森の尋問者
ベルは街道を疾走る馬車に一気に迫ると屋根に飛び乗った、物音に慌てる御者を脅し上げて馬車を停止させる、そして御者を気絶させ馬車から飛び降りた。
ルディが馬をなだめて落ち着かせている間に車内を観察すると予想通り三人いる、薄い金髪の壮年の男と酷く怯えた魔術師らしき女性と彼女を抱きしめている男だ。
その魔術師らしき女性はコッキーを見たとたん気を失って失禁してしまった、ベルは居たたまれなくなって目を逸らす。
彼女がコッキーを見て気を失ったという事はセナ村を襲った敵の中にいたのかもしれない。
魔術師らしき女性は目を見開いて凄い顔で気を失っている。
「武器を捨てて大人しく出てきて、出てこないなら引きずり出すよ」
そう警告すると年長の男がベルに答えた。
「わかった降伏する」
無駄な事は言わないらしい壮年の男が腰の短剣を鞘ごと馬車の窓から捨てる、そして諦めたように馬車から降りてくる。
その身のこなしからどうやら普通の男でななさそうだと思った、ルディがその男をロープで縛り上げ草地に転がした。
その男は御者台の上で気を失っている御者を一瞥すると、ルディとアゼルを見上げて僅かに眉を動かすと二人を穴が空くほど見詰め始めた。
だが残りの男女がなかなか出てこないのでベルは中をふたたび覗き込んだ。
「こいつが気を失っているんだ手伝ってくれ」
男が怯えたようにこちらを見上げていた。
正直触りたくはなかったが馬車のドアを開けて気絶している女魔術師の足首を持ってやる、少し湿って生暖かい感触に背中に悪寒が走った。
その女性は30歳前後に見える、彼女の銀のモノクルに以前どこかで会った事があるような気がした、そして彼女は予想よりずっと軽い。
男はなかなかの男前だが特別な何かは感じない、そしてこの男にはまったく見覚えがなかった。
「その人をそこの草むらに寝かせてください、浄化の魔術を使います」
アゼルが道の脇の街路樹の下を指差した、馬車から運び出し彼女をその草地に寝かせてやる。
そして彼女のローブの綺麗なところで手を拭う。
「さて危ないので没収」
ベルは呆然と女性を見下ろしていた男に近づくと腰の剣を鞘ごと奪い去り投げ捨てた、そしてロープで男を縛り上げていく。
男は驚愕したが抵抗はしない。
「ベルさんその手で私に触らないでくださいね」
酷い言い草にムカついたのでコッキーを睨みつけたが、コッキーは魔術師に興味があるのか顔を覗き込んでいる。
そうしている間にアゼルが浄化術の詠唱を行う、水色の淡い光が彼女の下半身を覆った、ベルも便乗してその淡い光の中に手をさしいれた、やがて光は消えて行く。
「ベル嬢、この方から触媒を取り上げてください」
「了解!」
ベルは女魔術師のローブに手を突っ込むと中を探る、触媒袋を数個を見つけたのでそれを取り出すと離れた場所の下草の上に投げ捨てた、そして魔術師もロープで縛り上げる。
「やっぱりこの人セナ村で大きなおばけを操っていた人に似ているのです」
「さては彼女もジンバー商会の関係者ですか?」
アゼルもその魔術師の顔を覗き込む。
周囲を警戒していたルディが街道の彼方を見渡しながら声を上げた。
「ここは街道の真ん中だ、いそいで馬車を動かそう」
「こいつらを馬車に詰め込むよコッキー手伝って」
三人で縛られた捕虜を抱き上げると馬車に運び入れていく、その怪力に捕虜の男達の目が見開かれた。
か弱そうな女性たちが人を軽々と運ぶのだ、話に聞いていても実際に身を以って体験するのとは違う。
「僕は走るからコッキー馬車に乗って」
馬車で座っているのに飽きていたのだ、しばらく走って頭をすっきりさせたい、そのまま屋根の上の荷台に背中の大きな荷物を放り上げた。
ルディはそれにうなずくとアゼルを御者台に引き上げた、コッキーが車内に入るのを見届けると馬に鞭を当てて馬車を走らせる。
ベルはそのまま馬車の後ろを追いかけて走った、駆けるのを楽しむようにその体を躍動させて。
半時間ほどハイネの方向に走ったところで森の中に大きな家の屋根の頭が樹々の隙間から見えてきた、もう少し進むとハイネ周辺の田園地帯にさしかかる場所だ。
「あそこに屋根が見えますね殿下、こんな所に人が住んでいるのでしょうか?」
ルディが馬車の速度を落とすとちょうど狭い脇道の入り口が見えてきた、馬車の速度が落ちたのに気づいたコッキーが窓から頭を出す。
ベルは馬車を追い抜いてさっそく脇道に飛び込んでいった、だがすぐに街道に戻ってくると手招きをする。
これは誰も人がいないと言う意味だ。
脇道に馬車を乗り入れ進んでいく、ほとんど人が通らないのか荒れ果てた道だ。
やがて屋敷の全貌が見えて来た、長らく放棄された廃屋でその裏に馬車を導くと停車させた。
馬車から縛られたままの三人を下ろすと尋問が始まる。
「お前たちはジンバー商会の者か?」
ルディが口火を切ったが相手の反応を見定めるかのように捕虜達を観察している。
だれが組みやすいか見極めようとしている、それがベルにはなんとなく解っていた。
先ほどの女魔術師はもう意識を取り戻していたが酷く怯えていた、草の上で丸まって頭を抱えて震えていた。
ベルは女魔術師がローブを纏っていない事に気づく、馬車の中をみるとローブが椅子の敷布にされているこれはコッキーの仕業に違いない。
ルディが黙秘する男二人の持ち物から調べ始めた、壮年の男はハイネ周辺の地図を持っていた、だがそれ以外に手紙の様な物や男達の身分を示す物が何も見つからない。
「アゼル尋問に役に立つ魔術は無いのか?」
「無属性にそれらしき術式がありますが私にはできません、後は禁呪です術式も使い方も知られていません」
アゼルは首を横に振った。
ベルはふと馬車の中をもっと調べる事にした。
馬車の下を見てから車内を観察する、どこかに秘密の空間がないだろうかと?
なにか大きな空間があるなら座席の下ぐらいだ、だがそこは一枚の木の板で隠し扉らしきものは見つからない。
座席を上に外そうとしたがびくともしない。
「あっこれ動きそうだ!!」
ベルは座席の横の板を動かして革張りの板を上に持ち上げて外してしまった。
コッキーがさっそく馬車に近づいて覗き込んでくる。
「はいこれ」
ベルはコッキーに座席を手渡すと箱のような中を改めた中に有ったのは小さな革のカバンが一つだけだった。
ベルはルディ達の前でカバンの中身を改める、中には地図が何枚か入っていた他は金属の鑑札らしき板が二枚だ。
金属の板には刻印が打ち込まれている、硬い金属の突印をハンマーなどで打ち込んで文字を刻んだ板だった、ベルは中身を総てルディに手渡した。
金属の板を調べていたアゼルが何かに気づいた。
「若旦那様これはゲーラ城門とハイネ城門の夜間通行の鑑札ではありませんか?ここにジンバーの刻印があります」
「地図はゲーラの地図に見えるぞ、見覚えのある形をしている」
だが鑑札や地図に関して尋問してもその男達は何も話そうとはしなかった。
考え込んでいたベルが何かを思いついた。
「この女の人に話を聞こうよ話がしやすそうだし、ねえコッキー?」
急に話を振られた彼女はキョトンとしたがすぐに話しを合わせる。
「そうですこのおばさんとお話ししたいのです」
その魔術師の女性は小さな悲鳴を上げてもだえ始めたがコッキーを見て頭を抱えて震え始める。
見かねた彼女に寄り添っていた男が口を開いた。
「俺たちがジンバー商会に関係があるのは否定しない」
鑑札を発見されたのでもう隠す意味はないからだろうか。
「彼女は魔導師の塔の者ですか?」
アゼルの質問に三人の捕虜が驚いたが三人とも沈黙を守った。
「この人まだ何か持っているかもしれないから調べる」
ベルは女魔術師に近寄る、ベルを見る目も恐怖に歪んでいた逃げようとイモムシの様に動くが逃げられない。
「頼んだベル」
ベルは彼女の学者か書生の様な質素な服の小物入れの中を丁寧に探っていく、ベルは彼女が痩せているのに驚かされたが、それが記憶を刺激した。
「そうだ、この人ハイネの新市街の魔術道具屋にいた人だよ今思い出した」
「知っていたのか?」
「うん如何わしい魔術道具屋だよすごく大げさな名前だった、たしか『精霊王の息吹』だ、あの店の地下にかなりの人がいるはずだ」
「解ったその話はまた後で聞かせてもらう」
ルディはその女性の顔が驚きで歪むのを見逃さなかった。
結局小さなペン入れとインク壺のセット、そして彼女の小さな財布が見つかった。
「財布の中身を調べるよ」
ベルは取り出した彼女の財布の中身を改めていく、中には銅貨や銀貨が数枚入っていただけだ、だが一枚の紙切れが見つかる。
その紙はメモ代わりになっていたのか細かく文字が書き込まれていた、住所らしき文字や予定らしき走り書きその中に意味ありげな文字を見つけた。
「『八時にジンバー本館西門発、ゲーラ着11時予定、触媒の現地調達不可能』か」
ベルはそれをルディに渡した。
「これもゲーラか・・・」
アゼルが突然馬車から離れて森の中に入ると手招きした、秘密の話があると察してみんな彼の所に集まる。
「コッキー、トランペットの力で話がしたくなるような方法はありますか?」
アゼルはそうささやいたがコッキーも当惑する。
「わからないですよ、いろいろ試さないと」
「でもトランペットの事がバレるでしょ?こいつらの口を塞ぐつもりなの?捕虜を殺すのは反対だ」
武器を持って向かってくる相手には情け容赦をしないが、戦う事ができない相手は害さないそれがベルの独自のルールだった。
「私はすでにトランペットが普通の楽器ではないと彼らに知られていると思います、一度狙われ奪われていますからね、怪しい二人を目撃した後でトランペットが奪われました、セナ村へ攻撃があったのはその日の夕刻でした」
「ルディさん、あとテヘペロさんやピッポさんにトランペットの力は知られているのです」
「そうかその繋がりもあったか」
ルディがその話に唸る。
「殿下トランペットは神器とまでは言いませんが特殊な何かと疑われているはずです」
「でもなぜトランペットがあんな所にあったのでしょう?」
あんな処とはドルージュ要塞の沼地の中だ、コッキーは偶然トランペットとそこで再会した。
コッキーの疑問に答えられるものは誰もいなかった。
「神器が神の意思ならば・・むしろ隠すべきではないのかも知れんな」
ルディはそうつぶやいた。
「ではいろいろやって見ます、私の気分で音の力の効き目が変わるみたいなんですよね」
コッキーがトランペットを愛おしげに撫でる、彼女の曲に人を苦しめる力を込める事ができると皆感じていた、ベルは一度それで意識を失いかけた事があったのだ。
「彼らが何を目的にしていたのか興味があるな、ホンザ殿を害しようとしていたのか?」
「でもゲーラの方から引き返して僕たちを追い抜いてハイネに向かっていた」
ルディ達の議論を尻目にコッキーはトランペットを見詰めていた、しだいに内に湧き上がる力に酔いしれて行く。
「殿下、ベル、今から『音精の盾』を使いますのでその範囲に入ってください」
二人はアゼルに慌てて近よった。
コッキーは捕虜達の近くに進んでいった、彼女を見つめる彼らの目に明らかな恐怖の色が覗いていた。
だがルディとアゼルとベルの目には彼女の後ろ姿しか見え無い。
ルディ達が捕虜を尋問している森の屋敷から遥か東のゲーラ城市、その中央広場にある魔術道具屋『精霊の椅子』のドアベルが控えめな音を立てた。
店のカウンターで店番をしていた白い長い髭の老魔術師が顔を上げてから訪問客を訝しんだ。
少年が入り口に立っていたからだ年齢は10歳前だろう、少年も店内の異様な光景と触媒と薬品の匂いに驚いているのか立ちすくんでいる。
その少年にホンザも面識が無かった、魔術道具屋は子供にお使いをさせられるような店では無い。
「坊や何か御用かな?」
「あ、あのこれを」
少年は恐る恐る店内に踏み込んでくる、触媒棚のコウモリのミイラを見つけて小さな悲鳴を上げる。
勇気を出してカウンターまでくると一枚の紙切れを置いた。
「知らない人達に頼まれたんだ」
「ほう」
ホンザはそれを一読して苦笑した。
「ほほほ、坊やご苦労じゃった」
ホンザはカウンターの上の籠の中から薬草飴を取り出すと少年に与えた、少年はそれを素早く摑むと逃げるように店から走り去って行く。
ドアベルが鳴りドアが静かに閉じた。
「アゼル=ティンカーだと?さてはあやつの偽名じゃな、儂をおびき寄せる罠だとしたらいろいろお粗末すぎるわい」
ホンザは立ち上がり階段を登りはじめた。
「儂を森の中に呼び出すとは舐められたものだが、しかしなぜ寝込みを襲おうとは思わぬのだ?」
ホンザは狭い寝室に入るとベッドの下にある金庫の扉を開いた。
「儂を殺すだけ捉えるだけでは飽きたらぬ奴がいると言うことかのう?まさかあやつが直々に出てきたか?」
ホンザは金庫の中から道具を幾つか取り出して身につけて行く、そして触媒の入った小さな瓶を取り出した。
「やたらと高価な触媒だがここで出し惜しみするのは馬鹿がやる事じゃな、奴と戦う事も万が一に考えていたがまさか試すことになろうとは」
そうつぶやくと階段を降りていく。
「ここに生きて戻ってこれぬやもしれぬか」
ホンザは慈しむ様に自分の愛する店の中を見渡した。