表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
272/650

ホンザの決断

『アラセナがどうかしたのかベルサーレよ』


気まずい沈黙を破ったのはルディの胸のペンダントから聞こえるアマリアの声だった。

ベルはしまったと後悔してからルディを見た、どこか申し訳なさそうな彼女の目は『まかせた』と語っていた、アゼルとコッキーの視線もルディに集まる、ルディは今度は軽くベルを睨み返した。


「アラセナとはアラセナ伯爵領のことかな?」

ホンザも記憶をさぐりテレーゼ辺境の伯爵領の名と気がついた様だ。


ルディガーは改めてテレーゼのアラセナを自分たちに親しい者達が占領した経緯を簡潔に説明する事になってしまった、それにアマリアやホンザならばもう教えても問題無いと判断したのだろう。


『切り取り上等とは呆れたものじゃ古代の戦国時代の梟雄かよ、ベルサーレよお前の親父はそういう奴なのか?』

どこかアマリアの声には呆れた響きがあった。


「エルニアはだいたいそんな感じだよ、昔は領地争いや相続争いで毎日どこかで戦争だったらしい、最近も時々やっているから」

ベルはチョロっと舌を出した。


『ルディガーお前もたいへんじゃな、帝国があったころエルニアは帝国の一部だったからのう・・・』

「それは外から来た者達にはなかなか理解できない事だ」

ルディは何か思うかのように黙ってしまった、ベルは外から来た者達が誰を指しているのか考えた、それは大公妃や宰相の事だろうか。


「儂にそのアラセナに身を隠せと言うのじゃな」

ホンザから話を切り出したそれにベルは大きくうなずいた。


「お嬢さんの気持ちは有り難い、だが儂はお主らと戦う事にしたよ、今まで見て見ぬふりをしながら生き永らえてきた、事を起こそうとして失敗したのであれば愚か、だが傍観するだけであったならばそれは卑怯じゃ、儂一人で何ができたのかそう問われたら何も言えぬ、だが何もしようとしなかったのは事実よ、いわんや儂は上位魔術師だできる事はいくらでもあっただろうて」

ホンザの言葉は誰とも無く語る様だ。


「それで良いのかホンザ殿?護りきれる保証はない」

ルディは危ぶむ様にカウンターの老魔術師を見下ろす。


「お主達と共にハイネに乗り込むよ、むしろここに一人でいるより安全じゃろ、ほほほ」

ホンザは苦笑した。


「ベルサーレよ儂がここにいたのでは足でまといと考えたのだろ?」


少し苦笑いをしながらベルがそれに答えた。

「うん安全な場所に行ってもらった方が僕たちは動きやすくなると想ったんだ」

ホンザ一人をここに残してハイネ向かうよりアラセナに引っ越してもらった方がはるかに安全だった。


『今までもお主達に関わった者をそこに逃した事があるのだな?』

「そうだ愛娘殿」

それにルディが応じた。


アゼルもまたホンザが同行する事が最善なのではと思い至ったのだろう。

「私もホンザ様がご一緒でしたら心強いです」


「そうと決まれば引っ越しの準備じゃ、ルディガー殿たしか馬車を確保しているとか?役に立ちそうな物はここから持ち出そう、この店もしばらく休業じゃな・・・」

ホンザは最後に言いよどんだ、ベルは運良く生きて還る事ができればと言いたかったと想った。


「アゼルよ使いそうな触媒はできるだけ持ち出してくれ、儂は魔術道具の整理をする、あと金目の物も持ち出そうか空き巣に入られたら奪われてしまうじゃろうしな」

そして引っ越しの準備が始まった、ホンザは階段を登っていった。


『たのしそうじゃな・・・わしも忙しい一度切るぞ』

ルディの胸のペンダントがそう告げると沈黙してしまった。

ベルはそのアマリアの声から羨望の響きをなんとなく感じて微笑みを浮かべた、ルディを見上げたが彼も同じ事を感じていると想った。


「ベルさん何をしているのですか荷物を下ろすのを手伝ってください」

階段の上からコッキーの声が聞こえてきた。


ベルは少しだけむかついたが大人しく階段を駆け上る、階段の手摺の上にいたエリザが驚いてカウンターの上に飛び降りた。









陽も傾きかけてまもなく日没も近い、そんなハイネ=ゲーラ街道から少し外れた森の中に古い屋敷があった、傾いた木漏れ日を浴びた屋敷はいつ放棄されたのかわからないがまだ形を保っている。


その森の中を静かに屋敷に向かう足音が聞こえてきた、足音の主はまだ若く背の高い赤毛の青年だ、どこかの商家の使用人のような凡庸な格好をしていた。


慎重に下草を踏みながら進む男は小道に刻まれた新しい蹄の跡と馬車の轍を追っている。


「ランドルさん!?」

その足音の主は寂れた小道の脇に並べられ横たわる三人の人影に気づいた。

「リズとマティアスか?」

男は走り寄った三人も身じろぎして顔を見上げて男を見上げた、猿ぐつわをされていて声を立てられなかった様だ。

手際良く彼らを解放していく。



「ランドルさん奴らにやられやんですか?」

「そうだ奴らに襲撃された・・・やつらは化け物だった」

ランドルと呼ばれたジンバー商会の情報部の壮年の男は浅い金色の頭を振った。


「リズ大丈夫か?」

その脇でマティアスがリズを介抱している。

「ひっ!?もういや~~~~~」

リズが情けない悲鳴を上げるそれをマティアスがなだめている。


ランドルはリズ達に一瞥しただけでなんとか起き上がる。


「お前こそよく捕まらなかったな?」

「ええ、僕も奴らを尾行していたんですが奴ら凄い速さで走り初めて追いつけなかったんですよ、後でハイネ方向から馬車が引き上げて来た時なんとなく嫌な予感がしてやり過ごして正解だったようですね」

「正解だ、俺たちはハイネに奴らの事を通報しなければならない、それを放置してゲーラに引き返す理由はない」


「すまんな、あいつのトランペットの音を聞かされていろいろ喋ってしまったんだ」

マティアスが申し訳なさそうに赤毛の青年に謝罪した。

「それは?」

「事実だ、あれは魔術道具だと思うが並の楽器ではない」

「ランドルさん?」


「でもあたしゃあんな魔術道具があるなんて聞いた事無いんだよ」

マティアスに宥められていたリズがつぶやいた、だが他の者達には意見を挟みようが無かった。


「うちのマスターどうなったかな?」

リズの口調はあまり心配しているとは思えない。


「奴らとぶつかったら無事では済むまい、我々もハイネに早く戻らねば」

ランドルがのろのろと立ち上がった。

「今から向かえば夜半にはハイネの新市街まで辿りつける、そこまで行けばなんとでもなるきついと思うが行こう」


「あたしゃお腹が空いたよ」

リズが情けない声を出す、早めにゲーラに到着し調査を行い昼食をとる予定だったのだ。


皆よろめきながら立ち上がる、そして森の中の小道を街道に向かって歩き始めた。






街道を大きな幌馬車が西に進んで行く、その中で老魔術師がとりとめもなく一人で喚いている、御者台の上の初老の男の顔は気の毒なほどに青ざめていた。


ただ命令のまま馬を急がせる。


ゲーラに向かう時は八人の人間を乗せていた馬車は今はとても軽かった、他の者達は何処に行ったのか?あんたは部下を見捨てて一人で逃げてきたのか?男の疑問は尽きなかったが馴染客の尊大な老魔術師に尋ねる勇気をこの男は持ち合わせていなかった。


ゲーラの西門外の馬車停で男は彼らを待っていた、赤髭団の無法者が乗り合わせたので何時もと違うと感じていたがこんな事になるなんて。

目的地に到着し馬の世話を終えた後はいつもと変わらない退屈な待機時間だ、だが男はこの待ち時間が嫌いではなかった。


そこに背筋に悪寒が走る様な異様な感覚と共にギルドマスターの老魔術師が現れた、今まで近くにいる気配なんてなかったのに奴は突然現れた、そして馬車に慌てて乗り込むとハイネ行を男に命じた。


こいつに質問するのはいろいろ気を使う、そしてこの時の奴の雰囲気は絶対に質問してはいけないケースだった、それは長年の経験で良くわかっていた。


老魔術師のとりとめもない喚きから何が起きたかだいたい想像がついた、ホンザと言う魔術師の名前とジンバー商会への罵倒、そして化け物のように強い敵への呪詛のような罵倒と。

だがこんな重要な話を聞いて大丈夫なのかと怖気を振るった、自分から聞いたわけではないこいつが勝手に喚いているんだ俺は関係ないんだ!!


「もう・・・やめてくれ」


思わず御者の口からつぶやきが漏れた、その呟きも馬車の奏でる騒音にかき消されて行く。


馬車はゴトゴトを音を立てながら街道を進んでいく、この速度ではハイネに着くのは夜になるだろう。


御者は深いため息をついて頭を横にふった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ