ペンタビアから来た調査隊
最初に紹介されたのはペンタビア側の責任者の初老の魔術師だった、こいつの名はザカライア=ウォードでペンタビアの魔術大学の古代魔術科の教授と言う話だ。
上位の風精霊術師だが実務に長けているとはとても感じられなかった、彼が名目上のリーダーだとすぐに見抜いた。
となりの頼りなげな考古学者とたいして変わらない、ザカライアは何か不満げに呟いている様だが無視する事にする。
その隣の頼りなさそうな中年の考古学者はアンソニー=ダドリーと名乗った、こちらはペンタビア大学の考古学科の先生らしい。
古代パルティナ帝国前史が専攻だと自慢気に話し始める。
「吾輩は古代パルティア帝国による統一前の暗黒時代の研究をしておるのです!!前パルティア文明が東エスタニアに影響を及ぼしていた・・・」
次第に調子に乗り始めたところで隣の若い男がなだめて止めた。
となりの若い男は同じ学科の准教授でアンソニーと同じ考古学科に所属している、ミロン=アキモフという名前だがこいつの方が先生より遥かに頼りになりそうだ。
左隣のエキゾチックな女魔術師はシーリ=アスペルで中位の水精霊術師と名乗った。
ローブのフードを室内でも被っていたが、エルヴィスに挨拶する時になって初めて外した。
ダークブラウンの長い髪を頭の後ろで束ねて背中に流していた、アーモンドの様な形をした目だけでは無く細い鼻筋と小さな口も顕になる。
彼女の声は見かけによらず落ち着いていて知的で物静かだ。
なかなか美しい女性だがエルヴィスは彼女にちよっかいをかける気にはならなかった、あまり好みでは無ないのだ。
彼女はペンタビアの魔術師ギルドの代表として参加していると言う。
ちなみに水精霊術師は長旅では万が一の命綱にもなりえる、彼女に護衛を付けるのも理解できた。
次にとなりのベールで顔を隠した魔術師が口を開いた、それは意外にも男の声だった。
ヤロミール=キセラと名乗るかれは中位の土精霊術師と自己紹介したが、だがそこまで語った後は黙り込んでしまった。
この人物が男で中位の土精霊術師である事以外に何もわからない、ベールを上げようともしなかった、男はこれで十分と言わんばかりの態度だ。
周りも説明不足を補足する気が無いらしく、隣にいるラウルをつい見てしまった、ラウルは僅かに肩をすくめて見せた。
以上がペンタビア側の主だった者達だ。
最後に交渉人の男が再び口をひらいた、こいつの名はバーナビー=ウィルコックスでペンタビア調査団の渉外役の男だ。
背丈は普通で短く黒髪を切り揃え風通しの良さそうな服を着込んでいる、年齢は30代後半と言ったところだ、人当たりが良く一見すると無害な男に見えるがその目は高い知性を湛え油断がならない。
この男が窓口としてエルヴィスと接触してきたが、秘密が多くなかなか内情を教えようとしない、口のうまい男で世慣れている男だが、学者や魔術師の集団の面倒を見ているのでは苦労しているようだ。
ちなみにこいつも旅に同行する、というか来てもらわないと困る。
いけすかない魔術師が代表だがこれは傀儡で後ろに何かがいるだろうと改めて確信を深めた、破格の条件と報酬から乗ってしまっが先の事が思いやられた。
とにかく彼らがあまりにも秘密主義で参加人数の総数こそ伝えられていたが、情報の開示の姿勢に強い不満を感じていた。
船の遅れでエルヴィスのアルシラ入が二日遅れてしまったが、ペンタビア側はどうどうと二日遅れて陸路からアルシラ入している。
エルヴィスとラウルは不機嫌なまま与えられた席に座ったが、進行役らしきバーナビーがまずエルヴィスに話しかけてきた。
「まずその書類に目を通してください、我々の陣容と装備が記されています」
エルヴィスもラウルも当然読み書きができた、簡単な数表も理解できる、そうでなければ上には立てない。
目を通したかぎり事前の通告から大きくはずれてはいなかった。
「そっちの護衛の責任者は誰だ?」
ペンタビア側が用意した護衛の人数は十二名でそのうち七名が旅に参加する、ここまで物資を運んできた荷馬車とともにそれを護衛して国に帰る者が五名だ。
予定通りだが向こうの指揮官がいるはずだがここにはいない。
「ちょうど今外出していまして、君等が来るとはおもわなかったんだ」
バーナビーがすまなさそうな顔をしたがこれはこちらにも責任があった、とはいえ予定が押していたので早く接触する必要があったのだ。
「他に話のできる者はいないのか?」
「副隊長がいるからよぼう」
バーナビーが小者を呼びつける、隣のラウルが極小さな声でささやく。
「なら初めから呼べよ」
バーナビーと小者が少し話していたが小者はすぐ部屋から出て行った、すぐに部屋の扉が叩かれ一人の女性が入ってくる。
さきほど廊下の奥に控えていた上等な革鎧で身を固めた女性だ、スカートのように厚手の白い生地の布を腰に巻いていた、この地方独特の民族衣装に通じるものがある。
細身で背が高く手足も長い、そして少し丸みを帯びた顔は日に焼け、目と口が大きくはっきりとした顔立ちだ、一度見たら忘れられない個性的な容姿の女性だった。
黒い肩までの切り揃えたボブカットが彼女の個性的な容姿をなおさらの様に強調していた。
彼女は部屋に数歩入ってから立ち止まった。
「コステロさんですね、自己紹介がまだだったわね私はドロシー=ゲイル護衛隊の副隊長です、私に何か御用?」
彼女の声は思ったより高い声だ。
「立ち話じゃやりにくい、いくつか聞いておきたい事がある」
すると小者が小さな椅子をもってくるとバーナビーの隣に置いたので彼女はそれに腰掛けた。
「そちらの警備は野営の経験はあるのか?」
「全員傭兵出身です、設営の経験も炊事の経験もありますわ」
これで不安が少し減った、貴族様の護衛だとそこらへんの能力が無い者が多い、事前にこちらから注文したが向こう側が理解していたようで助かる。
今まで何度もクライアントと揉めた事がある、契約ならばそうした事のできる者を雇うだけだ、勝手な思い込みが問題になるのだ。
「他に下働きの者が七人いますが、一人は女性でアスペル様専属です」
「わかった、こちらの連中や荷役人に強く言っておくぜ、まてよその侍女はラクダに乗せた方が良いのか?」
「あえて若い侍女は外しました、手配できればお願いしますわ」
「わかった」
「ところでそちらの隊長とアンタの事を教えてくれ」
「隊長は元傭兵でデクスター=アームストロングさんです、長く傭兵隊で指揮官を務めていらしたお方です、私は女性の貴人の護衛を仕事にしています」
予想通りあの水の魔術師の護衛だった、彼女が嘗められない様に副隊長のポストを与えられたのだろう。
「じゃあ護衛隊は今回編成されたものか?」
「ええ今回急遽編成されました、ただし傭兵は皆ペンタビアで実績のある者から選ばれています、私はタバルカの出よ普段はそこで仕事をしています」
たしかタバルカはペンダビアの北にある農業国だと頭の中の地図を引き出した。
「わかった、そちらの用意した物資はもう西広場に運んであるのか?」
「そうよ広場の倉庫に預けられているわ、貴重品はこちらにあるけどね」
ドロシーはザカライアを一度見たがすぐにエルヴィスに向き直る。
「ところで出発は予定通りなの?遅れてきた私達が言うべき事ではないのはわかっているけど」
すると黙っていたラウルが口を開く。
「荷役人の集まりが悪い、通商路からはずれているのでみんな腰が引けている」
「荷役人を集めるのは君たちの責任ではないのかね?」
そこでザカライアが嫌味たらしく苦言を挺した。
「何処に行くか曖昧にしか説明できない、これでは破格の駄賃でも人が集まらないのは当然だ!」
ラウルが強い口調で言い返す。
「それならば俺の知り合いを三人ほど紹介できるぞ?」
扉が開かれそこに大柄で頑健な大男が立っていた、年齢は初老で短い髪が白いが、全身筋肉の鎧で覆われ覇気と闘気の塊の様に若々しい。
そして白い長い口ひげが鳥の様に左右に翼をひろげていた、だがあご髭はきれいに剃られている。
そして腰にいかつい長剣を佩いていた。
「アームストロング隊長!」
ドロシーがその大男に呼びかける。
こいつが護衛隊の隊長なのかよ?
エルヴィスは呆れていた、力と速度と柔軟性をバランス良く追求した彼の肉体が持つ力を読んだのだ。
どうやったらこうまで鍛えられるんだ?
ドロシーが立ち上がるとアームストロングの前に立ち敬礼した。
「隊長その三人とは?」
アウルが立ち上がり隊長に話しかけた。
「そちらがポーターが集まらぬと聞いていてな、昔の知り合いに声をかけたのよ」
隊長は笑いながらラウルを見てからエルヴィスを値踏みするように見た。
「そちらがコステロ殿かな、はじめてお会いする儂がデクスター=アームストロングだ」
聖霊教会の魔神の彫像の様な魁偉な顔を崩して笑った。
エルヴィスも一応相手に合わせて立ち上がると手を差し伸べて挨拶した。
「俺がエルヴィス=コステロだ俺がこちらの仕切りをしている」
握手をしながらこいつがもしや実質的にあちらを仕切っているのか?ふとそのような気がした。
そこにふと背中に嫌な視線を感じた。
視線はザカライアかと思ったが違う、あの得体の知れない魔術師だろうか?だがそれも一瞬だ。
「では私は配置に戻りますので」
ドロシーはもういいでしょ?と言った視線を向けて来た、もう少し話したかったが引き止める理由もない、軽くうなずき返しそして最後に不敵に微笑んだ。
だが彼女はそのまま横を向いて部屋から立ち去ってしまった。
「隊長勝手な事をするな」
魔術師のザカライアの声は例えようも無い不快で剣呑な響きだ、まるでこの世のすべてが気に食わないかのように。
「はてワシはこちらに荷役人を紹介するだけですぞ?採用するかどうかは彼らが判斷する事ですな」
魁偉な顔をした老人はザカライアを歯牙にもかけてはいない、そしてドロシーが座っていた小さな椅子に腰掛けてしまった、哀れな椅子が悲鳴を上げる。
そこからまた会議が始まる、その結果明日予定通り街を出る事に決まった、これはペンタビア側の強い要求だった、荷役人がほぼ充足し後はラクダを一頭増やすだけだ。
顔通しと会議を終えてエルヴィスとラウルは宿を後にした、まずは隊長の紹介にあった荷役人グループに合うために荷役人ギルドに向かう事にした。
宿の前の広場からすぐ南にある。
広場は倉庫に荷物を運び込む人夫や荷車が動き回り騒がしかった、砂漠の向こうから街に向かってくる商隊の姿も見える、露天が飲み物を売っていたが店主の呼び込みの声が甲高く聞こえた。
そうして広場を横切っていると後ろから追いかけてくる人の気配がした。
すぐに向き直ると交渉人のバーナビーが追いかけてきたのだ。
「なんだバーナビー?」
バーナビーは倉庫と倉庫の隙間を指差して誘った何か聞かれたくない話があるのだろう。
二人は興味を感じて付き合うことにした。
狭い通路に入るとエルヴィスは倉庫の壁によりかかるそして周囲に目を配ってから口を開いた。
「何の話だ手短にたのむぜ」
「実はな俺たちは監視されている、確証はないがな」
「そんな話を聞くのは初めてだぜ?でどんな奴らだ」
「ペンタビアからこちらに来る途中で気づいた」
「そちらは全員知っているのか?」
バーナビーは顔を横に振った、もしやこいつが実質的なリーダーかもしれないと思い始める。
「ほう、今になってなぜ?」
「砂漠に出てから奴らが動く可能性もある、頭にいれておいて欲しい」
「そうか、だがよ魔術師が三人もいるのに襲ってくるとしたらかなりの戦力だぞ」
調査団には上位魔術師一人に中位魔術師が二人いる、そして戦える者が10人以上いるのだから。
「監視だけかもしれんが気をつけるに越した事は無い」
「なあバーナビー、いったい何が目的なんだ、俺たちだけでも話せよ?」
「そうだバーナビーさん、俺たちは遺跡探査の専門家集団だそしてそれなりに武力も有る、秘密主義は良くないぞ」
ラウルもそれに乗ってきた、彼も不満を貯めていたのだろう。
バナービーは少し考え込んでいたが、何かを決意したようだ。
「予定では高原の古い砦跡を拠点にする事になっているのは知っているだろ」
エルヴィスは頭に砂漠の地図を描く、街の北西約五日の地点にオアシスがある、アンナプルナ山脈の東側には高原が広がっているが、オアシスから緩やかな斜面を昇ると一日行程で古い砦の跡に至る。
これが判明している調査団のコースだ。
この砦を拠点に活動する事まではわかっている。
「その北西の山脈の中に湖が有るのを知っているか?」
「知っている、その近くに古代文明の遺跡が有るのも知っている、だが荒らされ尽くされているぜ?」
当然と言った感じでエルヴィスは応えた、その程度は彼らにとって常識だった、だからこそペンタビアの調査団の目的に不審を感じたのだ。
「その湖の底に遺跡が眠っている、その確証をつかんでいる」
「なんだと!?」
エルヴィスとラウルは驚いたそんな話は聞いたことが無い、バナービーは大きな声を出すなと囁くと、唇の前に指を立ててから苦笑した。
「そしてその中にあるものに強い関心を持っている」
「ああ、ペンダビアかどこかの本当の依頼人がか?」
「まあな、そういう事にしてくれ」
バナービーは肩を竦めた。
「俺達を監視しているのはそいつらか?」
「そうかもしれないし、敵対する者達かもしれん」
「あと俺が話した事は秘密でたのんだぞ?無駄に秘密主義なんでな」
「わかった、他言はしない」
そこでバナービーは宿に帰っていった。
二人はそのまま荷役人ギルドに向かうと隊長が紹介してくれた三人の男達がすぐに見つかった、非常に鍛えられていて精悍な面構えの男達だ、かなり武器も使えると見抜いた。
荷役人をやらせておくにはもったいない程だ、だがいろいろ理由があってこの仕事をやっているのだろう余計な詮索は無用だ。
話はすぐにまとまった、彼らは通商路の往復に飽きていて破格の条件のこの話に興味を持ったらしい、明日の出発の予定を教えて気分良く別れた。
そこにギルドを去ろうとした二人をエルヴィスの部下の荷役人集めの担当者が呼び止める。
「エルヴィスさん、13歳の少年が応募してきましたがどうしますか?」
「ラクダを増やす事になった、そちらに人を回すのでそいつに雑用をやらせるかラウル?」
「そうですね、使えない様なら空荷を返す時に街に戻せばいいですかね」
「これで定員を満たしたな、あとはラクダだ」
「明日予定通り街を出る事になった、そいつに伝えておけ」
担当者に命令すると、二人は今晩の宴会の相談をしながら荷役人ギルドを去って行く。
その二人を背後から刺すように見つめる視線があった。