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精霊の椅子に迫る危機

ゲーラの中央広場に面した場所に童話に出てきそうな小さな塔の形をした魔術道具屋があった、魔術師の帽子を象った看板がそれに色を添えている、看板には『精霊の椅子』と古風な字体で書かれていた。


店の中は天井近くの明り採りの窓からの光で優しく照らされ、店のカウンターに昼寝をむさぼる白い長い髭の老魔術師がいた。


そんな静かな午後のはずだった。


「こんにちわー」

「お爺さんこんにちわなのです」

入り口のドアが勢いよく開かれベルがその後からコッキーが店内に入り込んでくる、ドアの呼び鈴が激しい音を立てた。


「なんじゃもう帰ってきたのか?」

驚いて目を開けたホンザが半ば呆れた様に闖入者に目をやる、ホンザの予想では2~3日ほど彼らはドルージュに滞在すると思い込んでいた。


「ホンザ様お邪魔します」

その後からアゼルが戸口をくぐる、アゼルの肩からエリザが飛び降りて触媒棚の上に昇った、その後ろからルディが店に入ってきた。


「何かあったな?」

ホンザはアゼルとルディを睨んだ。


「ホンザ殿込み入った話がまたできた」

ルディは少し申し訳なさそうに苦笑いをしている。

「なんと、お前達を相手にしていると次から次にとんでも無い事が起きる」

ホンザは立ち上がり看板を手にすると入り口に向かう、それを扉の外にぶら下げて扉を閉めかんぬきをかけてしまった。


「また閉店じゃ上で話しを聞こう」

ホンザを先頭にふたたび二階に続く階段を上がっていく、最後にエリザが付いて行く。




三人が席に座りベルは一人窓際に立つ事にした、小さなテーブルで狭苦しく座るのが嫌だったからだ。

ホンザがまた薬草茶を小さな薬缶で沸かして皆に振る舞った。


「ずいぶん早い帰還じゃが何があった?」

そこでルディがドルージュ要塞で起きた変異に付いて語り始めた、黄昏時から始まった異変と塔の上の光、巨大な髑髏の亡霊の集合体、城の地下室に逃れ精霊魔女アマリアが作り出した狭間の世界に繋がれた通路から脱出したところまでを語る。


それに呆れながらホンザは耳を傾けていた。


『おぬしがあの小童の弟子か?』

突然にルディの胸から下がったペンダントから可憐な少女の声が聞こえてくる。

沈黙が生まれ誰も声を発しなかった、薬草茶の沸く音だけが聞こえてくる。


ホンザは驚きペンダントを見詰めて当惑し思考を巡らせた、この声は目の前のルディガーのペンダントから生じた、音を記録する魔術道具はあるが遠くの音を伝える道具は理論だけでまだ存在しない、いわんや自我を持つ魔術道具など存在しない。


そしてホンザはアマリア魔術学院を良い成績で卒業した魔術師で、師匠と呼べる者は一人しかいないセザール=バシュレだだ一人。

そのセザール=バシュレを小童呼ばわりする存在とは何者だろうかと?


そしてルディガーとアゼルが狭間の世界で精霊魔女アマリアと出会った事があった事を思い出していた。

彼女ならば魔術道具の開発で威名を響かせたアマリアならば、そして200年を生きる不老の魔女ならばセザールを小童呼ばわりしても不思議ではない。

ホンザはある答えに達していた。


「もしや偉大なる精霊魔女アマリア様でしょうか?」

ホンザの言葉は震えていた、伝説となった大魔術師と会話をしているのだ。


『そのとおりじゃホンザよ、偉大は恥ずかいしので省略せい』

気を取り直したホンザはその可憐な少女の声がますます気になってきた。


「アマリア様をお見かけしたのは、アマリア魔術学院の儀式と両陛下の御葬儀の時でしたがそのお声はいったい?」

ホンザの記憶の中のアマリアは40~50代の威厳に満ちた知的な容姿の女魔術師の姿だった、長い年月ほとんど変わっていないと言われた大魔術師の姿だった。


『事情があってこの声じゃがそれは今は重要な事ではない、お主があやつの弟子ならば奴の目的がわかるかと思っての、側にいたのじゃろ?』

「それがしが奴の弟子だったのは僅か数年、奴が死霊術に手を出したので袂をわかちました、そして奴はアマリア様に破門されました。

奴の目的は不老不死とアマリア様への復讐ではないでしょうか、もっとも40年近く奴とは関わっておりませんゆえ」


『奴にはまだ他に目的があるとわしは睨んでおる』

「さては、もしやハイネの吸血鬼と関係があるのでしょうか」

『直接関係があるかわからんが、魔界に大きな通路が開いておるのではと疑っておる、そうでなければ簡単にはこちらに姿を現せぬよ』


アゼルの顔が何かに気がついた様に変わった。

「死霊術師が大規模な精霊召喚を行っていましたが、まさかその通路でしょうか」

『精霊召喚は術士の命を削る高度な術だが、それを簡単に召喚できる環境があるのかもしれぬな、魔界のプレイン境界を越える敷居が低くなっておるのじゃろう、実際に死霊術師と戦ったお主達の話を聞かなければこれもわからんかった、実戦こそ最良の教科書じゃな、儂は死霊術に関しては大した事を知らぬ、死霊術はどうも短い間に劇的に進化しておるようじゃな』


「アマリア様、たしかに死霊術が急激に進化を始めたのは10年ほど前から、アルムト帝国の研究機関で行われていた召喚術の効率化の研究の成果と深く結びついていると噂されておりましたな」

ホンザがそれを引き継いだ。

『ほうそれはどんな研究じゃ』

「ハイネの魔術師の中での噂ですが、幽界の門を制御する技術に関する研究だと」

窓際でなんとなく話を聞いていたベルが顔を上げた。


「人工的に狂戦士を作る研究の話でしたらハイネで聞いた記憶がありますが・・・」

「ああベントレーの戦に関してそんな話を聞いたような記憶があるな、詳しい事は思い出せんが」

ルディが何かを思い出そうとしている。


「あの、たしかエッベとか言うデカブツだっけ?あれは普通の狂戦士じゃないの?あいつセザールを憎んでいたような」

ベルが思い出したようにテーブルに近づいてきた。

「あの盗賊団を率いていた大男だったな、今奴はどこにいるやら」

「私も狂戦士を他に知りませんので奴が人工の狂戦士なのかはわかりませんよ」

アゼルが当惑しながら応える。


「アマリア狂戦士っていったいなに?」

ベルはアマリアのペンダントを覗き込んだ。


『ベルサーレよあまり顔を近づけるな、それは幽界の門が開いているが己の意識で制御ができず、気の道が精霊力で暴走し精神が狂う病気じゃ、魔術師の素質があるにもかかわらず放置されていた者の中から狂戦士が生まれると言う説もある。

聖霊拳の修行で幽界の門を開く者も狂戦士の素質があるのではないかと言われておる、だが狂戦士は魔術師以上に数が少ないからのう、だが幽界の門を自在に開ける事ができるなら魔術師を増やせる、昔からそれに目を付けた者も当然数多くいた』


「愛娘殿それでセザール=バシュレの目的をなんと見ているのだ」

ルディは脱線した話題を元に戻そうとした。


『うむ一つの仮説だが、魔界からの侵攻ではないかのう、奴らは一度失敗しているが今は幽界からはこちらに簡単には出てこれぬからのう、思い込むのは危険じゃがな』


「なんか話が大きいですね」

コッキーは薬草茶をカップからすすりながらどこか他人事だ。

『まあ他にも可能性が無いとはいえぬがな』


しばらく休憩をとる事にする、窓の外がしだいに暗くなりまもなく陽が沈もうとしていた。



「わしは長い間ひっそりとゲーラの街でこの店で商いをしながら生きてきた」

ホンザが突然口を開くまるで何かを決意した様な口調だった、だが彼が何を語ろうとしてるのかわからない全員に緊張が走る。

「ハイネの魔術師ギルドにもほとんど顔を出しておらんかった、セザール=バシュレに関わり合いに成りたくなかったからだ、奴がテレーゼがおかしくなった原因なのではと思った事もあったが、儂は何もしなかったのだそしてこの歳まで生き永らえてしまった」

彼の語りから後悔の想いを感じることができた。


『お主から見てセザール=バシュレとはどんな男だった?』

「弟子から見てもとても優秀な魔術師でした、ですが奴は非常にあせっている様に感じられましたアマリア様『私には時間が無いこんな事で時間を無駄にはできない』それがあの男の口癖でした、あ奴は高齢でいつ死んでも不思議ではない年齢でしたから」

『そうか・・・』

アマリアの言葉には沈痛な響きがあったルディはその心の一端が理解できる。


「やがてあの男は人として越えてはいけない一線を超え始めたと感じました、瘴気の残り香のような気配をまとうようになりました、そしてある時あの男は狂った様に笑いました『俺には死霊術の本質がわかった』そして魔術師ギルド連合に呪いの言葉をぶつけておりました。

奴の袂をわかったのはその時からです、そしてしばらく後で兄弟弟子の誰かに奴は売られました、だが奴はそれを予期していたのか研究資料と共に姿を消したのです、ふたたび姿を現した時には20年の歳月が流れ奴はすでに人を捨てておりました」


「ホンザ殿!奴が人を捨てたとはどういう意味だ?」

「ルディガー殿、噂ですが死霊術と錬金術と魔術道具の力で不死の肉体を得たと、奴はすでに死んでいるとも言えるかもしれぬ」


「それでは奴はアンデッドでしょうか?」

『アゼルよアンデッドには己の魂も自我もない、生前の妄念に惹かれた死霊が潜り込んだものよ自我の残骸しか無い、だが高位のアンデッドはまた違った形をとる、闇精霊族はアンデッドに似た性質を持つが奴らは生物じゃ』


「ところでセザールって今いくつなの?」

『生きておれば120近いはずじゃな』

その場にいたものはわかっていたが改めて声が無かった。


『生と死の真ん中におる状態ではないか?奴を近くで観察できればわかるのじゃが』


ルディは考え込み始めた。

「奴の近くまで接近してみるか・・あわよくば奴を倒す」

顔を上げたルディにその場は凍りついた。








その石造りの塔の内部のような部屋の壁は緩やかな曲面を描いていた、部屋の窓はすべて締め切られて魔術道具の薄暗い青い光に照らされている。

部屋の壁にはハイネ評議会の記章や塔を象った記章が飾られ、壁際には本棚などが置かれていたが、地位や富を誇示したり人の情感に訴える様な調度品はいっさい置かれていなかった。


その部屋の真ん中に立つ男が居た、その男はハイネの新市街の死霊術ギルド『死霊のダンス』のマスター、メトジェフ=メトジェイその人だ。

普段は偏狭な性格がにじみ出た不平不満を溜め込んだ顔をしている老魔術師だが、何時になくその顔を引き締め表情を殺している、そして僅かに体を震わせながら立ちすくんでいる。


そして黒檀の重厚な執務机を挟んで黒い豪奢な椅子に腰掛けた黒いローブの人物と対面していた。

椅子に座る人物のローブは銀糸で古代文明の神聖文字が象られ、顔はフードを深くかぶっているため外から顔が見えなかった。


部屋全体が凍りつきそうな冷気に満たされていて老魔術師が震えている、だがその震えは寒さだけでは無い。


「メトジェフおまえの一族の者がゲーラにいるのをおぼえてオろう」

黒いローブの男が声を発した、カサついた聞き取りにくい耳障りな声、それは永遠の虚無を感じさせるように暗い。


「セザール様それはもしやホンザめのことでしょうか?」

「お前の兄弟弟子だった男ダ、逆らうでもなく裏切り者でもなイゆえに放置してきた小者だが、アヤツが例の者共と接触したとなると見過ごせぬ」

「なぜ私に?」


セザールが顔を僅かに上げるとフードの奥から青白く燃える鬼火の様な目が現れる、メトジェフはそれにたじろいだ。

「お前と同じ一族で兄弟弟子だ、お前に始末をつけさせてやろう、ただし奴らに関する情報を得ろ」

「しかしあの例の奴らがいたのでは」

「オロカもの!奴らはお前の手に負えぬ向こうには上位魔術師までイるのだホンザだけで良い、例の者共はリネインに現れたがその後は行方知れず、こちらの対応はコステロめが駒を集めておるようだな」

メトジェフの顔が屈辱に歪んだ、セザールは何が可笑しいのか含み笑いをした。


そしてもう行けと言うかの様に軽く手を払った。






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