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聖霊拳の女傑

涼しい風が頬をなでエルヴィスは目を覚ました、まだ日の出までは間がある黎明の時刻だった、東の空がどんどん明るくなって行く。

天幕の外に出ると空を見渡したまた今日も熱い一日になりそうだ。


そして砂漠の旅も三日目になる。


エルヴィスの大天幕で五人ほど雑魚寝をしていたはずだが、既に二人起き出して朝食の準備を初めていた。


「エルヴィスさんおはようございます」

焚き火を起していた男がエルヴィスに気づいた。

「ああおはよう」

「昨日みたいな砂嵐がこなけりゃいいですね」

「はは、まったくだぜ」

今度は男は焚き火の上に鍋を吊るした。


すると背後からラウルの声が聞こえてくる。

「ほれ起きろ!」

やがてラウルが天幕から出てきた。


「さて、ここまで無事に来たが、昨日の砂嵐が気になる」

「お前もそう感じたか?ラウル」

「嫌な嵐だったな」


朝食を終えると中心の大天幕で手短に会議が開かれる予定だ、その後で野営地を引き払い旅が始まる。

エルヴィスとラウルも大天幕に向かう。


上位魔術師の調査団長のザカライアと中位魔術師のヤロミールとアスペル女史がすでに待っていた、やがて武装したアームストロング隊長とドロシーがやって来た。

遅れてアンソニー先生とミロンとバーナビーが最後にやって来る。

そして来た者から着席してい行く、席と行っても折りたたみ式の粗末な椅子で厚手の生地が底板替わりだが。


「いやあすまないねみんな、少し起きるのが遅れた」

アンソニー先生はヘラヘラしながら詫びをいれた、隣でミロンが苦笑している。


「アンソニー博士、すこしたるんでいるのではないかね?」

ザカライアが口を開いた、アンソニー先生はあいかわらず腰が低いが反省している気配はなかった。


すでに天幕の外で野営地の解体が始まりラクダの荷造りが始まって騒がしくなっている、朝の会議は手短に終わらなければならない。


エルヴィスはヤロミールを見ていた、なかなか二人だけで話す機会が作れない、その事に僅かに苛立ちを感じていた。

そこでエルヴィスはふと思いついた。


「ところで昨日の砂嵐を覚えていますかな?幸いにも直撃を避ける事ができました」

エルヴィスに全員の視線が集まる、アームストロング隊長が相槌を打つ。

「たしかにあれをまともに食らうと大変な事になるわい」

そこで何が言いたいのかと言った顔で隊長はエルヴィスを見る、その引きに内心で隊長に感謝する。


「土精霊術ならば壁を作るなどして、調査団を護る事はできるのでしょうか、ヤロミールさん教えていただきたい」

それを聞いた面々は確かにと思ったのか一人を除いて全員ヤロミールに注目した。


「隊全体を護る事は不可能、ある程度の大きさの土塁は作れる、高さ2メートル厚さ30センチ幅30メートル程度の壁ならば長時間維持できる」

彼の声を聞いたが僅かに北方訛りがある、そして不自然に綺麗なアルムト公用語だった、声からしてまだまだ若いだろう。

アスペル女史の話の様に彼が北の国から来たのはほぼ間違いなさそうだ、そして良い教育を受けられる環境にいたのだろう。

アスペル女史はヤロミールを見詰めているその目は彼から動かない。


ザカライアが声を上げた。

「風精霊術ならばもっと効果的に護ることができるぞ!?」

ザカライアの言葉にはあからさまに棘がある、どうやら彼の機嫌を損ねた様だ。

彼が上位の風精霊術だった事を今更の様に思い出す、内心舌をだしたがとにかく会議を早く切り上げたいところだ。


「おお、それは頼もしい、風で壁をつくるのですかな?」

アームストロング隊長が大声を出して感心してみせる。


「違うのだよ隊長、結界に触れた風から力を奪うのだ、風は運動と流れがその本質、それを手繰ってこそ風精霊術師と言えよう」


ザカライアの言葉が熱を帯び始めた、それを見るアスペル女史は無表情で薄い青灰色の瞳にあるのは無。

そしてドロシーは大きな目をくりっとさせてとぼけていた。

だがザカライアの不機嫌はこの熱弁で消え失せた様だ。


「申し訳ありません教授、出発準備が差し迫っていますので」

だがそれに交渉人のバーナビーが水を刺した。

「わかっておる!!さあ準備に戻れ遅れを取り戻すんだ!」


ザカライアの言葉で朝の会議は終わった、それと同時に朝日が野営地に差し込んでくる砂漠の夜明けだ。








三日目の旅が再び始まった、これでほぼ砂漠を横断する旅は半ばを越える。

どこまでも砂丘が続き地平線の上は薄く黄色い靄がかかり単調な景色に真上からの日光が一行を焼いた。

先頭のラウルが魔術道具で方向を定め隊列を導いていた、それ以外に指針になるものはまったくない。


「そろそろ山が見える頃合いなんだがな」

ふとラウルに話しかけた。

「エルヴィスあの霞が晴れれば見えるはずだ」


その願いを天が聞き届けたのだろうか?西の空の霞が風で吹き散らされたのか、地平線の上に白い壁が頭を覗かせた。

「みろアンナプルナだ!」

それに気づいた者達が騒ぎ始めた。


もう少し山脈に近づけば、山の地形からオアシスの場所も特定できるのだが。

しかし調査団を監視している者の気配はまったく掴めなかった。

遠くにいるのかバーナビーの思い込みなのか偽りなのかすら定かではない。



明後日にオアシスに到達して休息をとり一日かけて台地を登る予定だ、その上に古い砦跡がある、そこを拠点にして調査を進める手はずになっている。

湖まではラクダは進めないそこから先は人の力で荷を運ばなければならなかった、ふとあの少年はどうしているかと後ろを見たがここからでは彼の姿は見えなかった。


「ラウルまた見てくる」

「わかったここは任せてくれ」

またかよと言いたげな顔をしていたがそのまま送り出してくれた。


ラクダの速度を落とすと隊列が徐々に追い抜いて行く、ふと見るとバーナビーが何か言いたげな顔をしていた。

隊列から少し離れると彼も寄って来た。


「何かあったのか?バーナビー」

「お前がアルシアで雇った三人がいただろう、隊長の紹介らしいな」

「そうだ、それがどうした?」

「俺が街でこちらを監視していた奴らに似ている」


「なんだと?」

あの精悍な傭兵崩れの三人を思い出す、たしか彼は隊長の元部下という触れ込みだ。

たしかに内部に監視者が入り込んだ場合いくら砂漠を見ても意味がない、なんてこった隊長を疑うべきなのか?


「監視されているとして、誰が監視しているか予想できるのか?」

「君は知っているか?今回の調査のきっかけが考古学者のミロンが持ち込んだ石板の断片だと」

「それは聞いている、本人からだが」

「本人だと?まあいい、まずパルティナ十二神教の聖域神殿(サンクチュアリ)に動機がある、魔術師達が関心を抱くには十分だ、魔術師ギルド連合や聖霊教も知れば強い関心を持つはずだ」

「お前は初めから俺達が監視される可能性を解っていたな?」

「そうだ」


「遺物ってだけでそれだけの価値があるのか?あんたはもっと詳しく知っているんじゃないだろうな?発掘作業をするのは俺たちなんだぜ?」

「残念だが俺は魔術師でもなければ考古学者でもない、ただ金や宝石や美術品の類ではないだろうよ」

「ほんと金や物欲絡みの方がマシだぜ」


そこでバーナビーは小さく呟く。

「あの北の魔術師にも気をつけろよ」

だがバーナビーはそれ以上語ろうとはしない。

「ああ、わかった」


そのまま二人は口を閉ざしてしまった。


「俺はほかを見てくる、何かあったら相談してくれ」

「わかった」


そこで二人は隊列に戻るとそこで別れる。





彼の後ろに荷駄が続きその後ろにアスペル女史そして侍女のスザンナがラクダで続く。

アスペル女史のラクダは荷役人に引かれていたが、スザンナは自分で手綱を挽いていたやはり只者ではない。

二人共白い厚手のローブを被っている、アスペル女史は大きな遮光ネガネをかけていたがそれが彼女に妙に似合っていた。

にしてもスサンナの体の大きさが目立つ。


「ようお二人さん」

「あらコステロさんこんにちわ」

「この暑さだ辛くないか?」


「あんたかい、バーナビーと長く話し込んでいたね?」

スザンナが大口を開けた彼女の声は素でも大きかった。


「打ち合わせさ」

そしてエルヴィスは静かにアスペル女史に近づき並んだ、そして声を潜めた。

「ところでバーナビーとこの仕事は長いのかね?」


「彼は調査団の結成とともにペンダビア王国政府からつけられた人よ、あちこち走り回っていたわ」

となると奴は国の諜報関係の仕事かもしれないと思った。


「ならペンダビア王国から資金が出ているのかい」

「このくらいなら教えてもいいわね、そうよあとペンダビア魔術師ギルドからも資金が出ているわ」

エルヴィスは内心苦笑していた、パズルのピースの欠片の様に一見してつまらない断片的な情報も集めると大きな絵が浮かび上がる事があるのだ。


「俺は魔術関係が弱い、アスペルさんこれからもアドバイスをお願いしたい」

無表情なアスペル女史が僅かに笑みを浮かべうなずいた。

「どうだろうか、シーリと呼んでいいかな?」

「いいですわ、じゃあ私もエルヴィスさんと呼ばなければなりませんね」


エルヴィスは嫌な視線を感じた、スザンナが意味深な笑みを浮かべてこちらを見ている。


シーリに別れを告げるとスザンナの側に行く、しかしこうして見ると彼女の身長はエルヴィスより高いのではないだろうか、白い厚手のローブ越しからその肉体の存在の圧力を感じるほどだ。


「あんたドロシーに気があると思ったのに浮気かい?」

スザンナは声を潜めていやらしく囁いた。

「そんなんじゃねーよ、ところであんた鍛えているのか?」

「あはは、普通に生きていてこうなるものかね」

彼女はローブの中から丸太の様な腕を出してエルヴィスの目の前で力こぶを作ってみせた、エルヴィスは内心辟易して少し目を逸す。


「傭兵でもしてたのか?」

「違うね聖霊拳で体を作り上げたのさ」

聖霊拳で心身を鍛えようとする者はそれなりにいた、万が一の護身術として悪くないが戦場で役に立つとは思えない。


「あんたもドロシーと同じ警護が仕事だったのか?」

「えっ?まあそんなとこさね、シーリの世話を頼まれてね、あの娘はスポンサーの代理で万が一の頼みの水魔術師だからさ」

たしかに要人の身辺警護ならば聖霊拳は大いに役に立つだろう、しかしこの大女が聖霊拳を習っていたとは、ふと聖霊拳は聖霊教とも浅からぬ関係があった事を思い出す。

学ぶ者の多くは心身の鍛錬で習っているに過ぎないが。


まさか聖霊教の密偵じゃあないだろうな?

聖霊教には邪悪な教敵に対抗する組織が有ると噂に聞いたことがある、禁呪を使う邪悪な魔術師や裏組織を滅ぼしてきたと言われていた。

闇王国の遺物がその禁忌に触れるのではないだろうかと思う。


「そうだスザンナには家族はいるのかい?」

「あはは、息子は国で平凡に暮らしているさね、娘が良いところに嫁いでね孫娘がいるよ、ところであんたはどうなんだい?」


「俺は天外孤独だ親の名も顔も知らない」


「聞いてわるかったね・・・」

スザンナはゴツゴツした厳つい顔を申し訳なさそうに歪めた。

「気にするな良くある話だ」


そしてエルヴィスは隊列の先頭に戻る、そろそろ最初の小休憩の時間が近い。








旅は宿営地から宿営地と三度の小休止をしながら移動する、隊列は二度目の小休憩の為に停止していた、昼食は携帯食料を水と共に流し込む簡単なものだ、炎天下での設営を避けているのだ。

敷物を砂地に敷いて棒で日陰を作る簡易テントがいくつも作られている。

そして荷役人達はラクダの影を利用していた。

水は熱せられお湯になっていた、一部の者達がそのまま薬草茶にしていた。


エルヴィスは素早く食事を済ませるとふたたび巡回に出る、西の地平線の上にしだいにはっきりと白い並んだ牙の様なアンナプルナ山脈が見えていた。


今度は隊長の処に向かうそこにドロシーもいる。


隊列を50メートルほど後ろに下がるとそこで護衛隊が休憩をとっている、アームストロング隊長とドロシー副隊長を含めると8人程だ。

それぞれ敷布と棒で簡易テントを作り日陰で休んでいた、だが全員厚手の白いローブを被っているのではっきりと見分けがつかない。


「おうエルヴィスか、また見回りか?」

大きなローブ姿が動くと隊長がまっさきにこちらに気づいた、周囲に気を配っているのか気づかれずに近づくのは難しそうだ。

「少し聞きたいことがあってね、ドロシー少しいいかな?」


急に話があるといわれて驚いたのか敷布の壁の向こうからドロシーがこちらを振り向いた。

他の者達も興味深げに二人を見ている、すこし離れた場所にドロシーを招いた。


「さっきスザンナと話したが、只者じゃあないだろ、聖霊拳をやっているそうだな」

何の話か少し不安そうだったドロシーが表情を緩めた。

「もしかして筋肉の話をしたのね?スザンナって私達の前で力瘤を作ったのよ」

「はは見せつけられたよ」

ドロシーは白いローブの中で笑った。

「まあ話はそれじゃないんだ、スザンナは聖霊教と関係があるのか知っているか?」

「貴方もそう考えたのね?」

ドロシーは一転して表情を引き締めた。


「何かわかるのか?」

ドロシーの白いローブが左右に振れる。

「可能性は考えたけど何も証拠はないわ」


そして二人は適当な世間話をしていたが、エルヴィスが急に態度を改めた。


「君が今回の調査に加わった理由は何だい?」

「昔、ペンタビアの貴婦人の護衛をしていた関係で私に声がかかったのよ、シーリに女性の仲間が一人欲しかったみたいついでに護衛を兼ねるならなお良いと、シーリも大変だわ上位の術者なんて数える程しかいないから、中位の魔術師が何かあれば現場にかり出されるそうよ」

「君は剣が得意なのか?」

「ええそれなりに使えるつもりよ」

「それは良い、砂漠を越えたらお手合わせ願いたいな」


エルヴィスはドロシーの全身に目を走らせた、彼女は細身で無駄なく鍛えられていた、かなりの使い手だと直感から推測できる。

彼女が身じろぎしてローブの中から非難めいた目で見ている、少しだけ顔が赤くなっていた。


「かなり鍛えているな」

「えっ?ええ、そうですよ?」

「楽しみにしている」

「剣の話よね?私も楽しみにしているわ」

ふんわりと彼女が笑った。


彼女に別れを告げるとエルヴィスはまた隊列の先頭に戻って行く。


ふと背中に鋭い視線を感じた、振り返る必要もなかったそれはリーノ少年の刺すような視線だった。


エルヴィスは面白そうに笑った。


そして隊列が再び進み初めた時それは起きた。


南の空に蜃気楼が浮かんだのだ、見たこともない荘厳な建造物が中に浮いている、それは白亜の柱と壁が美しく、黄金の装飾が陽の光に輝きコバルト色の屋根が目に鮮やかだ。


隊列にどよめきが走る、しかし蜃気楼は幻ではないどこかにある実体を映し出す物だ、この世界のどこかにあんな建物が有ると言うのか。


そして装飾品とコバルト色の屋根を引き剥がして全体を風化させたならば滅びた古代文明の建物に似ていると感じた、ならばあれも普通の蜃気楼では無い。


蜃気楼が消え去る僅かな時が過ぎるまで、皆その美しい幻に見惚れていた。









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