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セナ村の魔術陣地

テレーゼの朝は平野に低く薄い霞がかかる事が知られていた、その中をゲーラとドルージュを結ぶ寂れた街道を南に向かって走る馬車がある。

街道は整備が行き届いていない、ルディ達がシンバー商会から強奪した高性能馬車のスプリングもそれを吸収しきれず酷い揺れに乗客は襲われていた。

御者のルディが窪みや石畳が壊れた場所を避けながらかなりの速度で走らせたので馬車も左右に大きく揺られた。


「ルディ揺れるじゃないか!!」

ベルは居眠りしたかったが馬車が酷く揺れるせいで居眠りどころじゃない。

「気持ち悪くなってきたのです」

コッキーも泣き言を言いだした。


「ベル悪く思うなよ、この路を使うことはお前も賛成したじゃないか、ははは!!」

ルディは上機嫌で馬たちを巧みに操り馬車を操縦していた。


昨晩の会議でドルージュ経由で大きく迂回してハイネに向かう事に決まっていた、ゲーラを出るところを目撃されていたとしてもある程度混乱させる事ができるだろう、それに途中で面倒な連中と接触する危険を回避できた。

目的地の第一候補はハイネの南にあるセナ村の屋敷だ、あの屋敷を利用してホンザが魔術陣地を構築し隠れ家にする予定だった。


「ルディ荷物が落ちたらどうする、ゆっくり走れ!」

「大丈夫だしっかり縛り付けてある、それにかなりの遠回りになるからな、速度を出さないと夜になってしまうぞ」

馬車の屋根は大きな荷物を乗せる事ができるようになっていた、そこに彼らの荷物が乗せられていた、座席の下の空間にも小物がぎっしりと収納されている。

ホンザの魔術道具屋『精霊の椅子』から必要になりそうな物をすべて運び出していたからだ。


「ルディさんおじちゃんがいるのですよ?」

「ほほほ、コッキー心配はいらん魔術で体を強化しておる、まあ半日はもつさ」

ホンザは平然として笑った、隣のアゼルも平気な物でホンザの蔵書の魔術理論の本に耽っていた、彼の肩の上でエリザは悠然と毛繕いをしている。


「なんか気持ち悪くなってきました」

ベルはコッキーの顔を見て驚いた、真っ青になっていたからだ。

「うわあぁ!!コッキー吐かないで!?ルディ馬車を止めろ!!!」

ルディが馬車を急減速させる、コッキーは止まるのを待たずに扉を開け放ち森に駆け込んだ。







その日の夕刻近くになって馬車はハイネと南方のリェージュを結ぶ大街道に到達した、少し南下するとセナ村に繋がる細い路に入る。


「近くに誰もいない」


村に近づくとベルは広範囲に渡り探知を放ち安全を確認した。

馬車を森の小さな空き地に隠すと短い期間だが隠れ家にしていたセナ村の屋敷に近づく。

周囲の森は闘いの後も生々しく押し倒された樹々が無残な姿を晒していた。


「聞いていたがなかなか良い屋敷じゃな、森の中と言うのもおあつらえ向きじゃ」

ホンザが屋敷を眺めて満足した。


「一階は大きな居間と台所と小部屋が三、二階は大きな屋根裏部屋と物置部屋がある、外にも納屋と馬小屋があるはずだ」

ルディが屋敷の間取りをあらためて説明する。


「さて魔術陣地の構築をはじめようか」

「ホンザ様この屋敷の大きさでも問題ありませんか?」

アゼルがふと疑念を口にした。


「魔術陣地もお主の魔術結界と基本的に変わらぬ、精霊力節約型の結界はすぐに構築できないが、一度完成すると維持に必要な精霊力は大きく減らす事ができるじゃろ?それと同じよ」


「ならば完成までに時間がかかりますね」

「そうじゃ基本構造は今から作る完成まで二日ほどよ、精霊力の回復を待たねばならんからの」

ホンザは屋敷の周囲に杖で魔術陣を描き始めた、ベルはその杖から精霊力を感じとった。


「術を発動させるまでは踏み荒らさないでくれよ」

ホンザは杖で地面に線を描きながら時々触媒を置くと屋敷の周りを一回りしはじめた。


「魔術陣を実際に外部に描き出す術は珍しい、知識としてはありましたが実際に見るのは初めてですね」

アゼルは冷静さをよそおっていたが彼の言葉から興奮しているとベルは感じた、するとルディが詳しい説明をアゼルに求める。

アゼルは魔術師はイメージで魔術陣を構築するのが一般的で、高位の精霊召喚のような特殊な魔術以外はこうして描くことはほとんど無いと説明してくれた。

だがベルにはほとんど理解できない、イメージとは頭の中に想像で魔術陣を描くと言うことなのだろうか?


ホンザは杖で魔術陣を描いているがまだまだ屋敷を囲むには時間がかかりそうだ。

ベルがそれを見て少し文句を言いたくなった、狩猟のときには我慢強いが元々性格的に待つのが好きではない。

「アゼル時間がかかりすぎだよね?」

「魔術防御結界と違い非常に複雑なようですね」


「これは闘いには向かないな」

ルディは軍事的な思考がこびりついているので意見がこの方向に行き着きやすい、アゼルが僅かに苦笑した。


「非常時にはもっと簡略化した術を使います、そのかわり大きな魔術陣地になりません寿命も短く精霊力も浪費します」

「たしかに闘いの時にあんな事をやってられないか」


そうこうしている内に30分程で魔術陣が完成しホンザが皆の所に戻って来る。


「さてお主達の髪の毛を貰えないか?ほんの僅かで良いぞ、魔術陣地に入る事ができる者を決める」

「ホンザ殿馬を入れる事はできるか?」

「できるぞ馬の毛を持ってきてくれ」

ルディは馬の毛を手に入れる為に馬車に急いで戻って行った。


そうして全員と馬二頭の毛を集めるとホンザは魔術陣の北に向かう、みんな興味があったのでホンザの後から続いた。

屋敷を囲む様に描かれた術の真北に小さな円形の魔術陣が重なるように描かれている。

「ホンザ様これは魔術陣地の仕様が描かれているのですか?」

「これが制御用の魔術陣だ結界型の術で大きな物にはこれがある、お主達の髪の毛を触媒に加えてワシ以外に自由に魔術陣地に入る事ができる者を決定する」

ホンザはその小さな魔術陣に触媒を設置し最後の準備を整えた。



「でははじめる」


ホンザの周りに大きな精霊力が収束しはじめた、ベルには薄い白い光の陽炎の様に感じる事ができた。

そして地面に描かれた魔術陣に力が流れ込輝き始めた。

だが感受性の無い人間には見えないだろうとも想う。


「『大地と空の隙間たるパストラーレの門』我に路を拓け!!」

ホンザから音無き爆発が生まれ光が爆散していく、だが目の前には何も変わらない屋敷が見えているだけだ。

アゼルの魔術結界の様に光輝く障壁を期待していたベルは意表を突かれてつい失敗したと思ってしまう。


「あれ?」

「失敗なのかホンザ殿」

「いいや成功じゃよ、ベルよその線の内側に入って見よ」


ベルは言われた様に恐る恐る前に踏み出した、僅かに視野が揺らめくと小さな違和感を感じた。

屋敷はまったく変わらないが周囲の樹々が僅かに青い、ふと違和感を感じて空を見てから愕然となった、空には雲一つなく僅かに紫がかったどこまでも深い青空が広がっている。

後ろを振り返るとそこには誰もいなかった。


「ルディ!!コッキー!!」


誰も呼びかけに応じる者はいなかった、この世界には自分しかいない、そんな想いに囚われたベルはあわてて探知の力を放つがそれは目の前で断ち切られる。

恐ろしくなり数歩ほど走ると今度はルディ達の姿が目の前に突然現れたのだ。

「うわっ!」

想わずベルが叫んだ。


「急に消えたので驚きましたベルさん」

「ホンザ殿この中が僅かにずれた世界なのか?」

「ルディガー殿そう言う事じゃよ」


「皆いたんだね良かった・・・」

たった一人になってしまったかの様な恐怖が抜けきれていない。


「恐れる必要はない術が崩壊しても現実界に押し戻される、出る方法も簡単じゃ屋敷から離れるだけよ」

「ねえ他の人は入ってこれるの?」

「ベルよ現実界にある屋敷には入れるぞ?家探ししても我らを発見する事はできぬがな、ほほほ」


今度は全員で魔術陣地の中に入った、再び視界がゆらめき小さな違和感を感じる、そしてみんな空を見上げて声も出ない。

「なんか不気味なのです、ホンザさんちゃんと夜が来るのですか?」

「現実界と同じ時間が投影される、あまり愉快な夜空ではないがな、まあ慣れる事じゃ」

裏口から屋敷に入る前にぐるりと周りを巡った、玄関がある反対側に出ると見慣れた畑とその先にセナ村の小さな中心が見えた、だが人影がまったく存在しない。

コッキーが数歩村の方向に歩き出した。


「おっと出てはいかん」

ホンザが警告したがコッキーの後ろ姿が忽然とかき消えた、そしてすぐに後ろ向きで戻ってきた。


「驚きました、急にお空の色が戻って遠くの畑に農家の人がいたのですよ!!」

「コッキー見つかった?」

「たぶん大丈夫です、中から外が見えないのは怖いですね」


「まだ魔術陣地は未完成でな時間をかけて強化していく、中から外を確認できる様にするぞ」

そして玄関から屋敷に入ると一通り中を確認する、ルディは馬小屋と納屋を確認していたがすぐに屋敷に戻って来た。


「馬車を持ってこよう二人共手伝ってくれ、セナ村の方は通れないから馬車は森の中を強引に通すぞ」

ルディとベルとコッキーが馬車まで戻ると屋敷の敷地に強引に馬車を引っ張り込む、馬はやはり異変を感じたのか怯えていた、それをルディがなんとかなだめていた。


ルディが馬を外して馬小屋に導いている間に、ベルとコッキーが馬車から荷物を降ろし始める。

そこにアゼルがやって来た。


「ベル嬢とコッキー、言いにくい事ですがお二人は二階の大部屋を使ってください」

「あっ!!」

ベルが小さな声で叫んだ、ルディは大公家の公子でアゼルとホンザは研究室が必要、となると二人は二階の屋根裏部屋に追いやられる事になる。

不満たらたらで二人は承知した。




引っ越し作業が終わる頃には日暮れの時刻になっていた、屋敷から見える西の空は異様なまでに毒々しいまでに赤く染まっていた。

そして空に見え始めた星は妙に明るく強く(マタタク)いている。

星座の形も微妙に見慣れた姿と違うようにベルには感じられた。


「見ていると不安になる」


ベルはそう言いながら屋根裏部屋の明り取りの窓の鎧戸を閉じる、屋根裏部屋に差し込んでいた赤い夕日が断ち切られた。

屋根裏部屋といっても広く天井も無く屋根の形が丸見えだ、屋根を支える柱が何本も床から突き出している。

干した麦わらの束が積まれていてそれがベッド代わりになるのだ。


「ここ少し怖いです、本当に慣れるのでしょうか?」

コッキーが甲斐甲斐しくベット作りをしながらつぶやいた、ベルはこういう事に関しては無能だ全部使用人達がやってくれていたからだが。


「陣地が完成すると非常に安全になるってさ、ホンザがそう言ってたよ」

どこか素っ気なくベルは答える。


「あっ!そうだそろそろご飯をつくらないと」

「今晩は保存食糧だよ材料が無いんだ、明日足りない炊事道具と食材をハイネに買い出しに行こう」

「そうですよねセナ村で買えないんでした、そう言えばファンニさんのお家がここにありましたよね」

「そうだった忘れてた!家族の人心配しているに違いないルディ達と相談しようか」

「そうするのです」

藁の寝床の準備を終えた二人は居間に降りて行く。


下では今だにアゼルとホンザが自分の部屋を整えていた。

ベルとコッキーがだらしなくソファで寛いでいると、馬の世話を終えたルディが戻ってきた。


「ルディ馬は大丈夫?」

「ああ少し怯えている」

そこに部屋から出てきたアゼルが助け船を出した。

「殿下、試しに精神を落ち着かせる術を試してみましょうか?」

「しばらく様子をみてダメなら頼む」

「わかりました」


そしてホンザも部屋から出てきた。

「荷物が少なくてすぐ終わってしまったわい」

コッキーとベルが部屋の隅に置いてあった背嚢から保存食糧と水筒を持ち出してささやかな晩餐が始まった。

まだ湯を沸かす事すらできなかった。


「明日僕とコッキーでハイネに買い出しに行くけどいい?足りない調理器具や食材を買いたいんだあと中古の服が欲しい」

ルディは僅かに考えてから結論を出した。

「まだ魔術陣地が完成していないからな、全員でここを離れるのはまずいか、まあ今のお前たちならそうそう危険な事にはならないだろう頼んだ」


「あとファンニの家がセナ村にあるでしょ、ファンニが無事と知らせた方がいい?」

それにルディとアゼルが驚いた様に反応した、アラセナに逃した修道女のファンニの事をつい失念していたようだ。

「そうだな事情があって詳しく教えられないが無事と伝えるか、ハイネに郵便があったなそれを使おう」

「そうですね私が手紙を書きます、明日ハイネに行ったおりに彼女達に郵便に出してもらいましょう」


ベルが羊皮紙の切れ端をテーブルの上に置いた。

「他に欲しいものは無い?欲しい物を全部書き出しておいて」

ベルは明日一日を費やして必要な物資を整えるつもりだった。






ハイネの炭鉱町の繁華街の地下にある死霊術ギルド『死霊のダンス』はその日の夕刻になって混乱状態に陥っていた。

夕刻になってジンバー商会に派遣されていたリズと連絡役のマティアスがギルドに驚くべき情報を持ってきた。


二人はギルドのマスターのメトジェフの替わりに派遣されて来たと宣告した、メトジェフはホンザの抹殺に失敗し一人の死者を出して残りは現在行方不明、メトジェフ本人は魔術師の塔に召喚されて戻らないと。


リズはメトジェフが不在な場合はギルドで自分が最上位の死霊術師になってしまった事を自覚して軽く恐慌状態に陥っていた。

詳しい話を聞こうと魔術師と事務員達がリズのところに群がってくる、だが彼女もゲーラにいたわけではない詳しい事は知らされていなかった。


「ど、どうしたらいいのさマティアス?」

「俺に聞かれてもこまる」

マティアスの目は心の底からリズに同情的な色をしていた、彼女はこのような役割にはまったく向いていない。


「みんな、お、落ち着いて!!」

そう叫びながら混乱を鎮めようとする声が無虚しく響く。



その日の夜遅くになって行方不明者が偶然発見されたと報告が届いた、これで生存者四名に死者三名となった。

到着したリストで死亡者の名前が明らかになると一転して混乱から沈痛な空気に変わった。








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