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風が吹き抜ける場所

翌朝起床した四人はアマリアの寝室に集まり朝食をとっていた。

『すまぬな朝食は昨日と同じ物しか出せぬ、食事が必要になるとは思っておらんかったからの、もう少ししたら儂も動きやすくなる、向こうに買い出しに出られる様にするつもりじゃ』

木偶人形が茶を注ぎながら少し申しわけなさげにわびた。


ルディはベッドの上の幼い少女に目をやった。

「体を動かせる様になるのか?」

『まあな肉体は再生したが(ワシ)の魂と精神との結びつきが上手くゆかぬようでの、蘇生の秘儀があるが死んで時間が経ちすぎると復活できぬそうじゃ、肉体を冷やして傷まぬ様にしても不思議と上手くいかぬらしい、これに近いのではないかと当たりを付けているが、やっと研究を進める目処が立った』


「アマリア様、蘇生術も禁忌とされていますが実在したのですね…」

『技術は昔に確立しておるが条件が厳しい、そしてこれを許せば切りが無いからのう、聖霊教と魔術師ギルド連合がずいぶん昔に禁じたのじゃよ、だがそれを破る者もおるらしいのう』


「ごちそうさま」

「ごちそうさまなのです」

ベルとコッキーの二人はその黄色い煉瓦の様な朝食をすっかり完食していた。


「愛娘殿我々もそろそろ帰ろう」

『うむ、そのペンダントがあればこれから連絡がとり易くなるからな、ハイネの吸血鬼が気になるが、大聖霊教会の方も調べておく、こちらで何かわかった事があったらお主達に知らせよう』

「世話になる」


「アマリア僕たちはどうやって向こうに戻るの?」

ベルは白一面の地面の上で最初に目覚めた事を思い出していた、ドルージュの地下室で光の中に飛び込んだ後どうやってここに来たのか知らない。


『狭間の世界は不安定でな、おまけに昨日はカラス共が玉虫を放り出して遊んでおったのよ、慌てて通路を開けたのでいろいろいい加減な事になった、今度はここからあの地下室に慎重に繋いでやろう、お前たちは荷物をもって下の研究室に集まっておくれ』

人形はまたゴトゴトと音を立てながら螺旋階段を降って行ってしまった。


「下の階に鏡の様な物があるのだ、俺達はそこからゲーラに還ったのだ」

ルディに続いて皆階段を降りて行く。


ベルはふと背中が気になった、振り返ると部屋の真ん中でカラス達がじっとこちらを見ている、なぜか彼らにお別れの挨拶をする気にはなれなかった。


『いつかむこうにかエるんだ』

そのカラスの呟きは螺旋階段を降っていく皆の足音に紛れて聞こえなった。





ゲーラ=ドルージュ街道を北に進む四人の姿があった。

四人の気分は落ちこんでいた、アマリアの話は余りにも大きく重く遠い、謎がいくつか解けたがそれ故に高い壁がその姿を現した。


結局ドルージュの結界の謎はアマリア任せとなってしまい振り出しに戻った。

緑に光り輝く巨大な髑髏(ドクロ)の悪霊は超常の彼らですら手にあまった、セザーレが手を加え守護者にしたとするならば、あそこには守る価値のある何かが在るはずだ。



ベルは自慢の古風な高級使用人のドレスに着替えていた、だがその楚々とした雰囲気を壊す大きな荷物を背負っていた。

麻袋の中には回収したグリンプフィエルの鞭と碧緑のドレスが入っている、そしてアマリアからもらった魔剣をグラディウスの替わりに腰に履いていた。


コッキーは気分を変えようとトランペットの演奏を初める、その名も知らぬ行進曲が彼らの気分を高揚させてくれた。


アゼルは物思いに耽って何時もに増して無口だ、たまに無意識にエリザをなでている。


最後尾から仲間を見守るルディは胸のペンダントを握りしめる、アマリアは義母の大公妃の精霊宣託の内容を知るために動いてくれるらしいがそれも確実ではない。


今や守らなければならない者の数が減り身軽になった、そしてハイネには決着を付けなければならない敵がいる、ジンバー商会、コステロ商会と真紅の怪物そしてセザーレ=バシュレが待っている。


風が街道の上を吹き抜けていく、それは僅かに沼の不快な瘴気を乗せていた、ルディにはそれが不吉な兆しに感じられた。









ハイネから遥か南東のテレーゼの辺境に山々に囲まれたアラセナがある、エドナ山塊から吹き下ろす涼やかで爽やかな風がアラセナの野を吹き抜けて行く。


そのアラセナ城市の北寄りにエステーベ家の館があった、先日の闘いでセルディオ傭兵団がアラセナを追われ、新しい館ができるまでの仮の住処としてエステーベ家に接収された館だ。

その二階の東向きの部屋がエステーベ家次女のカルメラの私室になっていた。

彼女は今日は仕事が休みだ窓を開け放ち綺麗な空気を室内に導く、そして窓から外の景色をなんとなく眺めていた。


無人だった聖霊教会に人の動きが見えた、聖霊教会までエステーベの館から100メートルほどだが子供達が何人か駆け回っているのが見える、そしてそれを見守る修道女らしき姿も見える。

聖霊教会は他にもアラセナ城市とその周辺にいくつかあったが管理する司祭や修道女が逃げ出し放置されたままだった。


その聖霊教会の大きさはサビーナ達がいたハイネの新市街の聖霊教会よりも古く二周り程大きかった、濃い落ち着いた緑の屋根と古い石造の壁が日の光を鈍く反射している。


「お姉さまが連れてきた修道女様達ね」


姉のアマンダが聖霊教会の荷解きの手伝いをした話を思い出した、カルメラは城勤めに出ていたので詳しい事は知らなかったが。

そのアマンダも今日の朝には南エスタニア山脈の調査と称して旅に出てしまった、どうせ聖霊拳の修行と温泉探しに決まっている。


「どんなお方なのかしら、ご挨拶しておきましょう」


カルメラはキッチンで素朴な焼き菓子をお土産にハンカチーフに包んでもらうと小さなバスケットをぶら下げて館を出る、彼女に初老の執事一人が付き従う。


カルメラは日傘を指してとことこと聖霊教会に向かった。


教会の裏の小さな菜園で子供達が働いている、しばらく放置されていた教会の菜園を整備しているようだ、しだいに監督している細身の長い黒髪の修道女の姿がはっきりと見えてきた。


「ベルちゃん?いいえ別人だわ」

その独り言のような言葉を後ろにいた老執事が聞きとがめる。

「カルメラお嬢様どうかされましたか?」


「見て、あそこにいらっしゃる修道女様がクラスタ家のベルサーレ様に似ているのよ」

「ほうほうたしかに面影が少し似ていますが、こちらの方は素朴で柔らかい感じがしますな、ははは」


畑で働いていた小さな女の子が近づくカルメラに気がついて長身の修道女の側に駆け寄り裾を引っ張った、すぐに全員カルメラ達の方を見る。

貴族の令嬢らしき女性が近づいて来るのだから緊張しないはずがなかった。


聖霊教会の門をくぐると修道女が裏庭から出迎えにやってきた。

修道女は細身で長身と黒い長髪こそベルサーレと似ているが、こうして見ると素朴な農家の娘のような女性だ。

「良い天気ですね修道女様、私カルメラ=エステーベですわ」

「まあ、もしやアマンダ様のご家族の方でしょうか、私はファンニ=アルーンでございます、アマンダ様には先日世話になりまして」

「ふふアマンダの妹でしてよ修道女さま、もしや姉がご迷惑をおかけしましたかしら?」

「めっそうもございませんわ、アマンダ様がいなければ無事にここにはたどり付けなかったと思います、アマンダ様お強いのですね…」

どこか遠くを見るような目でカルメラは街を囲む森に目を彷徨わせた。


また悪党に襲われたのねお姉さま、お姉さまはなぜ悪人を引き寄せるのかしら?


「ところで当教会に何の御用でしょうかカルメラ様」

我に還ったカルメラはファンニの目を真っ直ぐ見た。


「お姉さまが連れて来られた修道女様とお会いしたいと思ったのですわ、アラセアの街の聖霊教会は廃れていてお祈りもできませんでしたの、ファンニ様達が来てくださって感謝していますのよ」

ファンニは安心したように微笑む、貴族の令嬢に何を言われるか心配だったに違いない。


「カルメラ様、責任者のサビーナ=オランド修道女が執務室にいるはずですわ、綺麗な所ではありませんがいかがでしょうか中でお話をうかがいますわ」

「そうねお言葉に甘えるわ、もうひとりの修道女様ともお知り合いになりたかったのよ」

カルメラはファンニに案内されて礼拝堂の中に導かれた。


カルメラが案内されたのは礼拝堂の奥にある小部屋だ、当直の司祭や修道女の詰め所として使われていた部屋だ。

カルメラを出迎えたサビーナ=オランド修道女は平凡な容姿の女性だが若くて健康的で温厚な人柄を感じさせる、そしてなにより胸がとても大きい。


カルメラの背後に老執事が控えた。

自己紹介を終えるとささやかな茶が供されソファーに腰掛ける。

カルメラはお土産の焼菓子を手渡すと二人は率直に喜んでくれた。


「申しわけありません、良いお茶の用意がありませんでして」

「よろしくてよお構いなく」

聖霊教会で贅沢な接待は期待してはいけない、ここは大都市の大教会では無いのだ。

カルメラは二人の修道女からハイネの新市街の暮らしぶりや、ここに逃れるにいたった悲劇に耳を傾けた。

そしてルディガーやベルの活躍ぶりに驚かされる。


この方達が良い人でよかったわね。

二人との会話でサビーナとファンニの人柄が見えて来たそれで心の底から安心した。


これで目的は達した、ここに居座っても迷惑かなと思ったその時、窓の外から人の叫び声が聞こえて来る。


まさかこの声は!?この声には聞き覚えがあった。

サビーナとファンニも顔を顰めている。


「これはアラセナ伯爵様ですわね」


この声には聞き覚えがある、アマンダがリネインで見つけエステーベの密偵がリネインから攫ってきた気の触れた男の声だった。


「カルメラ様もご存知でしたか?二日前から教会の三軒隣のお屋敷から聞こえて来るのですわ、街の人々は偽伯爵と笑いものにしていますの」

サビーナ=オランドが眉を顰めながら顔を寄せてきた。


「子供達に害がなければ良いのですが心配ですわ」

「わかりました、父達に強く言っておきます、では私もそろそろお暇いたしますわ」







聖霊教会を後にしたカルメラはエステーベ屋敷には戻らない、更に東に向かう。

「お嬢様どちらへ?」

「アラセナ伯爵様のお屋敷を確認するのよ」

老執事は苦笑いを浮かべる。


声の大元を探ると厳重に柵で囲われた一角の中から聞こえてくるようだ、見たところ大商人か貴族の屋敷のようだが中がよく見えない。

隣は旧アラセナ軍の駐屯所が隣接していた、今はクラスタ家の兵が利用している。


「ここにいたのね気づかなかったわ」

「お嬢様ここはアラセナ伯が平時に接待などに使っていた公館でございますな」

「けっこう立派なお屋敷なのね」

「いえいえ生活するには不便でございます」

「見かけだけなのね」


「ええい!!いつハイネ奪還の兵を上げるのだ、姫をお救いし正統なる王家を拝戴せん、エルバ!!槍を持て!!」

「ひぃえ~~~~」

偽アラセナ伯の大音声と若い娘の悲鳴が上がったそれは表通りまで聞こえてくる。


「穏やかではありませんなお嬢様」

今にも笑い出しそうな執事の声が応える。


「ねえエルバってクラスタ家のあのエルバかしら?」

「セリア様付きのメイドでしたが、人手不足で使用人頭補佐になったそうですな」

クラスタ家もエステーベ家も大貴族と言うわけでもないので主だった者や屋敷に詰めていた者はほとんど顔見知りだった。

古い使用人に新しい者を下に2~3人付けてこの非常事態に対応していた。


「あの娘悪い子じゃないけど、いまいち気が利かないと言うか少し鈍い処があったわね、アナベル様が可愛がっていたけどセリア様も成長してきたから外されたのかしら?」

カルメラは少し太り気味な若い使用人の姿を思い出す。


やがて公館の正門の前を通りすぎた。


「理由も無いし今日は入るのは無理ね、とりあえず還りますわよ」


あの偽アラセナ伯爵を何の為に攫ってきたのかカルメラには理解できなかった、そう長くは騙せないだろう。


お父様達は何を考えているのかしら?半分冗談かもしれませんわね。


「帰りにクラスタによって行きましょう、少し様子をみてきますわ」

カルメラは後ろの老執事を振り返った。







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