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アルシラの港

眩しいほどの陽射しと、磯の香りを乗せた浜風が男の頬を撫でる、男は桟橋(サンバシ)接舷(セツゲン)した船の上から久しぶりの街の景色をながめた。

ここアルシラは大きな古い港街で幾つもある桟橋(サンバシ)に大船が何隻も停泊している。


町並みは全体的に白と薄い黄色が目立った、強い陽射しから住人を護るために壁も屋根も白味が強いのだ。

その白さと紺碧(コンペキ)の空が美しいコントラストを成していた、空気が乾燥しているせいで雲も少なく陽射しがとても強い。


「やっぱあちーぜ」


その旅姿の男は若い、日に焼けて特徴的なあごひげが目立つ、中肉中背だが只者ではないふてぶてしい空気をまとっていた。

そして腰に細身の軽く歪曲した片刃剣を佩いている。


船員たちがもやい綱で船を固定しようと忙しく走り回っていたが、やがて船長の命令でタラップが渡された、じれるように待っていた乗客達が我先にと次々に陸に降りはじめる。


男は背後を振り返えり大声を上げる。


「おいケビン行くぞ?」


船倉から一人の男が荷物を抱えながら慌てて上がってきた、20代ほどのあまり賢そうではないのっぺりとした顔の若者だ。


「エルヴィスさんまってくださいよ」

エルヴィスを見つけてあたふたと甲板を走り寄ってくる。


「船が二日遅れたんだ、のろのろやっている場合じゃねえ、ラウルと合流を急ぐぞ」


エルヴィスと呼ばれた男はさっさとタラップを降り始めた。


タラップを降りるとふと背後から強い視線を感じた、ここまで乗ってきた三本マストの帆船を振り返るがその感覚はそれっきりだった。

鼻をつく刺激的な臭いが漂ってきたのでそちらに気を取られる、倉庫の前で船大工達がピッチを温めている。


港には関所が設けられ船客は総てそこに向かって流れ行く。

そこに衛兵の詰め所が設けられ『アルシラの街へようこそ』と書かれた看板が門に掲げられていた、警備兵が怪しい者を調べているが形式的で簡単に二人は通る事ができた。


この街の西を流れる大河の対岸に砂漠が広がっている、その先の高原地帯にエスタニア大陸を南北に分断するアンナプルナ大山脈が人を阻むように立ちふさがっていた、今回の仕事はそこになる。


周囲には街で休息をとるためはしゃいでいる水夫たちの姿が目立つ。

彼らがこの街に富を落としていた、アリシアの西には大山脈を越えた西エスタニアまで良港がない。

そして大山脈の南端が大きな半島になって南の大洋に突き出している、それを迂回する航路はエスタニア大陸周回航路の難所の一つになっていた。

風と潮に流されると二度とエスタニアの大地を踏むことができなくなると船乗り達に恐れられている海の難所だ。

この街で必要な物資を補給し船を整備し船員を休息させるのは常識だった。


街に出ると二人はたちまち人々の雑踏に飲み込まれた、忙しげな旅人や休暇の水夫達が街を行き交う、街の狭い路地には露天と屋台が所狭しと並び野菜や雑貨を売っていた。

屋台や露店を覆う屋根の布が色とりどりで、売り物の色彩も豊かでまるで色の洪水だった、それを強烈な陽射しが照らしている。

路地の裏から聞こえる子供の喚き声がうるさい。人の群れの中に婀娜っぽい女達が交じっている、歓楽街の酒場の女や娼婦達だ。

土産物屋らしき男が船客らしい者を見つけてはしつこく声をかけていた、旅人達はそれを慣れた様子で振り払う。


エルヴィスはこの街を何度も通過した事があった、そしてここで取引を行った事も何度も有った、エルヴィスは慣れた様子で港街の雑踏の中を進んでいく。

荷物を持ったケビンは人混みに混じり遅れ気味になっていた。

そのケビンが突然情けない叫びを上げた。


「うわぁああひったくりだ!!」


エルヴィスが振り返るとケビンは情けなくも石畳の上に尻もちを付いている、素早く逃げ去る少年の後ろ姿が見えた。

貴重品や重要な物は自分で身につけている、だがナメられるのは許せなかった。


「お前はここから動くな!」


素早く人混みの中を縫うように少年の追跡を開始した、エルヴィスは凄まじく俊敏で速い、少年も素早いがすぐに間を詰める、背後を確認した少年の顔が追いかけてくるエルヴィスを認めて驚きに変わる。


少年は10代前半といったところか、黒い短い刈り上げた髪に、整ったそれでいて鋭い剣呑な顔をしていたがそれが驚きに歪んでいた。

エルヴィスは不敵に笑った、自分も都会の下町いやもっと程度の悪いスラムの生まれでそこで育ったのだ、摺りや追い剥ぎじみた事をやって生き延びてきたのだから。


少年が脇道に飛び込んだ、エルヴィスはそれを追うそして角に入った瞬間金属の音がなり響いた、その音は金属が硬い石に当たる音に変わった。


「おいおい本気で殺る気かよ」


エルヴィスは鼻で笑った、投げナイフの攻撃を予期して同じくダガーで弾き飛ばしたのだ、予測していたとしても彼の運動神経も視力も並ではない。

路地の奥を見ると樽や箱が積まれ塞がっていた、樽や箱は新しい木材の色をしている、最近積まれたものなのかもしれない。


少年は背後を見てからエルヴィスに向き直った、彼の目には驚きも怯えも無いただ挑戦的な戦意と殺意に満たされていた。

懐から短剣を抜いて構えた、自己勝手流な構えだが実戦なれしているとエルヴィスは即座に見抜いた。


少年は明確な殺意を持って襲いかかって来た、だがエルヴィスの顔から笑みは消えない。

その突きを見切り二の腕を掴むと手刀で手首を打ち短剣を叩き落とした、そのまま後ろ手にひねり少年を路地の石畳に抑え込んでしまった、

その流れるような動きに一歩の無駄もなく速い。


少年は苦痛で呻いた。


「さあ返してもらおうか」

エルヴィスは手慣れたもので少年の懐から財布を取り出して地面に投げた、そして片膝で少年の背中を押さえつけると財布を確認する。


「これはひでえ、くたびれ儲けだな走りまわっただけ損だぜ」

財布を回収し中身を確認して落胆したエルヴィスは総てに興味を失った様に路地からさろうとした。


「お前なんなんだよ!」

後ろから鋭い少年の声が空気を裂いた。


「おれは警備兵でも自警団でもねえよ、勝手にしろ」


エルヴィスは鼻で嘲笑うと荷物持ちのケビンに合流すべく歩き去って行く、少年をわざわざ除去すべき相手とは思わなかっただけだ、すでに少年への興味を失っていた。


その去りゆく後ろ姿を暗い目で少年は見ていたがやがて動き出した。









アルシラの繁華街の外れに品の良くない酒場がある、夜になると半裸の女達が舞台の上で踊りを披露する。

客と話がつけば踊り子は客と共にどこかに消えていくそんな酒場だった。

その酒場の一室の扉が開かれた。


「よおラウル遅れたすまねえ」


部屋の中には五人の得体の知れない男達がたむろしていた、だが単なる無法者とは言えない雰囲気を皆纏っている、街の下町を仕切る無法者とは明らかに人種が違うのだ。

彼らは傭兵じみた空気を帯びていた、だが軍隊とも違う独特の雰囲気を持っていた。


部屋には奇妙な用途不明の小道具が並べられ彼らは手入れをしていた様だ。


「エルヴィス無事だったか、遭難したのかと思って心配したぞ」

逞しい男が作業の手を収めて訪問者を笑いながら見上げた。

男は大柄で無駄なく鍛えられていた、年齢は20代半ばだろうか、浅黒く日に焼けていてどちらかと言うと整った容姿をしている、どこか人懐っこい笑みを浮かべている。


「すまねえ風が死んで遅れたんだ」


エルヴィスはアルムトに急用ができて仲間と別れて船旅でアルシラに向かったが二日程遅れてしまった。

他の者達も彼の無事を祝って挨拶したがすぐにそれぞれの作業に戻ってしまった。


ラウルは作業を止めて立ち上がる。

「そうだエルヴィス、荷役人(ポーター)がなかなか集まらねえ」

エルヴィスはそれに疑問を感じた、ここには航路だけではなく砂漠超えの西エスタニアに向かう商隊路がある、この街に荷役人(ポーター)がいないはずはないがすぐに理由に気づいた。


「アンナプルナの調査だからか?」

「そうだ、契約期間は最長50日で賃金もかなり割り増しだが、決まった通商ルートじゃ無いからみんな尻込みしていやがる」

盗賊団の脅威は通商ルートからはずれた場所ではむしろ少ないが、失われた山岳民族の伝説や山脈の怪異の噂は多くの人々に恐れられていた。


「ところでペンダビアの奴らは来ているのか?奴らが雇い主だぜ」

「昨日この街に来たよ、もっと早く来やがれだ、いけすかない連中だぜ?」


隣国のペンダビア王国は古くから魔術で名をはせた古い王国で、ここラムリア王国と同様東エスタニアでは最古の王国の一つだ、ロムレス帝国末期にはすでに街があったと言われていた。

彼らが今回の調査にエルヴィス達を雇ったのは、発掘能力は当然だがこの地域に経験が深いからだ、必要な物資の見積もりなどは砂漠や山に慣れた彼らでなくては不可能だった。


「ところで奴らはまだ正確な目的を教えないのか?」


「そうだよ、機密保持の為に街から出てから教えるだとさ、ふざけていやがる」

「正確な情報を出さねえと見積もりもできねーだろ、いくら条件が破格だとは言え」


「ポータだが雇う条件を甘くするか?エルヴィス」

「質が低くても砂漠に出ちまえば下手な事はできねーか」

彼の笑いはどこか酷薄だった、それにラウルはうなずく、砂漠に出てしまえば下手に物を持ち逃げしても遭難するのは確実だった。


「さて、来てすぐだが奴らに顔を通しておくか、ラウル案内を頼む、俺は奴らの交渉人としか会った事ねえんだ」

ラウルとエルヴィスがさっそく部屋から出ると用心棒が一人ついてくる。


「エルヴィスさん荷物は部屋にいれておきます」


後ろでケビンが店の男に案内されあたふたと階段を昇っていった、二人は振り返りもせず酒場の入り口から街に出ていく。








アルシラの街の西の端に沿うようにラムリア河が流れている、その対岸は砂漠が広がりそのはるか先にアンナプルナの山嶺が聳えているはずだ、だがここからではその頂きを見ることはできない。


ふと蜃気楼にアンナプルナの峰々が映る事が有るとベテランの荷役人(ポーター)が教えてくれた事を思い出した。


エルヴィスはラウルの案内で河を渡る橋の近くにある程度の良い宿屋に向かう。

この宿屋の事はエルヴィスも知っていた。

ここにペンタビアの調査隊が宿泊している。


すぐに深緑のラムリア河と大きな木造の橋が見えてくる、雨期になると氾濫を起こすことがあるため木造のままなのだ。

この広場は砂漠の旅に出る商隊が集合する場になっていた。

広場を囲むように宿屋や雑貨屋や食料品店と武器屋が立ち並んでいた。


広場にいた小規模な商隊が今まさに出発しようとしていた、このルートは古くから開かれた路で一般に信じられている程危険ではなかった、この路はオアシスや小都市や村を結び、大山脈の峠を抜けて西エスタニアに通じていた。

船の方が遥かに大量に早く安く運べるが季節によってはこちらの方が遥かに安全だった。



宿に入り二階に上がると階段の上でラウルが向こうの警護の者と交渉を始める、どうやら宿の二階全体を借り切っている様子だった、そして二人はすぐに奥に通された。


案内の者に従い油断なく警備の男たちを観察した、彼らは貴族の舘や公的機関の警備をするような人種ではない、彼らから傭兵に近い臭いを感じ取る。


そして通路の奥の使用人の控え場に女性の姿を見つけ驚いた、彼女は長身で細身で上等な革鎧で身を固めていた。

黒い肩までの切り揃えた髪と少し丸みを帯びた日に焼けた顔が美しい、そんな彼女が今回の探検に同行するのかと訝しんだ。

彼女が何気なくこちらを見た、エルヴィスが微笑むと彼女は向こうを向いてしまった。



ちょうどそこで案内人が大きな扉の前で止まった、そしてすぐに中に案内される。


その部屋は小さなパーティが開けるほど広い、その部屋の真ん中に大きなテーブルが置かれていた。

そのテーブルにローブ姿の魔術師の姿が三人と学者のような身なりの男が二人そして見知った交渉人の男がいた。

彼らの前に書籍と資料の山がある、どうやらここが彼らの事務室になっていたのだろう。


交渉人の男は立ち上がりエルヴィスに目で挨拶したのでそれに一応目礼を返す。


そして素早く全員に視線を流した、中央の奥に座る魔術師はかなりの身分と思われ威厳のある装飾品で身を固めていたがこの人物が依頼者側の現場の責任者だろう。

初老の男で不機嫌そうな性格が染みでるかのように顰め面をしていた、そしてエルヴィスを蔑む様に睨みつけてきた、これでラウルの忠告を思い出した。


その左側に二人の魔術師が並んで座っている、そこで内側の魔術師が若い女性だと気がつく、色白で細面で目はアーモンドのようなエキゾチックな美貌だが表情が読み取りにくい。


確かに女性が魔術師一人だけでは問題になる、ならば女性の護衛か使用人がいてもおかしくないと納得した、魔術師は基本的に特別扱いになる。

もうひとりも魔術師らしいが顔をベールで隠し顔も性別もまったくわからない、魔術師は僅かに力が漏れ出している者が多いが、この人物は巧みに力を抑えて込んでいる。


そして尊大な魔術師の右側には壮年の痩せた男が落ち着き無く座っていた、彼は学者でその隣の若い男はその助手だろう。

エルヴィスは仕事の性質から学者や魔術師には慣れていた。


交渉人の男が立ち上がり進み出ると一同にエルヴィスを紹介する。


「皆様こちらが遺跡探索の組織を率いるエルヴィス=コステロさんです」







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