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リーノ少年

昨日の野営地を引き払い三時間ほど経ったところで小休止する。

エルヴィスは隊列を見回るために適当に挨拶しながら隊列の後尾に向かう、ふと小柄な白い厚手の布地のローブをまとった荷役人(ポーター)の姿が目に止まる、彼はラクダの隣で砂地に座り込んでいた。

そして一昨日に雇い入れた少年の事を思い出した、結局少年はラクダを挽いているようだが地元の生まれで経験があるのかもしれない。


「よお坊主、砂漠は初めてか?」

少年に話しかけてみた、彼は驚いた様に跳ね起きてこちらを見た、だが顔がローブの奥に隠れ良く見えない。


「え、はい、いえ、何度か旅をした事が、あります」

動揺しているのかまともに答えられない、それに顔を隠したままなのが不快だった。


「エルヴィスさん、こいつに用ですか?こいつが例の十三歳の子供ですよ」

そこに荷役人(ポーター)監督の男が寄ってきた。


「おいリーノ!エルヴィスさんにちゃんと挨拶しろ」


男は少年のローブの頭をつかんだ、少年は暴れたが男の方が力が強いフードを引き剥がしてしまう。

その下からエルヴィスを睨みつける鋭い目があらわになった、少年は荷役人(ポーター)監督の男を無視したまま睨みつけてくる。


その冷たい焼け付くような殺意を込めた鋭い瞳にふと心を突かれた、遠い昔の自分を思い出したからだ。

黒い短い髪に浅黒く日に焼けた細面で整った顔、そして鋭い獣の様な目つき、少年の顔に見覚えがあるケビンの財布を摺った少年だ。

まさかあの少年が荷役人に紛れ込んでいたとは思わなかった、しかし今まで殺意を隠していたなら大したものだ。


「エルヴィスさん、こいつ知り合いですか?」

「知り合いに似ていただけだ」

俺を狙っているならそれも良いと思った、旅の余興としては面白い。


「こいつに話がある」

荷役人(ポーター)監督の男は一瞬とまどったが、察したのか何も言わずに離れていく。

エルヴィスは隊列から少し離れた場所に少年を招いた。


「俺を狙っていたのか?」

少年は何も答えない、どう答えようかと迷っている。

「お前の名前はリーノというのか?」

そこで少年はうなずいた。


「俺をどうするつもりだ?」

周りを見渡して強い口調でリーノは詰問してくる、エルヴィスは口の前に人差し指を立てた。


「声がでかいぞアホウが」


そう言いながらも不敵に笑っている。


「どうもしねえ、俺を殺したければいつでもどうぞ、だがこの旅が終わるまでに決着がつかねーときは俺の手下になってもらう」

「なんだって!?」

少年は思わず叫んでいた。


「声がでかいんだよ馬鹿が!あと懐の武器を出しな、身体検査をくぐり抜けるとはなかなか見どころがあるな」

リーノは今度こそ驚いていた、迷ったが懐から取り出したナイフを鞘ごと横の地面に投げ捨てた。

エルヴィスはこれに満足した、ナイフを手渡ししようとする気配を見せたら見捨てるつもりだった。

柄をこちらに出す様なら相手に柄を持たれて刺されてもおかしくない、逆なら更に悪いこちらが鞘をつかんだ瞬間ナイフを引いてそのまま突き刺す事ができる。


「まあいいだろう、この事は他の奴に気づかれるなよ、簀巻(スマキ)にされて砂漠に捨てられるぜ、そんな間抜けを助けるほど俺は酔狂じゃあないからな」

リーノは何も答えずにらみつける事しかできなかった。


「おっと時間がねえお前は戻れ」


手で少年を追い払う仕草をした、少年は大人しく隊列に戻って行く、最後に一度振り向いただけでローブを深くかぶり座り込んでしまう。


「さてと」


そう呟くとエルヴィスはナイフを拾い刃を確かめた、そのまま懐にしまうと歩き始める、休息時間はあまり長くは無い足を急がせた。






隊列は小休止を終えて再び動き出した、背後に交渉人のバナービーの姿を見たので先頭をラウルに預けて後ろに下がる事にした。

「エルヴィス今回は妙に忙しいな?」

「情報を集めねーとな」

「まあそうか」

「なあラウル俺たちを監視している奴らがいるかわかるか?」

「わからん、いるなら魔術師が気づいているんじゃねーか?」


「なら余程距離を保っているか、この何も無いところじゃ遠くから監視するしかねーか」

茫漠と広がる砂漠の彼方を見やった。

「それだな」

「じゃあラウル行ってくるぜ」

ラクダを操り速度を落とすと次第に隊列に追い抜かれていく。


エルヴィスはふと監視は初めからいたのだろうかと疑い始めていた。

やがてバナービーが近くに上がってくる、彼は近づくエルヴィスにすでに気づいていた、内密な話があると察したのか隊列から離れ始めた。


「エルヴィスなにかあったのか?」

エルヴィスは声を落とす。

「いろいろ聞きたい事がある、まずはあんたが言っていた監視の話からだ、もっと詳しく教えてくれ」


バナービーが語るにはペンタビアを出てから自分の部屋が調べられた痕跡があると語った、宿の使用人が客の者を盗む事はよくある話だが、物盗りでは無いと経験と直感から結論を出したらしい。

魔術師達は自分の部屋に結界を張っていたが、それ以降は主要人物の部屋にも結界を張るようにした。

そして街で見かけた人間の中で不審な者がいたとの事、これも仕事柄染み付いた直感の様な物だと告げたのだ。


しかしこいつただの交渉人なんだろうか?


「それを皆に話してなかったのか?」

「物盗りだと説明している、あくまで俺の感だからな、だが間違いない」

「まだ何かあるだろ?内部に犯人がいるんじゃないか?」

「ああそう思うよな、だが危険な旅だ疑心暗鬼になったらマズイ、はっきりとした証拠を掴むまではな」

バナービーはどこか疲れている様子だ、しかしいろいろおかしな話だった、おかしいのはバナービーの行動も含めてだ。

エルヴィスはバナービーには相談できる相手がいないのではないかと疑った、そこで愕然とした調査団のリーダーはあくまでも上位魔術師のザカライアだが奴が機能していない、調査団にまったく纏まりが無くお互いに信頼関係もないと。


「アルシラ入が遅れたのが悔やまれるぜ!」


俺達とバナービーと隊長で仕切るしかないか、そこにアスペル女史達を加えるエルヴィスはそう算段していた。


「どうした?エルヴィス」


「なんでもねえ、そうだ俺たちの目的の何かが目当ての連中だと思うか?」

「それも大いに有り得る、砂漠に出るまでは曖昧にして来たんだ、かえって疑われるさ」

「バナービー困った事があるなら相談してくれ、調査の成功率にかかわるんだ」

「たしかにそうか、すまんこれからは相談する」

薄くバナービーは笑うそこで二人は別れた。


まだ考古学者の先生と若い学者に聞きたい事があった、そちらに行こうとしたが南西の方角の地平が濃い暗褐色に染まっている。

仲間がエルヴィスを呼ぶ鋭い声が聞こえて来た、それに混じり隊列のあちこちから叫び声が上がった。


「見ろ砂嵐だ!!」


この季節は大山脈を越えてくる風が砂漠に砂嵐を起こす事があった、乾いた気流が砂漠に流れ下り暑い砂嵐を引き起こす。

だが嵐は隊列からはずれた場所を通過しそうだった、エルヴィスは隊列の先頭に急いで戻る。


「エルヴィス進むか?」

ラウルが判斷を仰いで来た、ここでの経験から進む事を決断する。

「直撃はしない俺たちの後ろを通る、このまま進もう」

ラウルは魔術道具の方位機を取り出して確認するとエルヴィスに預ける。

「おれが見てくる」

ラウルが後ろに下がって行く、荷役人(ポーター)のアドバイスに従わない者がいたらそれを咎める為だ。


南西を見ると暗褐色の雲が迫ってくる、隊列の背後を通過しそうだがわずかに進路が北向きになっている。

だがなぜかその砂嵐に胸騒ぎを感じた、理由は分からないが僅かな違和感を軽視してはならない、それには何か理由があるはずだから。


黒い何かが砂嵐の上空で舞っていた、距離が遠すぎて芥子粒の様な点なので正体は不明だが、それが鳥だとしたら大きすぎた。

幸いな事に砂嵐の直撃は避けられそうだ、それでも風に吹き曝され飛ばされてくる砂粒に隊列は叩かれる。

隊列の速度が大きく低下した、皆フードを深くかぶり砂塵から身を守っている。

それは何時になく不愉快な風だった、心が少しずつ腐っていくような不快さ、乾いているはずなのに肌に纏わりつくような粘りすら感じさせる空気、その砂嵐は何時までも止まらない。

あの砂嵐の中に忌まわしい何かがいるのでは?そんな迷信じみた想いに駆られる。


その嵐が過ぎ去った時にはすでに陽が傾きかけていた。


「エルヴィス落伍者は無い」

ラウルが最後尾から戻って来た、彼の声で我に帰り振り返る。


「わかった、少し予定から遅れたな」

「こんな長い嵐は初めてだ」

「お前の方が砂漠は長いのに?」

ラウルはアルシアで昔から運び屋稼業をしていたのだ、砂漠の運び屋は危険も高く荒っぽい稼業だ、そして何かのきっかけで彼らは盗賊に早変わりする。

大柄で頑健で目端も効くラウルはそんな集団の一つを仕切っていた事があった。


逆に海の難所のアルシアの先の海域はむしろ海賊の脅威は少ない、補給や整備や奪略品を捌くのに困難な地域だからだ、そして自分たち自身が遭難しかねない。

隔絶した地で生きる少数の人々が漁撈で生活しているだけだ。


「墓場から吹き付ける様な嫌な風だった、こんなのは初めてだ」

「いいこと言うなラウル、たしかに嫌な風だったぜ」


その日は予定より二時間行程ほど遅れてしまった、日没前に野営の準備に取り掛かかる。


最終日の正午にオアシスに到着する予定なので時間的な余裕はまだある。









砂漠は既に闇に閉されていた、天空は昨夜と同じく光輝く星々が満点を覆っている、星座の見分けがつかないほど星に埋め尽くされていた。

野営地中央の大天幕の後ろに小さな天幕が設けられていた、そこで小さな焚き火を二人の男が囲んでいる、一人は考古学者のアンソニーでもうひとりの小柄な若者は准教授のミロンだ。


「先生!!」

突然呼びかけられた考古学者のアンソニーは声の主を慌てて見る、そしてすぐに表情を崩した。

「おおエルヴィス君か、今日の砂嵐は酷かったな」

「いえいえあれの直撃くらったら動けなくなりますよ」

「何だとそうだったのか・・・ところで何の御用かな?」


「パルティナ帝国前史についてお話を伺いたいと思いまして」

「さすが商売熱心だな、吾輩としても無知蒙昧な者共に破壊されるぐらいなら造詣の深い者の手に委ねたいとこでね」

「先生、我々の仕事を理解して頂き有り難い」


エルヴィスは進められるまま焚き火の側に腰を下ろす。

「君は食事はとったのかね?」

「ええ先ほど、巡回もここが最後です」

ミロンが茶を満たした木のコップを渡してくれたのでそれを飲み干す。


まずパルティナ帝国前史の美術に関して話題が盛り上がったところでエルヴィスは改まる、アンソニーもそれを感じたのか顔を引き締めた。


「先生、この度の調査はやはり先生のご発案ですか?」

アンソニーの顔が少し誇らしげに変わる、エルヴィスはそれに大いに満足した。


「ミロン君が持ち込んだ資料の解析をしたのが私なのだよ、それを大学や魔術師ギルドを通して調査を提案したんだ」


それまで口を開かなかったミロンが始めて口を開いた。

「西エスタニアではこの研究が厳しく禁じられているんです、むしろ東エスタニアのペンタビアが一番進んでいる程でして」

「禁止されているのか?」


またアンソニーが割り込むように話始める。

「パルティナ十二神教の聖域神殿(サンクチュアリ)が厳しく禁止していましてな、遺物は接収され二度と世に出てこなくなりますな」

「それで持ち込んだ物とは?」


アンソニーとミロンは顔を合わせる、ミロンが話そうとしたがアンソニーが早かった。

「石板の一部ですよパルティナ前史時代の物です、明らかに闇王国関連の出土品でしたな」

そこをミロンが引き継いだ。

「西エスタニアのペリヤクラムで大地震が起きて湖の水が抜けました、その湖底から遺跡が見つかったんです。

言語が未知のもので類縁の言語すら無い、僕はそれが闇王国時代の物だとすぐに分かりました、闇王国は古代文明文字に近い隔絶した文化を持っていました、僕はそこから石板の一部だけ持ち出しこちらに逃げてきたのです。

遺跡は今頃破壊されているでしょう、他に出た物はすべて聖域神殿(サンクチュアリ)の倉庫の一番奥ですよ」


「まさしく学問の敵だなミロン君」

「ええ先生のおかげで解析する事ができましたよ、石板の全体があれば良かったのですが」


「なあ、もしかして君は追われているのか?」

エルヴィスはある予感がしてミロンにたずねる。


「ミロン君がこちらに来たのは二年前だよ彼を護るために秘密にしていたが、追われているならとっくに手が伸びているはずだよ」

「それを知っている人間はどのくらいいるんだ?」

考え込む先生の代わりにミロンが答える。

「大学と魔術師ギルドの極一部だけです、王国政府の中にもいるかもしれません」


「もう話しても良いのか?」

「ええもう隠す必要はないと思いますよ、それにこちらの人達はあまり深刻に受け取っていないみたいですし」

小柄で快活な若者は微笑んだがそれが妙に不気味だった。


石板の一部だけと言ったな?エルヴィスは思った本当に持ち出したのは石板だけだったのか?先生はともかくこいつはあまり信用できない。


流れ星がアンナプルナ山脈の方向に流れて消えていった、明日になれば運が良ければ山脈の頂きが西の地平に見え始める。


エルヴィスは二人にお休みの挨拶をすると己の天幕に引き上げた。

早く眠らなければならない。








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