砂漠の旅の始まり
エルヴィスが目を覚ますと肩に生暖かい肌の感触を感じて慌てて飛び起きた、隣を見るとあられもない姿で寝ている若い女がいた。
見覚えがある女だったこの宿が契約している若い踊り子で細身で鍛えられた美しい娘だ。
昨夜いったい何があったか思い出そうとする。
昨夜の宴会の後で酔った勢いのまま舞台で踊っていた踊り子の一人とこの部屋にしけこんだのだ、それがこの妖しい宿の商売だった。
踊り子達はみな踊りで鍛えられていたのでこの宿はエルヴィスのお気に入りだ。
窓の外を見ると日が出たばかりなのかまだ薄暗い。
急いで起き上がり着替えを急いだ今日は調査隊が出発する日だ、彼女はまだ気づかずに寝ていたのでベッドの枕の側に少銀貨二枚を投げると部屋を後にする。
エルヴィス達が借り切っている大部屋に向かうと、すでに仲間達が集まり始めていた、宿で朝飯を食ってから最後の荷物の確認を行い宿を引き払う事になっていた。
朝食を終えると彼らは重い装備を担ぎ妖しい宿屋を後にして西の広場に向かった。
エルヴィスのチームは腹心のラウルと主要メンバーが四人、そして他に六人の補助要員がいる、彼らはチームの主要メンバーをサポートする役割だ。
全員かなりの武器の使い手だが、その中でもエルヴィスの腕が一歩抜きん出ていた。
頼りなげなケビンも補助要員だがエルヴィスは彼の扱いに正直困っていた、世話になった男の頼みで置いているが、重要な仕事がまかせられないので鞄持ちにしていたのだから。
西の広場ですでに小さな商隊が二つほど出発の準備を進めている。
目当ての集団はすぐに見つかる、ペンタビアの調査団は大人数で彼らだけで20名近い人員がいた、そこにエルヴィスのチームと荷役人がこれに加わる。
広場には必要な物資を運ぶためのラクダが集められ、荷役人達が物資を倉庫から運び出して手際よくラクダに乗せていた。
今更細かな指示を出す必要はない、作業の指示は荷役人グループのリーダーの役割だ、そして昨日見つけた三人組の姿も見える。
ちなみに素人が手を出すと荷が不安定になったりラクダに負担をかける事になるのだ。
まずはペンタビアの調査団にラウルと共に挨拶に向かう、あまり行きたくないがやるしかない。
さっそくこちらに気づいたバーナビーが出迎えに向かってやって来た。
「エルヴィスさんおはようございます」
挨拶を返すとバーナビーに倉庫の前に案内された、そこに昨日の面々が議論に勤しんでいた、魔術師も含めて全員白い厚手の布を頭から被っている。
流石に黒い魔術師のローブで砂漠を横断するほど馬鹿ではないようだ。
さてアイツはどこだ?つい目がドロシーの姿を探していた。
すると倉庫の中から巨人が現れるアームストロング隊長だ、となりにドロシーが並ぶとそのコントラストが妙に笑わせた。
二人はすぐにこちらに気づいたがドロシーの顔が僅かに顰めっ面に変わった、馬鹿にされたと思ったのだろう。
「遅いではないか?君たちが先にここに来ているべきではないのかね?」
ザカライアが嫌味らしく詰問してくる、じつは昨晩の馬鹿騒ぎで皆起きるのが少し遅くなったのだがわざわざ教えてやる気は無い。
背後の仲間たちから僅かに不機嫌な気が立ち上るのを感じた、ここにいる仲間は堅気ではない、犯罪者と常民の境界線に生きている山師の集団なのだから。
「機材に不備があったので交換したのさ、潮風で錆びた部品を交換するのに時間を食ってしまってね」
などと適当に嘘を並べた、とはいえ荷役人や下働きの者達には昨日の時点で指示をだしていたので全体の運びには大きな影響は出ていない。
「どうやら儂の古い知り合いとは話がついたようだな」
アームストロング隊長が近づいてくる、こうしてみると2メートル近くある大男だ。
そして向こうで最後の荷造りをしている例の三人に向かって隊長が手を振ると向こうも手を振り返して来る。
ドロシーはそのままアスペルの処に行ってしまった、そこいた中年の侍女らしき婦人と三人で話を初めていた。
しかし中年の侍女と聞いていたが想像からかけ離れていた、大柄でいかつい中年の婦人だったから。
「頼りになりそうだな、ラクダいらなかったか?」
「どうかしたのか?」
ラウルがエルヴィスの独り言を聞きとがめた。
「いや何でもねえ」
やがて荷役人のリーダ達が集まって来た。
「荷造り完了したぜボス」
「こちらも終わった」
すべての荷造りが終わり荷物はラクダの上に乗っていた、そして荷役人が配置に付く。
「みんな乗ってくれ、わからなければ助けが入る心配するな」
エルヴィスはペンタビアの調査団と護衛達がラクダに乗るのを見届る、訓練されたラクダは自ら座って乗りやすくしてくれる。
それでもうまく乗れない者は荷役人が手助けする、仲間たちは一人を除いて慣れているのでその心配はいらなかった。
準備が整うとエルヴィスが全体をみわたした。
「よし!!出発!!」
号令と共に隊列は広場を出ると橋を渡り始めた、この対岸はアンナプルナ山脈を囲む高原地帯まで不毛の砂漠が広がっていた。
深緑の河を越えると単調な砂漠の風景がどこまでも広がるだけだ。
やがて隊列は商隊路をはずれ北西の方向に向かって進み始めた、このまま五日かけて最初の目的地のオアシスを目指す。
隊列の先頭集団にエルヴィスとラウルが位置して指揮を執る、その後方にペンタビアの調査団のメンバーが続いた、彼らはラクダに慣れていないので荷役人の助けが必要だ。
その後ろから物資を積んだラクダの列と共に調査団に所属する下働きの者たちが徒歩で続く、最後尾にエルヴィス配下のベテランが指揮する一隊が配されていた。
護衛部隊は隊の中央付近に配されている、彼らはラクダに慣れた者を選別して集められていた。
背後に街が遠くなった頃エルヴィスは先頭をラウルにまかせて全体を視察するかのように後方に下がり始めた。
まずは口の軽そうな考古学者のアンソニーから情報を聞き出す事にする。
バーナビーと軽く話すと調査団の後ろの方にいるアンソニーを確認して少しずつ近づいていく。
「やあ先生、昨日はなかなか興味深いお話を聞かせてもらいました」
「おお!こいつに邪魔されなければなあ、君も商売がら興味があるだろ?」
機嫌が良くなったアンソニーは後ろの弟子の若い准教授を見やった。
「ロムレス帝国時代やパルティナ帝国時代の出物が人気なんでね、パルティナ前時代の物にこの先需要が出るならと思ってね」
「それは目の付けどころがいいぞ君、パルティナ十二神教以前の古代宗教の影響が消える前の時代だから面白い物があるんだ、だが東エスタニアでは関心が全く無い」
アンソニーの口調は次第に熱を帯び始める。
「当然ですな先生、しかしパルティナ帝国前の遺跡や遺物がこの先の山にあるとはにわかに信じられません」
パルティナ帝国は第一帝国と呼ばれる、エスタニアで最初に生まれた統一国家と言われるが、この時代の世界は狭く西エスタニアのその西半分を統一したに過ぎなかった。
当然東エスタニアではパルティナ帝国以前の時代の遺物は五万年前に滅びた古代文明より縁が薄い。
「ほうそこまでお知りでしたか、まあそう思うのは当然です、ロムレス時代の物すら稀です、しかしこれは事実なのですよ」
「興味深い話ですな先生、後学の為にもうかがいたい」
アンソニーは満面の笑みに変わった、話す事ができてよほど嬉しいらしい。
「統一前の西エスタニアは暗黒時代と呼ばれる戦乱の時代でした、その中の一国が諸国を圧倒しようと禁断の技に手を出したのです。
その結果この国は滅ぼされ記録は徹底的に抹殺されすべての都市は破壊され塩を撒かれました、歴史に詳しいものなら誰でも知っている事件ですがね。
我々はこの国を「闇王国」などと呼んでいました、僅かに残った記録や伝承では魔界の強大な神をこちらの世界に呼び出したなどと伝わっていますが確証は無い」
「呼んでいました・・・では判明したのですか先生?」
「ほほう察しがよろしい、まあ砂漠に出たんだもう構わんだろう、最近失われた欠史の手がかりが見つかりましてね」
そこに後ろにいた準教授のミロンが割り込んできた。
「それでしたら僕が話しましょう、僕は西エスタニアの出なんです」
アンソニーは割り込まれてあからさまに不機嫌に変わった。
「ほう君は西エスタニアの生まれだったのか」
「そうですよ考古学を研究していたんです」
「俺たちも商売柄考古学者との付き合いは多いんだ、これからもよろしくたのむ」
エルヴィスは気さくな態度で二人に近づく。
「その欠史の手がかりになるものがあると」
「そうです闇王国が完全に抹殺された時に、何かを当時の文明地域から遠く運び出し、アンナプルナ山脈の東側に隠したと推理してるんです」
「それが目的なんだな?」
「彼らにはここが世界の果てに思えたんだと思いますよ」
ミロンが苦笑いを浮かべた。
興奮が覚めてきたアンソニー先生は隊の前の方を気にしだした、話過ぎたと不安になったのだろうか。
あの顔の見えない魔術師と水の魔女がこちらを振り返っている。
調査団の先頭にいるザカライアは暑さに辟易としているのかこちらには関心をしめさない。
「ありがとうよ、俺達が何を探しているのか知らないのでは話にならんからな」
「エルヴィスさん達に説明する必要はあったんですよ」
「ああそうとも!」
アンソニー先生もそれを強調した。
まだまだ旅は長い今はここまででいいだろう、二人に別れを告げてそのまま後ろに移動していく。
荷役人の中に一人小柄な者がいた、昨日話があった少年だろうか白いローブを深く被っているので顔が見えない。
荷役人監督役の部下に目くばせしたところで、アームストロング隊長の歓談する大声が聞こえて来る。
そちらを見ると護衛隊の集団の中にドロシーの姿があった、彼女も白い厚手の布のローブをかぶり陽射しから体を守っていたので解りにくい、
しかし魔術師アスペルの側に居なくて良いのだろうか?
「やあ隊長!」
「ん?エルヴィスか見回りか?」
「そんな所だ、良い荷役人を紹介してくれて助かったぜ、彼らとはどんな関係なんだ?」
「昔俺の部下だった奴らだ、負傷してな体を動かす分には困らないが、もう戦うのは厳しくてな年齢もある」
となるとあの三人はこの隊長の仲間と見て良い、この男は護衛隊を含めるとこの中で大きな力を持っている事になる。
二人はしばらく雑談しながら並走し進んだ、剣や武術など話題は尽きない、それに傭兵とはなかなか際どい稼業で清廉潔白からほど遠い、どこか二人には通じる物があった。
そしてドロシーは隊列の反対側を静かに進んでいる。
「ゲイル副隊長!」
ドロシーに思い切って呼びかける、彼女は突然呼びかけられ驚いた様だ、こちらを慌てて振り向いた。
丸みを帯びた顔に大きな目と口が描かれた様な彼女の表情は豊かでつい見惚れてしまう。
「な、何かしら?」
「君はアスペル女史の護衛につかなくていいのか?」
女史と言う言葉に彼女は少し笑った、だがすぐに気を取り直して言葉を返してきた。
「敵中にいるわけじゃあないからね、同じテントで寝るだけよその時はスザンナさんと一緒」
「あのゴツい婦人の名はスザンナというのか」
「ゴツいって失礼ね」
またドロシーは笑った彼女の髪がわずかに震えている、彼女も内心でそう想っていた事がはっきりした。
「おいエルヴィス彼女に言いつけるぞ?」
アームストロング隊長は大きな声で笑った。
「それはよしてくれよ」
エルヴィスも笑った。
二人と別れると全体の様子を見ながら最後尾に向かっていった。
「さて俺たちを見張っている奴らは本当にいるのか?」
独り言を小さな声でささやいた、だがそれを聞き取った者はいない。