アマンダとカルメラ
ラーゼの西門近くの安宿屋『飲んだくれドワーフ』の小汚い部屋に異様な風体の3人が集まっていた。
妖しげな学者風の衣装のピッポ、場違いな豊満美女の女魔術師のテヘペロ、そしてピッポの手伝いの大柄な少年だった。
少年は長身でルディより頭一つ分小さいぐらいだろう、だが顔立ちなどは実年齢相応の14才に見える、また彼の服装は町の労働者の物と変わらない、そして両手に頑丈な厚手の革手袋をしている。
ピッポはテヘペロに顔を向けた。
「やつら、テヘペロが仲間だと気付いていやがる」
ピッポの何時もの口調が崩れ無法者らしい口調に変わっていた。
「へんね、あの二人は術者には見えなかったけど」
「いや、三人いたんだ魔術師らしき優男がいた」
「ははん、そいつが見破ったのね、観客に紛れていたとしたらかなりの凄腕よ?」
「魔術師がいるとなるとやっかいですぞ、慎重に事を進めましょうぞ」
「ところでテヘペロさん、テオはどうなっておりますか?」
「町の警備隊の牢に入れられていたわよ、簡易裁判で森で木を切るお仕事に決まったわ、このままだと一生そのままね」
「救出する機会はありそうですか?」
「明日、5人程の犯罪者と共に開拓地に連れて行かれるわ」
「早いですな、よほど人手が足りないようです」
「ジム君と私で助けてくるね、ついでに使えそうなら他の5人に声掛けていいかしら?」
「食い扶持が面倒ですぞ、まあ使えそうならかまいません、ヒヒッ」
「教授、僕も姉さんと一緒にテオさん助けてきますよ」
「イヒヒ、期待しておりますぞ少年よ」
「わたしは明日の朝から聖霊教の連中とリネインに向かいますぞ、できるだけ奴らから離れない様にしますので、テオを回収したらテヘペロさん達は距離を保って私に付いて来てください」
「わかったわよ」
エルニアの南に広がる広大なクラビエ湖沼地帯、そのある開拓村のエステーベ家の舘の居間で、当主エリセオとアマンダが小さな言い争いをしていた。
「殿下には我々の保護下にいて欲しい、殿下のお考えも詳しく聞き出した上で、ここにお迎えする場合はそのまま護衛を努めよ、もしそうでないならばお前には連絡役を務めてもらう、これはブラスと決めた事だ」
「どうしてもルディガー様と別れて戻れとおっしゃるのですか?」
「殿下がここにおいでになる分には問題なかろう?」
「それはそうなのですが・・・」
「これはお前にしかできない」
「私はそれでもルディガー様のお側にいたいのです」
「殿下の側にはベルサーレ嬢とアゼル君が付いている」
「アゼル様はともかく、彼女は随分と強くなった様ですが、もともと敵に切り込む強さはありますが誰かを守る戦いは苦手です」
そこに物見からの伝令の到着が告げられた。
「なんだ、今日は忙しいな火急な伝令ではないようだが」
「クライルズ王国の使節団と覚しき団体がクラビエ湖沼地帯を抜けて北上中とのことです」
エステーベの筆頭執事が報告を持ってきた、軍事的な急報ならば伝令が直接当主に言上する。
「なんの用だろうな?あの騒ぎから5日も経っていないと言うのに」
「父上、私が公都に向かいましょうか?」
「いや、お前には殿下の所に行ってもらう、公都はクラスタが密偵を忍ばせているからな、お前はカルメラと殿下との接触の機会をつくってくれ」
「解りました、カルメラと打ち合わせいたします」
「詳細は任せたよ」
カルメラは部屋の整理中だった、3日前にこの舘に引っ越してきたばかりで部屋の整頓がまだ終わってなかった、そこにドアがノックされる。
「お姉様かしら?」
「入るわよ」
カルメラがドアを開ける前にアマンダが部屋に入ってくる、カルメラは少し不満げな顔になった。
姉妹とは言え二人は対照的だった、鍛えられた大柄な美女アマンダと小柄で丸顔のかわいらしいカルメラは似ていなかった、ただ髪の色と瞳の色と肌の白さだけが似通っていた。
「カルメラ、私がルディガー様との接触役を務める事になりました」
「テレーゼに行くのですか?お姉さま」
「ええ、殿下達が何をしようとしているのか解らないのよ、父上達のお考えもお伝えしなければ、一度直接お会いするしかありません」
「ラーゼに到着したと連絡が入ったのが昨日ですわ」
「今日の通信はまだなのね?」
「まだですの」
「では今日の連絡を待ってからお伝えしましょう」
「何もありませんが、お姉さまとりあえずお座りになって」
カルメラは小さな丸テーブルを部屋の真ん中に運び、三脚丸椅子を荷物の山から引き出してアマンダにすすめた。
「ああ、カルメラ、本当は私がルディガー様のお側にいるべきなのよ」
アマンダが悩ましげな顔をする、それは親しい一握りの相手にしか見せない顔だ。
「ベルサーレちゃんが殿下のお側にいるけど、大丈夫かしら?」
「何かの間違いが起きなければ良いのですが」
「私はそういう意味で言ったわけではありませんのよ?」
カルメラの顔が僅かに赤く染まった。
「あの娘は自分から殿方に迫る娘ではありませんが『裸は絶対見せたくないけど、肩ぐらいなら良いよね?』そういう娘なんです」
アマンダの声や話し方はベルそっくりであった、これがアマンダの得意とする声帯模写だった。
「お姉さまさすがです、ベルサーレちゃんにそっくりですわ!!それにあの娘なら何となく言いそうですわね」
「恥じらいもあるのですが普通とは少し違うのよね」
淑女は顔と手首から先しか肌を見せないのがこの時代の常識だった。
「ルディガー様は御母上の事もあるので、女性の心身を傷つける事をとても嫌います、ですが若い殿方ですから間違いを犯さないとも限りません、あの娘の事です、ルディガー様を無自覚に無邪気に煽っていざとなると狼狽えるでしょう」
「お姉さまは良くご存知なのですね」
「ルディガー様は遊びで女性に手を出す方ではありません、私とルディガー様は乳母兄妹で長いお付き合いですから、そして幼い頃からベルの遊び相手をしたり面倒を見ていたのよ、あの娘は私の4才下でしたからベルは妹みたいなものなの」
「私はベルサーレちゃんの相手はあまりしなかったわ、年齢は私の方が近いのに」
「それはブラス叔父様が、カルメラでは侮られて抑えが効かないと言っていたわ」
「話は聞いていたけど、あの娘凄かったのね・・」
「お転婆でイタズラ好きで男の子を泣かせていたわ、それに口も立つし相手を怒らせる天才だった、でもルディガー様には不思議と懐いていた」
「なんとなくわかりますわ、私もイタズラされましたから」
「でもあの娘は相手が本気になると狼狽えてしまうのよ、そういう処はへたれなの、ルディガー様がもしベルに本気になってしまったら、ベルは狼狽え騒ぐだけでしょうね」
「お姉さまの言っている事がわかってきましたわ」
「私はあの娘の捕獲係で良く折檻しました」
アマンダは右手の手のひらを見つめ思いに耽っていた。
(お姉さま何を思い出しているのかしら?)
「思い出したわ、あの感触」
アマンダは少し笑った、懐かしむような慈しむ様な妖しげな笑みだった、その小さな呟きはカルメラに聞こえる事は無かった。
「いけない、ベルの話をしている場合ではなかったわね」
この時、精霊通信の鈴が鳴り響いた、小さな音のはずが轟音のように二人には感じられ、二人はビクリと身を震わせる。
「あら聖霊通信ですわ」
カルメラが暗号モドキの文と格闘を始める。
「わかりましたお姉さま『リネイン向かう』ですわ」
「お父様にお伝えしてきます、私はすぐにもテレーゼに向かいます」
部屋から出ていこうとしたアマンダは、思い出したようにカルメラを振り返る。
「返信は『アマンダ向かう』でお願い」