アマリアの計画
続けて発せられた木偶人形の声がベルの心を現に戻した。
『だが、今は小奴らが頼りでもある』
人形はベッドに視線を傾けたベッドの下で小さな目が光っている。
「こいつら何かの役に立つのアマリア?」
ベルの疑問も当然といった顔で皆アマリアを見上げていた。
『小さな物ならば小奴らでも持ち帰る事ができる、そして玉虫を運べるのじゃよ、玉虫にはいろいろ限界があって力の節約になるのじゃ、おかげで玉虫の活動範囲が広がっての、玉虫の近くに小奴らが通れる狭い通路を開くこともできるのじゃ』
「よくアマリアの命令を聞くね」
『奴らは現世に未練があるようでの、だが現世では長くは持たぬ溶けて消えてこちらに戻ってしまうのじゃ、だがな儂の言うことを聞けば向こうに行って戻ってこれる』
納得できた様な何か穴が在るようなそんな漠然とした引っ掛かりを感じたが、その思いを破るようにアゼルが口を開く。
「ところでアマリアさまセザーレが貴女への恨み以外に目的があると推理されていましたが、推論であっても良いので我々に教えていただけませんか」
『儂への恨みを晴らすだけとしては大仕掛けすぎると推察しただけじゃ、権力欲やさらなる野望があるのかはわからん、それにあやつだけでこれだけの事ができるとは思えぬでのう』
「奴を支援している者がいると?」
『その可能性じゃがな、人か魔界の神かは定かではない』
「魔界の神だと?」
ルディが思わず身を乗り出し体がテーブルにぶつかりティーセットが音を立て中身が少し溢れる。
ベルとコッキーが慌ててそれらを手で抑えた。
『セザーレの小倅が50年に渡り死霊術の研究を進めたのじゃ、儂の知る事以上に死霊術が進歩していると考えた方が良い、あやつも半分不死に片足を突っ込んでおるようじゃが…』
「ホンザ殿が言うには、生きているなら120才程になっているはずだと」
『先程からホンザと言う名前が出てくるがだれじゃい?』
それにアゼルが応える。
「ゲーラの上位魔術師のホンザ=メトジェイ様です、セザーレの弟子だった事があるそうです」
『あ奴の弟子の一人か、思い出したぞ弟子が何人か居ると言う話を聞いた事があった名前は知らんがな、それにメトジェイはテレーゼで魔術師を数多く出している一族だ』
『そうじゃいつまでも雑談に浸っているわけにもいかん、お主らを呼んだ理由の一つがこれを渡す為よ』
人形はふたたびベッドのそばに向かって動き始めた、そして小さな瀟洒な小棚の中から小さなペンダントをフックに引っ掛けてルディの前に戻って来た。
「愛娘どのそれは?」
それは真円の緑の金属質の台座に薄い青色のなめらかな半透明の物質が収められていた、ガラスか水晶を思わせる材質だった、それに白銀のチェーンが付属している。
『玉虫と同様に儂の目と耳になる事ができる、儂が接続している間は会話もできるぞ自力では動けぬがな、これを持っていけ』
「そんな物があったのか!?」
『ルディガーよ儂の研究所から回収した物の一つじゃよ、これは試作品でなこの技術が玉虫に応用されておる』
『ボクのゆうしゅうさのあかし!!』
『わたしのシドウがすぐれていたからなのです』
『ヒヨコはただのオニモツだろ、なまいきなんだヨ!!』
ベッドの下で二羽の醜い争いが始まった。
「玉虫と言い革命的な魔術道具です!アマリア様これがあれば連絡が取りやすくなりますね」
『アゼルにはわかるじゃろ!?ウイッヒヒヒヒ』
ベルには木偶人形が上機嫌になって調子に乗っている様に見えた、可愛らしい声で笑うその呪われそうな声に耳を塞ぎたくなる。
遠距離の通信では不便な精霊通信に頼るしかない、これは革命的な魔術道具と言えるがベルはその意味をあまり理解していなかった。
『ああちょうど良い、パン、いやベルサーレよ協力してくれ』
突然話を振られた上に何か嫌な予感がする、胡散臭い何かを見る様に木偶人形を見上げた。
「なに…」
『この人形では繊細な仕事ができぬし試したい事がある、次の手を打たねばならん準備も進んだところじゃしな』
「えっ?」
『手間はとらせん、一時間の半分もあれば良い、協力してくれたらそのドレスをやろう、まさか尻丸出して帰るつもりか?』
「向こうに着替えはあるけど、でもこのドレスは普通のドレスじゃないんだろ?精霊力が変だ」
『さすが神隠し帰りじゃな、儂のドレスの試作品の一つでなそれも何とか引き上げたものよ、ちょうどお前のサイズに合うようじゃ、精霊力の制御を補助してくれる繊維でできている、使い方は儂が後で教えてやろう』
「なんだって!!わかった何をすればいいの?」
ベルは思わず立ち上がった、テーブルに腿があたって痛い、ルディとコッキーが慌てて揺れるティーセットを抑えた。
『何を慌てておる?ついてこい』
ペンダントをルディにわたすと、木偶人形は螺旋階段を降っていってしまった、ベルもやれやれと言った態度で人形の後をついて研究室への階段を降りて行く。
「何をするの?アマリア」
『すぐわかる』
研究室に降りた一人と一体はゴトゴトと音を立てながら機材が立ち並ぶ狭い通路を縫うように進む、やがてカーテンで仕切られた一角に到達した、そのカーテンを人形が開くとその向こうの床の上に棺桶の様な箱が置かれていた。
『全部脱いて中に入るのじゃ』
「いやだ!!」
間髪入れずに拒否した。
『なにも危険はない、お前を調べるだけじゃよ、幽界帰りのお前を研究をしたいのじゃよ、手伝ってくれたらそのドレスをやるぞ、さあさあ』
人形が棺桶の様な箱の蓋をあけると中には正体不明の白い物質が詰まっていた、それはわずかに震えている。
『ふれても大丈夫じゃよ』
アマリアの口調は優しかった、ベルがこわごわ触るとその白い物質は柔らかくすこし温かい。
ベルは人形を振り返るとしぶしぶと服を脱いでいく。
一糸まとわぬ姿になったベルを上から下まで見渡した人形は満足げに頷いた。
『なかなか良いプロポーションじゃ気に入った!』
ベルは幽界帰りの研究に何の関係があるのか不審を感じたが、慎重に箱に入って仰向けに寝転がる。
柔らかく温かい物に包まれて不快ではない。
『それで良い、すぐ終わる心配するな』
人形は箱の蓋を閉めると、箱の蓋に描かれた術式陣に精霊力を流し装置を起動させた、箱が唸り始め内部から叫び声が上がったがすぐに静かになる、人形はまったく気にもしない。
『さてあちらの娘にも何かやらねば』
人形は小首を傾げゴトゴトと音を立ててその場を離れて行く、あとには唸るように振動する箱が残されていた。
ルディはベルとアマリアが去った後アゼルとアマリアの話を検証していた。
『ルディガーよ聞こえるか?』
テーブルの上のペンダントが急に声を発した。
「びっくりしたのです!!」
アゼルの横で半分船を漕いでいたコッキーが跳び跳ねた、テーブルに足がぶつかり足をかかえて長椅子にうずくまった、ティーセットが騒がしい音を立てる。
『今下の研究室にいるところじゃ、こうして会話ができる』
「愛娘殿何をされているのですか?」
『ベルサーレに協力してもらって貴重なデータを計測しておる』
『さて、コッキーとやら』
「え、わたしですか?」
『お主には得意な武器とかあるのか?』
「私は得意なものなんてないのですよ…それがどうかしましたか?」
『お主にも使えそうな物をやろうとおもっての、おっともうすぐ終わるか…』
そこで通信が途切れた、三人は思わず顔を見合わせてしまう。
しばらくするとルディガーの耳に下で言い争う声が聞こえて来る、すぐに木製の人形が立てる足音が螺旋階段を昇って来た。
その人形は何か棒の様な物を両手でかかえている。
その棒は長さが50センチ以上あるだろうか、僅かに反りがありゴツゴツと節があって片方が丸みを帯びて太くなっていた。
『お主にこれをやろう』
コッキーの前に来た人形はその歪な棍棒をコッキーに差し出した。
「なんですこれ?」
彼女は眉を顰めた、決して美しくも高価そうにも見えないただの棒の様な物をもらって嬉しいはずが無い。
『精霊変性物質じゃよ、昆虫型の召喚精霊の触覚じゃこれはかなりの大物じゃぞ、これなら棍棒の様に力で殴るだけで良いからの』
「虫の角みたいですよねこれ…」
『うむ、見てくれは悪いが大きな屋敷が買える程の価値があるぞ?』
確かにその棍棒は昆虫の触覚に似ていた、コッキーは恐る恐る巨大な触覚を手にとって微妙な顔で眺めまわしている。
「思ったより重いのです、これでお化けをやっつけられるのです?」
『精霊変性物質でできておるからのう、ルディガーの魔剣とおなじじゃよ』
ベルはそのあいだ無言のままルディの隣に座ったままで憮然としていた、それが気になった。
「大丈夫かベル?」
「気持ち悪いだけ…」
『データをとらせてもらったぞ』
妙に上機嫌なアマリアの声にベルは人形を睨みつけた。
『さて、お前たちを呼んだのはドルージュの結界と関係しておる』
「それがテレーゼを覆う死の結界なのか?愛娘殿」
『ルディガーよ、たしかに重要じゃがそのものではない、死霊を集めここに集積する要ではあるがな』
「アマリア様あのドルージュの巨大な悪霊はいったいなんなのでしょうか?」
『儂が見たところあれはスピリットに分類できる悪霊じゃな、それの大集合体じゃよ、凄まじい怨念と怒りの意思が複数の核を中心に集まっておる、儂が見たところセザーレが手を加えたのは間違いない、何をしたかまではわからんがな、そして大塔の上に強い霊がおるこれも強い未練を残しておるようじゃ』
「では作られた物なのですか?」
『無からは魂は作れぬ、もともとあった怨霊を利用したのじゃろう、あそこは戦場だからな怨霊にはこまるまい、そして結界により要塞全体が封じ込められている、死霊は結界に入る事はできても出る口は一つ、ここじゃ!!』
木偶人形の腕は真っ直ぐサンサーラ号の天蓋を指した。
塔の周りを旋回する巨大な瘴気の竜巻の轟音が聞こえて来るような気がした。
『ドルージュの結界は重要な要だがテレーゼの死の結界そのものではない、テレーゼ全体にかけられた呪いじゃよ、人の心を誘導する呪いだと見ておる』
木偶人形は四人を改めて見渡した、ルディはコッキーの顔が死者の様に青白くこわばっている様に気づいた。
『これをまず破壊したいがまだ調査が進んでおらん、だが儂が少しずつ動ける見込みが出てきた、そこで儂の資産の回収を手伝いつつ奴らに対して破壊活動をしてくれんかのう、その代償としてお主らの望みを一つかなえよう』
ルディは意を決して訴える事にした、こんな機会はそうそうあるまい。
「愛娘殿には些事で言いにくい事だが、俺は我が義母の精霊宣託の内容を知るためにテレーゼに来たのだ、それどころの状況では無くなってしまったが」
『そうじゃったのか?前に聞いておったかのう…』
木偶人形が首を傾けた。
『たしかに精霊王ならば精霊宣託を下した精霊に干渉できる、だが宣託を下した精霊に一方的に命令を出して終わりですまんぞ、いわば幽界の決まり事を破らせる行為じゃ、宣託を出した精霊の了承が必要になるかもしれん、特に相手が高位の精霊ともなればな、まず宣託を下した精霊を特定しなくてはならぬ。
それに今の儂の状況ではいろいろ厳しい』
「術者はアルムト帝国の精霊宣託の第一人者のヘルマンニ師です」
変わってアゼルが木偶人形の相手を引き継いでくれた。
『おお!…知らぬわい最近の事に疎くてのう、それも第一人者ともなれば大精霊じゃな面倒な事になるのう』
人なら舌を出したに違いないとルディは思った、そして木偶人形はどこか申しわけなさげだ。
『アゼルよその男の契約精霊などもっと詳しく知らぬか?』
「精霊宣託術師は特に契約精霊の情報を秘す傾向があるのですアマリア様、私もエルニアから離れられず本格的に調べる事ができませんでした」
『そうじゃな、ならアルムトに行って本人に聞けばよいのじゃ』
「5年前に死んでいます、暗殺されたと噂されていまして」
木偶人形が呆れたように両手を広げた。
『大精霊なら数が限られるからこちらでも調べてみよう、契約者が死んでいるのはやっかいじゃな』
木偶人形が考えにふけるように沈黙する。
あまりにも長く続く沈黙にベルが耐えきれなくなった様だ。
「ねえアマリアはいつまでここで寝ているの?」
『なに儂か?肉体はほぼ回復しているが、肉体と幽体、霊体の接続が上手く回復しておらんようでな、主に肉体側の損害の副作用じゃと思うが、わしも理解しきれないところが多くあっての、だがそれを解明する手がかりが得られた、お前のおかげじゃよ』
「僕だって?」
隣に座っていたベルが怖気を奮った様に震え上がった、先程下の階で何があったのだろうか?
『そうじゃのう、お主も何か望みはないのか?ドレスとは別で良いそれは実験の手伝いの礼じゃ』
「本当にいいの?使いやすい魔剣が欲しかったんだけどね」
アマリアの気前の良さにベルの顔があからさまに怪しみ出している。
『なんじゃ疑うのか?精霊変性物質の剣で助けになるならお安いものじゃ、武器など持っていても役にたたんからの、アゼルとそこの娘も遠慮なく言うが良いぞ』
「コッキーはこれをもらいましたので、でも可愛い武器は無いのです?」
『ならば小さいダガーをやろう、小さい精霊変性物質の刃物はあれば便利じゃぞ?』
「わかったのです、ありがとうですアマリアさん」
コッキーはどこか納得していない様子で虫の角の鈍器を弄んでいる。
すると突然コッキーは何かを思い出し立ち上がった、テーブルが再び揺れた。
「変な世界にお父さんがまだいるのですよ!!助けてください!!!」
『お主の父は死んで幽界をさまよっているのか?もしや神隠しの時に出会ったのかい』
コッキーは頷いた、彼女の目に僅かに涙が浮かんでいた。
「声を聞いたのです」
『幽界はのう、魂が先に進む準備をする場所じゃ、お主の父は何らかの理由で先に進めないのだろう、だがな大いなる流れに乗っているのじゃ、必ず先に進めるはずじゃ』
アマリアの声は深く優しかった。
「そうなのですか?」
木偶人形がそれに静かに頷いた。
『アゼル、お主はどうじゃ?』
アゼルはなにか迷うように考え込んでいたがやがて首を振った、そして意を決した様に顔をあげる。
ルディはその態度に思い当たる事があったが今は口を出すべきでは無いと心に決めた。
「私は優れた魔術道具があればと思っておりました…」
『お主の属性は水と風と言ったところだな?水が得意な様じゃな、水精霊術の『ミュディガルドの氷の軍勢』をチャージできる魔術道具をお主にやろう、今では儂以外作れる奴などいないだろうて、わかっていると思うが一回分チャージするのに魔術を唱える数倍の精霊力が必要になる、それでもかなり効率を上げたのだぞ、一応フルチャージじゃがその後はお主で何とかせよ』
アゼルは驚愕のあまり空いた口が塞がらないようだった。
『ミュディガルドの氷の軍勢』は水精霊術の上位の範囲攻撃術だ、上位の攻撃魔術をチャージできる魔術道具は国宝級でまずお目にかかることもできないし、今となっては城が買えるほどの価値がある、それをあっさりと与えようと言うのだ、一発しか充填できないとしても戦術的な幅が大きく広がる。
アゼルは驚きで先程までの懊悩が綺麗に吹き飛んでいた。
そして精霊魔女アマリアが規格外の存在だと改めて思い知らされる。
一方ルディはアマリアにプレゼントをねだるつもりは無かった、彼女が精霊宣託の解明に関して動いてくれるのだから。
その替わりにある疑問をぶつける事にした。
「愛娘どの魔界の神の話で思い出したのだが、吸血鬼とは何者なのだ?」