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闇の中の子供達

その夜の異変はハイネ市民に長らく語り継がれる事になる。


異変は深夜の倉庫街から始まった、白い濃霧が広範囲にわたって街を包み、まだ寝床に入っていなかった人々がその霧の中で意識を失って倒れてる。

そしてハイネ城市の東を南北に走る丘陵地帯で謎の大爆発が生まれた、火柱が天高く昇り爆風でハイネの東の新市街が大きな被害を受けた。

その轟音は広大なテレーゼ平原に広がり、リネインやラーゼの街まで聞こえた。


その騒ぎの中で南西区の小さな宿屋で起きた事件に関心を示すものなどいなかった。

住み込みの少女の姿が宿屋から消えたのだ、そして不思議な事に二階に宿泊していた二人の少女の姿も消えていた。

大爆発に気を取られ少女が消えたのにしばらく気づかなかった、宿の主人夫婦は少女が好奇心に負けて野次馬に出かけたと思い込んでいたのだ、だがいつまで待っても戻らぬ少女に慌て始める。


二階の二人の客の失跡はいつまでたっても下に降りて来ない二人に不審を感じた主人が部屋を改めてはじめて発覚した、二人の少女は忽然と宿屋から姿を消していた。


二人の客の失踪と小間使の娘の失踪を結びつける者はいたが、あの大爆発と関係付ける者はいなかった、そして宿屋があの濃霧の中心に近いと後に判明する事になる。


調査にあたっていたハイネ評議会の調査委員会が一月後に原因を発表した。

爆発の原因は地の底に眠っていた古代の魔術道具の暴走であり、暴走の前兆として市内に濃霧が生まれたと。

その頃には街は落ち着きを取り戻していた。


庶民にとって何らかの理由が説明されるなら問題はなかった。

被害にあった者達で無いのなら、何かの不吉な前兆でなく、悪意を持った何者かの攻撃で無く、神の様な何者かの怒りで無いのなら関係はなかった。

すでに終わった事故ならばなおさらだ、テレーゼの人々は人災に慣れ感覚が麻痺していた。


人々はそうして少しずつ日常に帰って行く。


だがやがてハイネで不思議な事件が相次いで起きはじめた、大きな事件は少ないが静かに地下水の様に不安が広がって行く、やがて古老たちが声を潜めながらテレーゼ内乱前夜の雰囲気に似ていると密かに語り始める事になる。







「おはよー」

ベルが二階から寝ぼけながら居間に降りてきた、キッチンの方からコッキーが挨拶を返してくる。

「おはようなのです」

ホンザが居間で薬草茶を湧かしていた、居間にハーブの臭いが漂っていた。


「ホンザ大丈夫?」

ソファで寛いでいた老魔術師は半分居眠をしていたようで慌てて姿勢を正した。


「なんとかな、今日は魔術陣地に魔力を注ぐのと休息に一日費やす予定じゃ」

「アゼルは寝ているの?」

「そうじゃ今日はゆっくり眠らせてやれ」

外からルディが薪を割る音が聞こえて来る。


「お嬢さんはどうなんじゃ?」

「うん?大丈夫だよもう傷もなんともないけど、疲れた」

ホンザはホホホと笑った、ベルはそれを聞きながらソファに深く腰掛けた。

ホンザが木製のカップに薬草茶を注いでベルに勧めてくれる。


「あの娘どうなったんだろう?」

「マフダだったかな、お主らとどんな因縁があったのじゃ」

「何度か話した事があるだけだよ、南の聖霊教会のサビーナさんの知り合いなんだ、あの白い吸血鬼の友達らしい、そしてコッキーが死霊に操られ人を切った所をあの娘に見られた」

「ああ、あの娘だったのか、偶然街の中でルディガー殿とアゼルが奴らの計画に気づいたわけだな」

ベルがそれにうなずいた。

「結局奴らを倒せなかったしあの娘も助けられなかったけど、あれがなければ僕たちが知らない内に攫われていたと思う」

ホンザもうなずいた、ルディ達が魔術街で彼らを見つけたのは奇跡的な偶然からだ。


「しかしあの化物は想像を遥かに越えて凄まじい力を持っていたな」

ホンザは昨晩の戦いを思い出したのか首を横に振った。

「アイツを倒さないともっと被害者が増えていく、アイツが総ての黒幕だと思う?」


「あれだけの者が人の下につくとは思えぬ、セザールですら勝てまい」

ベルも二人を比較して納得したのかうなずいた。


そこに扉が開きルディが戻ってきた、扉から青みを帯びた朝の光がエントランスに射し込んでくる。



「ベル起きたか?」

『起きたかベルサーレ、ご苦労さまじゃったな』

「ルディ、アマリアおはよ」


『しかしあやつは災害級の出鱈目な力を持っておったな、そしてまだ底が見えておらん、お主が言う通りに元凶としか思えぬ』

ベルの言葉は聞こえていたらしい。

「力を持っているのは確かだが、何かがふに落ない」

ルディが思案げに首を軽く振った。


「いずれにしろテレーゼの死の結界を破壊するには、彼女と対決する事になると思います、彼女がこれと無関係とは思えません」

ちょうどアゼルが扉を開け居間に出てきた。

その後ろからエリザがちょこちょこと付いてくる、小さなエリザはこの屋敷にきてから怯えていたがだいぶ慣れたようだ。


アゼルがテーブルに革袋を置いた。

「無駄になりましたね」

そして一人がけのソファに腰を降ろした。


「まさかあれ?」

好奇心にかられたベルが中を覗いで渋い顔に変わる。

ベルが革袋の中身をテーブルの上にこぼした、中から吸血鬼が嫌うとされてる小物が出てくる。

銀のアクセサリーや香辛料や果実や聖霊教の儀式で使う清めた水の瓶だった。


「本当に嫌いかもしれないけど、とてもあれを倒せる気がしない」

『じゃの』

「ああ、そうだな」


そこにコッキーがキッチンから顔を出す。

「皆さん朝食の準備ができましたよ!」

一同立ち上がりキッチンに向かう、全員どことなく足が重い。


「食事の後でハイネを確かめに行こうか、あの爆発の被害を確認したい」

先頭を進んでいたルディが皆を振り返った。







ハイネの中心部に広い広場があった、この周囲にはハイネの有力な商会の建物、ハイネ評議会の建造物、魔術師ギルドが広場に面して集まる。

その中でも最新の技術と建材で建てられたコステロ商会の本館がひときわ異彩を放っていた。

その三階の広場に面した一室がコステロの会長室だ。


コステロはそこで本館支配人のクレメンスの報告を受けていた。

部屋は昼前だと言うのにカーテンが閉じられ薄暗い、会長のコステロは光過敏症と言う触れ込みで室内でも遮光眼鏡を外さなかった。


「会長、では昨日の爆発は真紅の淑女様によるものだと」


巨漢のクレメンスの語尾が震えていた、四十代半ばの本館支配人は魔術師ではないが上位の魔術師を何人も知っていた、彼の知識と常識がありえないと訴えている。

それはコステロ配下の魔術師達の意見と同じだ、数十人の上位魔術師の力を総て合わせてもあの大爆発を起こすには足りないと。


「間違いない、本人からやりすぎたと言って来たよ」

「まさかここまでのお力をお持ちとは」


「これを適当にごまかさねえとな、魔道師の塔やバルタザールと話しをつける、あとは評議会を黙らせるか」

「魔術師ギルドが納得しますかな?」

「それはセザールやバルタザールの仕事だ、俺達は評議会を黙らせるのが仕事さ、お前は俺たちの関係部署の被害を良く調べてくれ、東の新市街が特にやられているからな」

クレメンスは一礼すると部屋から退去していった。


クレメンスが持ってきた報告書を改めて確認する、そこにはハイネ市が受けた被害の概要が纏められていた。

時間が経てば更に詳しい状況が明らかになるはずだが。



「街の真ん中でやられたらハイネが壊滅するな」

コステロは苦笑いを浮かべた。


「とんでもないのを拾ってしまったな、なあドロシー本当にお前は永遠を俺にくれるのか?」


葉巻煙草をケースから取り出し火を付ける。

煙草は最近栽培が始まり大きな商売になりつつある、ソムニの樹脂の有毒性がエスタニアの多方面で問題になりつつある今、ソムニだけに頼っているのは危険だった。


コステロは遠い昔を思い出していた、もっと若かったころ遺跡や墓所を盗掘し貴重な遺物を引き上げる稼業をしていた頃の記憶だ。

貴族や好事家や魔術師や犯罪組織を顧客にしていたがいろいろ後ろ暗い商売だった、宗教的な聖地とされる場所も多く盗掘者は地元の民の憎悪の的になった物だ。


この当時のコネが今のコステロ商会の基礎となっていた。

ソムニの実も南洋の大きな孤島の調査で高地の山岳民が栽培していたものを見つけたものだ、異教のシャーマンが神の声を聴くために使っていた。

それまでは触媒として僅かに利用されていたが、非合法の海賊商人達が命がけで彼らから手に入れた物しかなかった。

それを強引なやり方で総て奪った。


ソムニを本格的にビジネスにしたのは若きコステロだった。



エスタニア大陸の中央に(ソビ)えるアンナプルナ大山脈の奥地に秘められた幻の湖の探索、それがコステロが受けた最後の遺跡調査になった。


「あの旅で俺はあいつと出会った」


最初はペンタビアの魔術師グループからの依頼と聞いていた、だがそれは予想外に大掛かりな仕事だった、依頼者はある物に強い関心を寄せていた。

その時からだ不老不死に取り憑かれた300年前の狂気にかられた魔術師の存在が浮かび上がってきた、奴らは死霊術の原型になる魔術の研究に深く関わっていた。



執事がコステロを呼ぶ声が聞こえる、それが回想から彼を呼び戻した。


緊急会議の為に集めたファミリーの幹部たちが本館に集まった知らせだ、コステロは葉巻の火を消すと豪奢な椅子から立ち上がる。








光一つ無い暗黒の部屋の中から、楽しげな少女達の取りとめのないおしゃべりだけが聞こえてくる。

「マフダそのお洋服素敵でしょ?」

「うん、こんな綺麗な服着たことなかった、手触りが素敵ね何なの?」

「えーと」


「それは絹よマフダ」

闇の中からドロシーの声が聞こえる、ささやかでなぜか何処までも通る不思議な美声。


「ドロシー私が教えて上げるの邪魔しないで!」

「エルマ知らなかった」


「これが絹なのね、初めて触ったわ・・・」

闇の中で踊るような靴音が聞こえてくる。


「そういえばマフダはアイツラとどんな関係だったの?」

「薄い金色の肩までの髪の娘いたでしょ?」

「あの蛇女ね!!」

「あの娘がジンバー商会の人を斬り殺したの、それを見てしまって」

「やっぱり凶暴なのねアイツ」

「とても怖かったわ、ジンバーの人達意地悪で威張っているから嫌いだったけど、あの娘って死んだ魚みたいな目をしていたんだもの、他の人達はあの娘の仲間であの娘を探していたのよ」

「でももう怖いものなんてないわ、ここにいればね」

「うん」


そこでヒールの硬い乾いた音と安楽椅子が軋む音がする。

「少し外に出る」

繊細で小さなドロシーの声はなぜかとても良く聞こえた。


「えっ?ドロシーどこに行くの?」

「このお屋敷に結界を張る、これからは私が結界を貼るもうここは知られてしまった」

やがて扉が開く音が響くと、廊下の光が真紅のドレスと真紅のボンネットを深く被った女性の姿を照らしだした、だがそれも一瞬の間に闇に閉される。


やがて外で小さな騒ぎが起きる。



「そういえば変ね、のども渇かないしお腹も空かないわ、エルマもそうなの?」

「一月ぐらい飲まなくても食べなくても平気よ、でも時々血が恋しくなるわ、そのときは差し入れがあるから心配しないで、勝手に狩りをしたら怒られるから、ドロシーは普段はああだけど絶対に怒らせてはだめよ?」

「わかったわ」


「ねえ私達ずっとここにいるのかしら?」

「夜になったら私達の時間よ、遊びに行きましょう、あともっと大きな部屋をもらえるみたい、貴方のベッドも用意してくれるそうよ」

「うれしいわ、エルマのベッドこんなに綺麗なんですもの、蓋の模様も上品ね」


「女の娘っておしゃべりして良く飽きないよね?」

割り込んで来たのはうんざりした調子のヨハンの声だ。


「あらヨハン、そこにいたのね、すっかり忘れていたわよ」


エルマはキャラキャラと笑った、つられてマフダも少しおとなしめにウフフと笑った。

その後は子どもたちの騒ぐ声だけが闇の中から聞こえていた。


もう子供達は永遠に光を必要とはしない。






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