日荷役人(ポーター)の半分は街に帰る予定だ問題は無かった。


この野営地はこの地を去るまで撤去される事は無い、この先はラクダでは進めない目的地の湖はここから徒歩で一日の距離にある。


野営地の設営が終わる前に夜の闇が迫って来た、松明が掲げられ天幕をオレンジ色に照らしだす。









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