ハイネ城の地下
「今の合図ですよねベルさん」
「うん」
いつの間にかコッキーも光の網に空いた穴から上半身を城壁の外に乗り出していた、彼女も商館の裏手の光を目撃したようだ。
姿こそ見えないが3つの命の光が動きだすのをベルは感じとっていた、魔術で姿を隠しているが一つはハイネ城の外壁を二つは宙をゆっくりとこちらに向かって登ってくる。
ベルはその力の感触から誰なのかわかる。
ふと人の気配を左手後方から感じた、先ほどの巡回と反対方向に廻る巡回がいるにちがいない。
「みんな巡回がくる!こっちきて」
姿の見えない仲間達に小さな声で呼びかけた。
「わかった」
声だけがそれに応えた。
ベルは城壁の上から外郭の平屋根の上に飛び降りて壁際に身を隠す、続いてコッキーもすばやく壁際に身を寄せる。
ベルの感覚はルディ達三人も平屋根の上に移動したのを捉えた、しばらくすると城壁の上を二人の巡回兵の足音が通過して行った。
「いきましたね」
コッキーが飛び跳ねて巡回の後ろ姿を確認している。
「北西の塔に向かうぞベル先導を」
ベルは平屋根の上に繋がる階段の口から城内に戻る、後ろから仲間たちの気配が付いて来る、そのまま水槽部屋のある階まで降りた。
「誰も近くにいない、ここから北西の塔に向かう」
偵察をして姿の見えない仲間達のいる階段に目を向けた、姿が見えているのはコッキーただ一人。
階段フロアから出ると貯水槽部屋の扉の前を通りすぎる、水の流れ落ちる音が中から聞こえていた。
そのまま北に進むと突き当りの左側の壁にアーチ門が口を開けていた。
「そこが北西の大尖塔ですね」
アゼルの声だけが宙から聞こえてくる。
「ベルここから地下にいけるはずだ」
「うん地図だと地下ニ階まで降りられる、でも今どうなっているのかわからないよ」
アーチ門から中を除くと内部は大きな円筒形で正面に小さな扉があった、中心の太い柱の周りを頑丈な螺旋階段が取り巻く。
中心の柱の直径は10メートルほどもあるが柱の中に部屋がある構造だ、塔の上層と下層がどうなっているのかここからではわからない。
壁の小さな魔術道具の照明が光を投げかけていたが、照明はまばらで螺旋階段の上を薄暗らく照らし出していた。
「ルディこの扉は鍵がかかっている」
ベルは目の前の小さな扉を押してみる。
「いちいち調べる時間は無い下に行こう」
「だね」
ベルを先頭に階段を慎重に下る、こうした空間に罠は無いはずだがそれでも警戒は怠らない。
塔の各階層毎にアーチ門が設けられ城の外郭に繋がっていた、時々遠くから人の気配がしたがそれは遠くすぐに危険は無い。
何層か下ると塔の外壁の様子が変わりはじめる、空気が重くなり湿度が上がり壁の石壁と漆喰が僅かに濡れている。
ベルはハイネ城の北側が水堀になっていたのを思い出した。
「どうやら地下に入ったようだ」
ルディのささやくような声が後ろから聞こえてきた、アーチ門の替わりに鋼鉄の扉が壁を塞いでいる。
『城の地下は倉庫と地下牢じゃったな、懐かしいの』
ルディのペンダントがささやいた。
アマリアの知り合いが地下牢に閉じ込められていたのだろうか?ベルはふと思った。
「鍵とかかかってないけど見てみる?」
トアのレバーを回して動くことを確認したベルが後ろを振り返った。
「ベル危険が無いなら開けて見てくれ」
慎重に扉を押すと滑らかに扉が動いた、扉の手入れは良くされているようだ。
隙間から外を覗くと薄暗い長い廊下が見える、右側の壁に扉が一定間隔で並んでいた、ベルの背後に仲間が群がりベルは眉をひそめた。
「調べてみようか?」
「特に変わった物はないようだ、下に行こう」
「殿下そろそろ隠蔽が切れます」
ベルは慎重に扉を閉じた。
再び動こうとしたベルが急に動きを止めたそして上を向く。
「人が上からくる」
「ほんとです足音が聞こえますね」
ベルは塔の上層に人が入り込んむ気配を感じていた、それはゆっくりと螺旋階段を下ってくるやがて複数の足音と声が聞こえてきた。
「扉から外に出よう」
ふたたび扉を開くと仲間の気配が隙間から抜けていった、コッキーが通過するのを見てベルも外に出るとそっと扉を閉じる。
あとは彼らがこの階に出てこない事を祈るだけだ。
「天井にはりつけますよ」
コッキーがささやく、ベルが天井を見るとなんとか張り付けそうな梁があった。
螺旋階段を下って来る足音はベル達のいる階を通過し更に降って行く。
誰かがため息をついた、ころが下に向かった気配が突然消え失せる。
「あれ!?奴らの気配が消えた」
最初にベルが異変を察知した、遅れてルディとコッキーも彼らの気配が消えた事に気づいた。
「急に消えたぞ下の階に何かがあるのか」
「下の階に人の気配がまったくない」
ベルは先ほど消えた気配以外にも下層から人の命の気配をまったく感じる事ができなかった。
「そうですね変ですねベルさん」
「殿下我々の隠蔽の術が消えました!」
隠蔽が効果時間切れで失われていた。
「わかった塔の中に入ろう」
するとこの階のどこかで扉が開く音が聞こえて来た、廊下に複数の人の気配が溢れ出した。
「早く中に入るぞ」
螺旋階段を一回り下ると大尖塔の底に到達した。
「一番下まできたけど・・・この扉に魔術がかかっている」
ベルは最後の扉の周囲に魔術結界の光を感じていた。
「これは防護結界だが少し手が加えられておるな」
ホンザが結界を観察しながら呟いた。
『ふむペンダント越しではどうにも解りにくいのじゃ、情報量が落ちておるからのう、改良の余地ありか』
アマリアの口調はいかにも悔しそうだった。
「たしかに私が構築するものと術式に差異があります・・これは通過可能な者を登録する型ではないようですね」
「ああ確かに特定の何かを所持した者が通過できるように手が加えられているやもしれん」
ホンザがアゼルの意見に賛同する。
ベルとコッキーは魔術師達の会話の中身を理解できない。
「さてはここを通過する人数が多いからか?」
ルディが思いついた事を呟いた。
「殿下その可能性もありますね、更に奥に結界があるかもしれません」
『議論は良いが一応姿を消したらどうかの?』
全員それに思い至った、アゼルとホンザが隠蔽魔術を一人一人に掛けていく、おそらく対策されているだろうが丸見えよりはましなのだ。
「ねえコッキーのトランペットで壊すの?」
姿の消えたベルがささやく。
「それは強引すぎるぞ、さてどうするか・・・」
ルディが少し呆れた様につぶやく、コッキーの神器は強行突破の切り札だ。
「あっ!ドアが開きますよ!」
扉を見詰めていたコッキーが小声で警告を発した、金属ドアのレバーが回転を始めたそして防護結界に光の波紋が広がり始める。
彼女がピッポ一味に監禁されていた時に何度も見た光景だ、みな中央の柱の影に回り込んで螺旋階段の下に身を潜めた。
「奴らを追跡し奪うぞ」
ルディのかすかなささやきは皆に聞こえた。
「僕も行く」
それにベルが応じる。
鋼鉄の扉が開く鈍い音と共に中から二人の人間が出てきた様だそれは気配でわかる。
扉を閉じる音と二人が螺旋階段を登って行く足音が聞こえる。
ルディとベルの二人が密やかに動き始めた、二人の役人風の制服の背中が薄暗い照明の中にうかぶ、しなやかに音も立てずに二人に迫って行く。
やがて鈍い音と僅かにこもったうめき声が聞こえると静かになった。
「アゼル、ホンザよくわからないからコイツラを見て」
しばらくするとささやくようなベルの声が聞こえて来た。
隠蔽が解けたルディとベルが二人の男を抱えて階段を下ってきた、そのまま柱の裏に運び込む。
アゼルがペンダントで照らした、全員で気絶した二人の小役人らしき男達の持ち物を改めていく。
筆記用具と財布にメモなどを没収していく、やがて見慣れない半透明の水晶の板の様な物が出てきた。
半透明の水晶の板には記号と数字が刻まれていた。
「一人しかこの板持ってませんねルディさん」
『もしやこれを持った者が扉を開ける事ができる仕組みか?小役人でも入れるとなると奥に厳重な防御結界があるな』
「ありがたい、二人しか入れぬかと心配したぞ」
ルディの声はどこか弾んでいるようにベルに感じられた、アゼルが背嚢からロープと猿ぐつわを取り出した、ベルが二人を縛り上げる技は素早く見事だ。
「ベルさん凄いですね・・」
「前コッキーを縛って荷物にしたの覚えている?」
「忘れませんよ恥ずかしい・・・」
あっという間に縛られた二人は起こされて彼らを見上げて恐怖で目を見開いた、だが声を立てる事ができない。
「ではコイツラを尋問しようか」
「ルディさんまかせてください、音はもう立てませんよ」
それを聞いてうなずいたルディの笑みは黒い、横から覗き込んでいたベルが少し引いた。
コッキーの微笑は魔術で見えなくて幸いだ、彼女の微笑みもちょっぴり黒かったから。
コッキーがトランペットを首から外し構える。