魔術師の闘い(1)
ゲーラ城市の北西の丘の上にアマリア魔術学院の跡がある、かつて東エスタニア有数の数多くの駿才を生み出した学院も今は廃墟となってしまった。
放棄されて久しい廃墟はすでに樹々に覆われ森に還ろうとしていた、その樹々の中に風雨に晒され風化した石造の壁や柱が無残な姿を晒していた。
「ここがアマリア魔術学院の跡ですか?名前は知っていましたが酷いもんですね」
死霊のダンスの若い術師達も感慨深げに廃墟を見渡している。
「ここは東エスタニア最高の学府だった事もあったのだ、儂はここでは天才と呼ぼれたものよ、そしてここが大講堂の跡だ」
またメトジェフの自慢話が始まったと若い術師達が顔を見合わせる。
だが言われてみると彼らがいる一帯は石畳みが敷かれていた痕跡が残っている、その多くは成長する樹々に破壊され砕かれていた。
赤髭団の無法者達は手持ちぶたさでする事も無く立ち尽くしていた、だがどこか不安げに周囲を警戒している。
日はすでに中天をまわり傾き始めていた。
「メトジェフさんそのホンザとか言う奴もここの出なんですか?」
赤髭団の繋役にされていた若い魔術師がそんな質問を投げかけた、同僚は止めとけよと言った目で彼を見ていたが彼は気にもしない、そんな無神経でずぶとい性格だったせいで赤髭団との繋役にされたのだがこの男にはその自覚がなかった。
だがメトジェフは機嫌を損ねるどころかむしろ良く聞いてくれたとでも言うかのように饒舌になる。
「ふんやつは成績はそこそこ良かったが、今まで我らに怯えて生き永らえて来ただけの腑抜けよ、セザール様の弟子のなかでは出来の悪いおちこぼれだ、今日こそケリをつけてくれるわ」
メトジェフは最後に吐き捨てると準備の為に歩き去って行く。
「おいフランク」
同僚の魔術師の一人が声を潜めて赤髭団の繋役の若い魔術師の肩をつつく。
「なんだよ?」
「マスターの言い草に少し違和感を感じた、敵を舐めない方が良いと思うぞ」
フランクもまた微妙な違和感を感じていた、わざわざ大講堂の跡を選ぶと言うことは何か深い因縁があるのかもしれない。
セザールがホンザ討伐に彼を指名したのも過去に何かがあったのだろう、むしろメトジェフはホンザに勝てた事が無いのでは?そんな不安が彼の心の奥から湧き上がってきた。
「子供にメッセージを渡してどのくらい経った?」
フランクが同僚に尋ねたそろそろホンザが現れる頃合いかと思ったからだ。
「そろそろ二時間になるかな、こんなので奴はくるのか?」
「さあね?」
苦笑いをした二人は思わず空を見上げる、森の樹々の枝葉の隙間から日の輝きを見ることができた。
ふとフランクはさわやかな樹々の香りを感じた、清涼感を感じさせるさわやかな森の香りだ、樹脂の香りが胸に染み渡ると心が落ち着いて頭が冴えわたった。
「森はいいな・・・」
そして体が浮遊するような高揚感と共に意識が遠くなって行く、最後に彼が見たのは樹々の隙間から溢れる日の光だった。
メトジェフもそのさわやかな樹々の香りを感じた、すぐに異常を察知したが既に対策済みだった。
「ホンザか!?卑怯な真似をしおって!!」
メトジェフは森のどこかにいる敵に向かって吠えた。
死霊のダンスの魔術師達と赤髭団の無法者が倒れて行く、赤髭団の無法者共はともかく魔術師達の不甲斐なさに怒った、彼らには基本的な闘いへの備えができていなかった。
「この無能共め!!」
『ほほほ、だから卑怯じゃなくしてやったのよ、これで一対一よ』
森のあらゆる方向からホンザの声が木霊の様に聞こえてくる。
「これは『ウジャンの巫山戯た木霊』だなくだらん小技を!!」
『精霊術を忘れたわけではなかった様じゃな、正解じゃ』
ホンザの声はどこから聞こえてくるのか見当がつかない、森の四方から木の上なのか茂みの中からなのか、たえず方角が変わる。
『しかしお主だったとわな、セザールにしては頭が悪すぎると思ったが、まあセザールならば死を覚悟するしかなかったわい』
声はたえず方向と距離を越えてどこにいるのか見当もつかない。
「どこにいる『生者の光の道標』そこか!?」
メトジェフはすばやく探知術を唱える。
『おおなかなかやりおる』
だが探知でホンザを探ったメトジェフが注視した正反対の方角から何かがメトジェフに向かって風切音と共に凄まじい速度で飛来した。
それを防ぐように地面から巨大な黒い影が立ち上がりそれを受け止める。
『なんじゃ!?』
それは身長六メートル程の巨人で三本の黒い太い足に頑丈な巨大な樽の様な胴体、そして六本の巨大な腕が胴体の周囲に生えていた。
丸い頭には赤く輝く目が頭の周囲を取り巻くように幾つも輝いてる、それと同じ赤い目が樽の様な胴体にいくつも散りばめられていた。
その胴体に先ほどの飛来した緑色の握りこぶし程の木の実の様な物体がめり込んでいた。
「驚いたか?これが死霊術が圧倒的に優れている証拠よ、召喚精霊『キンドゥの多眼の六腕愚人』だ」
『先に出して地下に潜ませていたのか、召喚しているとは思ったがあぶないあぶない、しかしおぞましい瘴気じゃなこれが魔界の力か』
「何を無駄なおしゃべりをしておる『死せる墓所の下働き』」
メトジェフが詠唱をすかさず唱えると三体の骸骨の護衛が立ち上がる、彼らは脆弱だが己を顧みずに主を守る。
『オホホホ、ゆかいじゃな』
その直後に背後の茂みから数本の蔦が伸びてメトジェフに襲いかかった、それを骸骨達が受け止め格闘している。
メトジェフはホンザの煽りに乗せられる事もなく落ち着いて新たな詠唱を始めた。
「『ジャンランダルの不定なる追跡者』よしヤツを探せ!!くそ奴はいつ詠唱した?」
生まれでたのは黒い形も定かではない何かの塊だった、歯が生えた口らしき穴と青白く輝く小さな1つ目が輝いている。
その化け物は体を不気味にうごめかせながら、見かけによらぬ速度で森の中に去って行った。
メトジェフは六腕愚人を盾にしていたが、更に触媒をばらまくと護衛を追加する。
「『死せる墓所の下働き』儂を護れ!!」
蔦と戦っていた骸骨達は敵をすべて倒したが二体失われていた。
『おおなかなかやりおる』
すぐにメトジェフの顔が変わった。
「見つけたぞ!!六腕愚人奴を踏み潰せ!!」
三本足の巨人がその方向に恐るべき速度で突進すると、森の樹々が踏み倒され灌木が踏み潰された。
メトジェフも六腕愚人から離れ過ぎないように移動する。
そして30メートルほど突進したところで何か硬い物が割れる音がすると六腕愚人が大きく傾いた。
慌てて近寄ると六腕愚人の足の一本が穴に落ちこんでいる、その穴の中から濃厚な爽やかな樹々の香りを感じさせる匂いが吹き出してきた。
「この匂いか?」
六腕愚人はすぐに穴から足を出して立ち直った、メトジェフが素早く観察すると穴の深さは1メートル程の魔術によって作られた穴だ、ナイフで切り取った様な綺麗な表面でそれがわかる、穴の底に壺の破片が散らばっていた。
『落とし穴が小さすぎたかのう、いやそいつがデカすぎたか』
ホンザの声はあいかわらずどこから聞こえてくるのか見当がつかなかった。
そばにジャンランダルの不定なる追跡者がうずくまっていた、側に何か蔦を束ねて人の姿を象った人形が転がっている。
「先ほど探知したのがこれか?しかし何時この穴を開けた!?」
穴は魔術が切れても後に残るので事前に用意する事もできる、しかしこの穴は前からあったのだろうか?
「ジャンランダルの追跡者よヤツがどこかにいる探せ!!」
追跡者は再び体をうごめかせると森の奥に消えていった。
『簡単にはみつからんぞ?』
「うるさい!!そうか土精霊術に身代わり作りの術があったか」
メトジェフは植物を束ねた人形を蹴り飛ばした。
そして顔が真剣な物に変わった、精神集中をすると詠唱を始める。
『オホホホ、ゆかいじゃな』
森のあらゆる方向からホンザの声が木霊の様に聞こえてくる。
そこに無数の蜂の羽音の様な音を鳴り響かせて、焦げ茶色の小さな粒子の群が襲いかかって来る。
巨人と骸骨達が盾になったが一発がメトジェフの腕にあたる、チクリと刺すような鋭い痛みを感じたが彼は耐えた。
「『ガイナックの朽木の巨人』儂を護れ!!」
中位の死霊召喚術により腐木の巨人が呼び寄せられた、ここには依代になる六腕愚人が踏み倒した材料がいくらでもあった。
「クソ!!アヤツいつ詠唱した?」
痛みは蜂にさされた程度だがそこが痒くなってきた。
『おおなかなかやりおる』
メトジェフは違和感を感じていた、だがそれはまだはっきりと形をなさない。
いいかげんに下位土精霊術の『ウジャンの巫山戯た木霊』が切れるころではないだろうか。
「六腕愚人よ周囲の木をすべて倒してしまえ!!」
『ん?ならなぜ儂をわざわざ森の中に呼び寄せたのだ?儂が土精霊術師だと忘れていたのかの』
「森ではない大講堂に呼び出したのだ!!」
『まさか今だに逆恨みしておったの?』
六腕愚人は周囲の樹木を手当たりしだいへし折り押し倒して行く。
『オホホホ、ゆかいじゃな、おおなかなかやりおる』
周囲の地面が波打つと、無数の太い蔦の様な植物が吹き上がるとメトジェフ達に覆いかぶさるように襲いかかって来た。
朽木の巨人が大木の様な豪腕で振り払い、骸骨達もメトジェフを守ろうと格闘を始めた。
突然メトジェフの左手方向から精霊力が爆発的に膨れ上がった。
「いそげ!!」
メトジェフはしもべ達を叱咤した。
六腕愚人も駆け戻り蔦で作られた壁を剥ぎ取ろうと暴れだす、頑丈な蔦の檻も二体の巨人が暴れたため凄まじい速度で崩壊していく。
「『総てを地に還えせトビバザルの腐食の王』!!」
詠唱が終わると左手から砂嵐か黄色い霧の様な何かがメトジェフ達に吹き寄せて来た。
「いかん!!」
メトジェフは懐に手を差し込むと魔術道具に触れた。
その直後メトジェフと朽木の巨人と骸骨達がその砂嵐に巻き込まれた。
「これは!!」
『オホホホ、ゆかいじゃな』
朽木の巨人と六腕愚人が盾になろうとしたが、メトジェフもその砂嵐を浴びた。
残った蔦の壁と巨人達の表面は黄色い粉を吹き付けた様になった、その粉は水分を吸った様に溶解し、しだいに生き物の様にこまかくうごめき始めた。
やがて糸の様な繊維が表面から無数に伸び上がり成長していく。
だがメトジェフは何かに守られていたのか黄色い粉を浴びてはいなかった。
見る間に朽木の巨人が粘液に食われてやせ細っていった、黄色い液体はさらに容積を増やしながら地面に下り落ちていく、たがて不気味な音とともに朽木の巨人の腕が折れて地面に墜ちた。
だが六腕愚人は無傷だ、黄色い溶液は干からび六腕愚人の表面から剥がれて落ちてゆく。
『残念じゃなそいつは鉱物か土でできておったか、まあ備えておって良かったわい』
「貴様わかったぞ!!」
メトジェフは懐から小さな金属質の棒を取り出すと先ほど詠唱を聞いた方向に向けた。
そして音無き音と共に何かが砕け散る様な感覚を残して力の波動が広がって行く。
そして小さな魔術道具は全体に亀裂が入ると崩壊して行った。
「豪勢な魔術道具を使ったものよ、土属性狙い撃ちで総て消されたか」
すでに魔術の木霊も消えていた。
メトジェフの正面に黒い魔術師のローブに身を纏った白い長い髭の魔術師ホンザが姿を現した、精霊の椅子の看板の様なつば広の三角帽をかぶって。
そしてホンザの足元で杖で突かれたジャンランダルの不定なる追跡者もまた消えていくところだった。
ホンザは首からペンダントを下げていた、彼はそのペンダントに軽く触れた。
『オホホホ、ゆかいじゃな・・・おおなかなかやりおる』
「便利な魔術道具が発明されたようじゃな、音を記録して再現できるとは大したものよ、使いすぎるとこうしてばれるがな」
ホンザは魔術道具の音を『ウジャンの巫山戯た木霊』で流して己の術式詠唱を欺瞞していたのだ。
だが上位術式ともなると精霊力の漏れで隠しきれなくなってしまう。
「よくも小細工で遊んでくれたなホンザ!!」
「お主も相変わらず力まかせじゃな」
「お前の様な魔力量が貧弱な劣等生と違って小細工に頼る必要など無いのだ!!だがこれで貴様もおわりだな」
メトジェフの六腕愚人は無傷なのだ彼はそのしもべを見上げてすぐに眉をひそめた。
「なんだ!?」
六腕愚人の胴から奇怪な植物が生えていた、緑色の背の低い植物で大きな球根の上に葉を広げている。
その真ん中の花の蕾が今まさに開花しようとしていた。
六腕愚人の胴から気味の悪い破断音が聞こえてくる、球根の周囲の胴体に亀裂が走っていた。
メトジェフは最初に六腕愚人にめり込んだ緑の木の実を思い出していた。
「備えておって良かったといったぞ?ではさらばじゃ、儂はいそがしくての」
ホンザはスタコラと逃げ出し始める、老人とは思えぬほど軽快な走りだ。
「またんかホンザ!!」
そして花の蕾がゆっくりと開き始めた、やがて蕾の真ん中から巨大な青い目玉が姿を現してメトジェフをギョロリと睨みつける。
そして目玉は青から黄色に変わった、ぼうぜんと見とれていたメトジェフは何かに気づき叫んだ。
「しまった!!向こうに走れ!!」
森の向こうを指さして命令を下すと六腕愚人は走りだす。
メトジェフも叫びながら反対方向に走り出した、懐に手を差し込み魔術道具に触れそのまま地面に倒れ伏す。
その直後に花の目玉が赤に変わった。
人には見えない精霊力の閃光と精霊力の奔流を伴い大爆発が生まれた、六腕愚人は粉々に砕け散り周囲の樹々が爆風で吹き飛ばされ薙ぎ倒された。
吹き飛んできた木の枝で骸骨達が巻き込まれ吹き飛ばされた。
その爆音はゲーラの街の住民にも届いた、のどかな午後のひと時を破るその轟音にみんな驚かされた、人々は音が聞こえた北西の空を不安げに見つめていた。