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マフダの宿屋

奇妙な三人組が消え去った十字路の角をマフダはしばらくの間じっと見詰めていた。


「お嬢さん、彼らと知り合いかな?」

突然後ろから話しかけられてマフダは跳び上がりそうになるほど驚いた、慌ててふりかえって更に驚く。


とても背の高い男の人がいたからだ、逞しく鍛えられた体と浅黒く日に焼けた端正な美貌、それでいて気品が有って涼し気な空気を纏っている。

身につけた装備は使い込まれていたが高価で実用的な物だとなんとなくマフダにもわかった。

そして背中にとても大きな荷物を背負っている。


その優しい目に見つめられている内に心が落ち着いてきた。


この男の人に会った事がある様な気がした、そして彼の背後にもう一人背の高い男の人がいた事に今更ながら気づいた。

その人は青い魔術師のローブを着て眼鏡をかけた神経質そうな若い男の人だった、良く見ると繊細でとても美しい容姿をしている。

なぜすぐに気づかなかったのか不思議でならない、思わず小首を傾げてしまう。


「あの、もしや前お会いした事ありますか?」


「人を探していた時にお嬢さんと話した事がある」

「やっぱりそうでしたか」

「俺たちは行方不明の孤児院の娘を探していた、覚えているかな?」

「孤児院ですか!?そうだ今の変な人達に聖霊教会の場所を聞かれたのよ!」


そこで改めてお互いに名乗り合った。


ルディの後ろに控えるように立っていたアゼルがマフダに近づく。

「私達は街で行方不明になった子供達と消えた聖霊教会の修道女の方々の行方を調べているのです」

アゼルの話にルディが合わせる。

「うむ、あの三人と君が話していた事を教えてくれないか?どんな細かな事でもいいんだ、我々は誘拐組織を調べているんだ」

マフダもいろいろな調査を商売にしている探偵と言われる人達がいる事を知っていた。


「探偵の方ですか?ええたくさん子供が行方不明になっているんです、私のお友達も!!」

「どんな子かな?」


「私のお友達も修道女様と顔見知りよ」

「もしや修道女様のお名前はサビーナ様かな?」

「良く知っているわね」

「ほう、ならばお友達の名前はエルマかな?」


「まあ知っているのね?さっきの一人がエルマのような気がなんとなくしたの、でも怖くて追えなかった」

「なんだと!」

さっそくどんな会話をしたのか話そうとして困ってしまった、聖霊教会への道のりしか話していなかったからだ。

他に気になることを思い出そうとした。


「あっ!あの人赤い靴を履いていたわ!」


「あと変な事言ってたのよ・・『合格』って」

合格?ルディの口がそう動いた、細い男の人と目配せして小首を傾げている。

マフダにもわけがわからない、合格の意味を考えると気味が悪い。


「俺たちはあの三人を追っているんだ、もう行かなければありがとうマフダ」

そう言い残すと二人は南の方に去って行ってしまった。


「掃除をしているとかならず変な事が起きるんだから」

マフダはゴミを片付けると逃げるように宿の扉に飛び込んだ。


ルディとアゼルの二人は倉庫街を南に向かい南西門を目指していた、南の聖霊教会に行くにはこの門を通るのが一番近い。

「奴らは南の聖霊教会で戦った真紅の化物だ、まさか昼間から動けるとは!」

「殿下しかし三人いましたね」

「ああ、あとから増えたのなら由々しき事態だ、アマリア殿が言っていた不死の軍勢を作り始めたのかもしれん」

「ならばマフダを狙っているのでしょうか?」

「その可能性は非常に高い、とにかく急ごう奴らを見つけるぞ」

ルディとアゼルは足を急がせた。


やがて旧市街を囲む城壁の南西の城門を通過した、しばらく新市街の道を南下してからルディが立ち止まる。


「奴らの姿も瘴気も虚無も感じない、どこにいる?」

「殿下、聖霊教会の跡まで行ってみましょう」

二人は南の聖霊教会を目指して再び歩き始めた、結局妖しい白いローブの三人の姿を見つけることはできなかった。






その日の夕刻、マフダの住み込んでいる宿も夕食の準備に忙しくなる、宿の入り口の小さなカウンターで店番をしていた店主は長身でがっしりとした厳しい男でその目つきもするどい。

そこに見慣れぬ若い二人組が入り口を潜る。


「いらっしゃい」

「こんばんわ部屋あるかしら?」


店主は二人を見て少し驚いた。

一人は珍しい長い銀髪の女性で庶民的な格好をしていたがどこか品が良く訳ありだ、もう一人は小柄なくすんだ茶色のローブの少女で深く被ったフードから淡い金髪が覗いている、戦災で火傷を負ったので顔を隠しているんだと銀髪の少女が店主にささやいた。

小柄な少女は彼女の妹で暫くハイネに滞在予定だと話した。

何か事情がありそうな二人だった。


二人は二階の小さな部屋を借りた。

店主は何も言わずにうなずくと怪しい銀髪の娘から宿賃を受け取り鍵をその娘に手渡した。


二人はさっそく二階に上がると部屋を改めた、そして小さなベッドに並んで座る。


「綺麗な部屋だけどベッドが一つしかありませんよベルさん」

「この部屋しか残ってなかった、小さな宿屋だからね」

「でも一緒のベッドなんてワクワクします」

「ええ?そうなの?」


「ところでマフダって娘の部屋はどこなのです?」

「たぶん一階だよ」


「顔を見られるのは良くないです?」

「うん、ジンバーの奴らを切った所を見られているんだ、コッキーは覚えていないと思うけど」

「ご飯は部屋まで持ってきてもらうのです?」

「火傷を見られたく無いから部屋で食べるって事にするんだ、運ぶのは僕がやる」

「お手数かけるのですベルさん」

「気にしないでローブを脱いだらまたショールを顔に巻いてね、だいぶ見えにくくなるから」

「わかったのです、でもアイツ来るでしょうか?」


「真紅の怪物?」

「白い生意気な女の娘ですよ、またキノコにしてやるのです!!でもどうやって復活したんでしょ?」

ドロシーがエルマを一度灰にして復活させた事までは想像の埒外だった。

「わからないよ吸血鬼らしいし、体も適当なんだよ」


コッキーはローブを脱いで部屋の壁のハンガーに掛けると今度はショールを顔に巻き始めた。

ベルは武器をテーブルの上に置くと手入れを始めた、アマリアからもらった魔剣をかなり気に入っていた。

グラディウスのほうが好みだが耐久性と切れない物が切れる魔剣はどうしても必要なのだ。

剣の手入れが終わると横で寝ているコッキーに目をやった。


「コッキー何か食べたい物ある?」

「日替わり定食でお願いします、好き嫌いは無いのです」

ベルは僅かに眉をピクリとさせたが。

「わかった行ってくる」



ベルが宿の小さな酒場に降りると、稼ぎ時なのか店は賑やかだった、常連らしき客と料理人の会話からどうやら店主の奥さんが料理人を兼ねているらしい。

狭い酒場だが雰囲気は非常に良かった。


「おすすめ定食二人分お願い」

「あいよ」

ベルはさっそく小太りの気の良さそうな女将さんに料理を注文した。


その場で小銭をカウンターに置く、料理人は彼女一人しかいない様子だ、厨房の奥で少女が皿洗いや食材の皮むきなどをしていた。

給仕は三十代ほどの女性がしていたが、彼女もこの街の住人の様だ、客との親しげな会話からそれがうかがい知れる。

どうやら皿洗いの少女がマフダだろう背格好も話に聞いた姿に近い。


酒場には奥に向かう扉がある、この向こうに主人一家とマフダの部屋があるに違いない。

「マフダ、油を入れて来ておくれ」

「はあい」

女将さんの指示で少女が焼き物の壺を抱えて厨房から出てきた、そして扉を開けると奥に入って行く。

彼女がマフダで間違い無い。


「おすすめ定食まず一人分できたよ、二人分まとめて運べるかい?」

「大丈夫だよ」

そこにマフダが壺を抱えて戻ってきた、ベルとふと目があう、マフダは驚いてベルを見つめたがすぐに厨房に入ってしまった。


マフダはベルの髪の色に驚いている、ベルを知っている感じじゃないと判断した。

彼女と出会ったのはかなり前の事で髪の色も黒か赤かったはずだ。

ベルは大まかな宿の間取りを掴むと夕食を持って階段を上がって行く。






コッキーは久しぶりに人が作った食事を楽しんだ、ベッドに寝転んで吸血鬼との戦いを思い出していた、白いドレスの少女が血の涙を流しながら全身を軋ませる、だがもう負ける気はしない。

やがて食器を返しに行っていたベルが戻って来る、クラスタ家のお姫様に使用人のような真似をさせていることに不思議な気持ちになった。


「ベル嬢ごくろうさまですわ」

少し気取った感じに礼を言うとベルが吹き出した。

「何だよそれアゼルの口癖みたいじゃないか」

「慣れていないだけですよ、そうだアゼルさん達は何をしてるのです?」

「お爺さんと城の地下の事調べていたよ、骨の破片とか色々持ち帰っているみたい、アマリアのアドバイスもあるからね」

「骨がぶら下がっていた部屋ですね」

「そう、あそこは色々おかしかった、幽界の門が開かない」

「ほんと怖かったです」


「ところで本当に来ると思います?ベルさん」

「わからない、でも街の真ん中だから来るなら深夜になると思う、ルディ達も援護にくるらしい、奴らが来ないなら逆に北の屋敷に攻め込んでやる」


ベルはそう吐き捨てるとベッドにそのまま寝転がってしまった。

「来るなら深夜ですかね?」

「みんな寝静まった真夜中かな」


「ところでベルさん傷は大丈夫ですか?」

「もう塞がったみたいだけど」

「戦いの前です見せてください!」

ベルは一瞬迷ったが起き上がると裾をめくりあげた、コッキーの目にベルの白い背中が飛び込んできた。

その背中に長い傷が無残に斜めに奔っていた、だが傷口は既に塞がり血も膿も無い。

たった一日でここまで治るとは信じられない、コッキーは恐る恐る傷口に指で触れてみる。


「血も出てませんよ信じられないです、もう包帯なんかいりませんね」

「少しかゆいけどね」

ベルはさっさと裾を降ろしてしまった、白い肌の色がコッキーの視界から消え失せる。


少しずつ夜は深まっていく、階段から聞こえてくる酒場の騒ぎも少しずつ静かになって行く、窓から夜の街の喧騒が遠くから聞こえてくる。

誰かが路で歌いだした、それはテレーゼで愛されている国歌と言われる歌だった、ドルージュで聴いたその歌を思い出して二人は僅かに震えた。


ベルが窓の鎧戸を閉める。






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