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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第二章 騒乱のテレーゼ
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鉄拳のアマンダ

 アウラは聖霊教会巡察使団の隊列に戻り行列は再び動き出していた、彼女は自分の言葉に酷い嫌悪をいだいていた、苦し紛れの言い逃れに自己嫌悪が募る。


「アウラ様どうかなさりましたか?」


修道女の一人が心配げに声をかけてきた。

「ごめんなさい、大丈夫よ」



エルニアの港町リエカで生まれたエーリカ=サロマーは英才と謳われ将来を期待されていた、アンスガルの塾でも最優秀だった、だがエルニアでは魔術師としての未来は狭かった、彼女はもっと高みに到達したかった、だが両親は平凡な結婚を彼女に望んだ。


何か未来が閉じていくような焦りと、広い世界に旅立ちたい思いが募り、両親も恩師も初恋も足かせにしか感じられなくなった頃、大公妃の命でアルムトのヘルマンニの送迎使節の話が持ち上がり、彼女なりの計画を立て魔術研究で高名なアルムトへ逃げる事を思いついた。


総てを振り捨ててアルムトで聖霊教会に逃げ込んだ、聖霊教会はいろいろ問題こそあれ行き場を失った者に救済を与える役割を果たしている、そこでたちまち天才として頭角を現した、始めは慣れない生活と勉学に一生懸命で何も考える余裕も無かった。

だが出世し聖女と讃えられるにつれ、次第に罪悪感が募っていく。


(でも、後悔したくない、後悔したら総てが崩れてしまいそう)


未来が切り開かれた今になって後ろばかりが気になるのだから。


(時は解決なんてしないのよ、時がすぎるほど苦しくなっていく、そんな事は一番解っていたのに、あんな事を言ってしまうなんて)


アウラの隣を進む小柄で髪も髭も真っ白な老人がアウラの様子が普通で無いことに気が付いた。


「アウラよ何か悩みがあるのですか?聖女と呼ばれていても貴女は私の弟子でもあったのです、昔のように頼ってくだされ」


「いえ大司祭様たいした事ではないのです」


(ええ、私は怖いのです、勇気が無いのですね、アゼル、お父様、お母様)


その時、護衛の聖霊教会の聖戦士のリーダーが遥か遠くの地平にわだかまる灰色の塊を指し示す。

「あれがリネイン城市です、約3時間ほどで到着いたします」











暁の薄明かりの下、湿原と農地の合間を縫う様に伸びる街道を一騎の馬が駆けぬけて行く、その馬を駆るのはアマンダ=エステーベ、彼女と愛馬はひたすら西に向かって駆け抜けて行く、前方のエドナ山塊が次第に大きくなっていく。


東の空から太陽が昇り始めた。


エドナ山塊はエルニアのバーレムの森の西を南北に伸びテレーゼとの国境を成している、山地はクラビエ湖沼地帯の西で徐々に南西に向きを変えエスタニア南山脈につながる。

道をこのまま進むとエドナのウルム峠を越えてテレーゼのアラセナ旧伯爵領に入る。


だがアマンダは街道から脇道に入っていく。

「ブラス叔父様はこの近くの街道から間道から(キコリ)道まですべて調べていたのね」


アラセナ旧伯爵領は主人が何度も変わり混乱を極めていた、アマンダは混乱を避けリネイン方面に抜けたかった、彼女の持つ地図には馬が進める道が詳細に書き込まれている、この地図は元地図の複製だが、彼女はこの地図の緻密さに感心する事しきりだった。


アラセナ旧伯爵領と呼ばれるのは、5年前にアラセナ伯が家臣に殺され姫を一人残して全滅した、その家臣は姫を(メト)りアラセナ伯爵を名乗ったが、テレーゼの法的にも相続法からも許されるわけもなく、故に彼は僭称(センショウ)伯と呼ばれる事になる。それでも統治は普通に行われていた。


だが去年傭兵隊長と報酬をめぐり対立し、その僭称(センショウ)伯も殺され傭兵隊長が支配者になっていた、更に部下と仲違いを起こし3つに割れ争っている、彼らは統治には無能で苛政が行われていた。

傭兵たちは伯爵を僭称(センショウ)する気も失せたようで、テレーゼ王国の権威は地に墜ち地面にメリ込みつつあった。


最近はクラビエ湖沼地帯に集団で奪略に出てくる者すら現れ始めた、村は半要塞化されているが農地は無防備なのだ。


山道を馬を走らせながらアラセナの盆地を遠くに見下ろす、上からはアラセナは豊かで美しい田園地帯にしか見えない、アラセナはテレーゼの南東の端にあり、エドナ山塊とエスタニア南山脈に囲まれた肥沃な盆地だった。

守りやすく攻めにくい為この地は比較的安定していて平和だったのだ。


脇道に入り何時間進んだろうか?アマンダが地図を確認しようとしたその時だった。


前方から人が争う怒声と断末魔の絶叫と女性の悲鳴が聞こえてきた、アマンダは馬を急がせる、山の中に小さな農地と家が見えてきた、そこに武装した男が3人いて、女性と幼い子供が泣き叫んでいる。

足元には血まみれの男が倒れ、武装した男達は女性に掴みかかり服を剥ぎ取ろうとしていた。


アマンダは口元を歪め更に馬を疾走させる、三人の暴漢が馬の蹄の音に気が付き振り返った時、鞍上(アンジョウ)には誰も居なかった。

その暴漢共の脇を無人の馬が駆け抜けていく、なぜ無人の馬が?と暴漢共が疑問に思う間もなく。

真ん中の男の後頭部にアマンダの重い足蹴りが炸裂していた、男は数メートル吹き飛ばされ顔面から畑に頭をめり込ませた。


アマンダは馬の速力を利用してそのまま空中に跳んでいたのだ。


そのまま何が起きているか把握できていない左側の男のこめかみに、鋼鉄のナックルで保護されたアマンダの拳が叩き込まれた、男は暴風で吹き飛ばされた案山子の様に肢体が奇妙に捻じ曲がりながら舞い上がる。


驚きで目を見開いた最後の男が剣を振りかぶろうとした時には、神速で地を這うように踏み込んでいたアマンダの拳が男の下顎に下から突き上げる様に炸裂、そのままアマンダは拳を天に突き上げる様に空中に飛び上がっていた、分厚い木の板が砕ける様な音がして男は縦にクルクルと高速回転しながら吹き飛ばされて行った。


アマンダは聖職者が(タシナ)む特殊な近接格闘術を極めていた、これは精霊術とも深いところで繋がる格闘術で、瞬間的ではあるが爆発的に力を高め肉体を鋼と化する事ができるのだ。


アマンダに叩きのめされた暴漢達はピクリとも動かなくなった。


女性は乱れた服もかまわず血まみれの男の側に駆け寄った。


「おとうさん!!おとうさん!!!」


アマンダが男の側に駆け寄り仰向けにしてやった、それは初老の男だった、だが彼が負った刀傷を見たアマンダは顔を横に振った、脈を計るが既に事切れていたのだ。

男の子は泣き叫び、女性は男の子を抱きしめなだめる。

彼女が少し落ち着いてきたところでアマンダが初めて声をかけた。


「どうしたのです?」

「あ!!助けて頂いてありがとうございました、お嬢様は?」

アマンダが騎馬であること、その言葉使いから身分のある女性と判断したようだ。


「旅行者です、この国を我が物顔で支配している傭兵共を避けたくて山道を抜けてきました」

「そうですか、彼らはその傭兵の仲間です、下が酷いありさまなので山の中に逃げ込んでいたのですが・・・とてもお強いのですね」

その女性は付近に転がっている元傭兵達を憎しみのこもった目で眺める。


アマンダはできるだけこの母子を怖がらせないように優しい口調で話しかけた。

「貴女には他に御家族はいないのですか?」

その女性は首を横にふった。


「ここにいるのが不安なら、私が来た方向に道なりに進むと、ウルム峠を迂回してクラビエの自由開拓村までいけます、案内したいのですが私はどうしても先に進まなくてはなりません」


「父を埋葬してから、息子とともに逃げようと思います、彼らが戻らなけば仲間が来るかもしれませんから」

どこか諦めたような目をした女性はアマンダに頭を下げた。



アマンダは再び西に向かって馬を疾走らせ始めた、この道を進むとアラセナ盆地を迂回しアラセナとリネインを結ぶ街道に抜けるのだ、騎馬ならば野営をすれば翌日の昼前にはリネインに着くだろう。

徒歩ならば4日以上かかる行程だった。


アマンダが愛馬と共にエドナ山塊を駆け抜けて居た頃、眼下のアラセナの支配者の元を沿岸州のオルビア王国の密使が訪れていた。

現在の城の支配者は僭称伯を倒し成り上がった傭兵隊長のセルディオ=コレオリだった、だがこの男も部下が離反しアラセナの三分の一を支配しているに過ぎない。


密使は30代と思われるが、細面で端正で貴族的ではあったが、油断のならないどこか皮肉めいた笑みを口元に貼り付けていた。


「コレオリ殿の返答を伺いに参りました、オルビアはお三方の和解を求めています」

「それぞれの統治を認める替わりに、オルビア王に臣従せよか?」

「変わりません、コレオリ殿もこのままでは三竦みのままですよ?オルビアの領主として認められ今有るものをお守りになられた方が良いと愚考いたします、我々も他の方々との和解の仲介を進めておりますので、近々その場を設けたいと思います」


コレオリの腹心の男が発言の許可を求める。

「オルビアの国王陛下にはお会いできませんでしたが、宰相閣下からは確約をいただきました」


「わかった和解に応じよう、仲介役をこのまま頼みたい」

オルビアの密使は頭を下げた、その表情は伺い知れなかったが。




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