闘いの結末
ホンザがアマリア魔術学院に接近してくる強い精霊力を察知したのと同時だった、メトジェフもまたそれを察して南西の方向を睨みつけた。
「なんだこれは?まさか?いかん!!」
メトジェフは素早く術式構築を開始する、魔術師の闘いでは迷いや僅かな躊躇が命取りとなる、魔術師の闘いとは時間との闘でもあった。
巨大な瘴気が彼の周りに収束し周囲の空気が歪むほど集まり溢れた。
ホンザはメトジェフの瘴気の量から大きな術が発動しようとしていると読んだ、彼を妨害すべく術式構築を始めたところで頭上から激しい衝撃が襲いかかって来る、地上にいた六腕愚人を失念していた。
「いかんわすれておったわい!!」
精霊力が霧散し強い喪失感と虚脱感に襲われた、どうやら精霊力の枯渇がいよいよ近い。
その間にメトジェフは術式の構築を完了してしまった。
「『アラマプルマの帰還の呼び声』覚えていろよ!!」
最後に陳腐な捨てゼリフと共にメトジェフの気配が消える。
「なんと転移の術があったのか!!」
地面の下から驚いたホンザの声が響く、転移の術は一部の高位術式の中にしか存在しない、おまけに地精霊術では魔術陣地の中でしか転移不可能だ。
ホンザは自分の精霊力が失われた事を感じた、備蓄していた力を使い切り幽界の門から流れ込む以上の力を使えば当然力は失われる。
ホンザが構築した魔術陣地が崩壊し物質界とのズレが解消され徐々に現実界に押し戻されて行った。
廃墟の荒れ果てた地面の上にホンザはうつ伏せに倒れていた。
「あぶない処じゃったな、儂はやはり闘い慣れておらんかったか」
すでに六腕愚人も姿を消している術師がかなりの距離を転移したのだろう召喚精霊はすでに元の世界に還っていた、ホンザはよろめきながらかろうじて立ち上がる。
「おい、こいつ死んでいるぞ?くそうちの新入りだ」
野太い男の銅鑼声が森の中から聞こえてきた、声はかなり近いが背の高い茂みのせいで姿は見えなかった。
「メトジェフさんどこですかー?」
「サマリーの姿が見えないぞ」
若い男達が主人や同僚を呼ぶ声も聞こえて来る、彼の部下達が目を覚まし動き出していた。
何人かの足音がホンザに近づいてくる、闘いで樹々が倒されて生じた広場の端に彼らは姿を現す、二人の魔術師と二人の柄の悪そうな男がホンザの姿を見つけてぎょっとした様に立ち止まった。
「メトジェフさんは?まさか!?」
4人は顔を見合わせた彼らの間にしだいに動揺が広がっていく、最初に柄の悪そうな男達が仲間を見捨てて逃げ出す。
「あのクソ爺がやられたんだ!!」
彼らはゲーラの街の方角に走り去って行く。
「まてよ!!」
魔術師の一人が柄の悪そうな男どもを呼び止めた、だがそれを無視して男達は止まらない。
「メトジェフさんはどうした!!」
勇敢なもう一人の魔術師がホンザに向かって問いかけた。
「おほほほ、奴は消えたわい」
ホンザはどうとでも解釈できる言い方で事実を述べただけだ、ホンザも精霊力がほぼ尽きて回復にはかなりの時間が必要だった今は戦いたくない。
そして彼らごときに魔術道具を使うには惜しかった。
次第に魔術師達に動揺が広がっていく、逃げ出した無法者達を追うように二人も南に向かって走りはじめた。
「危ないところじゃったな、次は工夫が必要じゃのう、あやつ上位の術式を五回程度使っておったな」
そこに男たちの絶叫が森の中に響きわたった。
「ぎゃー化け物だーーー」
「たすけてくれーーー!!」
男たちの泣き叫ぶ野太い声が聞こえてきた、そこに若い魔術師達の悲鳴がかさなったが共にすぐに静かになった。
「来たのか速いのう」
ホンザが彼らが去った森の向こうを見詰めていると、やがて男を両脇に抱えたベルが姿を現した、その後ろから魔術師二人を両脇に抱えたコッキーが姿を表す。
二人はホンザの姿に気づくと男達を抱えたまま走って来る、そしてホンザの前まで来ると気絶していた男達を次々と放り出す。
「お爺さん無事なのです?」
「ホンザこれは何?」
周囲の森の荒れ様にベルは戸惑っていた。
「ハイネの死霊術ギルドの奴らと闘いになった」
ホンザは周囲の様子を改めて見回した、数多くの樹々が倒され大きな窪みが幾つも穿たれている。
「じゃあ奴らに勝ったんだね?」
「奴らのマスターがお前達が来るのに気づいて逃げたよ、それに儂も危ないところでな、ところで良くここがわかったな?」
「ハイネに向かう途中で奴らの別働隊を捕らえたんだ、おかげでホンザを狙っている事がわかった、そしてあの爆発だ」
「なるほどのう」
ホンザは思索にふけり始めた。
コッキーは何かを思いついたのか魔術師達のローブを弄り触媒袋を奪い始めた、そして男たちの懐を改めながら小物や財布を没収していく。
「ベルさんこの人達を縛るロープがありませんよ」
ホンザが何か重要な事を思い出した様に手を打ち合わせた。
「そうじゃまだ奴らに仲間がおった、巻き込まれ死んだ者もおるよ、あとは逃げたようだな」
ホンザは逃げた男たちの数と最初に目撃した男たちの数が合わないことを思い出していた。
ベルから精霊力が溢れると薄く広がって行った、それを感じとったホンザの目が見開かれる。
「この近くに命の反応が無いし命の光も見えない、死んだか遠くに逃げたね」
「ベルよそんな事ができるのか!?」
コッキーが立ち上がった。
「ベルさんホンザさん誰か来ますよ?」
「コッキーこの感じはたぶんルディ達だ」
やがてルディが荒れ果てた広場に飛び込んできた、そして周囲を一瞥して驚きすぐに駆け寄って来た。
「よかったホンザ殿無事だったか」
少し遅れてアゼルも飛び込んでくる彼もまた魔術で身体強化しているのだろう、だがエリザの姿が見えない。
「ホンザ様無事でしたか」
アゼルも駆け寄ってくる。
「おおルディガー殿とアゼルか少々危なかったわい」
「ホンザ様メトジェフと戦ったのですか?」
「そうじゃアゼルよ」
ホンザの声を断ち切る様にベルが警告を発した。
「ねえまってみんな!東の方から沢山の人が近づいてくる」
ベルが東の方を見透かすように眺める。
「爆発の原因を確かめようと人を送ってきたな、ゲーラの警備隊かゲーラの領主だろう」
ルディも東を見詰めたがまだ何も見えない、まだ丘の下にいるのだろう。
「捕虜を連れて馬車まで引き上げよう」
「まだ死人がいるかも、でも探している暇は無いよ」
ホンザが術式を構築すると精霊力が湧き上がる。
「『大地に還り行く者達のささやきよ』・・これは下位の土精霊術よ」
ホンザは疲れた様に指を指し示した。
「この方向と、この方向に遺体がある、ここからそう離れてはおらんよ」
「東から人が沢山登って来る」
ベルが再び警告した。
「遺体は俺が回収する、ベルとコッキーは捕虜を運んでくれアゼルは案内を頼む」
ルディの指示に従う、アゼルを先頭に捕虜を抱えたベルとコッキーが続いた、ホンザもなんとかその後を追って行く。
ルディはすぐに二人の遺体を見つけた、一人は魔術師で一人は柄の悪そうなチンピラの遺体だった。
それらを回収すると馬車に向かって走った。
ゲーラ城から派遣された兵がアマリア魔術学院の大講堂跡に到着したのはしばらく後の事だ。
彼らは念入りに闘いで荒れた廃墟を調べたが穴の中に半ば埋もれた身元不明の破落戸の遺体を一つ見つけただけだった。
その馬車は街道から森の中に入った細い脇道に隠れるように停められていた。
「戻りましたよエリザベス」
車内にはエリザが留守番をしていた、アゼルがドアを開けてやるとアゼルの肩に彼女が飛び乗る。
「コッキー魔術師のローブから紐を作ってこいつらを縛る」
ベルは手持ちのロープをマティアス達に全部使ってしまっていた。
「わかったのです!」
二人は魔術師からローブを引き剥がすと素手で力任せにバリバリと引き裂いた、猿ぐつわとロープを作ると男たちを縛り上げていった。
そこにルディがやってくるすでに遺体は無かった。
「遺体は少し離れた所に置いてきた」
それに皆うなずいた。
そして彼らを起こすと尋問が始まった、特に無法者達がコッキーを恐れる様は異常だった、それはリズと言う死霊術師の態度に不気味なほど似通っていた。
結論を言うと彼らからほとんど新しい情報は得られなかったのだ、赤髭団の状況が少し判明した程度だった。
そして一番知りたかったメトジェフがどこに居るのかすら彼らは知らなかった。
彼らは組織の末端で価値のある情報を持っていない、余裕があれば彼らの証言を総合して何かを見つける事もできたかもしれないが。
「奴らはここに放置して少し動こう」
ルディの指示に従い捕虜を放置して馬車を動かす、捕虜達は運が良ければゲーラの住人に見つかるだろう。
荒れた小道をベルとコッキーが馬車を後ろから押して助けた、街道への出口近くにホンザが待っていた。
ゲーラの中央広場に面した場所に魔術道具屋『精霊の椅子』がある、その入り口の扉の隙間からベルが中央広場を覗いた。
「ベルよルディガー殿は馬の世話をされているのか?」
ホンザが店のカウンターに座りながらベルに話しかけた。
「うん馬車が壊れた事にしたらしい」
街道の主要な街には金を払えば馬に水をやり飼葉を与える事ができる施設がある、馬車は目立つので街の外の森の中に隠している。
ジンバー商会の者が見かけたら二頭の良馬の素性に気づくだろう、だがルディは馬を見捨てる気にはなれなかったのだ。
ホンザは懐に手を差し入れると手紙を取り出した、貴重な植物繊維で作られた紙は滅多な事では使われない高価な物だ。
「アゼルよお主の偽名でこれがきていた」
触媒棚を眺めていたアゼルはカウンターの前に早足で戻る、アゼルはそれを一読して頭を横に振り眉をしかめたがやがて苦笑する。
「あからさまに罠ですね」
すると入り口の扉が数回叩かれた店内に緊張が走る、ベルが外を確認して扉を開くとルディが入って来た。
「ホンザ殿お加減は良いのか?」
「おお大分落ち着いたわ」
「ホンザ様メトジェフとどのような因縁があったのですか?」
アゼルが手紙を一瞥してからホンザに返した。
「奴はわしの兄弟弟子の一人よ、師はセザール=バシュレだ、アマリア魔術学院で共に学んだ中じゃが年齢はヤツの方が少し若い」
そんな彼の話を断ち切るようにルディの胸のペンダントが言葉を発する。
『なんじゃ?なぜ精霊の椅子におるのじゃ?そろそろハイネに着く頃かと思ったが』
「愛娘殿か、いろいろあってホンザ殿がメトジェフの攻撃を受けたので戻って来たのだ」
『メトジェフだと・・・誰じゃ?』
「ご存知でありませんでしたか、セザールの弟子ですアマリア様」
少し疲れた様子でアゼルが教えてやる。
そこに二階で休んでいたコッキーが下の騒ぎを聞いて階段を降りてきた。
『事情がわからんので初めから話さんか』
ルディ達が代わる代わる今日一日の経緯をアマリアに話すはめになった。
話が終わった頃にはだいぶ陽も傾き始めていた。
『そのメトジェフがセザールの命令らしき事を匂わせていたと言うことか?』
「アマリア様、機密だったそうですがメトジェフが興奮してセザールの命令で動いている事を話してしまったようです、相手がジンバーの情報部員だった事もあると思いますが」
その場には死霊術ギルトの魔術師達や赤髭団の無法者がいたのだからまったく不用意な発言だろう。
『向こうの手駒はメトジェフだけではあるまい』
「セザール=バシュレ記念魔術研究所だけで上位相当の術師が少なくとも二人いると思います」
アゼルがそれに答えた、ルディ達はみんな孤児院の子供達を奪い返した後の深夜の街道上の闘いを思い出していた。
『ここにお主が居続けるのは危険じゃな、お主が上位魔術師だとしてもな』
「アマリア様わしは覚悟を決めております、ルディガー殿達と関わった事からして神々の意思だったと思える、微力ながら彼らの役に立ちたいのです、そして今更逃げ隠れはしたくありません、行くあても無いですからのう」
ホンザの言葉が皆にベルを依り代に大地母神メンヤが降臨したあの日の事を思い出させた。
神々の意思の象徴こそ幽界帰りでありコッキーの黄金のトランペットだった。
ベルが扉に閂をかけるとカウンターの前に戻って来た。
「じゃあサビーナ達と同じにアラセナに行ってもらおうよ、上位魔術師なら歓迎されると思う」
その一言がその場に落雷を落とした。