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女神メンヤの巫女の血脈

アラセナの山奥で起きた小さな悲劇など知らず眠くなりそうな日差しの中で微睡むアラセナ城市。

その街から西に数時間ほど進むとマルセラ山地が行く手を塞ぐ、低い山々だがこれがテレーゼ平野との境を成していた、マルセラ要塞跡を抜けて山地を越えるとマルセラの街に到達する、この小都市はマルセラ男爵の支配下で周辺の小領主達を束ねている。


ここがアラセナの旧支配者セルディオ傭兵団の敗残兵の終焉の地となった。


そのまま北に向かうとマドニエの街を経てリネインに至り、西に向かう街道はルビンを経て大都市リネージュに通じていた、北西に街道を進むとドルージュ要塞とそれを囲む湖沼地帯をへてハイネに至るマルセラから徒歩でハイネまで約四日の距離だ。


そしてこの穏やかな午後の日差しの下でドルージュ要塞から北のゲーラに至る寂れた街道を北に進む者達がいる。

探知力に優れたベルを先頭にアゼルとコッキーを挟んで最後にルディが進む。


晴れているが雲が多くてはっきりしない天気だ、彼らはどこか気だるそうに考え事に浸りながらゆったりと歩んでいく。

すれ違う旅人もその姿をほとんど見ない。


コッキーが気まぐれに吹くトランペットの曲が時々彼らに力を与えた。


ルディの胸から下げたペンダントが突然言葉を発する。

『何も見えんぞ?ルディガーよ』

胸の当たりから声がしたのでルディは慌ててペンダントを上着の中から取り出した、ペンダントを首から上着の内側に入れていたのだ。


「すまない愛娘殿、まさかこれに視力があるとは思わなかった」

『これは会話だけではない周りを見ることができる、昨日言わなかったか?』

ルディは記憶を探るがそんな事を聞いた様な気もした、あまりにも情報が多すぎて細かな事を忘れていた。


「そんな事言っていた様な気もします」

トランペットの演奏を止めたコッキーが歩きながらルディーを振り返る。


『そうじゃろそうじゃろ』

「そんな気がするだけですよ?」


「愛娘殿ところで何か御用かな?」

『そうじゃ、そこの娘のトランペットじゃが確かに普通の楽器ではないな、精霊力の波が出ている程度は驚く程ではないが、その音が普通ではないぞ』

「私はコッキーです忘れましたか?ちゃんとあいさつしたはずですよ」

『いちいち細かいのう、そのトランペットの音は人の魂や精神に干渉しおる、精霊力による魔術とは別の力の作用かもしれんぞ』


「アマリア様それはどういう事でしょうか?」

それまでは会話に耳を傾けていただけのアゼルがこれに反応する、彼の足がとまり皆の足も停まってしまった、先頭にいたベルだけがそのまま前に進んで行く。


『魔術師は音よりも精霊力の波動に目が行くだろうな、だが儂はその音にこそ興味を持った』

「もしや精霊力とは別の系統の力ですか?アマリア様」

『あくまで可能性じゃな、音を遮断すれば影響も断つ事ができるのが不思議じゃが、これは音と深く結びついているのは間違いないだろうて、魔術師は精霊力を基礎に何事も考えるからこういった事を見落としてしまう傾向があるのじゃよ』


「アマリアさんもしかしてずっと聞いていましたね?」

コッキーがルディガーに近寄るとペンダントを覗き込んだ。

『うむ音だけ聴いておったわ・・』


「何を話しているんだ?」

ベルが後から誰も着いて来ない事に気づいてこちらを睨みつけていた。


『まあなんだいずれわかるじゃろ、今は歩くのじゃほれ、パ、ベルサーレが睨んでおるぞ?』









ドルージュから北西に歩いて約ニ日の距離にテレーゼ最大の都市ハイネがある。

城壁で囲まれた旧市街の北東の一角は富裕層の邸宅が集まっている、コステロ商会の会長の本邸、かつてルディガー達が宿泊していた『ハイネの野菊亭』のある商店街もほど近い。


この一角に引退した豪商オルランド商会のブノワ会頭の邸宅があった、この男は古美術品を収集しているが特にテレーゼの王室に所縁のある物の収集に熱意を傾けている。

共和制のハイネの有力者だからこそ却って滅んだ王室に憧れがあるのかもしれない。


今この邸宅をジンバー商会の執事長のフリッツが訪問していた、館の主はジンバー商会の先々代の会頭と深い中でフリッツとも顔なじみだった。


ブノワは彼を応接間に招き入れてくれた、先々代からのジンバー商会の執事長のフリッツを歴代の会頭の片腕として遇してくれるつもりらしい。

「フリッツ久しぶりだな」

オルランド商会前会頭のブノワが陽気に歓迎してくれる、彼は恰幅の良い初老の大男で頭髪は総て失われ立派な白髪交じりの髭と顎髭が目立つ。

その目も鼻も口も大きい、身内と認めた者には鷹揚で慈悲深いが敵には情け容赦の無い男と呼ばれていた、そんなブノワも良い年で引退しているがその顔の広さから馬鹿にできない影響力を残していた。


そのブノワがフリッツにソファを薦めてくれた。


「オルランド会頭もお元気で」

「もう前会頭だぞ?俺のコレクションが見たいらしいが何の風の吹き回しだ?」

ブノワは豪快に笑う。


「最後の王妃マリア様のご実家を故あって調べていまして、王妃のご実家に由縁の物を拝見したいと」

多くを語らないがブノワはフリッツが趣味でこの様な事に感心を持つ男では無いと理解していた。

「わかった、アズナヴール伯爵家に縁があるものだな、お前にはいろいろ世話になったからな」

ブノワが執事を呼び出してアズナヴール伯爵家に関連するコレクョンのリストアップを命じた。

執事が足早に仕事にとりかかる為に部屋から退去した。


「そうだアルフォンソの息子は見つかったのか?」

アルフォンソとはジンバー商会前会頭でエイベルの兄の名前だ、その息子とはあのオーバンを指す。

オーバンは半月程前に行方不明になった、遺留品などが発見されたのですぐ解決すると思いきやそのまま消息不明となって今にいたる。

脅迫もされないので誘拐ではなく事件に巻き込まれて消されたと噂されている。

フリッツが顔を横に振った。


「まったく手がかりはありません」

「奴は素行が悪かったから喧嘩にでも巻き込まれたか?」

その可能性もあるが総ては闇の中だった。


そこにアズナヴール伯爵家に関する収蔵品品目を整理した執事が戻って来た。

「じゃあ見に行くか」

「できましたら最初に肖像画を見せて頂きたい」

「絵画が先だ」

ブノワが執事に指示を出すと二人は執事の案内で邸宅内の収蔵庫に向かう、執事が分厚い金属の扉を開けると魔術道具の照明を灯した、ここは火気厳禁だ。


「こちらでございます、足もとにお気をつけて」

部屋の中は暗かっただが清浄な空気に満たされている、フリッツは魔術道具による空調だと看破した。

執事の案内で収蔵庫の奥に向かう、そしてある場所から絵画を保護する布にはられたコードを確認しながら奥に慎重に進み始めた。

そしてある絵の前で執事は止まり二枚の絵のコードを確認している、そして絵画を保護する布を丁寧に持ち上げていく。

「この絵でございます」

絵が魔術道具の明りに照らされるとフリッツが息を飲んだ。


「こちらがマリア王妃の母上ロマーヌ=アズナヴール伯爵様、こちらがその母上のミレーヌ=アズナヴール伯爵様です」

「親子だなそっくりじゃないか今まで気にもしなかったが、ははは」

オランドが鷹揚に笑ったが、フリッツの顔色が魔術道具の照明の元でも悪くなって行く。


ロマーヌもミレーヌもジンバー商会先々代会頭のコレクションに収蔵されていたマリア王妃と酷似していた、そのマリア王妃とアリア=フローテンとコッキー=フローテンの二人もまた不気味なまでに似た容姿をしている。

後はアリアがマリア王妃の孫娘のアリア姫と同一人物だと言う証拠が必要だが、それが今更必要なのか自信を失っていた。


「そうだお前の所にマリア王妃の肖像画があっただろ、エドモンドに先を越された時に酒をくらった覚えがあるぞ」

ブノワはまた豪快に笑った、その笑いは静かな収蔵庫の中で一際大きく聞こえた。

「旦那様、絵画につばがかかりますので控えてください」

執事の苦情にブノワは慌てて口を閉じた。


エドモンドとはジンバー商会の先々代会頭でエイベルの父親にあたる、そしてブノワとは友人同士だがコレクションの嗜好が被っていて何度も争った仲だった。


「このお二方とマリア王妃様も瓜二つでございますよ」

「そうなのかフリッツ?昔あのマリア王妃の肖像画を見せてもらった事があったが・・まあ血がつながっているからそう言う事もあるだろう」

アリア=フローテンとコッキー=フローテンの肖像画を見たらブノワはなんと言うだろうかと密かに想った。


「他の収蔵品もご覧になりますか」

執事の声にフリッツは我にかえった。

「一通り見ておきたい」

執事は丁寧に布を下ろすと次の収蔵品の場所に二人を案内するために歩き始める。


「フリッツ終わったらチェスの相手をしろ」

「手加減しませんがよろしいので?」


収蔵庫の扉が閉まると部屋は暗黒に包まれた。








変わってハイネ旧市街の南西の一角は大商会の倉庫と様々な工房が密集している、その中央広場から南に伸びる大通りに面した広大な区画をハイネ有数の豪商ジンバー商会が占めていた。

その商会本館の二階の会頭執務室に執事長のフリッツが一抱えの資料を携え会頭のエイベルの前に立っていた。


「リネインに再度伝令を送りました会頭」

「二日無駄にしたな、本当に伝令を襲ったのはベントレー兄弟の家臣なのか?命令書は結局見つかっていないようだな」

「装備から推察しましたこれは新領主のベントレー伯に確認をとっています、また命令書は例の奴らの手に落ちた可能性が高いようで」


「命令書が奴らに奪われたのは問題だが、我々の体制では限界があるなジンバー商会は軍隊ではない」

エイベルは頭を抱えた。

軍隊ならば伝令は二騎以上出して安全を計る、さらに口頭で伝える方法もあるが伝令を信用出来なくてはならない、ジンバー商会は愛国心や使命感で動く組織では無いし軍律も無かった、それになにより人員に余裕が無いのだ。

暗号化した文章で伝令を出せれば理想だが、簡単な暗号しか使用していなかった。


「改善の余地があるが今はその話は後だ、例の件で何かわかったのか?」

「はいマリア王妃のご実家に関しては調べやすかったですな、ですがドルージュ要塞に関しては難儀しております、軍事機密の壁がありますがテレーゼ王国軍が解体し資料が散逸していまして、さらにドルージュ要塞が戦火で焼失して記録の多くが失われています」

「マリア王妃の実家に関して何がわかったのだ?」

フリッツが抱えていた資料から一枚を取り出しエイベルの前に置いた。


エイベルはその資料に目を通すと興味を惹かれたようだ。


「二代に渡って女伯爵が後を継いでいるのか珍しいな」

「王妃のご実家のアズナヴール伯爵家は王妃様の母上と祖母が伯爵家の当主におなりで婿を迎えております、女性が相続する事は珍しい事ですがまったく無いわけではない、しかし二代連続は大変めずらしい」

「三代前の当主が平民の娘を夫人に迎えたのか、なんだこのメンヤの巫女の一族とは?」

思わずと言った感じでエイベルがフリッツを見上げた。

「大地母神メンヤを祀る巫女の一族の長らしいですな、聖霊教では大精霊とされていますが元々テレーゼで信仰されていた女神です、詳しい事情は不明ですがその長の娘を正室に迎え入れたようですな」

「奇妙な話だが特に俺たちに関係がある話ではない」

「エイベルさん常識に囚われてはいけません、奴らが異常な存在である以上その奇妙な話を軽視できません」

「そうだったな・・」


「オルランド前会頭様のところでアズナヴール伯爵家の由縁の品々を見せていただきました」

「ブノワさんの処で何を見てきたんだ?」

「アズナヴール伯爵の御当主の肖像画ですよ」

「もしや?」

「ええそのもしやです、マリア王妃様の母上とその母上もアリアの肖像画に良く似ておられました、いくら血がつながっているとは言え驚きました」

エイベルが嫌な事を聞いてしまったと苦笑いを浮かべている。

「あのアリアがマリア王妃の孫娘ならば六代にわったって似すぎた顔をしている事になるな」


「成人されたアンナマリア姫の肖像画が見つからないのが残念ですが、お子の頃の面影がコッキーにどこか似ておりますな」


「そのミレーヌの母親がその平民の巫女の娘なのか?このマーヤか」

エイベルは資料の一箇所を指差した、フリッツはそれを見てうなずく。


「そうですエイベルさん、この巫女の一族は母系相続だそうです、ならばアリアまで正統な流れとなるわけですな、世の恒の継承とは違います」

「気味の悪い話だ、ならばあのコッキーは王家として貴族としては相続権は無いが、女神メンヤの巫女としては嫡流となるわけか」


エイベルは机の上のアリアとコッキーの見事な肖像画を眺めている。

「人を草木に茸に変える力か、その巫女の一族を調べるか・・・」

一人呟くようにエイベルは独り言をこぼした。


「ドルージュ要塞の記録を洗う作業とそのメンヤの巫女の一族を調べます会頭」

フリッツがそう言い残すと一礼し執務室を去っていく。


ハイネの敵もまた静かにコッキーフローテンの正体に迫ろうとしていた。









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