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蒼いオアシス

「よーし、出発だ!!」

エルヴィスの号令で調査団の隊列は動き始めた。

野営地を引き払いオアシスに向かって旅を始める、今日はまだ日が高い時刻にオアシスに到着する予定だった。

ここまで来るとアンナプラナ山脈も随分と大きく見える、砂漠から高原に登る大斜面もその荒れた地肌を晒している。

その高原の向こうに白い壁の様に嶮しい山嶺が人を阻むかの様に視界一杯に広がっていた。

隊列は迷うこと無くある一点を目指して砂漠を進んでいく。


調査隊のメンバーの多くは世界の屋根と謳われるアンナプラナ山脈を見たことのある者はほとんど居なかった、商隊路を東西に行き来した事のある者以外に山脈を見る機会などない、特に砂漠が広がる東エスタニアの人々にとって幻の山脈だった。


多くの者がその白い山嶺を畏怖を込めた目で見つめていた。

今日も快晴で調査団は日に焼かれ続け、みな砂漠の旅になれて来たのか落伍者もなく順調に進んでいた。



それは二度目の小休止も近い正午ごろの事だった、エルヴィスが周囲に目を光らせていると北東の方角に違和感を感じる、もう一度その方向を良く見る。


遠くの砂丘の上に黒い芥子粒の様な黒い点を見つけた、それは砂丘の上の異様なまでに黒い点だった。


「ラウル、俺の言う方向をよく見ろ」

「なに?」

ラウルは訝しげな顔をしたが、エルヴィスの指が指す方向を見る。


「んん?たしかに何かあるな?監視にしては・・・黒は目立ち過ぎるし蒸し焼きになるぜ、物じゃないか?」

「お前にもアレが見えたかよかったぜ」

その言葉でラウルはまた訝しげな顔をした、砂漠で黒は目立ちすぎるし監視とは思えなかった。

やはり何かの物だろうか?


エルヴィスはそれに興味を失いふたたび周囲の監視に戻った。

しばらくしてまた北東の方角に違和感を感じる、改めてその方向を良く見た。


「ラウル!さっきの奴だが動いている、おまけに数が二つだ!」

「なんだと?」

ラウルは素早く先ほどの砂丘の方向を見つめたそしてエルヴィスを振り返る。


「確かに増えているな!」

「ラウル正体はわからないが警備隊に通報してくれ」

ラウルはラクダの向きを翻すと後方に向かって駆け出した。

そしてラウルと入れ違いに副隊長のドロシーがラクダでエルヴィスの処にやってくる、白いローブで身を包んでいたが彼女の長い乗馬パンツとブーツですぐ見分けが付いた。


「あらもう気づいているのね」

「ああ、あの黒い奴の話だろ?」

ドロシーが白いローブの中でうなずいた。

「隊長も気づいている、遠いからこのままなら監視するだけで良いだろうと言っているわ、刺激しないほうが良いそうよ」

エルヴィスはドロシーの話に違和感を感じた、隊長があれに付いて知っているかのような言い草、そしてあれが野生動物か何かの様な扱いなのが気になる。

「エルヴィスさんは何か知っているの?」

エルヴィスは首を横に振った。

「始めてだ」


「君はあれを知っているのか?」

ドロシーは慌てて首を横に振った、白いフードが揺れる、隙間から彼女の大きな瞳が見えた。

「知らないわ、でも隊長さんは知ってるのかもしれないわね、エルヴィスさんが知らないとは思わなかった」


「俺も初めて見た、隊長に伝えてくれ監視するにとどめてこのまま進むと」

「わかったわ」

ドロシーは馬首ならぬラクダの首を返すと後ろに駆け去って行く。


今度はそこにラウルが戻ってきた。

「隊長達は気づいていたぞ、監視するだけで刺激するなだとさ、何か知ってやがるなあの爺さん」

ラウルは苦々しげに後ろを振り返った。

更にそこに交渉人のバーナビーが急ぐようにやってきた。


「エルヴィス、警備隊から通報があった、得体の知れない何かが二つ居るそうだな?」

「いや三つだ」

エルヴィスは遠くの砂丘を指差す、その白い砂の上に芥子粒の様な黒い点が三つ並んでいた。

ラウルとバーナビーがぎょっとしたような顔をすると先ほどの砂丘の上を見る。

「増えている」

ラウルが呟くとバーナビーが続く。

「ああ増えたな」


「このまま進むぞ、動かないならそのまま通りすぎる」

エルヴィスは声もなく砂漠の彼方を見つめている二人に呼びかけた、ラウルが振り返りこちらを見た。

「あれは何だと思う?エルヴィス」

「ラウルあれは人でも獣でもない、もっと禄でも無い何かだ」


隊列が進むに連れその小さな点はどんどん後ろに遠ざかっていく、幸いな事にこちらを追いかけてくる事は無かった。



昼食を兼ねた小休止も手短に済ませるとエルヴィスは先を急がせる、先ほどの怪異が気になってあまり長居をしたくなかったからだ。

また太陽に焼かれながらしばらく進むと砂丘の間の荒れ地を刻む乾いた川床に行き当たった。


「やっとたどり着いたぞ」


この川の源流がオアシスだ、高原の下を流れ下った地下水は砂漠の縁に湧水しオアシスを生じていた。

そこから溢れた水は砂漠に流れ出すがたちまち干上がり水は消えてしまう。

この川沿いに進むと間違いなくオアシスにたどり着ける。


調査団員からどよめきが起きる、目的地が近いことをみんな感じたのだろう。


調査団は川沿いに北西を目指す、目の前に大きくアンナプルナの白き山嶺が立ちふさがった。

最後の小休止から二時間ほど進むと川底に泥水が見える、いよいよオアシスが近い。

やがて砂丘の遥か向こうに緑の森が見えて来た、調査団員からまたどよめきが上がる、それは喜びの歓声を含んでいた。


「もう少しだ」

エルヴィスもつい微笑んでしまった、砂漠の怪異も忘れたかのように隊列は歩速を早めてオアシスに向かって進んでいく。







オアシスの木陰で野営地の設営が始まる、陽がまだ高く熱いが調査団の士気は高い、解放されたラクダ達がオアシスの水を飲んでいる。

美しい常緑樹の林が強い陽射から調査団を守り、地面は柔らかな下草に覆われていた、久しぶりに見る緑とオアシスの水の青が心地良い。


オアシスは南北に100メートル以上もあり歪んだ丸い形をしていた、オアシスの水は宝石の様に青く澄んでいる。底まで見通せそうなきれいな水をたたえていた。


砂漠の白と黄色の単調な世界と高原に至る荒れ果てた大斜面と比較するとまるで別世界だ。


ここはまるで楽園だった。



「あら冷たい!」

遠くでドロシーが指先をオアシスに入れたのか歓声を上げる。

「遊んでないで天幕を張るのを手伝いな!!」

スザンナの大声が響く、エルヴィスもそちらを見たが林が邪魔で彼女達の姿は見えない。

それにしてもスザンナの態度はとても侍女とは思えなかった。


だがこれから始まる会議を思うとうんざりする、今夜は砂漠を無事横断できた事を祝う宴会が開かれる予定なので会議を早めに終える予定だ。


やがて大天幕の準備ができたと調査団の下働きの男がエルヴィスの処にやってきた。

やれやれと大天幕に向かった。




その会議はやはり昼に目撃した怪異が議題の中心になった、砂嵐の異常は曖昧に報告するしかなかったがこれは目撃者が多い。

ザカライアは不機嫌そうにアームストロング隊長を睨みつけた。

「なぜ正体を確かめようとしなかったのかね?」


「ふむ、あれは異界の影に似ていると判斷したからでな、並の武器では切れぬ相手だ、魔術師のご助力が必要になるかもと思ってな」

「異界の影だと馬鹿な!!」


エルヴィスは異界の影に疑問を生じた、魔術師に説明を求めてシーリに目を向ける。

「教授に隊長様、異界の影の説明がひつようです、わたしからいたします」

シーリが淡々と語りだしたのでザカライアも気が抜けたのか落ち着いた。


「異界の存在が私達の世界に影響を及ぼす場合、あのような影になるのです、人間の精神が異界の存在を解釈しきれずに黒い影として捉えてしまう、召喚術では依代を用意する事で人の精神が解釈しやすい形を取る事ができるのよ」

「不浄の聖域と言う奴か?」

エルヴィスは思わず声を発してしまった。


「よくご存知ですわね、エスタニア各地で色々な呼び方がありますが、特に魔界が近い場所を指します、でも幽界が近い場所でも異界の影が現れる事がありますわ、そこが幽界が近い場所になっているから」

エルヴィスは色々な出来事と彼女の言葉から今回の目的について更に不信深めた。


「今回の目的がその不浄の聖域に関係しているのか?」


「私に発言をお許しください」

ミロンが突然挙手をした、旅が始まって彼が発言を求めたのはこれが初めてだ。

議長のザカライアが顎で話せと合図する、ミロンは一同を見渡してから話し始めた。


「今回の目的は前パルティア時代の戦国期の通称『闇王国』に関わる遺物です、完全に記録から抹殺された王国ですが、禁忌に関わる事としてこの王国の事はパルティナ十二神教の聖域神殿(サンクチュアリ)が厳重に管理している程です、不浄の聖域に関わる様な物であっても不思議ではありません、ベースキャンプ到達後に情報を開示するので今はお許しください」


ベースキャンプは高原の上にある古い砦の近くに作る予定の基地だ、この基地は調査が終わるまで撤去しない。

ここを起点に調査を進めるがこの先はラクダが進めなくなる、ここで限界まで水を補給して高原に運び上げたらラクダと荷役人(ポーター)の半分を街に返して物資の消費を抑える予定だった、誰を街に返すかも契約で決まっていた。


「ベースキャンプ到着後に一部の荷役人(ポーター)とラクダを街に返す予定だが、その後と言うことか?」

ミロンはそれにうなずいた、エルヴィスが議長のザカライアを見る。


「そういう事だ」


不機嫌にザカライアは吐き捨てる、隣のヤロミールは変わらず何も語らない。


会議はその後はそのまま形通りに終わった、


一定の荷役人を街に帰還させる事は事前の計画で調査団に提出していた、エルヴィスは彼らがそれが終わるまで機密を維持するつもりだったと理解した。


隣のラウルを見ると彼もそれを理解した様だ、彼も不機嫌に顔をしかめていた。







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