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砂漠の旅

砂漠に日が沈もうとしている、赤い西の空に細い三日月が薄く輝いていた。

調査団は野営にとりかかり天幕が幾つも砂漠の荒れ地の上に建てられた、完全に暗くなる前にすべての仕事を終えなければならなかった、松明も燃料も無駄にできない。


エルヴィスは全体の作業を確認する為にキャンプを巡回していた。


中央の大天幕の隣の小天幕の前で三人の女性が食事の準備をしている、ドロシー副隊長とアスペル女史に中年の侍女スザンナだ。

それは水の魔女への気遣いを感じさせる光景だ。


どうやらスザンナがドロシーにいろいろ指示を出している、女史は近くでそれを眺めている。

侍女がそれなりの生まれのはずのドロシーに指示を出しているのは奇妙な光景だ。

ちなみに砂漠を無事に渡りオアシスに到着したら宴会を開く予定になっている、それまで食事は各人の責任かグループで準備する事になっていた、エルヴィスのチームも今頃食事の準備が始まっているはずだ。


エルヴィスは三人にさり気なく近づいた。


「淑女のみなさんこんばんわ」

三人とも男の声に驚いたようにエルヴィスを見上げた。


「何か困った事があるか?男所帯に女三人だからな、何かあったら相談してくれ」


それは性的な嫌がらせを受けてるかと言外に意味を含ませていた、この頑健な侍女や魔術師のそれも水精霊術の女史に手を出す者がいるとは思えないが、さてドロシーはどうなのだろうか?


「こんばんわ見回りですか?私は隊長といるからまあ・・・」

エルヴィスの挨拶にドロシーが歯切れ悪く応えた、彼女は言外の意味を読み取っている、それから彼女は女史を見る。


「ハハッ、私がいるから問題ないね」


代わりに大柄でゴツい侍女スザンナが大口を開けて笑った、彼女の事はまったく心配していない、半端な野郎では頭から食われそうだと密かに思う。


「調査団と一緒だから問題ありません、私はペンタビア魔術師ギルドの名代と言う立場よ」


淡々と美しい水の魔術師が答えた、だが彼女の目は煮え立つ肉のスープを見詰めたままだ。

保存用の肉はこうして水で戻すのだ、肉は持ちを良くする為に塩やハーブを練り込み乾燥させているので調味料も不要だ、女史はその鍋に乾燥野菜などを投げ込んでいた。


ペンタビア魔術師ギルドの名代と言う言葉に興味を引かれた。

「アスペルさん野営は初めてかね?」

「そうよ大学とギルドを往復する生活をしていましたから」

ふりかえりもせずに鍋を見ている。


「今回の調査にはなぜ、古代史に興味があるのかな?」

アスペルは初めてエルヴィスの方を向いた。


「魔術師ギルドの代表として調査を見届けるのよ、そして私ならば役に立つと言うギルドの判斷です」

「ならば今回の目的の何かについてご存知ですかね?」

アスペルは顔を横に振った。

「何か極めて重要な物が眠っていると思いますが具体的にはわからない」

「危険はありますかね?貴方達だけではなく私の部下の安全も考えなければならないのです、魔術師としての意見を聞かせてください」

アスペルの整ってるが無表情な顔に変化が現れた。

「闇王国の遺物ならば破壊すれば済むはず、守りたいから世界の果まで運び出したか、破壊不可能な理由があったから隠すために持ち込んだ、そのどちらかと考えられます」


「そうだな、わざわざ世界の果てまで運んで来るほどの物だ」

その場にいた者は全員沈黙した。


「おっと、俺はそろそろ他にいかなければ、また何かあったら遠慮なく言ってくれ、じゃあ」

最後にドロシーに軽く目配せしたが彼女はまたよそを向いてしまった。



次に荷物の山が出来ている場所に向かった、そこでラクダに乗せていた荷を下ろして荷役人達が休息していた、こんな場所が他にも三箇所ほど出来ている。

近くに10頭程のラクダがくつろいでいた、近づくと昨日の例の三人組だった。


彼らは燃料を燃やして簡素な調理を行い食事をしていた、単純だが量だけは多いそれだけ旅は体力を使うのだ。

一人がやってくるエルヴィスに気づく。


「おお旦那かご苦労さんだな」

「何か問題はあるかい?」

「今のところはない、まだ始まったばかりだぜ?」


「あんたら隊長の仲間だってな?」

「ああ昔の腐れ縁だよ」

三人は顔を見合わせて笑った。


「あんたらはゲイル副隊長とは知り合いか?」

「彼女は傭兵仲間じゃないんだ、今回副隊長に決まっただけさ、彼女は貴婦人の護衛が仕事だそうだ」

エルヴィスはそれを知っていたがあえて話題をつくる。


「彼女はタバルカの生まれらしいな」

「ゲイル副隊長に気があるのか?楽しそうに話してたな」

男は少し離れた処にいるドロシー達の天幕を指差した。


「いい女だが個性が強すぎる、旦那は彼女のあだ名を知ってるか?」

「いや知らねーな、そりゃなんだい」

「『お天気人形さん』だそうだ」

また三人は顔を見合わせて笑った。


「『お天気人形さん』ってなんだ?」

「晴れた日に祈ると雨が降り、雨の日に祈ると晴れるまじない人形だよ、ははは」

彼らの説明ではそれはタバルカのまじない人形で、丸い顔に大きな目と口で微笑んだ顔が描かれ、細身の体に長いスカートを履いているらしい。

想像するとドロシーにそっくりでつい顔がほころんでしまう。


あと彼らと水の魔女はまったく縁がなかった、そしてゴツい侍女に関しても知らないと応えたが、彼らの態度に僅かに不審を感じた。

何か彼女に関して知っているのではと感じたのだ、だが今は頭の隅に置いてこの場を後にする。


やがて同じ様にキャンプを反対方向に巡回していたラウルと合流を果たした。

「そっちは何かあったか?」

「問題ない、あの先生につかまって講義を聞かされかけたよ」

ラウルは首を横にふって苦笑した。


「じゃあ行くか?」


キャンプ地の中央の大天幕が本部になっていたがそこにザカライアがいる、二人は気も乗らないが報告と挨拶に向かう。

巡回の結果を報告する必要があるので最後に行くことになっていた、二人は中央の天幕に消えて行った。


食事を終えると見張り以外は眠る、明日は日の出前に起きて旅の準備をしなければならない。


すでに日は落ちて砂漠は深い闇に閉されていた、空は刺すほどに激しく光輝く星が満点を覆っていた、見慣れた星座すら見分けがつかないほど星に埋め尽くされている。


流れ星が流れるそれはアンナプルナ山脈の空に消えて逝った。









翌朝日の出前に調査団は活動を始める、簡素な朝食を済ませると天幕を引き払い荷役人達が荷物をラクダ達に乗せていく、作業は一部を除いて全員総掛かりで行われる。

野営地は騒然としていた。


エルヴィスは見張りから昨夜の状況を聞き取っていた。

特に問題は起きていないが彼らが何か感じたならば馬鹿にせずに吸い上げなければならない、その結果特に不審な事もなかった、あとは魔術師達から結界の報告を聞き取る。


そして騒がしい中央の天幕に向かった、すでに天幕の撤去が進んでいたが、その近くにザカライアとヤロミールの二人の魔術師がいた、向こうの下働きの男が二人に顔を拭くためのタオルを手渡していた。

だが交渉人バーナビーの姿が見えない、これは正直やりにくかった。


「おはようございますザカライア教授、ヤロミールさん」

「君か何の用か?」

ザカライアはあからさまに警戒している、この男はエルヴィス達を遺跡荒らしと考えているのか初めから敵意を隠さなかった。

世に出回っている古代の遺物の多くは盗掘による物が多い、むしろ盗掘より農民などにより畑から掘り出された物の方が多かった、だが農民が見つけた金銀は領主に奪われる前に鋳潰されてしまう、像や石板などは壊されて石垣の材料にされかねなかった、地獄から出てきた悪魔の物だと破壊される事も多い、そのような事例は過去いくらでもある。

むしろ専門の盗掘者ならばその価値が理解できる、それらは理解ある富者の手元に運ばれ金に変わるのだ。

ザカライアはそれを理解していない、いや理解したく無いのだろう。


「野営地に張った結界についてお話が」

「私の結界に不満があるのか?」

「そういうわけではありませんが、接近しようとした何かがいたのでしたらお教えください」

侵入者を防ぐ事も重要だが、何者かが侵入を試みたならばそれを把握しなければならない、世間知らずの術者や学者の中にはそこらへんの感性に乏しい者が多い。


「私は把握していない」

意外にもヤロミールが先に応えた。

「その様な者がいたら早くに騒いでおるわ」

ザカライアが険吞に吐き捨てる、エルヴィスは早々に退散する事にした、関わりたく無いがそうもいかないのだが。


そしてドロシー達のいる天幕に向かった、小天幕の撤去が調査団の下働きの手によって始まっていた、目当てのアスペル女史も小物のかたずけを手伝っている、だがあの頑健な侍女の姿が見えなかった。


そこにエルヴィスが姿を現したのだ。


「あらコステロさん、おはようございます、何かごようかしら?」

ドロシーが最初にこちらを見つけて挨拶してきた。

「やあ、おはようゲイルさん、アスペルさんに用があってな」

「あらまってね、シーリあなたにコステロさんが話があるそうよ!」

ドロシーはアスペル女史と打ち解けたのか大声で彼女をファーストネームで呼んだ。


「なあ、君の事もドロシーと呼んでいいか?」

ドロシーは少し驚いたがすぐに微笑んだ。

「いいわよ、じゃあ貴方もエルヴィスさんでいいのかしら?」

「それでたのむ」

ドローシは微笑む、だがエルヴィスがウインクするとさっと目線をずらしてしまった。

エルヴィスはついニヤリと笑った、彼女の仕草がどこかカラクリ人形じみていたからだ。


そこにアスペル女史がやって来た、表情の乏しい細面の顔はまだ眠そうだった。

「私に御用かしら?」

「貴女も夜の間は魔術的な結界を張っていると聞いている、その話を聞かせていただきたい」

「なるほど、私の探知は動く水に反応するのよ、精度は低いけど範囲は広いわ、野営地を除いた周囲を見張っています、生きている生物に反応しますの」

「なるほど詳しい話をしてくれてありがとう、本当に助かった」

「ほかの二人は協力的で無いのね?」


エルヴィスは刮目した、彼女は他人に無関心に見えて人の事が理解できるのかもしれないと思う。


「ザカライア教授とヤロミールについて知りたい、特にヤロミールだ詳しいなら何か教えてくれないか?」

「教授はペンタビア魔術大学で古代魔術を研究していたわ、何度もあった事あるけど、ヤロミールは教授の兄弟弟子だそうよ、ペンタビアの人間ではない確か北方から来たらしいけど」

「良くそんな奴が調査団に入れたな」

「いろいろ政治的な理由があるみたいね」

「兄弟弟子だそうだが随分と年齢が離れていないか?」

ヤロミールの声からまだ若いと判斷していただけだが。


「アイゼンドルフ=ザロモンの弟子らしいと聞いたけど・・・」

表情に乏しいアスペル女史の顔の微妙な変化を見逃さなかった。

アイゼンドルフ=ザロモンの名前はエルヴィスも聞いた事がある、生きている魔術師としては最強と語られているが、世の表にはほとんど出てこない人物だ、彼の弟子と言われる魔術師は非常に数が多い事で知られていた。


ようするにザロモンの弟子と言うのは胡散臭いのだ。


同じ様に高名な『偉大なる精霊魔女アマリア』は帝国の顧問やテレーゼ王国の顧問を務めた関係から、彼女の弟子はすべて把握されているので偽物が生まれにくい、謎が多いザロモンの方が詐欺に利用しやすいのだ。


「ところでヤロミールの顔を見たことあるか?」

「私は無いわ」

アスペル女史はドロシーに『どう?』と語りかけるような顔をした、するとドロシーは『何で私に振るの』と言いたげに目を白黒させて慌てた。

「私も見た事ないわ」


まだ二人と話をしたかったがここで時間を潰してはいられない、指揮を執るため仲間の処に戻らなければならい。


「貴重な話を聞かせてもらったありがとう、スザンナにもよろしくと伝えてくれ」

二人に別れを告げると仲間のいる場所へ急いぐ。



やがて出発の準備が終わり、エルヴィスの号令と共に二日目の旅が始まった、日の光に真横から照らされて隊列が砂漠を北西に進んでいく、太陽が登る東の地平の彼方にラムリア王国の山々の頂きが朧気に見えていた。


今日も快晴で雲ひとつ無い暑い一日になりそうだった。






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