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交差する旅路

テレーゼ大平原の地をはうような(カスミ)を透かしたぼんやりした朝の光の中、ゲーラ城市の西門が開門の鐘の音とともに大きく開かれた。

城門が開くのを待っていた商隊や旅人の群が動き出す。


「ホンザ殿世話になったな」

「おじいちゃん行ってきますよ」

城門まで見送りに来たホンザに四人は別れを告げた。


「ホンザ様、貴重な魔術道具ありがとうございます、手持ちの道具を失って困っておりました」

アゼルがホンザに手を差し伸べて老魔術師の手を握る。

「あのような小物の魔術道具はなかなか馬鹿にはできんからのう、ほほほ」


『ホンザよ身の回りに気をつけよ』


アマリアのひそめた声で皆がルディの胸のペンダントに注目した。

「覚悟はできておりますアマリア様」


すでに城門から溢れるようにハイネに向かう馬車と旅人が流れて行く。

「じゃあお爺ちゃん僕たちは行くよ」

ベルはそのまま城門をくぐって歩き初めた、そんな彼女は再び高級使用人の服に着替えていた。


みなベルの後に続いて歩き始めるとエリザが木の枝の上から飛び降りアゼルの背嚢(ハイノウ)の上に着地した。


時々コッキーが後ろを振り返り手を振った、エリザが彼女の真似をしてホンザに手を振る。


「さてどうなる事やらのう」


ホンザはそう一人呟くと(キビス)を返し精霊の椅子に向かってゆったりと歩き始めた。






そんなゲーラの遥か西のハイネの中央大通りを馬車が東に走る。

その二頭立ての四人乗りの馬車は鋼鉄のスプリングを効かせた実用本位だが上等な馬車だった。

整備が良いのか軽快で馬車を引く馬も若く力強い良馬だ、その中に四人の男女が乗っていた。


「こんな凄い馬車に乗ったの初めてだわぁ、荷車や驢馬(ロバ)にしか乗った事無いんだよ」

リズは窓の外を好奇心一杯に眺めている、中央大通には店の準備に忙しい露天商と忙しく行き来する人々で賑わい始めていた、身を乗り出すように眺めているリズの姿はどこか子供じみていた。


見かねたマティアスが声をかける。

「リズ何を見ているんだ?見慣れた街だ今更珍しくもないだろ?」

リズはマティアスを振り返った。

「この高さから街を見たのは初めてなんだわ、いろいろ新鮮だね今まで見えなかった物が見えてくるのさ」

そして彼女はふたたび街の見物に魅入ってしまった。


その馬車にジンバー特別班の情報部門の男が二人同乗していた。

一人は薄い金髪の壮年の男で無精髭を蓄えたベテランの傭兵に見えた、もう一人は赤毛で一回り大柄な若い男で若い兵士の様に精悍な日に焼けた顔立ちだ、二人とも情報部門の要員に見えない。

彼らはリズの護衛であり事の成り行きを見届けてジンバー商会に報告する任務を帯びているとだけマティアスは知らされていた。


「俺たちだけ先に行っていいのかね?」

マティアスの疑問に情報部の片方の金髪の男が応えた、彼がやはり責任者のようだ。


「俺たちは先にゲーラに向かい現地の調査を行う、そして作戦も我々が立てる」

「メトジェフがヘソ曲げるだろ?」

「奴に任せると危険すぎると上が判断した、死霊術以外は無能な男と見ている様だな」

マティアスはその辛辣な言葉に苦笑いを浮かべた、内心では情報部の男と同じ意見だったのだ。

「あの爺さんが大人しく命令を聞くのか?」

「それは考えてある」


やがて馬車は東の城門をくぐり抜けると新市街を東に向かって加速しながら街道を走り出した。


リズが歓声を上げた。


驢馬(ロバ)よりもはやーい!」


そんなリズが子供じみてマティアスには見える、ハイネの東側に連なる低い丘陵地帯に向かって馬車は突き進んで行く。








リズ達が乗った馬車が東に向かって疾走りはじめた頃、ハイネの炭鉱町の繁華街の小さな通りに大きな馬車が停まっていた。


「おいまだ来ないのか!?」

馬車の側で苛立った老魔術師が喚く、その男は死霊術ギルドのマスターメトジェフその人だ。

そこに赤髭団との連絡役の若い魔術師が駆け寄ってきた、


「そろそろ来るはずですよ、あっやっと来ました」


小道を北の方から人相の悪い男達がのろのろとやってくる、男どもは赤髭団の無法者達だった。

粗末な防具に各自好みの武器を携えていた。

仕事の内容が内容だけにやる気が感じられなかった、俸給が出るのでかろうじて我慢しているのが見え透いていた。


「おそいぞ?おい四人しかおらんじゃないか!?」

若い魔術師が慌てて男達に駆け寄り一言二言会話を交わしてまた戻って来た。


「一人来ないので待ちきれずにこっちに来た様です」

「なんだと!!ええい一人ぐらいかまわん行くぞ!!」


メトジェフが目的と行き先を告げるが、彼の熱意と裏腹にみんな無感動に聞いていた、そして無法者の一人が呟く。

「金に見合わないヤバい話じゃねえんだろうな?」

「お前たちが戦う必要はないわい」

メトジェフの言葉には苛立ちと無法者たちへの軽侮があふれていた。


馬車には既に二人の魔術師が乗り込んでいた、メトジェフが乗り込むと男たちものろのろと乗り込んで来た。

馬に御者が鞭を当てると馬車がごとごと動き出した、メトジェフが不機嫌なせいで車内の空気は重苦しい、魔術師達も困惑していた貧乏くじを引かされたと内心で己の運の無さを呪っていたのだ。


若い魔術師はこんな時だけ錬金術師のピッポを羨ましいと思う。


無法者達もだらしない姿勢でくつろぎ始め、馬車は炭鉱町の繁華街からハイネの西の城門を目指して進んでいく。

人々があふれ始めた大通りをかき分けながら進むので歩くよりましだが早いとは言えない。


やがて西に向かう大型の乗り合い定期馬車とすれ違った、馬車が通行の邪魔なので柄の悪い通行人が罵声を浴びせかけて来た、それに大人気なくメトジェフが罵声で返す。


うんざりした若い連絡役の魔術師はもう早く終わらせたいと心から願っていた。


製鉄所からの黒煙が幾筋もテレーゼの青い空を背景に登って行く、それを背にして馬車は東にゆっくりと進んでいく、やがて馬車は西の城門を潜りハイネの旧市街に入って行った。









そしてルディ達がゲーラの街をハイネに向かって旅立った頃、はるか東のリネインの街の北門から旅立つ一頭立ての粗末な馬車があった、馬車の乗客はジンバー特別班の雑用係の一行だ。


ハイネのジンバー商会の本部からエルニアの赤い悪魔の調査を主目的にエルニア情勢の調査を命じられたのだ、彼らは今エルニアに旅立とうとしていた。

歩くよりも早い程の速度でラーゼを目指して北上していく。


御者台に座るのは大男のドミトリーだ、彼は染め物職人の服の替わりに旅装束を纏っていた。

書記官風の格好をしたバートはつかの間の休息に寝息を立てている。


「おれエルニアは初めてなんすよ、アラティアから直接こっちきたんです」

暇になったジムがラミアに声をかける。

「私もエルニアは初めてね、ハイネからそう遠く離れた事ないんんだ・・・」

ラミアは赤みがかかった金髪を揺らしてジムを向き直った、薄暗い幌馬車の光の下でも美しい美貌の持ち主だがどこか作り物めいた印象を与える、

ジムはこれも彼女の本当の顔じゃないのではと思う度に慄くのだ。


雑用係のトップのローワン=アトキンソンは刈揃えた黒い短い髪と黒い目と浅黒い肌の色をしている、そんな彼も馬車の後ろから流れる景色を眺めていたが彼らの会話に加わってきた。


「俺たちは二年前エルニアに行った事があるんだ、あの時はラミアはまだいなかったな」

「ローワンさん何があったんすか?」


「エルニアのルディガー第一公子絡みの事件だよ、彼は長子だが庶子でな相続権は弟より低い、彼が有力貴族の令嬢と二ヶ月ほど行方をくらませて醜聞になったのだ」

「それはスキャンダルですよね」

「ジンバー商会の支店からの報告から興味をもったらしいが、商会も本気で調べる気はなかったようだな」


「だが今回の案件はそれと関係が無いとは言えない、エルニアの赤い悪魔はそのルディガー公子の乳母の家の出身だ、そして今回のルディガー公子の謀反から姿を消しているらしい、リネインに彼女が現れた事で俺達にエルニアの詳しい調査命令が出たわけだ」


やがてジムとラミアはとりとめの無い話をはじめる、ローワンは再び馬車の後ろから流れ去る景色を眺め始めた。





それぞれの想いを乗せて旅立ちは複雑に錯綜しようとしていた。







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