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ハイネ城潜入

日が落ちて急速に暗くなってゆく、そんな時刻にハイネ魔術学園の裏側の人通りの無い道を東に歩む三つの人影があった、ハイネ旧市街を囲む城壁がのしかかるような狭い通りは昼間も通行人の姿がまばらだ。

やがて彼らは小城門の前に到達したがすでに門は閉じられていた、門番が胡散臭げに彼らを見ている。


道の行く手をハイネ城の大城壁が塞いでいた、ハイネ城の見上げるような高さの内壁は旧市街を囲む城壁とここで一体化していた。

道は内壁に沿って南に曲がりそのまま南に向かうと学園通りに出る。

夜空を見上げるとハイネ城の北西の大尖塔が篝火の明りに照らされ聳え立つ。


小城門から少し南に向かったところで初めて彼らは口を開いた。


「たしかに水道は城壁の側面に沿ってハイネ城に導かれていますね」

少し神経質な若い声はアゼルだ、それにホンザの声が答える。

「水路の上は木の板で塞がれておるだけだ、整備や掃除をしやすくしておる」

「ベル達ならば城の中に入るまでは問題あるまい」

ルディは握りしめていた手のひらを開く、その上で告時機が青く淡く輝いていた。



『やっと繋がったか!?ここはどこじゃ?』

突然ルディのペンダントがささやく。


「すまん愛娘殿、さきほどまでホンザ殿が作った魔術陣地の中にいたのだ」

『それは聞いていたので心配しとらんかったが、いつまでも繋がらんからな』

ホンザが苦笑交じりに説明する。

「アマリア様もうしわけない、魔術陣地の完成に時間がかかりました、これから内にいても通話できるはずです、このぺンダントが精霊通信と原理が近いとするならばですが」

『精霊通信が可能ならば繋がるはずじゃ、でここは?』


「これからハイネ城に潜入するところだ愛娘殿」

『あれをやるのか?』

三人はそれに頷いた。

『ここの防御はかなりのものだろ?』

「ええアマリアさま城の侵入者対策は魔術的なものを含めて極めて厳重です」

アゼルがそれに答える、そして三人は大きな商会の裏の細い道に入ってそこで待機する。






暗闇が迫る丘の斜面を二人の人影が登って行く。

左手の露天掘り炭鉱が暗闇に消えていた、製鉄所の煙はかすみハイネの炭鉱街の繁華街に夜の灯りが灯り初めていた。

暗闇の森だが二人はまったくかまわずに登っていく。

彼らの進む前方の空はまだ夕焼けの残り火で僅かに赤く染まっていた、それを背景に樹々の隙間から小さな塔の影が見えてくる。


やがてひそひそとした話声が聞こえてきた。

「監視塔のところまできた、気をつけて塔の中に三人いる」

「ベルさん水の流れる音がしますね」

二人は水道が丘の斜面に繋がる地点に到達した、丘の反対側からハイネに水を導く隧道(ズイドウ)の出口が近い。


「ここらへんでいいか、着ている物全部抜いで革袋に入れて、こっちに靴を入れて、空気を全部出すようにね」

ベルは革袋を二つコッキーに渡した。

そして着ているものを脱ぎ始めた、コッキーも気乗りなさげにそれに従う。

脱いだ服を革袋に詰め込み空気を力任せに抜いてきつく口を縛った。


「グリスを革袋の口に塗り込むといいよ」

ベルは油が入った小さな木のツボからグリスをすくい取ると革袋の口に塗り込む。

そしてコッキーに投げて渡す。


ベルは帯剣ベルトを全裸の上から装着した、ベルトには小物入れが付属している。

帯びている剣は愛剣グラディウスではなかったアマリアからもらった細身の魔剣だ、ベルトに潰した革袋をくくりつけて行く。


コッキーも用意していた革ベルトを裸の腰に巻くとそこに革袋をくくりつける、首からトランペットを下げて最後にアマリアからもらった巨大昆虫の触覚の棍棒を紐でくくりつける。

二人の美少女の全裸の姿だがあまりにも酷い格好だ、幸いな事にここは暗くて誰かに目撃されても何も見えないだろうが。


準備を終えると二人は水を導いている隧道(ズイドウ)の出口に向かう、水はそこから水道橋の中に流れ込んでいる。

ベルが木の天板を外してそっと足先を水に入れた。

「冷たい・・精霊力で体を温めよう、視力も強化して」

「わかりました」


まずベルが水路に入ると水道橋の入り口を塞ぐ太い鉄棒を剛力で捻じ曲げて行く、漆喰で固めた土台が崩れ僅かに曲がった鉄棒が抜けた、そうやって一本一本鉄棒を抜き去り侵入口を確保してしまった。

水道橋は緩やかな傾斜でハイネ旧市街に至りハイネ城まで水を導いている。

水路の幅は1メートルに足りない程だそれが不安を与える、水面と天井の間に隙間があるが内部は暗黒の闇だ、だがベルの感覚は水路の内部の様子を完全に捕らえていた。

背中にかかる水圧が強いが今のベルには大した事は無い。


「行くよ、空気は上にあるからそれを吸って」

「はい」

二人は流れにまかせて暗黒の水路に入っていく。


水路の天井は分厚い石板がはめられていた、だが所々に整備用の木の板が嵌め込まれている。

暗黒の水路を流されながらベルの感覚は生命力の溢れる新市街に次第に接近していくのを感じていた。

後ろから流れてくるコッキーも落ち着いている、やがて水路の傾斜がなくなったのを感じた旧市街に入ったのだろう。


水は突き刺すように冷たいが体の芯から大きな熱が湧き上がってきた、精霊力が体内で熱に変わっているのだ。


しばらく流されていると前方で水路が斜めに右に曲がっていた、さらにその先で水路が狭くなっている、ベルは壁に足と手を付けて停止するとコッキーに止まれと合図した。

すぐ後ろでコッキーが止まろうとしたが流されてベルの背中に彼女の硬い体がぶつかった。

ふたりとも水面の上に顔を出した、真っ暗闇だがお互いの姿が見えていた。


「どうしたのです?」

「この先水没している、僕が偵察してくる」

「気をつけてくださいここでまってます」


ベルは息を貯めると水路に潜った、ベルはここが城の城壁だと判断していたのでそれほど不安は無い、もう水路の終わりが近いはずだ。

ベルの聴力は滝の様な水が落ちる音をかすかに捕らえていた。


水路の先を覗くと先が明るくなっていた、だが鉄格子が行く手をさえぎっていた。

その先で滝の様に水が落ちている、太い鉄棒はやはり漆喰の様な素材で固められ固定されている、それを剛力で捻じ曲げて外して行った、鉄棒を三本ほど外した処で水路を逆上る。

そして水面に顔を出し息を継いだ。


穴の先を覗いていたコッキーも水面から顔を出した。

「私達長く息が続きますよね?」

「力のおかげだと思う、もう鉄格子を外したから先に進める」

ベルは探知を封印し生命の光を捉える、認知の範囲が狭くなるがこの方が安全なのだ。

「誰もいないみたい行こう」


二人は水路に潜り進みはじめた、ベルは水路の向こう側を一応偵察してから出ようと思い手足を壁に当てて止めようとしたが、ベルのお尻に後ろから流れて来たコッキーがぶつかる。

ベルの叫びは声にならず二人はそのまま水路の出口から大きな水槽にこぼれ落ちてしまった。




そこは飾り気の無い石壁の大きな部屋で天井は高くはない、太い柱が何本も石造りの天井を支えていた、魔術道具らしきオレンジの照明が部屋の大部分を占める水槽を照らしていたが全体的に薄暗い。

水路の反対側の壁に大きな金属の扉が見える。

水槽は深く底まで三メートルはあるだろう水槽の側面に小さな導水管の口が数カ所口を開けていた。


「ここは魔術の結界は無いみたいだ」

「私にも見えませんね」

頭を水面から出していた二人は水槽から上がった、柱の影で革袋を外し小さなタオルで手早く体を拭い服を身につける、体がまだ濡れていたが贅沢は言っていられない。

ベルは帯剣ベルトを最後に締めてはじめてホッとため息をついた、コッキーも着替えて巨大昆虫の触角を握りしめた。


ベルは小物入れから油紙に包まれた地図のコピーを取り出す、さらに魔術道具の告時機を手にしてその色を確認すると石は青く淡く輝いていた。

「まだ時間が有る城壁の上に行くよ」

コッキーが無言で頷いた。


地図で貯水槽部屋の位置を確認した、扉の正面は大廊下で左右に通路が伸びている、左右の通路は城の外郭の内側を周回する回廊になっている、この部屋の近くに上に行く階段があるはずだ。


安全を確認すると扉を開けて廊下に出た、歴史の有る重厚な石造建築は重く威圧的だった、廊下は淡いオレンジ色の照明道具で柔らかく照らされていた。

通路を右側に進むと左側に窓がある幸い鎧戸はまだ閉められていない、そこから外を見ると狭い庭を挟んで中央大城郭の壁が目の前にせまる。


そのとき通路の向こうから数人の人の気配と足音が近づいて来た、そして反対側からも二人の気配が接近して来る。

「コッキー前と後ろから人が来る」


やがて城で働いてる下級の官吏達が数人姿を表した、仕事開けの気楽さから談笑を楽しんでいる、彼らは前から来た巡回の兵士二人とすれ違うと北の塔に入って行った。

そんな彼らの頭上の天井にベルとコッキーがへばり付いていた、幸いにも彼らに気づくものはいなかった。


天井から二人が飛び降りるとベルは地図をふたたび確認した、すぐに上の階に上がる階段が見つかる、それを素早くかけ登るとまたそこに階段があった。

「ここから城壁の上に出られる」


更に階段を登りきると開けた少し広い場所に出た、正面に中央城郭の巨大な屋根が見える。

背後は人二人分ほどの高さの壁になっていた、どうやらハイネ城外郭の平屋根の上に出たらしい。

空には侵入者を検知する結界が光の蜘蛛の巣の様に張り巡らされていた、それは城の空からの侵入にそなえるように空を覆っていた。

二人が背後の壁の上に飛び乗るとそこは幅四メートル程の城壁になっていた。


防御結界こそ存在しないが、胸壁に沿って侵入者を探知する光が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。

二人は精霊力を利用した結界が見える、そんな幻想的な美しい光景に驚きしばらくぼうぜんと眺めていた。


「ベルさん下からは良く見えませんでしたね」

「アゼル達は魔術道具だと推理していたけど・・・」

胸壁に弓兵が射ることができるように矢狭間が設けられていた、その胸壁に慎重に近寄り光の糸の根本を確認すると石材の上に穴が空けられその中に金属質の道具がはめ込まれている。

「見つかると凄い音がするとホンザさんが言ってましたね」


「コッキーこれ壊せる?」

セナの屋敷で古い照明用の魔術道具をトランペットで壊わす実験をしているこれが壊せるかはまだ未知数だ。

「見ると壊せる予感がするのですよ、なぜと言われても私にはわかりません、でも壊せるってわかるのですよ、それにベルさん人に聞こえない音が有るって知ってましたか?コッキーはかなり前に気がついてしまったのですよ」

コッキーはどこか妖しげな笑みを浮かべながらトランペットをうっとりと見詰めていた。


「巡回が来る一度隠れるよ」

ベルが城壁の上を巡回する警備兵の接近に気がついた、まだ中央城郭の影だがベルはその接近に早くも気がついていた。

二人は外郭の平屋根の上にしなやかに飛び降りた。


壁際にへばりついてやり過ごす、巡回をやり過ごすと二人はまた胸壁に近づいた。

ベルが告時機を確認するとそれは黄色に変わっていた。

「そろそろだ、コッキーやって見て」


「わかったのです」

コッキーが首からトランペット外しかまえて魔術道具を狙った、まるで神聖な口づけを与えるようにマウスピースに唇を寄せる。


ベルはその直後に音無き音を聞いた、そしてトランペットから生じる精霊力の衝撃波を感じて体がよろめいた、胸がむかつき心臓の動機が激しくなり意識が遠くなる。

衝撃派は波長を変化させながら道具の弱点を探り音無き悲鳴が鳴り響いた、ベルはしだいに吐き気に襲われて精神力を高め歯をくしばり耐える。

ついに魔術道具から何かが抜けて虚しくなっていく感覚がする、やがて大量の精霊力が放散すると消えて行った。


「魔術道具が壊れたのです・・・ベルさん大丈夫ですか?」

「だいじょうぶ」

見ると光の蜘蛛の巣に穴が空いていたがまだ狭い様だ。

「もう一個壊しましょう」

ベルは無言で頷いた、コッキーが3メートルほど離れた魔術道具を探すと同じ手順で破壊した。

ベルは今度は安全距離をとったので悪影響はほとんど感じない。


ベルは探知網に出来た穴から下を覗き込んだ、予定通りに大きな商店の裏側に三人の生命の反応を感じた、照明用のペンダントを小物入れから取り出すと胸壁から腕を出して点灯するとそれを振る。


しばらくすると強い光が下で三度点滅して合図を返してきた。







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