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外道の魔術師

ルディはセザールの魔術術式が驚異的な速さで構築されて行くのを察知した、焦りが無意識に力を解放させた、感覚が研ぎ澄まされ時間感覚が狂った様に周囲の動きが遅く感じる。


『こやつ術式を同時構築しておるぞ!?』

アマリアの声は驚きの感情に満ちていた、こんなアマリアの声を聞いたのは初めてだ。


コッキーが精霊力を爆発させ棍棒でセザールに殴りかかる、打撃がセザールに届いた瞬間黒い閃光が疾走り彼女もベルとおなじに弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。

セザールから瘴気が吹き出し消えて行く、初めて体験したセザールの防護結界だが攻撃を相殺する型とこれで確信した。

セザールの構築術式は異常に速かった、おまけに最後に詠唱が重なり聞き取る事ができない、そしてほぼ同時に二つの魔術構築が完了した。


突然目の前が白い霧に包まれ五感が失われた、宙に浮いているようなあやふやな浮遊感に包まれた。


この感覚には覚えがある。


聖霊教会の闘いで真紅の怪物から受けた攻撃と同じだった、あの時と同じに生命の反応だけを感じる事ができた。

察知できた命の光の数は五つで前方に強い瘴気が感じられた、この瘴気こそセザールだ。

死霊術師であっても生きている人間は命の光を発する、やはりセザールは生ける者ではなかった。


しかしこのまま攻撃を受けるのはまずい・・・


『どうやって並列詠唱したのじゃ?』

アマリアの声だけが無音の世界で聞こえて来る、これは耳からでは無い心に直接聞こえて来る。


ふたたび霧の向こうから高速で編み上げられる魔術構築の気配が押し寄せて来た、それを妨害すべく収束する力の源に向かって踏み込む、そして直感のまま魔剣を奴に叩き込んだ。


ベルもすでに動き始めていた。


突然周囲の霧が揺らめくと嵐に吹き飛ばされた様に晴れ上がる。

目の前にセザールの姿が見えた、彼の前に棺の様な物体が現れたその刹那、左手側から精霊力の衝撃波と耳をつんざく金属的な騒音に叩かれる、そのまま真横に吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。

そして自分がいた場所を強烈な黒き光の柱が通り過ぎた。

素早く起き上がる、コッキーがトランペットをこちらに向けて構えていた、彼女が神器で結界を破壊したに違いない。


セザールを見ると隣に黒い金属的な光沢の太い柱が立っていた。

高さは人の背ほどで太さは人の頭より太い、黒い円筒の柱の表面が照明道具の灯りを反射している、正体不明だが攻撃すべきか刺激してはまずいのか判断がつかなかった。


「ホンザ様!!」

アゼルの絶叫が上がった。

そちらを見ると石壁に大穴が空きそこから泥水が吹き出している、そこにいたはずの老魔術師の姿が見えない、今の攻撃で消滅したのだろうか?

彼の気配を探るが感じ取れる命の気配は四つだけだった。


「ホンザ殿!?」

思わず叫ぶがそれに応えはなかった。


「今のはなんダ!?幽界帰り、まさか神の器ダとでも言うのか?」


セザールは消えたホンザにまったく興味を示さなかった、彼の口調から冷笑的な響きが消え深い好奇心と探究心すら覗かせる声の響き。

虚ろな眼窩の中で青白く燃える炎の目がコッキーと彼女のトランペットを真っ直ぐに見詰めていた。


アゼルが魔術構築を始める、ベルも得体のしれない円柱を気にしていたが思い切ってセザールに斬りかかった。


少し遅れてルディもセザールに向かって無銘の魔剣の斬撃を叩き込む、防護結界が魔剣を受け止め二人とも弾き飛ばされセザールの防護結界が光揺らめく。

馬鹿の様に同じ攻撃を繰り返しているが防護結界を損耗させるのが狙いだ、だが攻撃の度に弾き飛ばされるせいで魔剣の連撃を加えて防護結界を一気に破壊する事ができない。


そこに氷の槍が命中し防護結界が光輝く。

「攻撃魔術の反射は無いようです!」

アゼルが背後で叫んだ。


これで思索から我に返ったセザールも動き始めた、ルディが起き上がって奴を睨みつけた、セザールの炎の目が苦笑しているように感じられた。


再びセザールの魔術術式の高速詠唱が始まるが並列詠唱ではない、その代わりに先ほどより更に魔術構築の速度が上がっている。

直後に床から滑らかな黒い両腕が現れ、穴から這い上がるように体を持ち上げていく、身長2メートル程のタールの様な人型が床から立ち上がった。


人に似ていたが胴と腕が異様に長く反対に足が短かい、首がなく目も鼻も口も無かった。

それがコッキーに向かって長い腕で抱きしめる様に襲いかかる。


「お爺さんの敵!!どくのです!!」


コッキーが叫ぶと黒い人形を棍棒で叩きのめす、棍棒を受け止めた人形の腕が曲がり歪む、棍棒の勢いを殺しきれずに体ごと床に叩きつけられた。

彼女はそこに凄まじい速さで連撃を叩き込んだ、漆黒の人形は変形し反撃に出る事すらできずに潰れていった。


背後のアゼルが魔術構築を始める、先ほどより大きな精霊力の収束を背後に感じた。

セザールが新たな魔術構築を始めた、今までに無い強大な瘴気がセザールに集まって行く、強力な術が行使されようとしていた。


ベルは正体不明の円柱を気にしながらもセザールに側面から斬りかかる、その彼女を瘴気の槍が迎え撃った。

ベルの防護結界が槍を相殺し光輝やいた、セザールの防護結界も彼女の魔剣を受けとめ輝く、ベルは再び弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。


「魔術道具?」


ベルの呻き声が聞こえてくる、感覚が研ぎ澄まされ仲間達の声が良く聞こえるのだ。

その直後床から無数の茨が吹き出すとセザールに絡みついた、セザールは防護結界が発する煌めく光に包まれた。


「ホンザ殿か!」

「お爺さん生きていたんだ?」

ベルが壁際で起き上がりながら叫んだ。


「『ゲイラヴォルの円陣』」


そこでアゼルの詠唱が完了する。

セザールを氷の槍が取り囲むと中心に向かって突き刺さった、氷の槍が砕ける音と共にセザールはまた激しく明滅する光に包まれた。


「奴の結界が切れた」


ベルの声が聞こえる。


彼女の吐く息が白かった何時の間にか部屋が氷室の中の様に冷えていた。


その直後にセザールの魔術構築が完了すると青白い光が部屋の壁と床と天井を輝かせて消える、同時にセザールの全身がオーロラのような美しい光に包まれそれも消えた。


『アヤツいくつ魔術道具を持っておるのじゃ?』

アマリアの声は驚きを隠さない。


「呆れたヤツラダ、俺の防護結界を捨て身の反復攻撃で潰しタか、ヒトには不可能ダな」


セザールの声はどこからとも無く虚ろに響いてくる、小さなかすれ声のはずだが不思議とよく通る、それがあの真紅の怪物の声を思いださせた。


「初めからこうすればよかったのです!?」


こんどはコッキーがセザールにトランペットを向けて演奏を開始した、セザールの防護結界に波紋が生じトランペットから生ずる精霊力の波長が階段を駆け昇るように高まって行く。

ルディはセザールの青い炎の目から激しい驚愕を感じとる。


「うわーなんですか!?」

コッキーの悲鳴が上がった、足元に転がっていた叩き潰されて不定形の粘土の塊になっていた人型が彼女に伸び上がり巻きついたからだ。

コッキーはそれをねじ切ろうと格闘しはじめた暴れる度に彼女の防護結界がきらめいた。


「そいつは鈍器でハ倒せん、お前は捕らえル」

セザールが嘲るように笑った。


突然金属がぶつかり合う激しい音が響いた、激しい剣戟(ケンゲキ)の音がする方向を見てまたもや目を剥く。

何時の間にか黒い金属質の人形が激しくベルと剣を打ち合わせていた、その姿はベルにとても良く似ていたが顔には目も口も無く表面は光沢のある黒い鏡の様に周囲を映していた。


黒い金属の円柱がいつ変化したのかルディは見落としていた。


「ここは狭イゆえに工夫が必要だ、大技が使えヌ」

先ほど空いた石壁の大穴から吹き出る泥水がいつの間にか止まっていた。


『セザール、お主何をしたのだ?お主には脳が二個あるのか?』


アゼルが息を呑む音が聞こえる。


「さすが精霊魔女アマリア、魔術道具開発の第一人者と言われただけあるな、いかにも人の脳を封じ込めて使っておる」

『なんと言うことじゃ外道に落ちたか、上位魔術師の脳か?』

「その通り、俺を魔術師ギルド連合に売った奴をこうして利用している」

『なんとお前の兄弟弟子で消えた者がおったがそういう事か!』

「今は魔術道具の部品として俺の内にいる、ハハハ」

『おぬし体内にかなりの魔術道具を埋め込んでおるな』

それにセザールが答えようとした時、コッキーが巨大な精霊力を放ち初めた。


体に巻き付く黒い粘土の塊と格闘していたコッキーの体が変容してゆく、肌の色が白を通り越して銀色を帯びた、その肌はヌルヌルとした透明な液体を塗りたくった様に光る。

髪の色も薄い金髪から色が抜けて銀髪に変わって行く。


黒い粘土に巻かれたまま立ち上がる。

彼女の顔も恐ろしく変貌していた、金色の光を放つ目は二周りも大きくなり吊り上がる、口も横に大きく裂けて広がっていた。

彼女の美しい幼い美貌が妖しくも恐ろしい魔物の貌に恐怖を(ハベ)らせながら変容していく。

だがその顔はおぞましくも美しい。


口から細長い先の割れた舌が飛び出ると口の周りをナメた。


彼女の青く輝く爪が人型に突き刺さると小さな芽が生えて急激に成長していく、成長すると共に粘土が乾燥しひび割れ砕け散り泥の山を足元に作った。


『やはり大地母神メンヤの眷属か?』

「なんと長生きはするものダな、俺は心の底から喜びを感じているゾ、だが見ての通りまだまだ片鱗だけか、しかし無機物でも保たぬか」


変貌したコッキーはセザールを睨み据えた、彼女は何か言葉を紡ごうとしていたが言葉にならない。

人の言葉を話す事ができないのだろうか。


「つちにかえす・・・」

それはその場にいた者全員の心に聞こえた。


「世間話は終わりダ」

セザールが右手をコッキーに向かって伸ばす、次の瞬間爆音が生じコッキーを衝撃が叩きのめす、壁に叩きつけられたコッキーは投げつけられたパン生地のように壁に張り付いた。

やがてニヤニヤしながら壁から剥がれ落ちる、そして一呼吸をすると体が元に戻っていた。


「ふむ報告にあった通りカ、始末に終えぬ」

セザールがまた魔術術式を構築し始めた、瘴気がふたたび収束し編み上げられていく。

再び襲いかかるコッキーにセザールは中断する事無く右手を向ける、コッキーが再び衝撃に弾き飛ばされ壁に叩きつけられた。


ルディもそのタイミングは逃さない、間合いを詰めると魔剣を叩き込む、煌めく光を発し弾き飛ばされたが素早く立ち上がり剣を構えた。


「ミイラいつ防護結界を貼ったんだ?」

ベルが罵倒しながら金属人形と切り結んでいる。


アゼルも魔術術式の構築を始めていた、同時に地面から人の胴ほどもある太い蔦が生じるとセザールを鞭の様に叩いた、ふたたびセザールの防護結界の光がきらめく。


ルディも魔剣を叩き込もうと突進した、その瞬間セザールは右手を向ける、反射とは桁違い違いの衝撃を受け壁に叩きつけられてしまった、己を護る防護結界が激しく輝く。

その直後セザールの聞き取りにくい詠唱が終わると同時にセザールの横に再び金属質の円筒が現れた。


「ホンザめ奴ハ魔術陣地の中か、だがそう長くは続くまい」

セザールが床を見ながらつぶやいた。


「くそ手強い!!」

ベルは自分とよく似た人形と切り結びながら叫んだ、人形の動きは俊敏(シュンビン)でベルの剣戟を良く受けとめていた、だが徐々に人形は押されていた人形に魔剣の傷が刻まれて行く。


「呆れた奴ダ、体力と防御力で人は競い負ける定め、そいつデも勝てぬのか」


ベルと人形の闘いを一瞥(イチベツ)したセザールはそう論じた、まるで研究者が実験動物を分析するようにどこか他人事だ。

今度は床から無数の茨が吹き出すとセザールに絡みつく、セザールは防護結界の煌めく光に包まれ茨が侵食されていく。


「『悠久のユングリングの氷獄』!!」

アゼルの詠唱が完了した。

セザールの全身が氷に包まれ魔氷が成長していく、だが氷の內から光が煌めくと氷塊に亀裂が走って砕け始めた。


「遊んではおれぬ」

セザールはそうつぶやいた。


そしてセザールが二つの魔術術式の並行構築を始める、膨大な瘴気がふたたび収束し編み上げられていく。

氷塊が完全に消え去る前にルディは一気に踏み込みそして跳んだ、セザールの頭の上を越えざまに攻撃を加え背後に抜ける、敵の攻撃魔術の射線を避ける。


跳躍(チョウヤク)し直後に周囲の空間に暗黒の穴が生じ黒い布が吹き出して手足に絡みつく。


ベルが驚いたようにこちらを見上げている、ベルと目が合った彼女の顔は驚きと恐怖に歪んでいた。


「ルディ!!」

そう叫ぶと金属人形の首元に一撃を叩き込んで吹き飛ばした、ベルはそのままこちらに飛び上がり利き腕を縛る黒い瘴気の布を断ち切る、返す刀でそのまま右足を縛る布を切り飛ばす、その動きは人では不可能な速さと正確さを示していた。

己の左手の戒めは自らの魔剣で断ち切った、左足の黒い布は続いてベルが断ち切る。


そしてセザーレの魔術がその直後に完成した、目の前に高速旋回する瘴気の球体が生まれようとしている。


そしてベルの背後から金属人形が立ち上がり剣を振りかぶってベルに襲いかかる。


ベルと呼びかけた、それは言葉にならない。


下に落下しながらベルに手を差し伸べた、彼女が僅かに微笑んだ様な気がした。


ベルの防護結界が光輝くそこに瘴気と金属人形の攻撃が襲いかかった。

すぐに己の防護結界も光を放つ。







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