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アマリアの弟子

『神隠し帰りといえど不死身でも不老不死でもない、(ワシ)は事故で死にかけた時にロ、いや聖霊王に助けられた時にこうなったまでじゃ』


ベルはルディのさき程の態度に疑問を感じていた、次の言葉は自然にこぼれ落ちた。

「さっきルディは不死身でも不老不死でもなくて嬉しそうに見えたね」


「ああ、以前は力が強くなっただけだと思っていたのだ、最初はバーレムの森で受けた傷が3日で消えたのを見てからだな、あの時かなりの刀傷と火傷と切り裂き傷を負った、治ったとしても跡が残るはずだがあっと言う間に綺麗に治ってしまった、それから自分が人では無くなって行くような気がしてな。

お前はどうなんだ?どこか力を怖れている様にも感じたが」


「そう感じていたの?でも少し違うよルディ、自分が自分で無くなるのが怖いんだ、どんなに力が有っても自分が自分で無くなったら意味ないだろ、ぜったいに僕の思い通りにしてやる!」

「そうか…そうだな」

その二人を見つめるコッキーの表情はどこか冷めたように無表情だ、だがそれに気づく者はいなかった。

アゼルは深い思索の海に浸っていた、肩の上のエリザが気遣うようにアゼルの顔を覗き込んでいた。


(ワシ)はアヤツの非公式の相談役でな、ハイネの近くに魔術学院を建ててもらった、今から120年ほど昔になるかの』

「なぜハイネの近くなのです?」

コッキーの素朴な疑問にアマリアが応えてやった。


『当時のテレーゼは帝国の一部だった、ハイネが帝国の首都だった、帝国が大きくなってからノイデンブルクに遷都したのじゃよ』

ちなみにノイデンブルクは現在のアルムト帝国の首都の名前で、今のセクサルド王国はテレーゼの西隣の冴えない国の名前だ。


セクサルド帝国もアルヴィーンが一代で無から築きあげたわけではなかった、初代皇帝カシナートはセクサルド王国の王で混乱状態のテレーゼ王国を征服、アラティア王国や今のグディムカル帝国の南部と混沌状態のエルニアを征服し帝国を建国した、そしてハイネは東エスタニア有数の大国の首都として長らく繁栄を極めた。


ちなみにエルニア大公のイスタリア家はもともとカシナートの弟が起こした公爵家だった、エルニアのアウデンリート公爵領の創設後にイスタリア家をそこに封じた経緯がある。

当然ルディガーもその歴史はよく知っていた。

今はバーレムの森に埋もれたリネインとエルニアのボルトを結ぶ街道もこの時代に築かれたものだ、ベルの実家のクラスタ家が帝国騎士爵を受けたのもこの時代だった。


「じゃあその後でテレーゼが復活したのですか?」

『うむそうじゃ、あやつが倒れてから長くは持たなかった、各地で古い王家の流れを組む家や実力のある者を中心に分離独立戦争が起きてな、そしてあやつの死因には良く分からぬ事が多い』


「愛娘殿でもわからないのか!?」

『あの当時は大きな異変が相次いだのは知っておろう?(ワシ)も忙殺されておった…まあ今はセザーレの話に進もう』

ベルもどんな変異が起きたのか興味があったがそれをとりあえず封印する。


『テレーゼ王国が復興したあとも、あの学院は東エスタニア有数の魔術学院じゃった、(ワシ)もハイネに魔術道具屋を持っていたがこれは道楽みたいなものよ、生活にはまったく困っておらんかったからの』

「しかし愛娘殿の店ともなれば、客が押し寄せてくるのではないか?」

『ルディガーよ、(ワシ)の店はハイネにあって無いようなものじゃ、好ましく無い客は永遠に見つける事はできぬのじゃよ、ウィヒヒッ』

その笑いは愛らしい少女の声なので、その年老いた邪悪な魔女の様な笑いに底しれぬ違和感を感じた。


「我々が学園通りであの店を見つけたのはそういう事なのか?」

『そうじゃ、向こうに繋いだのは久しぶりじゃった』


「あの時のアマリアさまは威厳のあるお姿でしたね」

アゼルが初めて口を開いた。

『この姿じゃ威厳も何もなかろう、子供のお店屋さんごっこに見えてしまうわい』


人形の足もとから耳障りな声がした。

『ほんとコドババじゃあおままごとだよね』

『そうなのです、ピヨピヨ』

人形が怒った様に腕を振り上げるとカラスはベッドの下に逃げ込んでしまった。


『この駄鳥めが!!話がそれた先に進むぞ』


アマリアは改めて気を取り直すと話を続けた。

『テレーゼ王国が復興してしばらくたった頃じゃな、王家とハイネの魔術師ギルドの推薦で弟子を取る事になった、わしはアマリア魔術学院の名誉総長をしておってな、もともと弟子は取らぬ主義じゃがしがらみがあっての、王家にも借りがあった』

「それがセザーレ=バシュレなのか愛娘殿?」

『そうじゃ奴はハイネで頭角を表していた上位魔術師だった、野心家だが優秀な奴での、特に魔術道具の作成に才があった』

「悪いやつだったの?」

ベルの質問に答えを返す前にアマリアは一息入れた。


『パン、いやベルサーレよ奴は野心家だったが研究熱心な男でな邪悪と言うわけではなかった…』

「人が変わったの?」

人形は僅かに躊躇した後で頷いた。


(ワシ)はほとんど年をとらんそして奴は(ワシ)を追い抜いて老いていったのじゃよ…そして魔術師としても(ワシ)と奴との差が縮まる事はなかった』

その場に居た者は何も言葉を発する事ができず息を飲んだ、もし師がほとんど年も取らずに、自分だけが老いそして師を越える見込みがないと解ったとしたら、弟子の立場を自分に置き換えて戦慄した。



(ワシ)には時間があった、人には有りえぬ長期にわたる計画や展望を幾つも持っていた、今にして思うとそれが奴を苦しめたのかもしれぬ、それが憎しみに変わったとしてもおかしくはない、そして奴は死霊術に手を出した、そこに不老不死の手がかりがあると思ったのだろうて』

そしてアマリアはセザーレの変化に鈍感だった事を反省していた、力を持つものの驕りが招いた悪意だと、そして長く生きる事ができる、それがどれだけ羨望と妬みを招きよせるか語った。


『そして奴は死霊術が禁忌とされる本当の理由を知った、(ワシ)が奴を破門したのはその頃よ』

「魔界からの力という訳ですねアマリア様」

アゼルの言葉からこれを語った場合のアマリアの反応を怖れる様になぜか感じられた。


『お前達も気づいていたか、奴は(ワシ)が神隠し帰りとは思いも依らなかったのじゃ、それが命取りよ、奴の僅かなオドの異常に気づいたのじゃ』

アマリアの話では精霊魔女の伝説として幽界に旅をして聖霊王と契約したなどという物語が流布され広く人々に知られていたらしい、それがむしろ盲点になったとアマリアは笑った。


『世を捨てた様に研究に没頭するようになったのはこのころじゃ』


そしてここ半世紀ほど姿を隠していたせいですっかり過去の人になってしまったと嘆いた。

人形が茶を入れて四人にふるまう、そこでささやかな休憩となった。





『奴は禁忌を犯したとして魔術師ギルド連合からの追討の対象になった、だが奴はそれをくらまして身を潜めてしまった、それを想定して準備をしておったのじゃろう、テレーゼの内乱が始まる数年前の話じゃよ』

「ホンザと言う名のゲーラの老魔術師殿が教えてくれた事だが、姿を消してから20年後に奴は再び姿を現したと」


『このサンサーラ号が世界の狭間に座礁したのは内乱が始まってすぐじゃ、まあ(ワシ)が身動きできなくなったのはその事故のせいじゃ、そしてチンチクリンになってしまった、それ以降は向こうの情報を集めるのに難儀するようになった』

「それはもしや聖霊王のご助力で?」

『そうじゃ、(ワシ)の肉体の構成要素そのものを使い、(ワシ)の肉体を再構成して命を救ったなどと言っておったが、サンサーラ号には使えそうな魔術触媒や希少物質や有機物などいくらでもあったはずじゃがのう…』

気まずい雰囲気になり会話が途切れる。


「ところで、ここからテレーゼの事を調べられるのか?愛娘殿」


『玉虫じゃよ、あれは(ワシ)の目となり耳と成る魔術道具の傑作じゃ、魔術道具の小型軽量化の方向はあまり経験が無くての、だが本物の玉虫を基盤に作り上げた魔術道具でな、世に出せたら衝撃を与えたのにのう、まああれでもそこそこ世情を知る事はできたがそれだけの話じゃ、この身動きが取れない状況には閉口していた、学園通りに通路を繋げたのもアヤツの結界を壊す糸口をつくりたかったからじゃ』


「アマリア様、以前は『渡り石』があったから我々はこの世界に来る事ができました、今回はそれに依存していないようですが?」

『アゼルよ便利な手駒が手に入ったからじゃ、カラスとヒヨコじゃ、奴らを現世に送り込み、(ワシ)の資産を少しずつ回収したり再起動を初めておる、この船を動かすためには大量の渡り石が必要じゃからな。

そしてセザーレの妨害と奴の本当の目的を見極める必要がある、そしてサンサーラ号の事故の原因を究明しなくてはならん』


「事故の原因は不明なのですか?」

『何が起きたかは大体っておる、プレイン境界を越える難しいタイミングを狙った外部からの巨大な力による干渉じゃな、そしてそれが必ずしも悪意からともかぎらぬ』


「アマリア様が狙われたと?」

『それと究極の魔術道具ともいえるこの船じゃよ、大規模な神隠しに等しい技を任意に実行できると言う事じゃからな、これを良しとしない存在がいても不思議ではない、セザーレの小倅かもしれぬ、幽界、魔界の上位存在、更には神界の超高位存在まで有り得るわい』

四人は余りにも途方も無い話に言葉が無かった。


『だが今はまずセザーレをとめる事が火急の問題じゃ』

「我々は奴のテレーゼの死の結界を調べる為にドルージュの調査をしていてこちらに来てしまった、死の結界について何かわからないだろうか?」


人形はルディに向き直る。

『ドルージュに瘴気と死霊を集めてこちらに送り込んでいる魔術陣が存在しているはずじゃ、今までは玉虫だけでは調べようがなかったが、こやつらのおかげで(ワシ)の道具の回収が出来る様になったお陰で動きやすくなったところじゃ』


「ドルージュ要塞に彼らがいたのはアマリア様が送り込んだからですね?」

『3日前からドルージュの調査に手を着けたのじゃ、そこにお主らが来て驚いたぞ?あの通路はお前たちを逃す為に緊急に開けたものじゃ、カラス共だけなら極小さな通路で済む、玉虫だけなら更に小さな通路で済むからのう』


「そして何かわかりましたかアマリア様?」

『今回は下見じゃ、今あそこがどうなっているか把握する為の調査よ、要塞の内部に目が行くが、周囲の湿地と沼地の中に結界の要があるな、そして大尖塔が要になっているはずじゃ、玉虫やこやつらを通してではいろいろ限界があってのう』


「あの大尖塔ですか?下からは魔術術式が施されている様には見えませんでしたが」

(ワシ)が向こうに行く事ができれば良いのじゃがな、それをする為には力を取り戻す必要がある、調査に専念できぬのよ、お主達が連れてきたカラス共のおかげで打開できる見込みが出てきたわい』



「しかしこのカラスとヒヨコは何者なのでしょうかアマリア様」

『アゼルよ(ワシ)にも不可解な事がある、こやつらは現世の人間の無意識に沈んだ記憶や思いや感情が狭間の世界に滲み出たものじゃ、それがなぜか形を無し自我を持ち安定し存在している。

そして小奴らに対して何かしら重要な事を思い付きそうになる度に忘れてしまう気がする、お前たちは何か気づいたか?』

ルディとアゼルは顔を横に振った。

「不細工でイヤな性格の鳥なのです」

コッキーの顔がお茶がまずくなったと言いたげに歪む、ベルも不細工で嫌な鳥だと思うがそれ以上でもそれ以下でも無かった。


『ぼくたちワわすれられたから、ココニイルンダ』


ベットの下からカラスの声がした、その声のどこか無機的な虚無の響きにベルの背筋が震えた。






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