芋騎士と騎士の残骸
子供達は成り行きで怪人に仕えるエルバの後を追いかける事になってしまった。
「早く来なさい!!」
エルバが後ろを気にしながら呼びかけた。
エルバが向かう先は屋敷の北側の少し庭木が集まっている場所だ、その近くは雑草も放置されている。
「おねえちゃん、太っちょのくせに足がはやいよ!!」
「レイフ声を出すなっていってんだろ!黙って走れ」
走りながら小声でシャルルが叱咤した。
後ろからふざけた大音声が響いてくる。
「止まれ怪しい奴らめ、シルヴァンの手の者かぁ!?」
エルバは少し太っているがエルニアの田舎のマイア村育ちの野生児だ、下町生まれとはいえ都会の子供とは体の基礎がちがっていた。
猪の様に真っ直ぐ突進すると屋敷の石塀の前の大きな茂みに飛び込むと顔だけ茂みから出して、手招きで子供達を招き寄せる。
少し遅れて子供達も茂みに飛び込んでくる、息を切らせている子供も居る。
馬鹿げた大音声がまた聞こえてきた。
「敵襲じゃ!!もの共出会え!出会え!!」
老人は細身だが矍鑠としている、そして姿勢良くこちらに向かって走って来た。
もしかしたら若いころは鍛えた騎士だったのかも知れない。
公邸の衛兵達は老人の叫びを無視しているのか、こちらの様子を見ようともしなかった。
「壁に小さな穴があるのよ貴方達なら抜けられる、いいこと二度と入って来てはだめよもう次はかばわないよ?」
小さな子供から穴をくぐらせる、最後にシャルルを穴に押し込むとエルバは後ろから足で押し込んだ。
「いてえよこの芋騎士!!」
痛みと恥ずかしさでシャルルが罵倒する、エルバが壁の向こうの子供達に何か言い返そうとした時、銅鑼が鳴るような金属的な音が響いくと同時にエルバが悲鳴を上げた。
「はぎぁあ~~」
「姉ちゃんどうした!?」
馬鹿げた大音声がまた聞こえてきた。
「この愚か者敵を見失ったかぁ!!」
また銅鑼が鳴るような金属的な騒音とともにエルバが喚いた。
「やめてよおじいちゃん!!叩かないで」
子供たちは初めてエルバの兜が鳴る音だと気づいた。
「この役たたずが!!」
壁のこちら側では子供達が慌て出した。
「どうしようシャルル、お姉ちゃんが虐められている」
「わかった助けよう」
「本気なの?」
「ねえ逃げようよ・・」
「いいかんげんにしなさい!!」
壁の向こうからエルバの大声が聞こえると同時に鈍い重い音がした、なにかが転がる様に金属が鳴る音がして人の呻き声がした。
「何か起きたぞ?行くぞ!!」
子供たちはシャルルを先頭に再び穴をくぐり抜け中に入った。
茂みの前で粗末な鎧を来た老人が尻もちをついてうごめいている、その前にエルバが仁王立ちしていた。
「姉ちゃん何があった?」
声に驚いたエルバがふりかえり子供達を見て驚きに目を瞠っていた、クリクリした黒い瞳が森の小動物みたいだ。
「あんた達戻って来たの?」
子供達の頭の上からエルバの呆れた様な声が舌打ちと共に聞こえてきた。
「あんた達の名前は?」
エルバの前に座らされた少年達はエルバに尋問されていた、エルバの口調の変化に驚いた最年長の少年がまず答える。
「おれはシャルルだ」
「僕はヨハン」
少し茫洋とした顔をした少年が答える、年齢はシャルルと同じぐらいだろう。
「僕はネイトです」
はっきりとした口調で落ち着いた少年が続く、さいごにおどおどとした少年が答えた。
「レイフ」
「なぜ戻ってきたん?」
「姉ちゃんが虐められていると思って」
「ああ」
エルバは困った様な顔をして笑った。
「大丈夫だよおじいちゃんそんなに強くないから」
その老人は腰を痛めたのか少し大人しくなっていた。
「なんだと弱いと申すか!!」
だが馬鹿の様にでかい声に勢いが無いどこか消沈している。
「その子供達は騎士見習いか?」
シャルル達全員が激しく顔を横にふった。
「おのれなんとしても姫を守りテレーゼを救わねば、マンフレート殿はいったいどこに」
先程まで老人は正気こそ失われていたが純粋で陽気な覇気に満たされていた、だがその瞳は今や狂気の色に染まっていく。
エルバと子供達はそこに知性の欠片を感じ取り、そして今更のようにその老人が怖くなってきた。
「なんか変だよこの爺さん」
「お爺さんいつもと違う、私が警備の人を呼べば来てくれるよ」
エルバは落ちていた枯れ木の枝を掴み拾い上げる。
「姉ちゃん戦えるの?」
「得意なのは走る事だけ」
エルバは両手を軽く広げた。
「ねえお爺ちゃんの名前はなんなの?」
エルバがおっかなびっくりと老人に声をかける、今なら応えるかも知れないと思ったからだ。
「俺の名前は、名前は!!」
老人は頭を抱え苦しみだした、だがエルバも子供達も怯え動揺して動けない。
シャルルはもう居たたまれなくなった。
「もういいだろ僕たちは逃げる、あとは姉ちゃんにまかせた」
「ちょっ!!」
シャルル達は逃げるように壁の穴をくぐって外に飛び出した、全員もうこれ以上ここに居たくなかった。
壁の内側からエルバが警備兵を呼ぶ声が聞こえてきた、もうここには二度と来ないと心に決めて急いで屋敷を後にした。
だが進む方向から甲高い声が聞こえて来る。
「そこをうごくなー!!」
それは同じ聖霊教会の孤児のアビーの叫びだ、後ろに修道女の姿が見える。
「やばい大姉ちゃんだ!!」
サビーナも急ぎ足でこちらに向かって来た万事休すだ。
その公邸からそう遠くないクラスタ家の館で帰宅するカルメラをアナベルがエントランスまで見送りに出ていた。
「うふふ、本当に楽しかったわカルメラちゃんまた来てね」
「ええアナベル様こそまた次のお休みにでもエステーベ屋敷においでくださいませ歓迎いたしますわ」
「そうね、そちらはカルメラちゃんが女主人ですものね」
「申しわけありませんアナベル様、我が姉があの様なので」
「ほんとそうですわね、おほほほ」
「お嬢様そろそろ」
エステーべの老執事がカルメラに呼びかけた。
ここで釘を刺さないとエントランスで長話を始めそうだと見きったからだ。
「わかったわ、ではアナベル様ごきげんよう」
「お嬢様がお世話になりました、奥様今日はこれにて」
「さようならね~」
二人はエステーベ屋敷に足を向ける、こうしてカルメラの休日は終わろうとしている。
アラセナ盆地の南側にエスタニア大陸を縦断する南エスタニア山脈の三千メートル級の山々が壁のように屹立していた、この峰を越えると遥か彼方に大海を遠望できる。
南エスタニア山脈は西に向かうに従い高さをまして行く、大陸を東西に分断するアンナプラナ大山脈と合流する地点では5千メートル級の山々が聳え立つ。
その山中に巨大が羆が悠々とテリトリーを散策していた、この山中に敵はいなかった、よほど餓えていないかぎり狼の群も襲ってこない、危険な人間も無駄な闘いは避けるまさしく山の支配者だった。
その羆の本能が警告を発する何かとてつもない脅威が近づいてくる。
その正体を見極めるべく彼は立ち止まりその一点を見詰めた、下草を踏み藪をかき分ける音が近づいてくる。
いよいよ脅威がせまってくる、羆は唸り声を上げたがそれは威嚇よりも恐怖の唸りだった。
藪の中から現れたのは人間だ、羆にもそれが猟師では無いと判断できる、少し大きめの人間で炎の様な赤い毛並だがそれだけだ、だが本能が警告しているそいつからすぐ離れろと。
「まあ調度よかったわ、新しい技の使い方を試してみたかったの」
その人間は言葉を発したが彼にその意味は理解できない、だが彼はその声の響きに生命の危機を察知していた。
強い野生の生存本能が告げていた速やかにあいつから逃れろと。
彼は兎の様に走り始めた、あいつから全力で逃げる、だが背後から巨大な何かが迫ってくる気配がした。
背後を僅かに見るとそれは先程の人間だ、だが本能はそいつを巨大な化け物と捉えていた。
逃げろ、逃げろ、逃げたい、とても怖い。
だが逃げられない羆そう確信し絶望しそして死を覚悟した。