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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第二章 騒乱のテレーゼ
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聖女アウラ=フルメヴァーラ

 ラーゼ城市の南門の扉が開かれた、最初に聖霊教会の巡察使団が門から出発していく、教会の聖戦士8人が3人の修道女と指導者と荷運び人夫を守る様に取り囲んでいた。

その後に小さな傭兵団の10名、更に商隊が二つ続き、その後から行商人と旅行者、最後にルディ達が続いた。

総勢は60人近くになり、ほとんど全員が武装していた、巡察使団は強力な戦闘力を誇り、傭兵団と商隊の護衛もかなりの戦力になるだろう、ケチな盗賊団ではまず手は出せない。


ルディ達の姿は昨日までとは一新していた、ルディは旅に出された商会の若旦那の設定だが、その頑健な肉体と二本の長剣からとてもそうは見えない、名のある武人を思わせるような重厚な風格を備えていたが、妙な親しみ安さと軽薄さが同居していた、端正な容貌と、不思議と騎士の装備か貴族の礼服が似合いそうな気品をも兼ね備えていた。

彼の偽名はルディ=ファルクラム。


ベルは商家の小間使いの平凡な小娘のような地味な服装をしている、だがその工夫を美しい鋭利な顔立ちと夜の闇の様な漆黒の黒い長髪が台無しにしている、眼力が強く態度や仕種が大胆でスカート姿で大股で歩きまわり、その動きは躍動感に満ち柔軟で力強い肢体を感じさせる、腰を幅広の革ベルトで締め短剣とグラディウスを佩いていた。

踊り子か曲芸団の団員が似合いそうだが本人に言ったら無事では済まないだろう。

彼女の偽名はリリーベル=グラディエイター


アゼルは商家の会計士か番頭のような格好をしている、田舎の小役人でも通じるだろう、神経質そうな顔と丸メガネがとても良く似合っている、むしろ商家の会計士か番頭か小役人以外に見えなかった。

見事な変装の手本の様に見えて、本当の処は商家の会計士か番頭か田舎の小役人以外に変装できないのだ。

本人は変装に自信がなさげだが、この三人組の中では一番完璧に近かった。

彼の偽名はアダム=ティンカー

その三人が行列の最後尾を飾っていた。


「アゼル、アマンダが来るんだって?」

「え、ええ、そうです昨晩連絡がありました」

ベルはアゼルが心ここに在らずな態度なので眉を(ヒソ)める。


「嬉しいですか?貴女の姉妹の様なお方でしたね?」

「う、うん」


「ルディ、みてピッポがあそこにいる」

「たしかにいるな、奴は魔術師か学者なのだろうか?」

「ねえアゼルあいつが魔術師かどうか解る?」

アゼルは何事か考えているようで反応がない。


「えっ!?そうですね魔術師独特の空気がありませんね、それに学者とも思えません、まるで演劇にでてくる学者のような芝居がかった俗な服装ですね」

心ここに在らずなアゼルの反応をベルは更に訝しんだ。


アゼルは昨晩の事、ルディから聖霊教会の巡察使団に同伴してリネインを目指す意思を聞かされた時から心が騒いでいた。

そしてこの朝、南門にあつまる群衆の中でも聖霊教会の巡察使団の姿は一際目立っていた。

プラチナブロンドのエーリカの美しさは一際目立つ、巡察使団の団長は初老の高位聖職者だが、エーリカもその中ではかなりの高位の立場のように見えた、修道女や聖戦士達の彼女への態度は敬意の籠もったものに見えたのだから。

アゼルは無意識にエーリカの姿を追ってしまった。


アゼルは大公妃の命でアルムトの聖霊宣託で高名なヘルマンニの送迎使節に従事した時の事を思い出していた、エーリカが姿を消しアゼル達が彼女を探しまわった事、後ろ髪を引かれるようにエルニアに帰国しなければならなかったその時の心痛を思い出していた。


「ルディあそこに居る、銀髪の人綺麗だね?」


「ご存知ないのですか?彼女こそ聖霊教会の一修道女から、未来の大聖女候補に駆け上がっている、新進気鋭のアウラ=フルメヴァーラ様ですよ」


隣りにいた10代なかばの少女がベルに語りかけた、年齢的にはベルに近いだろう。

少女は小柄な美少女で落ち着きのない目をしていた、髪の色は薄い金髪でショートボブ、蒼い厚手のワンピースを着込み、薄い背嚢を背負い上から外套を羽織り、腰から短剣をぶら下げている。


「君は?」

「いえいえ大した者ではありませんよ、お姉さんと兄さんは、一昨日スリを捕まえたり盾を真っ二つにした方々ではありませんか?」

「君あそこにいたんだね?」

ベルは少女を見下ろしながら微笑んだ。


「あれは熱く燃えました」

「ルディ、ファンができたよ?」

「ん?私はルディ=ファルクラムだ、貴女の名前は?」

ルディの気さくながらどことなく気品のある態度に、少女は少し当惑したようだが。

「えー私はコッキー=フローテンと申します」

「僕は、ラ、リリーベル=グラディエイターだよ、ベルでいいよ」


「私はアダム=ティンカーと申します」

『ウキッ』


「コッキー、君は何の用でリネインに行くの?」

年の近いベルの方がやはり話し易いようだ。

「ハイネにご注文の品を届けにまいります、あれなんですよ、外国の商隊はラーゼより先にあまり進みたがらないので、私達も担ぎ屋で稼げるんですです」

「危険じゃないの?」

「でも背に腹は変えられませんです、仲買商が間に入って担ぎ屋がラーゼとハイネを繋いでいるんですよ」


ルディは街道を進みながら周辺の風景を観察していた、ラーゼ城市周辺は整った田園風景が広がっていたが、4時間も歩くと、次第に林が拡がり始めた。

「うむ、平地のはずだが林が多いな、それにあの丘の上に廃墟があるぞ」

開墾すれば良い農地になりそうだが雑木林が延々と広がっているのだ。


「ここらへんも昔は農地だったそうですよ?おばあちゃんが言っていました」

「ルディ、そこの林の中に石壁の跡や家の土台の跡がある、村の廃墟だね」



更にどのくらい歩いた事だろうか?特にリーダがいるわけではないが、聖霊教の巡察使団の休憩と共に全体が休息を摂り始める。

三人は昼食として携帯食料に手を出した。

「多めに買ってきて良かったよ」


その時列の前の方から歓声が聞こえてきた、ベルが思わず立ち上がり前方を観察する。

遠目にも美しいプラチナブロンドの美しい女性が3人程の護衛を連れ、行列の商隊や旅人に聖霊の祝福を与えながら後方に向かってくる姿を目撃した。


「聖女アウラ様が来ますよ!!」

コッキーが少し興奮気味に騒ぎ出した。

ベルはつま先立ちで少し背伸びをしながら眺める。

「すごい綺麗な人だね」

「たしかにな」


「ねえアゼル・・?」

アゼルはこちらに向かっていくる聖女アウラを凝視している。

アゼルには他の者達のような憧れや喜びは無く、アゼルの表情から苦痛と悲痛な物を感じ取った。


アゼルはエーリカが行方不明なまま帰国した後、先輩の導師と共に港町リエカのエーリカの両親の元に赴き彼女の両親に報告し(ワビ)た、自分たちが至らないばかりにエーリカを見失ったと、その時の両親の悲しみを忘れることができない。

先輩の導師はアゼルは来なくても良いと言ってくれた、だがアゼルはそれに志願した、エーリカの両親とも長い付き合いだった、その場に自分が居ないわけにはいかなかったのだ。


そして三年後に故郷にエーリカの墓を立てたと言う話を風の便りに聞いた頃だった。


エーリカが名を変えて生きている事をアンスガル先生に伝えてきた、その事を先生から伝えられた時、アゼルは卑怯だと(イキドオ)った。


そしてそのエーリカ=サロマーが聖女アウラ=フルメヴァーラとしてアゼルの前に姿を現したのだ。


(いけませんね、冷静にならなくては、しかし)


アゼルは胸に湧き上がる暗い感情を制御しようと必死だった。

ルディとベルはアゼルの異変に気がつき当惑している。


しだいに祝福を授けながら聖女アウラが近づいてくる。


「聖霊の祝福が命の子らの元にありますように」

ルディ達三人も礼を逸しないような態度でそれを受けた。


突然アルゼが口を開いた。

「アウラ様、悩みが一つあるのです、相談に乗っていただけませんでしょうか?」

「は、はい、かまいませんよ」

ルディとベルは当惑してアゼルと聖女アウラを交互に見つめる。


「私の知人にあるご夫婦が居ます、彼らは娘がいましたが死んだと思っています、ところが娘は生きていました、彼らに娘が生きている事を伝えるべきか伝えないべきが悩んでいるのです」


「その御夫婦は、娘さんが生きている事を知らないのですか?そんな・・」


(私に直接伝えられないから先生に伝え、ご両親には私が伝えると思っていましたね、それが卑怯なのです!!)


護衛の聖戦士がアウラの態度に不審を抱いたようだ。

「アウラ様どうかなさりましたか?」

アウラの表情からは、当惑、後悔、悲しみ、苦痛、そのどれとも取れる色を読み取れた。


「もし生きている事をお伝えする事は、娘の裏切りをお伝えしなければならなくなるからです、でもそれでも生きていて欲しいと思うのも親心ですから悩むのです」


(私やご両親に直接伝えるべきではありませんか?謝るのが嫌でしたか?それとも責められるのが・・・)


「わ、私も未熟者ゆえ、答えは時が解決するのではないでしょうか?」

アゼルはこの瞬間激昂した、だがアゼルの右腕をベルの腕が掴んでいた、アゼルの腕は鋼鉄の(クビキ)に繋がれた様にびくとも動かない。

ルディがアゼルの肩を力強く掴んでいた、その手は大きく温かった。


アゼルは急激に冷静になった。


「彼女を大切に思っていた全ての人に対する裏切りだったのですから」


(貴女を一番大切に思っていたのは私でした、エーリカ!!)




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